表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/445

僕とくらやみ そのいち

 しばらくずっと、ぼーっとしていた。

 いつしか魔力光は消え失せて、あたりはまた完全なる闇の底に沈んでいる。


 なにをする気も起きない。

 ぼーっとしていたのが10分か1時間か10時間かも、もはやわからないし意味もない。


 勇者やフリージアがどうしたかも、もうどうでもいい。全てのことが、もはやどうだってよかった。


 この場所があの特殊結界の内側であることは確かなようで、腹が減る気配もなければ魔力も充填され続けている。むせ返るほどの高濃度の魔力が気持ち悪い。

 あれだけ無責任に死を忌避していた罰なのか、彼女のそばで餓死することすらできない。


「――」


 彼女は、シャロンは、何も言わない。動かない。こちらを見ない。

 "全知"なんて超常の力なんてなくたってわかる。彼女(シャロン)はもう完全に死んでいる。壊れている。終わっている。

 手を触れても、ひんやりと冷たい。しかし肌は柔らかなままだ。


 このまま、シャロンだったものは、朽ちる事もないのだろうか。

 僕はいつか朽ちてしまうだろうけれど。


 シャロンの、シャロンだったものの側に、どかりと腰をおろして彼女同様、()()()()()

 どうやらこの"結界"、僕の出入りも禁じるようになったらしい。

 『勇者』が斬ったことで、何か壊れでもしたのかな。


 まぁ。どうでもいいが。




 ――2日目。

 と言っていいのかはわからない。時間の経過が不明なためだ。


 暗闇は、簡単に人の平衡感覚を狂わせる。

 耳が痛くなるほどの無音に、目を開いても閉じても変わらない光景。


 さりとて、魔力光を灯そうものなら愛しい人の亡骸と再びの対面を余儀なくされる。

 僕は、目を閉じた。開いていたときと全く変わらない光景がそこにはある。




 ――3日目。

 眠って起きたら一日経過したと見做すことにした。

 日数にさしたる意味などないが、それを言うならば、この場で意味のあることなど何もない。


 呆気ないほど簡単にシャロンが壊れて(死んで)、呆気ないほど簡単に意味のあることが消失した。


 アーニャたち姉弟を工房に残してきてしまったことだけが、唯一心残りといえば心残りに悔やまれる。


 出掛けにアーニャとシャロンは帰ってきたあとの約束をしていたっけ。今となってはもう果たせないその約束。僕のせいで果たせない、その約束。

 アーシャは僕らの分のご飯を、"倉庫"に入れておくと言っていた。食べられることのない料理を作り続けるその心境はいかほどのものだろう。

 ラシュの誕生日までには帰る約束をしたんだったっけ。工房の戸が開くたび、ラシュはそちらを伺って、僕らの帰りを待ち侘びていそうだ。いつまでも帰らない僕らのことを、ずっと、ずっと。


 僕やシャロン亡き後に、追加される工房の商品は塩だけだ。

 しばらく、何年も生活できるだけの蓄えはある。しかし、それも時間の問題だ。そもそも、アーニャたちは"倉庫"の金貨を使ってくれるだろうか。あれだけ給金を受け取るのすら拒んでいた彼女らが。


 抑止力たる僕とシャロンがいない今、再びルナールの時のような襲撃や、ならず者に困らされたりしないだろうか。

 彼女らしかいないことが数日を超え、数年を数えれば、世間的には主を失った獣人奴隷が3人としか見做されまい。

 どこか自由に逃げのびるか、せめて――カイマンあたりが、あの子たちの面倒を見てくれる、と考えるのはムシが良すぎるだろうか。


 もしどうなったとしても。もう、僕には、どうすることもできない。

 僕は、目を閉じる。いや、ずっと閉じていたのかもしれない。そこには変わらず闇だけがある。





 ――4日目。

 空腹も感じず、魔力も補填され、飲食をしていないので排泄の必要もない。

 ただただ、味気ない。思い返すのは、楽しかったときのこと。

 僕は、目を閉じる。




 ――5日目。

 目を開けても闇。閉じても闇。

 シャロンがいない。シャロンがどこにもいない。シャロンだったものはある。ただ、そこにある。

 出会ったときからずっと僕に優しかったシャロンの温もりはすでになく、その身体だけがそこにある。

 僕は、目を閉じる。




 ――6日目。

 あれ、5日目だっけ。まあいいや、6日目ということにしよう。どうせその数にも意味はない。


 壁は"結界"で弾かれるので、床に何日経過したのかを書いておくことにした。もちろんこの行為にも意味なんてない。


 魔力光を灯すと、両断されてなお可憐な僕の嫁(シャロン)だったモノがある。


 意図的に視線を逸らして地面を見やる。細かな筋がびっしりと入っている。


「……」


 よくよく見てみると、夥しい数の文字や線、何かの羅列がびっしりと刻まれているのだ、ということに気付いた。

 無意識に僕が書いたとか、そういうのでは、どうやらなさそうだ。


 床一面、隙のないほどびっしりと刻まれた文字や記号、意味をなさないのたうちまわった線などはきっと前任者(フリージア)のものだろう。

 やることも出来ることも何もないのだ、床がこんなことにだってなろう。

 まだ十分明るい魔力光を強制的に掻き消して目を閉じた。




 ――7日目。

 床に傷がつくならば、破壊だってできるはずだ。地面からだったら脱出が出来るんじゃないか?

 この結界の本来の目的は鍛錬と外敵の侵入防止のためだったはずだ。そんなことを、いつだったか、これまでに聞いた気がする。とにかく、本来の目的は中の者を逃さないためのものではなかった、はずだ。


 "全知"がない今、その正確なところはわからない。だが、ここを出られる兆しには違いない。

 出たところでシャロンがいない今、やりたいことなんてない。それでも、せめてここから出る。


 なに、魔力だけはいくら使っても充填されるんだ。硬い石造りの床だが、簡単に掘り起こすことができるだろう。

 そうなれば、シャロンも外に出してあげられる。魔力光のもと照らし出された彼女の表情はとても安らかだ。


 そうだ。外に出られたら、シャロンをどうにかして直そう。

 もう"全知"がないのだから、魔導機兵の構造も理論も一切合切が不明だが、僕の一生を掛けてでも直す。そうしよう。


 もし直ったシャロンが全てを……。僕のことを、僕らのことを、過ごした全てのことを忘れてしまっていたとしても。

 それでもいい。すべて教える。これまでのことを。過ごした日々のことを。僕がどれだけシャロンがいないとダメなのかってことも。すべて。


 『勇者』に部品を渡してしまったことが今になって悔やまれるが、過ぎたことを言っても仕方がない。

 シャロンをこんなにしたのだって、その『勇者』の手によるものかもしれないんだ。思えば、あいつは最初から魔導機兵に対する嫌悪感が強いようだった。人類を裏切ったとかなんとか言って。そんな相手と馴れ合うなんて。どうかしていた。


 ――いや、いい。

 とにかく、少しでも早く脱出しよう。脱出するとしよう。


 ここから出さえすれば、この部屋のすぐそばに、"倉庫"の実空間がある。

 そうすれば腕輪がなくとも、工房にいるアーニャたちと連絡をとることだってできるだろう。


「せい!」


 "剥離"で魔力(ちから)任せに床を引っぺがす。なんとなく、シャロンみたいな掛け声が出た。ずきりと胸が痛む。

 剥がした地面は、シャロンに当たらないようにそっと"念動"でそばに降ろす。


 ほどなくして、人が3、4人は余裕で通れるような大穴が床にあいた。

 見下ろしてみる。


 ……。


 当然のように、地面の下にも結界が張り巡らされていた。

 まあ。そうだろう。そりゃ、そうだろう。そうだよな。

 フリージアが何万年と出られなかった場所が、たった数日で出られるようなはずがない。


 そうして掘り返した足場をよくよく見てみると、掘り返した底側にも何かをびっしりと書き連ねた跡が見受けられた。

 つまり、この地面の岩盤一帯は一度掘り起こされ、そして埋め戻されたものなのだろう。

 失意のまま無造作に寝転がり、目を閉じた。




 ――8日目。

 削り取った床石を置いておくことで日数を数えることにした。




 ――9日目。

 石を増やした。




 ――10日目。

 石を"念動"で浮かべてぐるぐる回してみる。すぐ飽きた。




 ――11日目。

 限界まで魔力を引き出してみたら結界を壊せるんじゃないか、勇者もやっていたように。

 ……ということで、血反吐を吐くまで大容量の魔力を練り出し、石に纏わせる。


 "肉体強化"を同時に展開して石を結界に全力で投げつける。


「せいっ!」


 ずきりと傷んだのは、胸の内か、無理な魔力行使への身体からの抗議か。


 ぱちゅっと微かな音を立てて魔力は"結界"の壁面に吸収されていき、石は粉々に砕け散った。

 小エビが跳ねた程度の衝撃すら"結界"には与えられず、使い過ぎた魔力はすぐに結界によって充填される。

 いっそ魔力枯渇で死ぬほうが楽なのではないだろうか。




 ――12日目。

 特に何もない。




 ――13日目。

 特に何もない。




 ――14日目。

 特に何もない。




 ――15日目。

 特に何もない。




 ――16日目。

 何もない。




 ――17日目。

 何もない。




 ――18日目。

 何もない。




 ――19日目。

 床石を削り出して人形を作ってみた。




 ――20日目。

 人形を増やしてみた。




 ――21日目。

 人形をさらに増やしてみた。全部で5体。"念動"で動く。

 くるくる、くるくる。




 ――22日目。

 人形の名前を考えよう。

 小さいのふたつは後にするとして、まずは最初に作った人形に。


 ……。


 ――……。


 いいや。やめた。やめたというか、できなかった。

 最初、自らを人形だと言った最愛の人(シャロン)を思い出すから。

 いや、それも正確じゃない。片時も忘れてなどいなかった。

 ただ考えないように、思考を逸らし続けていただけだ。




 ――23日目。

 人形を壊した。全て。




 ――24日目。

 特に何もない。




 ――25日目。

 特に何もない。




 ――26日目。

 特に何もない。




 ――27日目。

 特に何もない。




 ――28日目。

 なんとなくだが、髪が伸びてきた気がする。

 食物も摂取していないし排泄も必要ないのに髪が伸びるのはどういう原理なのか。

 べつにどうでもいいが。ここには答えてくれる存在(シャロン)概念(ぜんち)も、もういない。

 原理がわかったところでとくに何をするでもないのだ。だから、どうでもいい。


 もう、何もかもがどうでもいい。




 ――29日目。

 特に何もない。




 ――30日目。

 特に何もない。


 何もありはしない。

ラブコメとは何だったのか――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ