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僕とくらやみ そのさん?

今回は短いですが、キリが良いところで切っています。

 どうやら自分で書き残したらしい床の文字に、僕は首を傾げる。


 その間にも、目の中に小石を押し込んでかき混ぜたような、異物感のある堪え難い痛みが、じくじくと頭から発せられている。発せられ続けている。

 魔力の使いすぎとは何か違うように思えるが、その原因にも皆目見当が付かない。


 しかし、見当が付かないといえば、自分の字で書き置きされた内容のほうが、よっぽど不思議だった。


 はて。板。倉庫。板?

 全く書いた覚えがないのはもとより、板というのはなんのことだろう。


『シャロン 服 隠しポケット 倉庫 板』


 何度見ても、情報はそれだけだ。


「しゃ……」


 自分の名前さえ思い出せない僕が、せっかく床の文字で思い出したのに、(しゃが)れた喉は(つか)え、うまくその名を紡げない。

 彼女の煌めく金の髪を。微笑む蒼い瞳を思い出したのに。あんまりといえばあんまりな仕打ちだ。


 目の奥がちかちかとするくらいに痛む頭を押さえつけると、かわりに込み上げてくる嘔吐感。

 そこいらに吐瀉の跡があるので、散々吐いたあとなのだろう。吐く内容物なんてもはや僕の身の内には欠片もなく、ただぶち撒けられた胃液があちこちの地面を濡らしている。


 魔力光に照らし出された狭い部屋の中には、微妙に掘られた床や、その床を積み上げたらしい壁があったりするだけで、他の人物が隠れ潜むほどの広さはない。

 となればこの状況をなした人物も僕自身であるはずなのだが、僕の頭にその記憶はない。


 暗闇と孤独は人を狂わせると、聞いたことがある。いつ聞いたのかすら思い出せないことだが、僕も半ば狂いつつあるのかもしれない。

 発狂もできないはずなのに、おかしいな。


「――?」


 発狂、できないはず?

 それはなぜだ?


「……」


 自分で自分の思考がわからない。

 そんな脳内の疑問にも、もちろん答える声もなければ、答える概念も持ち合わせていない。

 奇妙な感覚は苛立ちだけを募らせ、頭痛がそれをさらに盛り立てる。

 頭も身体も調子がおかしいが、こんなところに長くいればそれも無理はないだろう。長く、といってもどれだけここにいるのかすら、今の僕にはわからない。

 何もわからないなら、過去にそういう便利な板を作ったこともあったのかもしれない。

 わからないならわからないなりに、メモ書きの内容に従うとしよう。どうせ、他にやるべきこともわからないのだから。



 シャロン。

 眠ったように静かに佇んでいる彼女に向きなおる。

 さらさらと絹糸のように流れる金の髪を持つ彼女は、肘から先の部分と、腰から下の部分が綺麗さっぱり消失している。


 彼女は、人間ではない。

 腕の断面からは、その内部にぎっちりと詰め込まれた未知の構造が垣間見ることができる。

 魔力光のもとで照らし出される構造は、極小の金属が整然と詰め込まれており、ぷにぷにとした水の膜のようなものに包み込まれた状態で、体外に零れ出てくることはない。


「ご……」


 ごめんな。


 声が詰まったようになって、うまく言葉が発せない。

 聞くことはおろか、もう二度と動くことはないであろう彼女に向けて、僕はせめて心の中だけででも謝る。無論、自己満足に過ぎない。


 冷たくも、ふにふにと柔らかい彼女の頬に指を這わす。


 ふにふに


 すべすべ


 手足だけでなく胸にも大穴が空いており、無残としか言えないような彼女の表情は、それでもなお穏やかだ。

 数滴の雫がぱたぱたと、本来彼女の太腿があるべきあたりの地面に黒い沁みを作る。


 ごめんな。


 再び心の中で詫びて痛む頭を切り替えると、彼女の纏う服の、その隠しポケットとやらを探した。

 パッと見ただけでは眠っていると見まごうような美女の服を漁る自分がどう映るかというのは客観視したくないものだが、ここには僕しかいない。僕と、シャロンだったものしかいない。


「う、うぅ……」


 痛む頭で、滲む視界で、隠しポケットを探す。

 なぜか僕が探る前から、服を留めるボタンの一部がはだけた状態になっていたり、ヨレていたりする。

 できる限り丁寧に、僕は彼女の服を探った。

 ぱたた、と彼女の服を水滴が汚す。

 この()は、シャロンは、僕にとって間違いなく大切な存在だった。

 ぐちゃぐちゃの頭では自分の名前さえも思い出せない僕でさえ、それだけはわかる。


 嗚咽を堪えながら、吐き気を堪えながら、少女の服をまさぐるうち、ようやく指先が何かを捉える。

 コルセット部分の裏側に設けられた、小さな隠しポケットだ。何かの刺繍のような指触りと、硬い感触がある。刺繍。何かが記憶を刺激する。が、その記憶を掴もうとしても、水に浮かぶ泡のように、追えば追うほど儚く溶けて消えた。


 硬いほうは小さな板状の何かのようだったので、おそらくこれが求めているものだろう。

 慎重に引っ張り出してみると、それはどこか見覚えのある板だった。

 大きさは掌より小さいくらいで、紫色の小さな粒がそこかしこに埋め込まれており、精緻な紋様のそれぞれに魔力を供給するための役割を果たしている。いや――これも正しく過去形で『果たしていた』とするべきか。

 隠しポケットの位置と、シャロンに刻み付けられた痛々しい胸の大穴の位置はズレていたように思えるのだが、その板は本来の機能を発揮されることを望めないくらいには、抉り取られているのだ。


 壊れた(死んだ)彼女の持ち物を漁るような真似までして、結局何にもならない。なんとも滑稽だ。

 調べるために少し乱れてしまった着衣をできる限り丁寧に直す。ボタンや服の折り込みの一部はいまいち作りがわからなかったからそのままになってしまったが、できる限り。そうして、金の髪を指で梳いた。

 降り始めの雨のような辛気臭い雫が、ぱたぱたとその髪、その服、その柔肌を濡らし続ける。


 ごめんな。


 僕なんかのために、こんなことになってしまって。

 自分自身のことさえ思い出せないくらいに狂ってしまっているこの僕に付き従った結果が、これだ。

 君は無駄な犠牲になってしまった。


 ごめんな。


 こんなことなら、誰かを助けようとするんじゃなかった。

 こんなことなら、僕が彼女を見つけなければよかった。

 こんなことなら、僕だけ孤独に力尽きたほうが、どれだけよかったことか。


 左足を引きずりながら、シャロンの隣に腰を落ち着ける。


 もう何もかも、疲れてしまった。

 僕が僕のためになぜか残した伝言も空振りで。それに関してももはやさほどの落胆も感じていない自分がいる。

 ただ、『やっぱりか』というような、諦めだけがそこにある。

 外界との連絡手段や、脱出手段になりそうなものは、その悉くがまるで僕の思考を読み取ったかのように封じられている。


 せめてシャロンが無事であれば、二人がかりの魔術で状況を打破できたかもしれない。この場にはどういうわけだか濃密な魔力が渦巻いているから、出力を引き上げることができればなんらかの光明があったかもしれない。

 せめて腕輪があれば、何かができた気もする。僕と彼女は、たしか腕輪を持っていた。ただの腕輪じゃない、魔道具だ。何ができたのかは思い出せないけれど。その腕輪も僕の腕から、シャロンに至っては腕ごと、消失してしまっている。

 せめてこの板が無事ならば、倉庫を経由した連絡が取れた。倉庫を経由とは我ながら意味不明だが、なんとなく、そういう方法が浮かんできたのだ。まあそれも、板が壊れているので結局意味をなさないのだけれど。


 ごめんな。


 ――僕は、目を閉じる。

辛気臭い話が続いていますが、次回でこの暗い状態は解決編の予定です。あくまで予定、です。

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