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僕と戦いと金と銀

 銀髪赤目の少女が駆る、白光の細槍。

 針のようなそれらは、いっそ美しいまでの輝きと、明確な害意を持って僕らに殺到する。


 射出された光の針は、すぐ直前に僕が居た場所と、すぐ後に動こうと思っていた場所に、深々と突き刺さる。そうして光が消えた先は蜂の巣のように細かな穴だらけになっている。当たったらただでは済むまい。

 その光の針の奔流は、”肉体強化”を受けた僕を的確に追尾し、微調整し、再び降り注いでくる。


「ちぃっ!」


 僕が無詠唱で使える数少ない魔術である"剥離"を駆使して、床石をひっぺがして防御に回す。


 ざすざすざす!


 つやりとした石の床にあるまじき音を立てながら、針が深々と埋まり込んでいく。

 いくつかはその切っ先が反対側――僕の側にまで貫通している。ひ、ひえぇ。

 喉はカラカラで、冷や汗が首筋を濡らしていく。


「"白の洗礼ほわいとあうと・でぃすとーしょん"」


 短文詠唱。

 白銀の髪を持つ少女の幻影が、歌うように呟く。

 ただそれだけで、後から後から無尽蔵に、足元に据えられた魔法陣からは光の針がとめどなく姿を表し、鎌首をもたげ、降り注ぐ。


『当たるとまずいです』


 そりゃあそうだろうよ!


 半ば金の閃光と成り果てるほどの速度で動き続けているシャロンからも、”念話”による忠告が飛んで来る。

 細く鋭い光の切っ先は、ともすればシャロンの攻撃力ならば吹き飛ばせそうにも思える。しかし、シャロンは攻めあぐね、回避を余儀なくされていた。彼女の持つセンサー類が、あの攻撃の危険性を看破しているのだろう。


 シャロンの忠告もあるが、もとより魔術師は頑丈さとは程遠い。僕は魔術師としては体ががっしりしている方だと思うが、それでも頑丈とは言い難い。一撃を耐えてでも何か行動をする、みたいなことには向いていないのだ。

 結果、僕もシャロンも、くるくる、くるくると時に壁を走り、時に床板をひっぺがしながら、フリージアの攻撃を躱し続けるほかない。


「痛い目にあいたくなければ、そのまえに私を殺してくれてもいいからね〜」


 暢気な調子でフリージアは言うが、その実現可能性が全く見えない。

 近付く道筋さえ見えない破壊の渦。その渦中、中心にありて赤い目はいたずらっぽく笑う、笑う。


「ほらほら早く早く早くぅ〜」


 湧き出る針は数を、速度を増し、降り注ぐ。

 もとは僕らを狙って放たれていたそれらは、やがて小雨のように広範囲に撒き散らされ、細かな穴を床石に無数に刻む、刻む、刻みつける。放っておけば大雨となるのは時間の問題とも思える。この狭い空間でいつまでも逃げ果せられるものではない。


「"見えざる(てのひら)、不可視の(かいな)、"うっわ危ねぇ!?――っくそ! "我が第三の(こぶし)となりたまえ"」


『シャロン!』


『はい! オスカーさんは2歩左で止まってください』


 "剥離"で巻き上げられ、針に刻まれ、散乱する小石。

 それらを"念動"魔術で中空に持ち上げる。

 交差したシャロンはそれだけで意図を察し、浮かぶ小石を手に取ると次々に、四方八方に放り投げる。霞むほどの速度で振るわれる腕から射出される小石は、数発で城門すら貫くだろう。


 ドドドドドドドギャギャギャギャン――!!


 着弾音は複数。

 鋼と鋼を勢いよく打ち合わせたような、硬質な轟音と火花を撒き散らしながら、シャロンは小石で迎撃する。

 僕らに当たらない軌道、見せかけの針は完全に無視し、回避が叶わないものだけを撃ち落とす。


 そのうちの数発は防御のためだけでなく、フリージアの足元に展開する魔法陣を狙い、矢さえ置き去りにする速度で飛んでいく。

 対するフリージアは落ち着いたものだ。唸りを上げ、速度が乗る前の光の針をなぎ払いながら飛び来る石を前に、実に楽しそうに手を広げてみせる。その所作で、小石の着弾、その寸前に、防御用と思われる魔法陣が多重展開されるのが一瞬見えた。赤い、赤い魔法陣。轟音。

 激突に伴なって、空間自体が波打つほどの波動と砂埃を巻き起こし、その姿が一瞬見えなくなる。


 僕はシャロンの言いつけ通りの場所から動かない。動けない。

 シャロンが撃ち落とした白光の針、その隙間に立つように、僕のまわりの地面が無残な細かい穴だらけになっていく。


「"見えざる掌 不可視の腕! 我が第三の拳となりたまえッ!!"」


 そんな僕にできるのは、シャロンが動きやすいよう、彼女の邪魔にならないようにバックアップをすることだ。

 シャロンは『バックアップします!』だとか言っていたけれど、僕は矢面に立つだけの技量がない。


 "念動"魔術によって、大小様々な石や床面が、あるものは高速で移動を続けるシャロンの手元へ、あるものは宙空に固定される。

 "肉体強化"で光を帯びる白い足が、細かな穴だらけになった地をめり込ませながら飛翔する。

 本来、空中では身動きが取れない。僕などはたとえ"肉体強化"状態であろうが身動きをしようと思う時間すらないのだけれど、シャロンは違う。その思考に耐えうる演算能力と、身体能力がある。

 しかし、宙で自らを動かすための推進力がない。ゆえに、空中では身動きが取れない。良い的となってしまう。そう、本来は。


 それを解決するのが、僕の役目だ。僕とシャロンは"念話"すら必要とせず、意図を汲み合う。


「"何をも通さぬ大いなる壁よ 安寧齎す礎よ 我が身を守る盾となりたまえッ!"」


 中空に固定された床板を、小石を、対物"結界"を足場にして、いまや金の疾風と成り果てたシャロンが宙を翔ける。

 光の尾を引く蒼い瞳は真っ直ぐに前だけを見つめているが、その姿勢からは僕への信頼感が溢れている。


 白光の針が、赤の魔法陣が、魔力形質の紫が、シャロンの金が、フリージアの銀が、最愛の蒼が入り混じり入り乱れ、いっそ幻想的な戦場を完成させている。

 巻き起こされる破壊の渦は本物で、『偽物の世界』ではなくて、時折掠める針は血を滲ませる。

 それでも、この光景の――神話のような光景の、目撃者となっている状況は、否応無く精神を高揚させた。


「いやいや、馬鹿か僕は。目撃者じゃない。僕が吹っかけた勝負だ」


 だから、観客ではいられない。

 意味のない戦いを、無意味なままで終わらせるわけには、いかない。


 ドドドドドガガガガガ!!


 視認できる速度を超えた戦いは、前衛をシャロン、後衛を僕に固定し、攻防をめまぐるしく推移していた。


「とぉっ!」


 バキャ!


「えぃっ!」


 ガキャ!


 肉弾戦の距離にまで持ち込んだシャロンの振るう脚が、拳が、フリージアの守りを何枚もまとめて葬っていく。

 激しさを増して降り注ぐ針の雨は、できる限り僕が"結界"や"念動"で動かした石で対処している。二重詠唱(ダブルキャスト)の大盤振る舞いだ。

 魔力消費はもとより、詠唱のために口は乾き、舌は噛み、僕の方に飛んでくる針をも対処して。

 だが、降り注ぐ雨の全てをそれで避けることなどできようはずもない。

 なにせ、フリージアの光の針も、シャロンの拳と同じく、一撃ごとに僕の"結界"を破るのだ。

 防ぎきれない部分は"硬化"の呪文紙(スクロール)で僕もシャロンも防御の能力を高めてはいる。

 "六層式神成陣"の回復効果も作用し、魔力の充填や、傷の回復も驚くべき速度で為されていく。

 それでも、疲労は蓄積し、綺麗にもらった一撃の激痛が脳を焼き、服はズタボロになっていく。


「とぉっ!」


 バキャ!


「あはははははは〜!!」


 破られるたびに新たな魔法陣が、シャロンの行く手を阻む。

 目の前の、あと一歩踏み込む距離が、遠い。


「はぁ……思った以上にノリノリだな。

 やっぱりいくつになってもガキはガキ、か」


 皮肉げにこちらを揶揄する、椅子に腰掛ける『勇者』のほうにも、『聞こえてるよ〜』とばかりに数本の針が飛んでいく。いや、もしかしたら誤射かもしれないが。

 しかし奴はそちらに視線をやることすらなく、その悉くを撃滅する。

 あと半歩というところにまで迫った針は、『勇者』のまわりでくるくると回っている、薄黄色く透き通った、盾の形をした光に阻まれ、消滅する。


「えいっ――くぅッ」


 バキャン!


 シャロンが初めて、苦痛の声を漏らす。


 (トラップ)。砕かれ続ける防御魔法陣に、フリージアの攻撃用の光の針が留め置かれていたのだ。

 その間にも、防御の魔法陣はどんどんその量を、厚みを増して彼我の差を絶望的なものにしていく。

 追撃とばかりに降り注ぐ針の豪雨は、石壁を、僕の"結界"を、直線上のすべてをなぎ払い殺到する。


 バックステップ、宙返り、宙の床石を蹴っての空中ジャンプを駆使してシャロンが後退。

 そのまま僕と背中合わせに停止する。

 めまぐるしく変化する戦場に、魔術を駆り肩で息をする僕と、背中合わせのシャロン。背中越しに、あたたかさとともに頼もしさが伝播する。

 シャロンは僕とは対象的だ。息も上がっていなければ汗すらかいていない。


「つよいですね、あの小娘」


「ああ。やってることは単純なはずなのに、べらぼうに強い。

 あと小娘呼ばわりしてるけど、シャロンより年上だぞあいつ」


「わたしはまだ生後一年経っていないピチピチですからね」


 いや、僕はべつにそういう意味で言ったんじゃないんだが。


 フリージアの強さは、あくまで対処しようのある強さだ。

 それでも僕より、シャロンよりも遥か高みに位置しているのに違いはないのだが、『勇者』のような理不尽なものじゃない。


「かなり手を抜いていて、あれですからね。

 先ほど、私が後退を余儀なくされた攻撃、あれでその片鱗が見えました」


「さっきの魔法陣に仕込まれた攻撃のこと?」


 背中越しに、シャロンの頷く気配が伝わる。

 問答のうちにも、やや勢いは落ちたものの、大雨のような針は間断なく降り注いでいる。

 それを僕らは"結界"や石をぶつけながら、辛うじて凌いでいるという状態だ。

 余力なんて、すでに消し飛んでいる。魔力消費も、傷の回復も、追いついていない。

 次の攻勢が、おそらく最後となろう。


「あの攻撃には、気配がありませんでした。

 正確には、魔力感知も、熱源感知も働きませんでした」


「むしろ今まで感知できてたのか、この針の雨を」


 再び、頷きが伝わる。

 シャロンの演算能力のほうが、眼鏡を用いた僕よりも、よっぽど"全知"らしい気がする。


「おそらく、オスカーさんが仰っていた幻覚スキルによるものです」


 目に見えない攻撃。

 目どころか、シャロンの感覚器を用いてさえ、とっさには判断できない代物。

 そんなものを、この攻防に織りまぜることができる。

 いまでさえ針の雨を振り払うのに精一杯だというのに、これが『見えない雨』まで含むとなると、対処のしようがなくなってしまう。


「その油断というか、余裕を持って、手を抜いている今しか、勝機はない――か」


 三度頷くシャロンに、僕は短く指示を伝える。

 僕が『偽物の世界』を脱した秘策を交えた、一回限りの作戦だ。


「僕を、信じてくれるか?」


「はい。――あのですね、オスカーさん。それは愚問というのです」


 後ろで少し微笑んだ気配を最後に、シャロンが離れる。

 それを作戦開始の合図代わりにして、僕は針の嵐へ――暴威の化身へと、その身を進ませる。



 ――これが、最後の攻勢だ。

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