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僕と彼女と『勇者』の出発

 『赤衣の勇者』との滅茶苦茶な出会いの翌朝。取り決め通り、『勇者』は再び工房を訪れた。


 朝というにはいささか遅く、実際は昼前なのだが、『勇者』は朝だと言い張った。

 そんなところで無駄に言い合って消耗するのも嫌なので、今は朝だ。その間に、こちらの準備もできている。


 シャロンには『勇者』がいる間、彼を刺激しないようカウンターの奥側に居てもらっている。

 何かあればすぐに飛び出せる距離であり、シャロンにとってのギリギリの妥協点であるらしかった。


 彼女が椅子にちょこんと腰掛けて大人しくしているさまは実に絵になる。

 口を開くと半分ほどは残念な発言だったりもするシャロンだが、静かに前を見据えてたおやかに微笑んでいる様は、出会ったときのような荘厳かつ神聖な雰囲気をいまも纏っている。

 たまたま居合わせた客も、静かに座っているだけのシャロンへ目線を吸い寄せられ、そのまま棚に頭をぶつけたりしていた。


 そんなシャロンの待機体勢を苦笑しつつ、『勇者』はカウンターの向かい、少し背の高めの椅子にどかっと座り込んだ。長身痩躯の『勇者』が座ると普通の椅子か、どちらかというと小さい椅子のように感じられる。


「それじゃ、はじめるけど」


「ああ。好きにしろ」


 確認を取りつつ、その手足に付けられた木の棒を外す。

 何で固定されていたわけでもないらしく、触れるだけで棒はぽろりと床に落ちた。

 『勇者』の左腕は肩から先が、左足は膝から下にかけてのあたりが欠けており、その切断面は人体にあるまじきのっぺりとした謎の質感となっていた。


「"世界の災厄"の攻撃を躱しそこねて、そうなった。

 こう、のっぺりしたゴムみたいになって何千何万の人が死んだ」


「――」


 なんと応えたものだろう。

 数十人の蛮族を討伐するのに抵抗はなかったが、身近な人が傷つくだけで僕の心はざわめく。

 何千何万など、もはや桁が違いすぎて。そうまでなれば、逆にもうなにも感じないのだろうか。


 ――いや、それはそれで、きっとずっと苦しむことになるんだろう。

 今だって、『討伐』なんて言い換えて、自分が命を奪った者に対して考えるのを避けているくらいなのだから。


 "治癒"をするときと同じ要領で、"全知"で傷口――と言っていいのかはわからないが、のっぺりとしたその断面を観察する。

 生体信号は来ているみたいなので、問題はないだろう。


「にしても、なんだって木の棒なんて挿してたんだ」


 『勇者』から外れて床に落ちているのは、本当になんのことはない、そこいらにありそうな長めの木の枝である。


「人は思ったほど他人に興味を持っていない。

 四肢に何かしらついていれば事足りるほどに」


「いや、さすがに限度があるだろ?」


 だって棒だぞ。

 とはいえ、それでシャロンまで欺いていたのだ。僕だって”全知”がなければおそらく気にも留めなかったのだろう。

 シャロンのほうを振り向くと、苦々しげな思案顔をしていた。他の客が、また棚に激突した。


「だから、俺は少しばかり認識を逸らしてやるだけでいい」


 わかるようなわかんないような、そんな『勇者』の話を聞きながら、微調整を行う。

 がちゃがちゃと調整をしているのは、シャロンと出会ったときに埋もれていた、他の魔導機兵の左腕、左足のパーツだ。


 初めて見たときには何が何やらわからなかったパーツも、今では"全知"の見立てである程度どこをどう触れば良いかがわかる。

 まぁ、わかった気になってはいるが、"全知"を外して見てみると意味不明になるのだけれど。


「繋げるとき、かなり痛いと思うけど」


「はぁ。まあ、いい」


 神経伝達を魔石で仲介する即席の義手・義足を『勇者』に取り付けると、彼は大きく息を吐いた。やはり、痛かったらしい。

 魔導機兵の手足は、僕が手を加える前から、思った以上に簡単に人体の代わりを務めるような機構となっていた。

 もともと、有事の際には人が欠損したパーツを分け与えられるような設計思想だったのかもしれない。


 もっとも。それも、『勇者』の話が正しいならば魔導機兵たちの裏切りによって、無用な機能となっていたのだろうけれど。


「"全知"で視た限りはうまく繋がってると思う。

 どうだ? 違和感とか」


「左半身だけ白くて細くて落ち着かんな」


「今まで木の枝挿してたやつが言うことではないな。

 見える相手にも気を遣って、せめてもうちょっと異様さを低めてくれ……」


「前向きに検討させてもらおう」


 僕が嘆息すると、同じくため息混じりに『勇者』が応じる。なんとも駄目そうな反応だった。


「はぁ……。まあいい。

 報酬っつっても金の持ち合わせは無いし、勝手にあることにしたら怒られるだろうからな。

 おい、そこの犬耳少女」


 なんか怖いことをぶつぶつ呟いたかと思うと、『勇者』はハラハラとこちらを伺いながら店番をしていたアーシャに呼びかけた。


「ね、猫なのっ! にゃあなのっ」


「そうか。

 報酬代わりに、これをやろう」


 手足の話は僕が勝手に言い出したことであったのだけれど、この『勇者』、シャロンへの当たり以外はわりと律儀な性格であるらしい。

 そういえば、飛びかかろうとしていたアーニャにも、特になんの反撃もしなかった。

 シャロンには振り向いて迎撃体勢を取ろうとしただけで対処するというのに。


「"夢想と幻想、現の境"」


 素知らぬ顔で詠唱を諳んじた『勇者』の手元に、青白い光が集まる。

 それが収まったあと、出現したのは小振りな枝だった。


 えっ、とさっき取り外した枝のほうを見てしまったのは、無理からぬことであろう。


「何の心配をしているんだ、少年。はぁ……。

 "全知"があるならわかるだろ」


 呆れた声音でそんな風に諭される。

 ええっと、なになに? 新種の胡椒の枝?


「猫耳少女、料理するんだろ」


「にゃあなの。あっ、違った、はいなの」


 突然自分に話が戻ってきたアーシャが、耳から尻尾の先までビクッと震わせる。


「それを挿し木して育てたらいい。この程度の気温でも育つように()()()()はずだ」


「ありがとなの。

 うーん……?」


 はてな、という様子のアーシャ。

 そりゃ、突然謎の枝を押し付けられればそうなるだろう。


「それ、胡椒の枝みたいだ。

 土に挿して水やりをすれば、そのうち実ができるんじゃないか」


「胡椒っ!? あの胡椒なのっ!?」


 胡椒と聞くや否や、片手で握りしめていた枝を両手で捧げ持つように持ち直すアーシャ。

 それも無理のないことである。塩よりも高価な砂糖よりも、さらに胡椒は高価なのだ。

 なかなかの稼ぎがある工房でも、そうそう安易に使うのを躊躇う程度には高価(たか)い上に、質の良いものはあまり市場にも出回っていない。ガムレルのような内陸地ではそんなことも珍しくはなかった。


 塩を作っている隣の部屋は空き部屋となっているので、そこにとりあえず鉢でも置いてみたら、と言うか言わないかのうちに、アーシャは枝を捧げ持ったまますごい速度で上階へと駆けて行ってしまった。そんなに焦っても、すぐに実はできないと思うけれど。


「なんかアーちゃんが店番変わってーってすごい剣幕やってんけど、なんかあったん?」


 入れ替わりに、アーニャが上階からペタペタと降りて来た。

 いつものように夏服を若干はだけさせた着こなしをしている。


「ん? どしたんシャロちゃん、そんな奥のほうで。

 はっはぁーん、もしかして今日朝ご飯少なかったな? ちゃんと食べなあかんで、元気でーへんで」


「いいえ。あれはアーニャさんが朝から食べ過ぎなだけです。

 ちゃんと食べるのは良いことですが、運動を伴わないと太ります」


「うにゃあ、痛いとこを……! 

 うぅ。アーちゃんのごはん美味しいねんもん。

 あと一口ならセーフ、明日運動すればチャラや、って思うやん!?」


「はい。いえ、私は思わないですが」


「うー。どんなけ食べても体型変わらへんシャロちゃんが羨ましいわ」


 そんな二人のじゃれ合いにも似たやりとりを見て、『勇者』はくつくつと笑う。

 それを見ていた僕と目が合った。


「はぁ。いやなに、俺の知る人形っぽくねぇなと思った、それだけのことだ。

 なんだ、文句があるのか」


「いや、べつに」


 笑っていたのを見咎められた気でもしたのだろうか、『勇者』はそっぽを向いてしまった。

 そんなおかしそうな表情を、僕はしていただろうか。



 そんなふうに棚の方を向いてしまった『勇者』に、僕はもうひとつの本題を投げかける。


「その。昨日の話題で出ていた特殊結界さ、なんとかすること、できるか?」


「"六層式神成陣"か。なんとかってのは?」


 なんの脈絡もない話し掛け方になってしまったし、すげなく突っぱねられるかと思ったら、この『勇者』、案外話してくれる。

 この男の生きてきた長い時間の中で摩耗しただけで、元来はお人好しな性格だったのかもしれない。


「その結界の中から、人を……フリージアを、助け出したい」


「あいつまさか、自力で出られないのか」


 呟く勇者はこちらに向き直り、わずかに目を開きがちにした。


 昨晩、僕はそこらへんをぼかして語ったため、フリージアとはたまたまそこで出会ったようなていになっていた。

 『勇者』からもさほど興味をもたれなかったので、聞き返されることはなく、そのままになっていたのだが。


「はぁ……」


 深いため息。だめか。そうだよな……。

 彼にとってフリージアが知己の間柄であろうと、助力する謂れはないと言われればそれまでだ。

 しかし、続いた『勇者』の言葉は、思った以上に軽いものだった。


「用意しろ。第七神継研究所だろ。行くぞ」


「は? え、行く!?」


「何してる。フリージア(あいつ)を外に出すんだろ。そのまま行くのか?

 べつに俺は構わないが」


 言葉は軽いが、面倒臭そうに立ち上がる勇者。

 取り付けたばかりの魔導機兵のパーツは、自らの手足のように問題なく動き、曲がる。


「あの結界に行くのでしたら、絶対についていきます。

 中の人にもオスカーさんの扱いで一言言わないと気が済まないです」


 それまで、アーニャとのやり取り以外ではこちらに口を差し挟まなかったシャロンが、こちらもすっくと立ち上がり、僕の服の裾を摘んでいた。

 僕の不注意で結界に閉じ込められた一件が尾を引いているらしい。


 ルナールの件もあるし、何かあれば容赦なくシャロンを壊しにかかるであろう『勇者』からはできるだけ遠ざけておきたかったので、僕はシャロンに工房を守るようお願いするつもりだった。

 しかし、『絶対に』と自分の意思を口に出すシャロンを尊重したいのも確かだった。


「そうなると、道具を整えないとな」


 ”自動筆記・改”によるアーニャたち用の呪文紙の量産、らっぴー用の"倉庫"への緊急避難魔道具の作製。


「ぼくも、ついてく」


「ウチらがついてっても邪魔んなるからな、我慢しよな」


「うぅ〜!」


 途中、置いて行かれるのを渋るラシュとの攻防があったり、一日くらいは食い繋げる木の実を満載したらっぴー用の鞄が背負わせたら速攻で脱ぎ捨てられたり、そういうごたごたがあったものの、ものの数時間で僕らは出発の準備を終えた。


 自分たちがいない間の工房の切り盛りや、いざとなったらどうするか、というのを教え込む僕やシャロンを、『勇者』はただ静かに見ていた。


「場所はカランザの町から馬車で1日の距離だし、ここから往復するとなると20日掛からないくらいか?

 なんとか花祭りまでには帰ってこられるようにするから」


「うー。やくそく、する」


「うん、約束だ」


 花天中つ刻、ちょうど20日後は花祭りの日である。それは同時に、ラシュの誕生日でもあり、彼はとてもそれを楽しみにしていることを、僕は知っていた。

 小さい掌をきゅっと握り返すと、ラシュは僕の掌に鼻の頭をくっつけた。


「ん。やくそく」


 名残惜しげに離れるラシュ。


「ご飯は”倉庫”に入れておくの。

 ちゃんと食べるの」


「カーくんとシャロちゃんなら、そんなに心配はしてへんよ。

 ――でも、はよ帰ってきてな」


 見送る面々に混じり、「カー坊たちのおらん間、変なのが来たら俺たちに任せとけ!」「おうとも!」「アーシャたんはすはす」なんて具合に工房の常連客も激励をくれた。最後のやつは何か違う気がするが。



「『勇者』も、散々待たせて悪かったな。

 じゃあ、馬車を手配して――」


「不要だ。”其は全てを繋ぐもの(オープン・ザ・ゲート)”」


 赤い衣を纏い、一緒に工房を出て来た『勇者』に振り向き、僕が一言発した瞬間だった。

 僕の発言に被せ気味に『勇者』が何らかの詠唱を行ったのを認識したところで、僕の腰あたりを引っ掴んで持ち上げたシャロンが通りを横っ飛びに一足で横断する。


「大丈夫だ、シャロン! 攻撃じゃない!」


 その細腕で僕を持ち上げ、なおも距離を取ろうとするシャロン。

 みるみるうちに『勇者』の編んだ術式が、通りの半分くらいまでを埋めるほどの大きな陣を地に描く。

 水色の光の帯が何重にも折り重なった、精緻な魔方陣だ。

 

「危険です、オスカーさん!」


「大丈夫だよ、あれは”転移”魔術の系統らしい」


「はぁ……。そんな移動だけで何日もかけてられるか。何してる、早く来い」


 『勇者』は面倒くさそうに、魔方陣にすっと足を踏み入れ、そのまま消えた。


 僕とシャロン、二人掛かりでなんとか発動できる大魔術の”転移”系統をいとも簡単に。なんという力だろう。

 これも普段、僕らに対してまわりの人間が思っているようなことなのだろうな。


 その証左に通りに居合わせた人から多少のざわめきが上がるが、そのだいたいが「なんだ、ハウレルさんとこの工房関係か」みたいな反応なのが悲しい。普段の行いが偲ばれるというものだった。


 ようやくシャロンに降ろしてもらい、二人で魔方陣の前に立つ。見れば見るほど細やかに隙のない陣だ。いっそ神々しくすらある。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。どれだけの時間、この大魔術が維持されているかわからない。


「さあ、行こうシャロン」


「――はい。あまり危険なことはしないでくださいね」


 僕が差し出した左手を、シャロンの右手がきゅっと握った。

 お互いの腕に光る腕輪が、かちゃりと小さな音を立てる。


 そうして僕らは、二人同時に光の中に踏み込み――見ている者達の前で、その姿を消失させた。

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