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閑話 - ウチらの留守番

 そわそわ、そわそわ。


 お客さんがおらんよーになって、商品も棚に並べ終わって。

 やることがなくなってもーた。


 いつもやったらこういうときは、シャロちゃんやカーくんが構ってくれるんやけど、ふたりは『赤いの』と長旅に出た。

 それがお昼食べてすぐくらいやったから、まだそんなに経ってへん。でも、ウチもアーちゃんもラッくんも、なんか落ち着かへんでそわそわしとった。


 アーちゃんは、物がごちゃっと置かれてるカウンターを、床を、棚を、店先を塵ひとつないまでに掃除して、それでもやることがなくなってもーて首輪を磨いてる。

 ウチのと違って傷ひとつないし、紫の石もピッカピカ。それでも丁寧に、大事そうに、アーちゃんは磨く。


 ラッくんも、1階でウチとアーちゃんの間をうろうろしたり、座ったりを繰り返して、落ち着かへんみたいやった。

 いつもやったら2階でお勉強してるか、お昼寝しとる時間。らっぴーの姿は見えへんから、たぶんやつはいつもどーり上で寝とるな。マイペースなやつや。


「ちょーっと前まではウチらだけで生活しとったのに、なんか変な感じやねぇ」


 家主のいない工房は、まるで中身のからっぽな水桶みたいで、がらんどうで、何かが違って。

 だから。なんか、変な感じ。


「オスカーさまもシャロンさまもお留守なときは、今までもあったの。それがちょっと長いだけ、なの」


「そりゃま、そーなんやけどな」


 その、ちょっと長いだけ、の最初の最初でこれだけ変な感じがする。それとも、この変な感じも慣れるんかな。

 カーくんたちと暮らすようになった頃に感じてた、むず痒いような、こそばいような、そんな感じにも慣れたみたいに。


「あにうえさまたち、いつかえるかな」


「そうやなー。ラッくんのたんじょーびーには帰って来る言うとったから、えーっと、んー、にゃあ」


「20にち、なの」


「それそれ! 寝て、起きて、寝て、良い子にしとったら帰って来るわ。

 お祝いしてくれるって言うとったし、我慢しよな」


 ラッくんはふたりの旅立ちに、みんなで行くもんやと思ってたらしくって、しばらくご機嫌ナナメで唸っとった。

 それでもちゃんと二人を送り出してからは、うろうろしたり、ぼーっとしたりしとったもんやけど。


「たんじょーびーより、あにうえさまと、あねうえさまが元気でかえってきたら、それでいい」


 ぷぅ、と口を尖らせながらも、ふたりを案じるウチの弟はめちゃんこかわいかった。


 カーくんがシャロちゃんのことを『てんしみたいなかわいさ』って言うけど、ラッくんもかわいいんよ。

 なんて、いまここにおらん相手に張り合ってみても、しゃーないんやけど。


「まー、大丈夫やって。

 カーくんもシャロちゃんもめっちゃ強いんやで。ふたりも、知っとるやろ」


 ちょっとだけ。ちょっとだけ気にかかるんは、その二人よりももっともっと強い『赤いの』がおる、ってことやな。

 どーも、シャロちゃんとカーくん二人掛かりでも相手にならんくらい強いみたい。


 そこまでなると、もう強い強くないの話にウチは寄れへんからそれはええねんけど、その意味わからん強さを抜きにしてもあいつはやばい。ウチにはわかる。

 あの『赤いの』は、ほんのちょっと前に仲よー喋っとった相手でも、必要なら平気で殺す。そういう、不安定な、安心できへんような。そんな、やばさがあいつにはあった。


 だからこそ、ウチは後の事をふたりに任せて、あいつに飛びかかった。

 まあ、カーくんに文字通り止められたし、カーくんと壁にぶつかって気ぃ失うし、ラッくんにもめっちゃ怒られるし、結果は散々やったんやけど。


 ただ、あいつから感じたやばさは本物や。本物やったと、思う。

 今までに、そういう『あ、これやばいやつやん』っていう感覚んなったことが、2回だけある。



 1回目は、ウチもまだちっちゃい頃。

 すっごい雨、すっごい風が住み処をぜーんぶ壊して、ぜーんぶ飛ばしてったとき。

 今でもしっかり覚えとる。それだけ、キョーレツやったってことなんやろな。


 あんとき、ラッくんはまだ生まれとらんかったはずや。

 ウチはまだちっさいアーちゃんと、たまたま山に迷い込んだ人間の子をかかえて、『ひみつきち』の洞窟で、寒くて、怖くて、震えとった。

 貯めとった木の実を3人でもそもそ食べてな。寒かったけど、3人でひっついてる間だけ、ちょっとだけ温かかったんをよー覚えてる。


 ごぽごぽいうて水が足首あたりまで上がってきて、『ウチがおるからだいじょーぶや!』なんて言ったりしたような、そんな小っ恥ずかしい記憶。なんもだいじょーぶなことあれへんかったんやけど、そっから3人で震え続けて、よーやく水が引いてった時には朝日が眩しかったっけ。


 いつもウチらに優しい雨も、風も。あんときばっかりはウチらを殺しに来とったように思う。

 あんとき、里では死んだモンも、結局見つからんかったモンも、何人もおった。前の日にいつもどーり喋っとった里長んとこのアホガキも、冷たーなっとった。


 不安定な、大きな力。大人んなった今でも、嵐が来るとウチは身が竦む思いがする。


 ——そういや、なんであのガキんちょはあんとき山におったんやろな。雨に降られて危ない岩場で立ち往生しとったのを、ウチが手を引くアーちゃんが見つけたんは覚えとる。

 そんで、ウチはそのアーちゃんと同じ歳くらいのガキんちょを放っとかれへんなって、『ひみつきち』まで連れてったんやったっけ。

 ウチのせいで猫人族の里が人間にバレるんやー、っていうて里の場所を移すことんなったし、そのあとどーなったんかはわからへん。

 ガキんちょ、元気にしとるんかなぁ。


 

 2回目は、もっと最近。シャロちゃんに初めて会うて腰抜かしたとき。

 向かいに立っただけで『あ、ウチ死ぬんやな』っていうんがわかった。


 いくら上に泳いでも水面がみえへんときの息苦しい感じと、心細さと、冷たさ、みたいな。


 それか、でっかいでっかい、地面が見えへんくらいでーっかい木に登ったんはええけど、枝がバキって言うて体が浮いた瞬間、みたいな。


 けど、もうシャロちゃんからああいう怖さはなくなった。カーくんの邪魔になるならやっつけるってのは今も変わってへんと思うけど、それでも得体の知れん怖さではなくなった。

 ウチが慣れたってのもあるんかもしれんし、シャロちゃんと打ち解けたからってのもあるかもわからん。でも、ウチはシャロちゃんが——カーくんのために成長したんや、って。そう思ってる。



 カーくんが山を落とした時のんを3回目に数えてもええかもわからん。

 山が落ちてくる、っていうんも怖かった。そりゃもー、直接的に『あ、死ぬわ』って思ったし、怖かった。

 でも、ウチはあのとき、何よりも。情け容赦ない、まるで死人みたいな顔してるカーくんが怖かった。


 あのままやったら、カーくんも『赤いの』みたいになってたんかもしれへん。

 何が——誰がカーくんを止めたんかはわからへん。わからへんけど、ウチはそれに感謝しとった。

 キャラ立ち? がどうとか、しょーもないことで、あーでもない、こーでもない言うてる今のカーくんが好きやから。



「まあ、ウチらがあんま心配してもしゃあない。

 カーくんとシャロちゃんがめっちゃ強いんは確かなんやし、ふたりであかんような状態やったら、ウチらがおっても足引っ張るだけやわ」


「でも、オスカーさま、わりとよくぼろぼろになってるの」


「にゃはは。せやなぁ、たしかに。

 なんかだいたい、無茶して魔術使いすぎてぼろぼろんなってる気ぃするな」


 アーちゃんが呆れるのも無理なかった。


 カーくんは、まわりのモンが大事すぎて、自分がその勘定に入ってへん。

 やから、すぐ無理をする。すぐ無茶をする。他人(ヒト)のためやっていうて、自分を蔑ろにする。

 ウチやシャロちゃんが、ときに実力行使を含めて諌めても、またそのうちなんかやらかしおる。

 その彼自身を大事に思うモンもおんねんから、もーちょい気ぃつけてほしいもんやった。


 でも。


「まー、だいじょぶやって。シャロちゃんが一緒におんねんから。

 そんな無茶なことはさせへんやろ」


「なの。ラシュが付いて行きたがったからちょっとだけ、不安だったけど……。

 シャロンさまがいれば、安心なの」


「ぼく?」


 急に話に出されたラッくんが、うろうろをやめて、ぴんと耳を立てて反応する。


「なの。だって、あの日も——アーシャたちが攫われた日も、ラシュはちょっと様子が違ったの」


「そうやったっけ?

 あ、いつもはウチに付いて来ようとするのに、あの日はアーちゃんから離れへんかったんやったっけ」


 ウチの言葉に、アーちゃんはくりっとした瞳を伏せてこくりと頷いた。


「なんか、むずむずした、から」


「そっかぁ。ラッくんは実はなんかすっごい力とか、あるんかもしれへんな。

 なんか危ないのがわかるねん、みたいな。技名考えなあかんな!

 さすがウチの弟やな! うりうり」


「うー、うー。くすぐったい、よ」


 わたわたするラシュの耳の後ろあたりをこしょこしょ。


 少し、空気が和らいだ気がする。

 工房を包んでた、なんとなくの不安。

 そういうのを、ぜんぶ、ぜんぶ。拭い去るように。

 ふわふわの、白っぽいラッくんの耳の後ろをこしょこしょする。


 そんなことをしていたら、工房の扉に手を掛ける、微かな音がした。


 バッと扉のほうを振り向いたウチら三人の視線の先におったんは、扉を開けて、思わぬ視線にさらされて一瞬固まるカイくんの姿。

 


「これはまた随分と、熱烈な歓迎だね。

 何かが届く予定なのかな。

 すまないが私は特に今日は手土産の持ち合わせがない」


「あ。お菓子のひと、こんにちは」


「あっ、ごめんなさいなの、いらっしゃいませなのっ」


 ぱたぱたと動き出すアーちゃんに、カイくんは笑顔を形作って、気にしないで、みたいにふわりと手を上げた。

 きっとカーくんがおったら、またぞろ『これだからイケメンは!』みたいなことを言いそうな微笑み。


 カイくんはゆっくりと工房を見渡し、そしてやれやれと肩を竦めてみせた。


「オスカーに依頼があったんだが、——どうやら不在のようだね」


「ちょっと急な用があってなー、恩人を助けに行くんやって。

 どしたん、その剣壊れた?」


「いいや。黒剣(こいつ)はすこぶる快調だとも。

 なにせ岩ごとオークを両断してしまう。快調すぎて扱いが怖いくらいさ。

 依頼は冒険者組合から僕個人への指名依頼——というよりもオスカーの協力を見込んでのものだと思うが」


「しめーいらい?」


「ああ、そうさ。ラシュくんも冒険者になりたければ、覚えておくといい。

 依頼にはいくつか種類がある。そのうちのひとつが指名依頼だ。

 普通の依頼はレベルさえ足りていれば、誰が受けても良い。依頼料との兼ね合いで、受けるかどうかを好きに決められるんだ」


「ひつじさんのところに行ったのは、普通の依頼、なの?」


 カイくんはしゃがんでラッくん、続いてアーちゃんと目線を合わせ、にこやかに続ける。


「ああ、そうだね。

 それとは違い、指名依頼は『あなたにお願いします』って最初から決まってる依頼だ。

 できれば表沙汰にしたくないものだとか、能力を見込んで、だとか。理由は様々だけれどね」


「そなら、なんでわざわざ組合ってとこを通すん?

 直接やればええやん、カーくんとこに依頼に来てるみたいに。

 てすーりょーとかいうんが掛かるんやろ?」


「直接依頼できるのであれば、もちろんそれでも構わないよ。

 組合を通すということ、第三者機関を間に挟むということは、その工程や結果に対して組合がある程度の責任を負ってくれるという利点がある。

 顔を繋いだりだとか、ぼったくられないようにだとか、あとは煩雑な処理をやってくれたり、だとかね。組合を通すと税金も優遇されるようになっている」


「ほーん」


『なっているというか、そうしているのは父上が決めたことだけれどね』みたいに捕捉するカイくんの話の半分くらいは、正直なところ、ウチにはようわかってへんかった。

 けど、なんとなくわかったで、みたいなふうにしとく。ラッくんもなんとなくわかった、みたいな顔しとるから、ウチがあんまりわかってなかったら悔しいし。


「今回は組合からの依頼だから、ほとんど強制のようなものさ。

 私はまあ構わないのだけど、オスカーに頼りきりというのも、いささか決まりが悪い。

 話が早いので、つい頼ってしまうのだけれどね」


 なんだかんだ憎まれ口をしつつも、カーくんは頼られることが嬉しいらしいから、ええ友人同士ってことなんやと思う。

 なんかええよな、そういう友人関係。


 ウチはシャロちゃんと、しっかり友人やれてるんやろか。

 カーくんの嫁、ふたりの持ち物、ペット、関係性はなんでもええけど。

 シャロちゃんも、ウチらのこと仲良しやと思っててくれたら、嬉しいな。——帰って来たら、またシャロちゃん誘ってお買い物行くねん。


「しばらく帰って来ぇへんと思うから、残念やったな。お祭りの頃には帰る予定やから、その頃まだ解決してへんかったら来てみ。

 それか”念話”飛ばすか、やな」


「けっこうな遠出なんだね。

 いよいよとなればそれも選択肢に入れておくよ、ありがとう」


 すくっと立ち上がったカイくんは、一息嘆息すると、苦笑いをして髪をさぁっと搔き上げた。


「——それで、どういう依頼やったん?

 ウチらじゃどうにもできへんとは思うけど、聞くだけ聞かしてぇな。気になるし」


「あまり依頼内容を口外するものではないが、まあ君たちはオスカーの家族だからね、構わないよ。

 例のごとく魔術絡みと思われる依頼だから、彼の追憶魔術頼りになるかと思っていたんだ」


 カイくんは椅子を引くと、そっと優雅に腰を降ろした。

 アーちゃんがすかさずお茶を置く。カイくんは手を少しあげて礼をすると、一息置いて、続けた。


「なんでも、昨日の夕刻あたり、町民が突然身動きできなくなるという現象が発生したらしくてね。

 何の前触れもなく突然それは起こり、また突然なくなったらしい。

 この原因の調査と、再発の有無を調べることが……あれ、どうしたんだい、みんな。どうして目を逸らすんだい」


「へ、へぇー、そりゃーアレやなー、不思議なこともあるもんやなー、って思ってにゃあ。

 にゃはは、にゃははは」


 ついっ、と視線で助けを求めると、アーちゃんはカウンターに引っ込んで首輪磨きを再開しとるし、ラッくんは暖炉前で布を取り出して丸くなり、お昼寝の環境を整えはじめとった。なんたる早業。

 ふたりとも、さも関係あらへんし興味もないよってふうに装ってるけど、耳と尻尾がぴくぴくしとる。


 く、くそぅ。おねえちゃん、頑張る。


 そうしてウチの白々しくも全くシラが切れていない受け答えは、カイくんがおおまかに事情を察したふうに頭を抱えるまで続くことになった。

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