僕と工房とその日常
今日も今日とて工房に訪れる、多様な人々。
ある者は塩を買い求め、ある者は棚を興味深げに見やり。
またある者は、カウンターで笑顔を振りまくアーシャをちらちら。
これは、そんな工房の一日のこと。
――
「カー坊! 膝の、こう、曲げる部分がな、痛ぇんだ」
「あんた、また言いつけ破って酒飲んだな?」
繰り返しになるが、工房には、いろんなタイプの人が毎日訪れる。
僕の対面にどかっと座って足を投げ出している男も、そのうちの一人。
元冒険者の男性で、常連ってやつだ。
「まだ大ごとになっちゃいないからって油断してると、しまいにゃ内臓にまで影響出るぞ。
せめてチーズと豆をアテにしろ、肉ばっか食ってんじゃねえ。これからも好きなもの飲み食いしたけりゃ加減しろ。
ほら、貼り薬」
「おう、いつもすまねぇな!」
かんらかんらと笑い、ばしばしと僕の背を叩きつつ銀貨を置いて去ってゆく男の背に、僕は溜息をつく。
"全知"るまでもない。あれはまた飲む気だ。
――
「おっちゃん! しおちょーだい!」
「お兄さんと呼べお兄さんと。
ラシュ、ちょっとこの瓶に塩詰めてくれ」
「ん」
お使いに来たのだろうか。ラシュと同年代くらいの子供が、小瓶を携えやってきた。たまに、こういうこともある。
ちらほら見たことがある気がするので、近所の子だろう。
工房内には珍しいものがいっぱいなのか、目線を忙しなく彷徨わせ、きょろきょろと忙しい。
短く頷いて小瓶をその子から受け取った、工房の少年枠たるラシュは、てててっと軽快に階段を駆け上がっていく。
同年代くらいの子供がお使いをしている間に、ラシュは勉強をし、剣の鍛錬をし、さらに僕らの手伝いまでをこなしている。
うちの子は優秀なのだ、と誰にともなく親バカ性を発揮する僕。
「お、少年やんけ! いらっしゃーい。
お使いかー? えらいやん」
「そっ……そんなんじゃ、ねーっし!」
ラシュと入れ替わりくらいのタイミングで、地下からひょいっと顔を出したアーニャが話しかけると、子供はふいっと目線をそっぽに逸らす。
そろーっと目線を元に戻そうとして、にまにまと自身を見続けるアーニャを見咎めると、再びふいっと目を逸らす。耳が真っ赤である。
ははーん、と僕に観察されているのを知ってか知らずか、少年はアーニャをちらり、バッと逸らす、ちらり、逸らす。
そんなことを二度三度と繰り返すうち、ラシュが瓶に塩を詰めてきてくれた。
「ほい、銅貨2枚だ」
ぎゅっと握りしめた硬貨をこちらに突き出すと、小瓶をぐわしと小さな両手で掴む。
その間も、目線はちらりと隙あらばアーニャを盗み見ており。
「ありがと、おっちゃん!」
子供は元気よく言い放つと、そのまま通りへと駆け出していく。
「ばいばーい」
アーニャが手を振ると、子供は戸口から見えるか見えないか、といったところでちらりとだけ手を振り返してきた。
その拍子に小瓶を落としそうになり、慌てて抱え直し――今度こそ、そのまま走って視界から消えていった。
「――お兄さんと呼べと言うとるに。
僕と6、7歳しか変わらない見た目だったぞ」
内面年齢としては、結界内でぶっ倒れていただけの3年を差し引いて、3、4歳差だろうか。
村で生まれ育った僕と比べると、町で育った子供の思考形成はより子供らしいものなのかもしれない。
――僕はもっと小さい頃から、両親やお隣のお姉さんに苦笑いされるような、今みたいな性格をしていたような気がせんでもないが、いいや。気にしないでおこう。
「あにうえさまは、あにうえさま、だよ」
「ありがとなぁ、ラシュぅー、うりうり」
「むふー」
隣で見上げてくるラシュの、白く長めの髪から耳にかけてをもふもふする。彼は撫ぜる指にあわせて、気持ちよさげに目を細めた。
時折、僕の手の動きに合わせてふかふかした耳がぴくりと動く。
そのさらに隣では、なごむラシュを見やるアーニャが、微笑ましそうな、物欲しそうな、そんな感じでこちらをチラ見している。
なんかさっきの子供と行動がカブってるぞ。
「さっきの子供、アーニャ目当て――というか明らかにアーニャに気がある感じだったよな。ませたガキんちょだ」
「にゃはー。なんや、もしかして妬いてくれとるん?
だーいじょうぶやって。ウチもアーシャも、もちろんラシュも。みーんなカーくんとシャロちゃんのもんやからな」
腰に手を当てながら、にゃははと笑うアーニャ。
「そんなんじゃないけどさ」
そんなんじゃないけど。僕も目を逸らす。少年と同様に。
だが、僕はそんなあれじゃないぞ。そういう、青臭いやつじゃ。
アーニャがずいっと動くのに合わせて、工房従業員用の夏服から覗く豊かな胸元が、なんとも名状しがたき危険な動きを見せるので、それが見ていられないだけなのだ。
冬の間に着ていたものに比べると、裾に付いているフリフリや、――そして丈の長さも抑え目である。
また、涼しげな半袖からはアーニャの濃いめの肌が惜しげもなく晒されている。
が、なんと言ってもその夏服を狂気たらしめているのは、その胸元の空き具合だった。
それはボタンで調節できるようになっており、アーシャなどはきっちりぴったりと一番上まで止めており、清楚なイメージを崩さない。
アーニャはそれとは対照的に、その胸の上面のボタンが止められているのを見たことがない。
なぜそんな作りにしたのかとヒンメル夫人に問うたところ、『あら、だってそうじゃないと汗かいちゃうじゃない? うふふー』とにっこり返されたあたりで僕は反論を諦めた。
それを纏ったアーニャが嬉しげにぴょんぴょん飛び跳ねるもんだから、それ以上そっちを見てられなかったというのもあるし、同じ服を身に纏ったアーシャが、溜息と共に自らの胸板をぺそぺそと撫ぜていたからでもある。あの表情はまさに虚無と呼ぶにふさわしいものであった。
「そういう心配をしてるわけでもないんだけど。
アーニャも、なんだかんだで無防備だからな。なぁ?」
「ピェ」
「四六時中無防備に寝とる鳥に同意されるんは心外やわ」
心なし、嘴を不満げに尖らせているように見えなくもない。
アーニャのつっこみに、うんうんと頷くラシュ。
「いや、ラッくんもやからな」
「えー」
納得いかなげに口を尖らせるラシュは、そばの鳥と同じタイミングで首を傾げるのだった。
――
「ハウレル氏ぃ〜。畑の実りがどんどん悪くなってくでござるよぉ。
こないだ言われた通りに土は持ってき申したがそれで何がわかるでござるかぁ?」
カウンター前に設えた椅子に、その大きな体を狭そうに預ける男から、箱詰めされた土を受け取る。
「そのキャラ立ちは全然羨ましくないのはなんなんだろうな……」
ごちる僕に、きょとんとした目で見る男は、ガムレルの南の平地に畑を持つ農夫である。
このあたりではそれなりの広さがある耕地をリーズナル男爵から貸し与えられており、だんだんと取れ高が減りつつあることに不安を覚えているようだった。
「祭りの奉納も欠かしたことなんてないでござるがぁ〜、嫁っこさんも豊穣の女神様にちょっとお願いしてくれんかのぅ?」
「熊殺しの女神でも、女神つながりで伝手があるわけじゃないからな?
――どれどれ。土の中の特定の栄養素が少ないみたいだな。どう見る、シャロン」
「はい。典型的な連作障害です。マグネシウム、窒素、リン酸が見事に足りていません。
病原の潜伏も若干ながら見受けられます」
この男の農地では、親の代以前からサモチばかりを育て続けてきたのだとか。
要するに、サモチが必要とする栄養が土に残されていないのだ。
「土? に栄養? 何言ってるでござるか?」
「まあいろいろあるんだ。神頼みもいいが、こっちも試してみても損はないだろ。
この栄養剤を撒いて、あとは今のサモチを収穫したら間を置かずに一期分ウノハを栽培してみろ。
サモチとウノハを交互にやるのがいいと思う」
「ウノハなんぞ育てたことないでござるがぁ〜」
「じゃあ全面じゃなくていいから、サモチ畑の一角だけウノハ栽培を試してみればどうだ?
来年、差を比べてみればいい」
「なるほどにござる」
うんうんと頷く大男の座る椅子が、軋む音を響かせる。こわい。
「この栄養剤は10倍に水で薄めてから撒いてくれ。
そのまま撒いたら強すぎて作物が枯れかねないからな、濃い分にはいいだろとか絶対に思うんじゃないぞ」
これでいいか、とシャロンを振り向くと、彼女はにこやかに頷いて応じる。
「はい。海水由来の栄養剤に、ゴコ村の硝石を混ぜたもの――さらに注意事項まで完璧です。
オスカーさん加点も考慮して一万百点といったところでしょうか」
どっちの配分が何点、だとかは聞いても仕方がない気がした。
いつものように、優しげな眼差しで微笑むシャロンが満足ならば、細かいことはどうでもよかった。
――
「がーっはっは! 町の近所でエムハオが大量発生しとってなぁ! 差し入れだぞ!
妹ちゃんにはこっちを」
近距離にもかかわらず、大声を張り上げるのは冒険者の男だ。
黄色味がかった、特徴的な鎧と揃いの手甲を付けており、後ろには彼のパーティメンバーが控えている。ちなみに緑と青だ。無駄にカラフルである。
彼は僕に首から上のない血抜きしたエムハオをぽいと投げて渡し、てけてけとまわりで案内をしていたアーシャにも拳大の何かを手渡した。
「わーいなの! サプナさん、ありがとうなの。
オスカーさま、おっきいカルカルもらったの!」
「おー、よかったな。実に臭そうだ……。
かわりに回復薬茶が欲しいんだろうが、あいにくと品切れ中でな。
試作品の"結界"使い捨て呪文紙やるよ」
後ろで見物していたパーティメンバーたちから、「おぉー」と声が漏れる。
たまに差し入れをもらう相手には、こちらもたまに何か返礼を返したりする。
恩には恩を、礼には礼を。――そして、敵意には殲滅を。
オスカー・シャロンの魔道工房、その基本指針である。
――
「おひるなの! オスカーさま、シャロンさま、ご飯にするのー。
こぉーら、ラシュ起きるのっ!」
上階から、とたとたと小さい足音が忙しなく行き来している様子が伝わってくる。
ハウレル家では毎食、取り込み中でない限りはできる限り皆で食卓を囲むことになっている。
手が離せない場合や工房から離れている場合は、アーシャが"倉庫"に食べ物を入れておいてくれたりする。
わざわざ出来立てのものを入れてくれなくとも、"倉庫"内にはある程度の水やパン、干し肉といった備えがある。
"倉庫"内部は時間の流れが外界と異なるため、鮮度もほとんど気にすることはない。
それでも、アーシャは毎食作りたてのものを、ともすれば外で食べやすい形に加工するなどして仕舞っておいてくれる。
作業に集中していると、ともすれば食事を抜いてしまいかねない僕のこと、ちゃんと食事を摂っておかないと後で悲しそうな顔をされる彼女のこの気遣いは、僕の健康を管理する上でかなり有効な手であろう。
「今日のお昼は、焼いた鳥とパンに、あとはらっぴーの卵のスープなの」
工房を一時的に閉めて食卓に向かうと、そこにはすでに、先に食事の用意をしていたアーシャと、叩き起こされたらしい寝ぼけ眼のラシュの姿があった。
僕の後に続いて、店番を手伝ってくれていたアーニャとシャロンが階段を上がってくる。
ちなみに、僕のすぐあとはアーニャ、殿がシャロンだ。
なぜそんな順番になっているかというと、シャロンが僕の後ろについて階段を登ると、たまにお尻を揉んでくることがあるからである。
その謎の行動はアーニャにも発揮されるらしく、たまに背後から『ひゃあん! ちょお! シャロちゃんやめてぇな!』みたいな声が上がることがあった。本人曰く愛情表現のスキンシップだそうだが、もはやただの変態である。
とはいえ、今日は平和に全員が食卓につくことができた。
「ピ」
「この鳥、なんの葛藤もなく鶏肉でも齧りよるな」
こうして『家族』でなごやかに食事を摂るのは、もう何度目になるだろう。
最初は遠慮や無用な気遣い、それにどこか怯えのようなものがあったりもしたものだ。形だけを取り繕うというか、そういうものが。
それが、いまでは和気藹々と団欒を楽しめるようになったのだ。
ちっぽけな僕としては、なかなかの成果じゃないかな、父さん、母さん。
――
「ハッウレッルさぁーん! 聞きましたよ聞いちゃいましたよ!
『奴隷失踪事件』を見事解決、犯人と思しき者とも交戦したっていうじゃーないですか!
本当ですか? 本当なんですか!?
そこんとこ、わたくし気になります! ねえねえガトさんも気になるよね!」
うるさいのが来た。
僕は嘆息して手で顔を覆うが、そんなことを気にする彼女ではない。
「なんで聞いちゃったんだよ……聞かなかったことにしてくれよ……」
「そうは卸問屋が卸さない問題です! 卸問屋仕事しろって話ですね!
ねえガトさん! ガトさん!? なんで目を逸らすのっ!?」
何が言いたいのかよくわからないが、テンションが高いのはわかった。
このうるさい女はメルディナ = ファル = ウィエルゾア。
王都の記者だとか言っていたが、強烈な個性で強烈にうるさい。このキャラ立ちも、羨ましくないな。
「護衛に話振るのやめてやれ、困ってんだろ。
――っていうかその事件でウチが標的にされたの、あんたんとこの記事とやらが情報源じゃないかって僕は疑ってんだからな」
「うぅっ、心外ですし書く権利への侵害ですっ! あ、いまわたくしうまいこと言いました? いやー困っちゃいますねぇ」
困っちゃうのはこっちだよ。
昼食を終えて、いい具合に眠気がきているところにこのテンションの高さは正直きつい。
腹一杯食ったあとに、オーク肉をただ炙っただけのものをドンと目の前に供されるくらいきつい。
「アッ、ていうかなんです、なんですかそれ!
わたくしの"自動筆記"がなんだか愉快なことにっ!?」
目の前の"自動筆記・改"が、放っておいてもさらさらーっと使い捨て呪文紙を書き上げていくのを見て、今度はそっちに食いついてきた。
一つのところに興味を保っていられないのか、なんともかんともやかましいことこの上ない。
「それで、何しに来たんだよ」
「なにって、ここお店じゃーないですかっ!
わたくしが来てもおかしくはないでしょう」
獣人排他主義お断り、とは看板に掲げているが、今度から記者お断りとか、ウィエルゾア家お断りも書き加えておいてやろうか。
とはいえ、それでもちらほらと獣人排他主義者が文句をつけてくることもあるので、効果は期待できないかもしれないが。
「それに、用件はさっき言ったじゃあないですか! 『奴隷失踪事件』の詳細ですよ、しょ・う・さ・いっ!」
「それをあんたに答えて僕になんの得があるんだ」
「そんなっ――ハウレルさんとわたくしの仲じゃあないですかっ!」
特にどんな仲になった覚えもないのだが。彼女の中ではなにか違うのだろうか。
強いて言えば、彼女が生み出した魔術をさくっと物真似して改造した仲、だろうか。
アーニャとラシュは上階で文字の勉強中だし、アーシャは『妖精亭』で料理を師事してもらいに。シャロンはその付き添いで工房を開けている。
つまり、いま記者の対応ができるのは僕だけである。
はぁ……。
「なんでそんな山より高く水たまりよりふっかーいため息をつくんですかっ!
いいですよっ、じゃあ交換、交換です。情報交換ですっ!」
「いや、僕んとこ情報屋じゃないからいらないし……」
「うぅっ! 他に提供できるものなんざー、ないんですよっ!
それに情報を聞かせたらあとはこっちが貰い受けるだけです! この完璧な作戦。
わたくし、自分で自分がこわ……あー! やめて! 浮かせないで! なんです、なんなんですこの魔術!
鳥の像がぺかーって、すっごくぺかーってしてます! 助けてガトさん!」
「――護衛も大変だなぁ」
「わかっていただけますか」
「ちょぉっとぉー! 助けてってばガトさーん! なにしみじみしてるのかなっ。
下ろしてえぇー」
"念動"で20センチくらい持ち上げているだけなのだが、人は地面を踏みしめていないと不安になるというのがよくわかる。
というよりも、持ち上げる前よりもむしろうるさい。
「ハウレルさん、すみませんがお嬢様を下ろしてくださいませんか。さすがにうるさいですし」
「それもそうだな」
「なによそれぇーっ!?」
ご期待通り床にべちゃっと下ろしてやったのに、記者・ウィエルゾアは不満げだった。
「うぅ……ひどいめにあいましたです……。あとガトさん、わたくしのことはメルちゃんと呼んで……」
なかなか、めげない女だった。
そうして、(半ば勝手に)話し出した――というよりずっと話し続けていたが――ウィエルゾアさんの情報は、大まかにまとめると周辺国の情報だった。
合間に護衛に彼氏ができない話も織り交ぜていたが。
曰く。すぐに鎮圧されると思われたカイラム帝国だったが、大方の予想を覆し、しぶとくも耐えていること。
周辺諸国が静観の構えを見せている以上、近衛騎士団のトップと従騎士団のトップが離反したというシンドリヒト王国には、カイラム帝国を鎮圧するだけの余力がないらしい。
騎士団が離反したことにより王の威厳は失墜し、遠隔地からの徴税は滞り、地方貴族たちの寝返りや離反、経済が立ち行かなくなり王都付近の税は高騰、苦しい生活に追い討ちをかけるかのように薬物が蔓延し奴隷や囚人の脱走。
なかなか地獄絵図さながらの様相となっているらしいシンドリヒト王国に比べ、クーデター以後には特に大きな動きを見せないカイラム帝国。
元を同じとしているのに、現在のありようは両国で明暗が対照的となっているらしかった。
「もっとも、シンドリヒト王政府側はカイラム帝国を国とは認めていないんですけどねぇっ!」
そう締めくくる記者の表情は、語り始める前と変わらず明るいものだ。内容は悲惨極まるものであったが。
帝国の蜂起に際して他国が介入しないことは、離反前からすでに密約が交わされていたのかもしれない。
勝ち目のない戦いは、できればしたくないだろうから。
逆説的には、クーデターが興った段階ですでにカイラム帝国側の準備は完了していた、と見るべきだろう。
「にしても、奴隷の脱走に、薬物。どっかで聞いた話だな」
「ご明察ですっ。我が国でも、これは国力を削ぐための策なのでは? と目されているのですよ!
だからこそ、だ・か・ら・こ・そ! ハウレルさんの証言が大きな価値を生むかもしれないのですっ!
聞くところによると、それ以来『奴隷失踪事件』は起きていないみたいじゃーないですかっ」
「なるほどな」
順を追って聞けば、それなりに正当性のある要求だったようだ。
ただ、国益のためといえば聞こえはいいが、ぎらぎらと暑苦しい記者魂とでも言えばいいのか、そういったものが丸見えなのがタチが悪い。
「しゃーない、じゃあ僕の知ってる情報をいくつか教えてやるよ。
『奴隷失踪事件』と、『薬物事件』のことを」
「薬物の話にも関わってんですかっ! ほんと退屈しませんねハウレルさんっ」
「全然嬉しくないけどな。
まあ、さっき聞いた犯罪者の脱走とかいうのは関わりなさそうなんで、よかったよ」
「あら、それも我が国でも起こってますよ? だからこそ国力を削ぐ策の一つと結びつけて語られているのですし。
そーですねぇ……ほら、ハウレルさんに関わりのあるとこだと、ちょっと前に大騒動のあった『紅き鉄の団』の残党や、首謀者と目されるロンデウッド一味も脱走してたはずですよっ」
その記者は、しれっと。
なんてことない話の流れみたいに、重要っぽい嫌な話を零すのだった。
――
夕方になると、アーシャとシャロンが工房へと戻ってきた。
そうしてちょうどそのときに。
正確には、そのときに通りで佇む赤い男を『視た』ときに。
僕らの日常は終わりを告げた。それはもう、物の見事にすっぱりと。
そうして、新しく非日常が始まった。
――まず、そいつは赤かった。
質問をいただいたので、この場で回答させていただきます!
「蛇足」などの故事成語や諺に関しては、この世界にそのものズバリな話(蛇に足を生やして台無しにした話)があるわけではなく、それっぽい意味のものを置き換えているもの、というふうにお考えください。