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僕と彼女のラストアタック

 シャロンとともに挑む最後の攻勢、その秘策は、一回限りの賭けだ。

 フリージアが手を抜いている間しかおそらく機能させられないし、また、対策も容易なためだ。

 それでも、まだ動けるうちに。今の内に、すべての手を出し尽くしておく。

 後から悔やんでも仕方がない。意味がない。どうにもならない。それは、両親を失ったときも、『偽物の世界』でも、何度となく僕を苛んだことだ。だから、今やり尽くす。意味のない戦いを、できるだけ意味のあるものに昇華するために、僕は全力を尽くす。


 それに。

 そのほうがきっと、面白い。


 ズタボロで、身体の節々からは鈍い痛みが走る。それでも、降り注ぐ光の針の前面へと体を滑らせる僕の口元は、いつしか笑っていた。それは奇しくも直前まで背中を預けていたシャロンと同じような笑みだった。



「相談待ってあげたのに、また同じ手〜? しかもさっきより精彩に掛けるんじゃないかなぁ〜。

 そろそろ、打つ手がないのかな〜。"白の洗礼ほわいとあうと・でぃすとーしょん"」


 僕らが行動を起こしたことで、フリージアによる光の針が再び量産体制に入ったようである。しかもご丁寧に煽り付きだ。

 新たに光を増した魔方陣からは新たな針が山のように、滝のように浮かび上がり、降り注ぐ瞬間を待っている。


 あんな量の攻撃を正面からまともに受けたら"硬化"なんて、なんの抵抗にもならないだろう。紙くずのように貫かれ、確実な死が齎される結果がありありと見て取れる。1本1本の破壊力のほどは、穴だらけの石床や、すでに何度か掠めた痛みからも明らかだ。


 宙に留められた針の波の威容に、ごくりと喉が鳴る。

 それでも、僕はまた一歩前に踏み出す。作戦を実行に移すために。


 狭い"結界"内の、遥かに遠く。赤い目が、笑ったように見えた。

 それは、まるで獲物を定めた蛇のように。



 ――



 魔力によって引き起こされる現象が終わるには、僕が知っているだけでも何通りかがある。

 ひとつ。あらかじめ発動時に、終了条件が決められているものが、その条件を満たしたとき。

 ふたつ。常時魔力供給が必要な術式で、魔力の供給が途切れたとき。

 みっつ。術式の核となるモノが壊れたとき。

 そして、よっつ。元の術式をねじ伏せるほどの、巨大な力をぶつけたとき。


 僕が無我夢中で発動させ、通り一帯を完全停止させてしまった"念動"の魔術を解除した『勇者』の手段は、僕が知り得ない、為し得ないもの。すなわち例外だ。

 "全知"での観察によると、あれは"念動"の術式の魔力を奪い取り、食い尽くしていたらしい。

 "略奪"の神名による現象だということだったので、僕にはその手段は使えない。

 だから、『偽物の世界』から脱出するにあたり、その現象を終了させるための方法を、僕の知りうる限りの総当たりで試す必要があった。

 ひとつめ、およびふたつめの終了条件は、術者に依存する。僕を閉じ込めたであろう人物による解放を待ち続けるというのは、現実的な解法ではなかった。


 ゆえに僕が目指すべきは、核となるモノの破壊か、巨大な力をぶつけることだ。

 そして結論から言えば、『偽物の世界』――フリージアの"童話迷宮"は、空間を構成する外壁、"結界"の外壁が術式の核でもあり、脱出を阻んでいた檻でもあった。

 永きに渡るフリージアの絶望の記憶によって『破れないもの』という概念にまで昇華された外壁。それを突破するためには、結局のところ術式を構成している魔力量をも上回る出力の魔力をぶつける他ないのだった。



 頼りない記憶に、うまく動かない身体を引きずりながら、『世界が偽物である』ということだけを信じて、その一点だけを希望にして幾度も挑戦を繰り返し、その数だけ失敗した。そして幾度も挫折した。

 手元に残った板の残骸だけが『偽の世界』の根拠である。それも、たまたま板を記憶を捨て去る前の僕が見落としていたのでは? という疑心が幾度も痛む頭を掠めた。


 試行錯誤の内容も、できる幅が限られていた。来る日も来る日も、似たような内容で、何度も何度も結界破りを試みる。

 失った記憶があればまた違ったのかもしれないが、そんな泣き言を言っても仕方がない。泣き言を言えば物言わぬシャロンが目覚めるのであれば、いくらでもそうする。が、そんなわけもなかった。

 失ったものに気を取られていても仕方がなく、手元にあるもので勝負せざるを得ないのだ。

 そうして手元に残っていたのが何かと言えば――ヒントとなったのは、金の刺繍で思い出した、自分自身の名だった。



 オスカー = ハウレルは"紫輪"の名で呼ばれる魔術師だ。これは、ハウレル式の馬車を発明したことに由来する。

 円環。循環。回転。円の力。回ることで魔力を生み出し、魔術師でなくとも魔術の恩恵を得る仕組み。それは、回る力を魔力に変換していると言い換えても良いだろう。


 車輪、輪、それそのものがすなわち円。多くの魔法陣がそうであるように、円というのは魔術的に大きな意味がある。

 円は始まりと終わりが同一だ。くるりと回って元の場所に戻る。始点と終点。始まりと終焉。誕生と死。対となるそれらが円となることで循環が生まれる。

 魔術的な考え方では、円とは、円環とは、すなわち閉じたひとつの世界である。


 僕が作った車輪は、うっすら残る曖昧な記憶のなかで、回転の際に生じる余剰エネルギーを魔力として抽出し、それを動力源として魔術を発動させる仕組みだったはずだ。

 ならば、魔力を用いて回転を生むこともできるはず。


 "全知"を運用していた経験により、僕はいくつか世界の法則とでもいうべきもの、その一端に触れることがあった。ほとんど理解できてなどいないが、それでもなんとなくわかったものもある。

 そのうちのひとつが、エネルギーの形は可変であるということと、形が変わってもエネルギーの総量はそう変化しない、ということだ。


 たとえば、石を持ち上げる。持ち上げた段階で、僕はエネルギーを使っている。腕を動かすために力を入れている。巨大な岩を持ち上げるには、その分大きなエネルギーが必要だ。これは魔力を行使する場合でも同様だ。"念動"魔術でも、持ち上げる対象によって、消費する魔力の多寡が異なる。持ち上げる対象の抗魔力にも左右される。


 では、この持ち上げるのに使ったエネルギーは、持ち上げた段階で消えてしまったのか。——否だ。

 僕の腕を、もしくは"念動"を用いて石を動かしたエネルギーは形を変え、持ち上げられた石に移動している。

 僕が手を離せば石は落下する。落下する衝撃、つまりエネルギーは、僕がその石を持ち上げるのに使ったものと、形は違えどだいたい同等のものとなるのだ。


 "念動"を使えば、手を触れずに物を動かすことができる。

 "自動書記・改"を使えば、望んだ文字を書き取ることができる。

 それと同様に、魔力を純粋に回転に変える。”念動”で動かすのではない。もっと変換効率を上げろ。もっと回転に特化し、回せ、回せ、——回れ!


 どれほどの失敗作、どれほどの時間を積み上げたのか、もはや考えるだけでも億劫だ。

 しかし、それでも完成した。その結果こそが、全てだ。すべては本物の最愛(シャロン)に、再び会うために。



 完成したモノは、新しい魔術の理論だった。

 石を回転させ、板の残骸を回転させ、床石で作った槍を回転させるうちに行き着いた地平。この新しい魔術理論を聞いたシャロンは、その名を『らせん』と呼称した。


 『らせん』は回転と似ている。そして似ているだけに、似て非なる。異なるものである。

 回転は、円を成すが故に元に戻る。そして『らせん』も、平面的には一回転すると元に戻るという点では同一だ。しかし『らせん』は立体的にも動作をする。たとえば縦向きの『らせん』は、一回転するごとに、より深く、より強く、やがては地を穿つ。


 一回転ごとの進みは、遅々たるもので、微々たるものだ。しかし、確実に、着実に。『らせん』は一回転前よりも深きに達する。魔力の続く限りに。そして魔力は、"結界"内に、『偽物の世界』に、噎せ返らんばかりに充満していた。


「いっ——けぇえええええええええ!!」


 吠える。

 あらん限りの魔力を振り絞り、吠える。


 空気中から魔力を取り込んだそばから『らせん』に変換し、また魔力を取り込み続ける。

 いつしか喉は嗄れ、目の焦点も合わず、何のために魔力を振り絞るのかすら朦朧としても、回して、回して、回した。一回転ごとに深きを抉り、一回転ごとに『偽物の世界』のその核へ向けて、『らせん』を回した。



 そうして、どれほどの時間を、魔力を注ぎ込んだのか。


 ビシリ――


 やがて、『世界』が断末魔の悲鳴を上げた。


「——ッ!!」


 枯れた喉で、なお叫ぶ。


 バキリ——!


 『世界』の根幹を為すモノ、そのひび割れが深くなる。

 まだだ。まだ、『世界』は健在だ。まだ、回す! 『世界』を壊す!!


 バキバキバキリ——!


 大きく"結界"が悲鳴を上げたとき、ふいに何かが流れ込んだ。

 それは、白い魔力。僕のものではない、この術式を構築した者の、記憶を伴った魔力——絶望へと至る、その足跡。


 混線する。

 混濁して、攪拌されて、ぐるぐる、ぐるぐる。

 それすら『らせん』構造に取り込まれていく。





『"神名"を継承したら、そうしたらお前は"ラインゴット"の名を得るんだ』


 顔もあやふやな相手が力説する。僕は――彼女はあまり興味なさそうに、しかし目線を下げて了解を伝える。


『獣や機械より先にその栄誉を得るのは、我らのチームに課せられた使命と心得よ!』


 他にも何人もの候補者たちが、わたしと同じように佇んでいる。

 顔も存在も朧げな、候補者たち。

 ()()()は知っている。この中で生き残り、神名を得るのはわたしだけだということを。どれだけそれを訴えたところで、その決定は覆らないということも。




 また別の場面では――大人たちが慌しく走り回り、怒号が、悲鳴が飛び交う。


『ほんとに、行っちゃうの〜?』


 僕は――彼女は赤い衣の裾をつまみ、そのひとは困ったように振り向いた。


『帰ってきたら、返してあげるからね〜。だから、無事に帰ってくるんだよ〜。絶対に、だよ〜!』


 わたしはそのひとの何かを半ば強引に奪い取る。困ったような目をして、そのひとはわたしの頭に手を乗せた。




 バリバリッバキリ——!

 『偽物の世界』が大きく罅割れる。




 僕は――彼女は実験体となる。

 成功するのは知っていた。夢で見たから知っていた。でも。


『これ、わたし?』


 鏡をみて、愕然とした。

 ふわんふわんにあちこちを向いていた癖っ毛はそのままに、濃い茶色だったそれは白銀に。薄暗い黒目がちだったそれは異質な赤色に変貌を遂げていたからだ。

 まわりの大人たちが狂喜乱舞する光景は、夢で見たから知っていた。でも、夢ではわたし自身の姿を見ることはできない。

 だから、わたしは自分が自分でなくなっちゃったような、得体の知れない存在になっちゃったみたいな、そんな居づらさで下を向く。鏡が――わたしじゃないわたしが、目に入らないように。ぎゅっと眼鏡を握りしめて。




『いいかい、君たちが最後の希望だ』


 所長室に呼び出されたのは16人。そのなかに、わたしも混じっていた。


『世界に――我々に残された時間は、もうあとわずかだ』


 所長は机に肘をつき指を組んで、わたしたちを睥睨する。


『"六層式神成陣"、電力変換40%を超えた。この段階で組成を変えるなど、正気か!?』


 研究者が勢い良く背後のドアを開け放つ。


『君は認め難いかもしれんがね、博士。

 君んとこの肝入り。たしか【機人】――いや、今は【魔導機兵】だったか。あれがああなった以上、もはや一刻の猶予もない』


 冷たい目をした所長が、冷たく告げる。

 それでも、研究者は食い下がった。それが無駄な努力になることを、わたしは知っていた。


『彼女たちは勇者が抑えています、イチニイハチが稼働すれば』


『くどい。永久凍結と指示したはずだぞ。

 それにこの局面で、落ちこぼれ一機出して何になる。敵が増えるだけだ』


 所長はわたしたちの方をちらりと見て、舌打ちをする。

 それは本来、わたしたちには知らされていない情報だったから。


 もっとも、その情報をわたしたちの中の数名は知っていた。

 わたしの"夢"のように、"遠見"の異能を持つ子がいたから。だから、わたしはそれを知っていた。


 機械仕掛けの、可愛らしい兵器(おにんぎょう)

 それの担い手(マスター)が皆、『災厄』に喰われたことを、わたしは知っていた。

 そしたら兵器(おにんぎょう)たちは豹変して、『災厄』の配下に——『災厄』を担い手(マスター)として認めたことを。抵抗軍に壊滅的な打撃を齎したことを。あの人が、それらを斬る必要に迫られていることを。わたしは、知っていた。




 ——ガッシャアァアアンン!!



 硝子が砕け散るように、『世界』が終焉を迎える。

 最後に見えた視界は——ひとり、"結界"の中で鍛錬を繰り返す彼女の記憶。

 もの言わぬ骸と成り果てた、かつての仲間達の残骸を、時折寂しげに見つめて。

 報われないと知りながら、孤独に鍛錬を繰り返し——


 直前の光景はぶった切られ、僕の視界は、僕の思考は、僕の意識は、暗転する。

 流転する。

 逆流する。

 遡行する。



 ——



 両手を前に掲げ、前を見据える。

 最後の攻勢、その秘策は『らせん』だ。あれをフリージアの際限のない防御に叩き込む。


 新しい魔術理論である『らせん』は、肉体(フィジカル)ではなく技術(テクニック)である。

 『偽物の世界』での肉体面の鍛錬、魔力の鍛錬は、術式から解き放たれ、肉体や記憶の欠損が埋められると同時に消失してしまった。しかし、技術は違う。知識は、知恵は失われない武器である。それこそ、自ら捨てでもしない限り。


「はぁああああああ——!!」


 気合いに、気迫に、号令に呼応して渦を巻くほどに魔力を絞りだし、束ねる。

 殺到する殺意の具現、光の奔流をも『らせん』に巻き込むようにして、力を一点に高めていく。

 その場所には、石床を強く踏みしめ、金の髪を靡かせたシャロンの姿がある。蒼の瞳はまっすぐに標的(フリージア)を射貫き、幾百幾千の針が今まさに到達せんというのに、僕への信頼は小揺るぎもしない。


「"回れ、久遠に()くために"」


 ――極度の集中。

 針の動きの一本、細められるフリージアの赤い目、高く片足を上げるシャロン。

 一瞬一瞬が、まるで絵に描いたように、僕の目に映る。

 "全知"の力を解放したときのようだ。


「"回れ、蒼き義のために"」


 フリージアの指先が動き、針の方向が僕へと転じる。振りかぶるシャロン。


「"世界を壊せ"」


 しかしここに、詠唱は完成する。

 『らせん』が、シャロンの左腕に顕現する。――彼女自身の右手に握られた、取り外された左腕に。

 細めていた目を見開いて、フリージアが口を開く。

 だが、僕らの方が、一瞬早い。


「"永劫『らせん』の――"」「"――ろけっと・ぱんち!"」



 蒼が、金が、一筋の線と見まごうほど。

 僕の詠唱を引き継ぐ形で、シャロンが投げ放った自らの左腕は、衝撃波と『らせん』を纏いながら、フリージアの防御の全てを完全に――跡形無く、貫いた。

いつもお読みいただき、感謝の念でいっぱいいっぱいです。


リアル事情がばたばたすることが予測され、偶数日更新が危ういかもしれません。

それでも、できる限りは続けていきたいと思っています。よろしくお願いします!


更新頻度が落ちようとも、読んでくださる方が一人でもいる限りは完結まで書き切りますので、今後ともどうぞ『オスシャロ』にお付き合いくださいませ。

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