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僕と美青年と剣 そのさん

「大丈夫か? すごい顔だが」


 カウンター越しのカイマンが、こちらの有様を見るなりその優美な表情を曇らせた。

 美青年的嫌味だろうか。


 アーシャがいそいそと渡してくれた、濡れた布で顔を拭うと、黒っぽい煤がべったりと付着する。おわぁ。


「日を改めようか」


「いや、いい。

 せっかく完成したんだから」


 渾身の作を、早くお披露目したい思いもあり、出来たばかりのその『剣』を、カウンターにごとりと置く。


「黒い、剣? いくつか窪みがあるようだが」


 カイマンの呟き通り、表面を煌めかせる黒い重厚な剣が、そこには鎮座している。

 後ろから覗き込むアーニャたちだけでなく、工房を訪れていた他の客も、興味深げにちらちらとその『剣』に視線を注いだ。


 刀の芯となるのは、光を吸い込む漆黒。テンタラギオス鋼と鉄の合金である。

 外面は最強の硬度と耐摩耗性を誇る、ダイヤモンドという物質の構造を再現している。


 持ち手と鍔には第七研究所で手に入れたナノカーボンを豪快に使い、握ったときのフィット感と堅牢さを兼ね備えている。


 ごくり、と唾を飲むカイマンを促すと、彼はゆっくりとその柄を握り、力を込める。


「ぐ、これは……かなり、重いな」


 持ち上げることはできる。が、これで戦うのは至難極まる、とカイマンは悲しそうにこちらを見る。

 冒険者として鍛えているのだろう、腕がぷるぷると情けなく震えることはないが、それでも両の手でぎりぎり持った状態を維持できる剣では、とても戦えはしまい。

 シャロンだったら十分このまま戦いそうだが、彼女はそもそも剣を必要としない。


 しかし、先ほどカイマンが指摘した点。

 鍔にほど近い刀身には穴が3つ開いており、それがこの剣の本領である。


 カイマンに剣を置かせると、僕はその穴にそれぞれ魔石を嵌め込んだ。

 僕の魔力を固めたお馴染みの結晶に、細かな指事を表面に刻み込んだものであり、原理的には"使い捨て呪文紙(スクロール)"のような運用ができる。

 鍔を少し捻って外面をガチリと噛み合わせ、はめ込んだ魔石を剣にがっちりしっかり固定する。これで振り回したりしても魔石が外れることはない。


 魔石を嵌め込んだ(それ)を僕は片手で持ち上げると、ほいっとカイマンに渡した。

 不審そうに受け取るカイマンは、ほぅ、と声を漏らした。見ていた客たちからは感嘆の声もいくつか聞かれる。


「まるで重さを感じなくなったな。

 オスカー、これはもしかして馬車と同じ魔術(もの)か?」


「その通りだ。魔石に"軽量化"の魔術を刻み込んである。あとでカイマン用に調整するから、そうすれば"軽量化"を無効にもできるぞ。

 斬るときには剣の重さが必要だろ」


「あ、ああ。その通りだ」


 黒光りする両刃の剣は、その重さがないと攻撃力を大幅に減じる。

 切れ味もかなりのものではあるのだが、その切れ味が十全に発揮されるには、相応の重量が必要となる。


「しかも、魔石に直接加工をするから、お前以外が持ってもただの重い剣だ」


 無論、今渡したように常に有効状態で誰でも扱える魔石を嵌めておけば、軽いままの運用ができる。

 装備を外して普通の荷馬車に積み込むときは、盗難の心配がないなら軽いほうが良いだろう。


「そして、これだ」


 二つ目の魔石に触れると、黒い剣の中央から白い光が迸り、外殻を覆っている煌めく素材から光が乱反射して工房内を明るく照らし出した。


「うぉっ、まぶしっ!?」


「目がぁ〜! 目がぁ〜なのっ!?」


 後ろで見ていたアーニャとアーシャ、および客たちがどたどたと慌てるなか、それを手に持ったままのカイマンは目を白黒とさせていた。光る剣を作ってくれという要望だったのに、その反応はどういうことだろうか。

 ちなみに、剣が光ることを知っていたシャロンはなぜかドヤ顔をしているし、ラシュは自分の木剣をぺかーっと光らせてご満悦の表情を浮かべている。


「おいカイマン、どうした。欲しがってた機能だろ」


「あ、ああ。そうだ、その通りだが」


 あまりに強烈すぎて、何が何やら、と呟く美青年をそのままに、最後の魔石に手を触れる。


 固唾を飲んで見守る面々の前で、黒い剣はその煌めく外殻を青白い光に包ませた。


「な、なんだかすっごく寒いなの」


 歯をがちがちと言わせて暖炉側まで後退(あとじさ)るアーシャの感覚は正しく、剣身から発されているのは強烈な冷気である。

 すでに花の月も終盤に差し掛かり、暖炉に火が灯る日はない。


 カウンターのこちら側に置いてあった木片を、青白く冷気を放つ剣でべしりと叩くと、叩いた部分がたちどころにバキバキと凍りついた。


「ま、こんな感じだ」


 僕が手を離すと、光を発していた時と同様、青白い光はたちどころに消え去る。

 しかし、凍りついた木片が、いまの現象はたしかにあったことだ、と見物人全てに訴えかけている。

 これは、あまりに地下が暑かったために作った冷却用の魔石である。

 それが今や抗魔力のない物体を氷結させる程度の出力となっているのは、剣という指向性を与えられた結果、だけではない。


 魔力の伝導性の良いテンタラギオス鋼は、強力な魔力を注げば注ぐだけ出力を圧縮させ、内包した魔力が限界に達すると一気に放出する性質を持っていた。

 この魔力伝導性や内側に溜め込む性質は、今ではこともあろうに風呂釜の保温性能として僕らを潤してくれている。

 もともとは、テンタラギオス自身の攻撃性と瞬発力、巨体を運用するためのエネルギーを保持する性質だったのだろう。

 それを遺憾無く発揮できるこの剣は、少しタメが必要にはなるものの、大規模魔術顔負けの威力すら再現しうる。その分、魔石中の魔力はどんどん吸い取られはするけれど。


「いまは僕の魔力を起動に使ってるけど、調整したらお前の詠唱に合わせて機構を発動させられるようになる。

 魔石を替えれば火も出るぞ」


 僕がごろりと取り出した魔石の数々は、形も大きさも不揃いであるので、このままでは剣の窪みに嵌らない。

 カイマン用にカスタマイズするときに、削ったりする必要があるだろう。


「僕に直接繋がる念話用の魔石は用意する。

 治癒はその時々で患部や状態によって用法が異なるから、魔石に刻み込むのは難しい」


「お、おぅ」


 朗々と、力作についての説明をする僕と、それを楽しそうに見守るシャロン。

 寒くなくなったと元の位置に戻ってきたアーニャやアーシャたち。

 それに引き換え、カイマンの表情はなぜか引き攣り気味だった。


「これ以上穴を増やすと剣の強度が心配でな。

 今度はテンタラギオスを斬ろうとしても折れないくらいの強度は担保したかったんだ。

 それと、魔石の魔力も無限じゃない。壊れたり魔力を使い切ったら重い剣になるからな」


「あ、ああ」


「なんだ、せっかく頑張ったのにあんまり嬉しそうじゃないな。かなり自信作だぞ」


 製作途中で、なんで僕はカイマンのためにこんなに頑張っているのかという疑問が頭を駆け巡ったのも、一度や二度のことではない。

 しかし、剣の製作が楽しくなりつつあったのも手伝って、こうして自信作が完成したのだ。もっと喜ばれてもバチはあたるまい。


「いきなり宝具級の魔道具が出てくるとは思わないからな。

 近衛騎士団ですら、このような武器を持つ者などおるまいよ」


 どうもラシュの持つ木剣の機能をただの鉄の剣に付与したようなものを受領するくらいのつもりでいたらしい。

 そうだ、お前はそういうやつだった……とどこか遠い目をして呟くカイマン。


「オスカー。少し言いづらいのだが。

 さすがに、こんなものに釣り合うような持ち合わせは、私にはないんだ。

 いますぐに屋敷にとって返したとしても」


「おう、んじゃ出世払いな」


 苦々しげに告げるカイマンに、僕はあくまでも軽ーく返す。

 作ることが目的となってしまうと、いくらで売るのかということを度外視して納得のいくものを作り続けるという悪癖が僕にはあった。いつも通りといえば、いつも通りである。


「勘違いするなよ?

 リーズナル家って肩書きや付き合いがあるから出世払いにしてやるだけだ。誰にでもじゃない」


 他の客も見ていることを思い出し、いちおう付け加えておく僕に、カイマンは相貌を崩した。

 隣ではシャロンが「オスカーさんのつんでれ!」とかなんとか言っている。


「兄が家督を継ぐのだから、私はただの冒険者でしかないけれどね。

 これは、どれだけ出世すれば良いのやら。物凄く長い付き合いになりそうだ」


 苦笑いして頬をぽりぽりと掻くしぐさをするカイマンから視線をふいっと外し、僕はぶっきらぼうに応じる。


「そりゃ。長い付き合いでもいいだろ。友達なんだから」


 きょとんとするカイマンの気配が、目をそらした僕にも伝わってきて、自分で言っておいて恥ずかしい僕はさらに少し俯く。


『ご自分で仰っておいてやっぱり恥ずかしくて、言わなきゃよかったぁ、って頭を抱えたいけれど人が見てるからそれもできないオスカーさん、大変おかわいらしくて良いと思います!』


『その芸風、アーニャと被ってるからな』


 照れ隠ししたい僕にちょうど良い横槍を入れてくれるシャロンに応じつつ、魔石を外してカイマンに剣を手渡す。

 "軽量化"が効かなくなった剣はずしりと重く、鍛治仕事を終えたばかりの僕の腕には少々厳しい。


「ああ。その通りだったな。友よ(オスカー)


 剣を受け取るカイマンは、とても晴れやかな顔を浮かべており。やっぱり僕は気恥ずかしくなってしまう。


 カイマンは、友達だから安くしろなんて言わないし、僕も貴族の倅だから金はあるだろなんて言わない。友達だからだ。



「なあオスカー。こいつに、銘はあるのか?」


「あん? それ、僕が付けるのか?」


 剣を指し、名を尋ねるカイマンに、ようやく肩の荷が文字通り降りたと伸びをする僕。

 シャロンをちらりと見ると、微笑んで頷かれた。どうも僕が付けるものらしい。


「じゃ、黒剣(こっけん)で」


 黒いし。


 不満だったら自分でつけろ、と言いかけて、やめる。

 その銘を呟きつつ、頷くカイマンが視界に入ったからだ。


「黒剣、黒剣か。

 よろしくな、黒剣」


 新たに自らの相棒となった、その黒く重い剣を前に、カイマンは瞑目するのだった。




 ――そして、今回の蛇足。


「にしてもあれだな、剣に向かって微笑みかけたり頷いたり、けっこう危ないやつみたいだな」


「ここしばらくのカーくんも、そんなやったで」


「嘘ぉ!?」


 みんな、僕から目を逸らした。

たまたま名前が似通ってますが、代行者が持ってるモノとは別物です。


石を嵌めたりして発動様式を変動させられる武器はロマンなのです。

それが組み合わせで複合なんかできた日には、もう。

カイマンの言葉を借りると


『――なにより。かっこいいじゃないか!』


に尽きます。

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