僕と白い部屋
白かった。
そこは、一面何もない、真っ白だった。
奥行きも高さもわからない。ただただ白一色。
ぐるりと周りを見渡してみても、何もない。ただ痛いくらいの白がある。
いつぞや見た、辺りを埋め尽くすような力強く白い光や、僕の従者の肌の白さなんかとは全く別の種類の白さ。
それは無機質な、生きていることを感じさせない白だった。
自分の体を見下ろしてみると、ちゃんと色がある。足もある。腕もある。
僕だけが、この白い場所での一点の染みのようだった。
空腹や眠気、痛みなどの、直前まで感じていた全ての苦痛がない。
これは、緊張のためというより、それらが完全に取り除かれた、そんな感覚。
「そうか。死後の世界って、こんななのか」
魔力の検知ができない僕にでもわかる。むせ返るような、怖いくらい濃密な魔力があたりを満たしている。
空気は空気なのだが、あたかも魔力の海に沈み込んだかのような、むせ返るような濃度。
「大丈夫だよ〜。オスカーくんは死んでいないよ〜」
突然、声を掛けられる。
白い部屋の中央ーーというべきだろうか。少なくとも、僕の正面。
先ほどまで誰もいなかったはずのその場所に、その子は居た。
目を離していたわけでもないはずだけれど。本当に、いつのまにか、居た。
「ずっと、ずぅーっと、君を待っていたんだよ〜」
どこか間延びした様子で、その子は続ける。
その子、とは言ったものの、本当に子なのかどうかは確信が持てない。
幼い顔立ちをしており、身長もさほど高くはない。しかし、その体つきは成熟した大人のものだ。
シャロンと比べると凶器とすら言えるレベルで発育の良いその胸を、肩まで見せるような黒のワンピースで包んでおり、目のやり場に困る。ものすごく困る。
スカートの部分に白いフリルがついたその服の丈と同じくらいまで伸びた、緩やかにウェーブする銀髪。
その下から覗く二本の素足が、白い床にぺたりと突き立っている。
そして、何よりも達観した様子の紅い目が、年齢不詳な感じを際立たせている。
眼鏡を掛けており、そのレンズ越しに、その目はこちらを一直線に見ている。
いや。たしかに見てはいる風なのだが、何を考えているのかを全く伺う事ができない。
僕を見ているようで、その実、僕がその目に映っているのかを怪しむくらいに。
「こんにちは〜、はじめましてだね〜。オスカー = ハウレルくん。
わたしはフリージア。フリージア = ラインゴットっていうんだ〜」
よろしくね〜。
彼女は『にこやかな感じで笑いました』という笑みを顔に貼付けて、ぱたぱたと手を振った。
フリージア = ラインゴットと名乗った少女に対して、しかし、僕はまだ一言も言葉を発していない。
彼女は、その目には多少不釣り合いな大きさの眼鏡の位置を指で直すと、再び僕に向き直った。
「よく来てくれたよ〜。もうほんとうに、ほんとーに待ちわびたよ〜」
「待ってくれ、僕は君のことを知らない。
ここにだって、いつ来たのかがわからないくらいだ。
ーーそうだ、さっきまで僕は変な壁の前にいたはずだ」
あくまでもマイペースに言葉を続けるその少女に、ついていけない。
それほどまでに、突然状況が変化したのだ。僕は混乱していた。
壁に飲み込まれ、死を覚悟して。
それがいつのまに僕は一面が白い部屋に放り出されたというのか。
僕ってほんとバカ。
なんだってこう、致命的な部分で油断をしてしまうのだろうか。
いや、反省は後だ。今はこの状態の確認と、そして。シャロンは、一体どこにいるのか。
「シャロンちゃんはここには入ってこられないんじゃないかな〜」
「それは、どういうことだ?」
僕だけでなく、シャロンのことも知っている相手に、動揺を悟られないよう問い返す。
一方的に情報を握られているという状況は、ありていにいってマズい。
そんな僕の警戒を知ってか知らずか、フリージアと名乗った少女は言葉を続ける。
「オスカーくんが入ってきた"壁"はね〜、"人間だけが通れる"性質の結界なんだよ〜。
だから、人間じゃないシャロンちゃんは通れないと思うんだ〜」
ぺらぺらと新情報をもたらす少女の言葉、その全てを頭ごなしに信じることはできない。
しかし、確かに符合するところはあるのだった。あの赤い壁はシャロンが調べたときには何も起きず、僕が触っただけでーーというより触れることもなく通り抜けたということの説明にはなるのだから。
外から見た壁の中の様子と、この白い空間は、広さも見た目も全く違うため、いまいち疑わしい部分も多いのだけれど。
それに、フリージア。普通に僕と喋っているが、先ほど本人も言っていた通りに僕らは初対面だ。
シャロンとの面識もないはずであるし、僕が名付けたその名を知っていること、僕自身の名前も知っていること。怪しまない理由がない。
「じゃあ、どうやったら元の場所に戻れる?」
じりじりと後ずさりたい気持ちを抑え、平静を装ってフリージアに尋ねる。
いまのところ、彼女は友好的に話をしてくれている様子なので。
「えー、なんで〜? 今来たばっかりじゃない。もうちょっとお話したいことがあるんだよ〜」
待ちわびた来客がすぐにいとまを申し出たとでもいうかのように。いやまぁ事実その通りなのだろうが。フリージアは不満を隠そうともしない。
そうやって頬を膨らせる様は、少女のような外見とよくマッチしていた。
『少女は機嫌を損ねたように頬を膨らせました』という作られたような完璧さと薄ら寒さを持って。
「少なくとも。シャロンに無事を知らせないと。
話なら、戻って来てからいくらでもすることを約束するよ」
僕だって、わからないことだらけだ。話をすることに異存はないのである。
もしかすると、施設からの脱出方法もフリージアは知っているかもしれないのだから。
「ん〜。壁を突っ切れば帰れると思うよ〜」
膨れたままだが、一応フリージアはちゃんと答えを返してくれる。
「わかった、ありがとう。すぐに戻ってくるよ」
踵を返して、
「でも、帰さないんだけどね〜」
振り向いた先にも、フリージアがいた。
その長く揺らめく髪が、まるで生きているかのようにざわざわと蠢く。
何の感情も感じさせない紅い瞳が、僕を見据える。深い深い虚のような、どろっとした紅が。
驚き、一気に後ずさる僕に対して、フリージアは笑う。『楽しそうに笑った』という表情を形作り、嗤う。
「『行動は雄弁である』だねぇ〜」
左手に持ったままになっていた、"バールのようなもの"を眼前に構える僕に、それでもフリージアは笑顔を形作ったままその表情を崩さない。
「本当に、すぐに戻ってくるつもりだったんだが」
今、何をされたのかが全くわからなかった。超スピードとかじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのだ。
いつのまに回り込まれたというのか。その素振りもなかったというのに。
直前まで警戒は怠っていなかったつもりなのだが、一瞬後ろを振り向くというだけで致命的な隙だった。
一種異様な雰囲気の部屋、相手ではあるが、幼さを残した顔立ちと話が通じることに、気を緩めてしまったことは否めない。
しかし、得体の知れない相手であることも確かだった。
気を引き締めようと思ったばかりなのに、この体たらく。
本来ならば。この時点の僕にはわからないことだったし、その知識もなかったのだが、人間が注意を保ったまま動ける時間はとうに超過していたのだ。平常でない精神状態、両親を失ったショックなどによって集中を保っていられるほうがおかしいような状況ではあった。そのツケが、この立て続けのミスである。
しかし、それで命を落とすようなことになっても、言い訳をしたところで詮無いことなのは確かだった。
「そうだね〜、でも10%くらい帰ってこない可能性があったからね〜。
ここまできておいて、それは嫌だな〜。許容しかねるよ」
ずぅーっと待ったんだから。再度繰り返す彼女に、それ以上の動きはない。
「僕に、君と争うつもりはないんだ」
"バールのようなもの"を構えたままではあるが、できるだけ平静を装った声音で話しかける。
体内では心臓がばくばくと大合唱をしており、口を開いたままにしていると、その音が外界にまで漏れ聞えそうである。
「うん、"識"ってるよぉ〜」
「じゃあ、そこを通してもらえないかな」
「それもさっき言ったでしょう〜、要件が済むまで君を帰す気はないんだ〜、わたし」
再び、ぞくりとした怖気が走る。
しかし、次に続けられた言葉によって僕の心は揺れることとなる。
「取引、というわけじゃないけど〜。
この建物から出るための方法も、教えてあげられるし。
それに、オスカーくんは強くなりたいんでしょ〜?」
突然提示された言葉。
出るための方法もそうだが、『強くなりたい』ということ。
これは、今の僕には抗いがたい、根源的な欲求となってしまっている。
両親を見捨ててただ逃げるしかなかった、無力な自分はもう嫌だ。
次またシャロンと共に危機に見舞われたとき、共にあれる自分でありたい。
いっそ、欲求や願いというよりも、呪いといったくらいに自分を縛る、その思い。
それは渇望とも呪いともしれないそれは、甘美な魅力をも持っている。
フリージアの要求を聞く程度のことなら、二つ返事で許容してしまいそうになる。
「わたしにとって、きみとこうして会えたことは、ずぅーっと待ち望んでいた、奇跡にも等しいようなことなんだよ〜。
だから、わたしはほんとうのことしか答えないし、知ってることならだいたい何だって教えてあげるよ〜」
まあ、信用しにくいとはおもうけどね〜。
彼女は苦笑する。『苦笑しました』という顏をする。
「わかった。
じゃあ、ここから君に無事に解放してもらうには、どうしたらいい?」
なるほど〜、上手いこと聞くね〜。
ずり落ちる眼鏡を指で直しつつフリージアは楽しそうに応じる。
未だその目はこちらを見ているようで、その実深い虚のようにどこを見ているのかが判然としない。
「簡単だよ〜。
わたしとお話をしてくれれば、あなたに力を与えましょう。
そうしたらそのまま出ていけるよ、今度は止めないからね〜。
その前にわたしの望みも聞いて欲しくはあるんだけど。これはオプションだね〜」
"険しい山道を登るには、最初はゆっくり歩け"だよ〜。彼女は滔々と嘯く。
力を与える。どのように、とかそれはどういう力か、とか。
僕は『強くなる』ことに対して続けて質問したくなる気を、ぐっと堪える。
そのまま相手のペースに飲まれてはいけない。たとえ自分の欲するものが、目の前にぶら下げられていたとしても。
「わかった。
じゃあ次の質問をしてもいい?」
"バールのようなもの"を下げつつ、続けて会話を試みる。
武器を振りかざしての会話は、相手が敵対的でない場合において推奨されるべきものではないだろう。
それが、武器を用いたところで自分では決して歯が立たないであろう相手であったとしても、である。
「いいよいいよ〜。どうぞ〜」
武器の有無などまったく頓着することがないというように、フリージアは応じる。
こころなし、嬉しそうに見える。
より正確さを求めるならば、『嬉しそうに見える』ようにしているふうだ。
しかし、そんなことを気にしても仕方がない。僕に取れる選択肢は、もとより多くないのだから。
「君は誰で、なんで僕やシャロンのことを知っている?」
「わたしの話をしてもいいんだね、ありがとう〜。思っていたよりもちょっとだけ早かったよ〜。
わたしはフリージア = ラインゴット。これはさっき言ったかな〜。
この研究施設、第七神継研究所での実験体、その成功例の一人だね〜」
すごいんだよ〜、えっへん。と緩やかな動作で胸を張る。
服越しにも存在を強調される豊かな胸が、連動して跳ねる。
「あなたのこと、外にいる娘のことを"識"ったのは、つい今しがたのことだよ。
それはこの眼鏡の力でね〜。オスカーくんが強くなる話にも関連するんだけど〜」
指で、多少ずり落ちてきていた眼鏡の位置を直すフリージア。
その光景は先ほども見たが、サイズが合っていないのだろうか。
「この子には"全知"の神名がついていてね〜。
レンズ越しに見たものの情報や、がんばれば考えなんかまで見える、すごいものなんだよ〜」
元は友達の持ち物なんだけどね〜。彼女は笑う。虚のような目をして笑う。
ゼンチやカンナなど、聞いたこともない言葉が飛ぶ。
正直に答えるというようなことを言っていたが、わかる言葉で、とは言われなかったなとボンヤリ思い出す。
これは詐欺なのでは?
「たとえば、オスカーくんはいま『ゼンチ? カンナ?』みたいに思ったでしょう。
大丈夫、説明したげる〜。
それにしても、この研究所でも"神名"の研究はたくさんのひとがずぅーっとやってたのに、後世に残ってないんだねぇ〜。かわいそ〜」
フリージアはわけもなく楽しそうである。
笑顔を貼り付けた顔からは何を考えているのかをうかがい知ることができないし、そのまま僕を帰してくれる気もなさそうではある。
しかし、話をするだけでも楽しそうに振舞っているのはなんとなく本当のことなのだろうな、と思う。
根拠はない。なんとなくだが。
「オスカーくんは、世界がどうなっているか、知ってる〜?」
「え? 世界?」
突然、前後の脈絡なくスケールが大きすぎる話になった。
漠然としすぎており、何のことを聞かれているのか、何をどう答えたものかわからない。
目を白黒させる僕に、
「そう。世界。この世界がどうやって形作られているのか」
「聞かれている意味がよくわからない。
人間がいて、魔物がいて。植物があって、水があって星がある」
「いいねいいね〜。
星っていう話が出てきたのが特にいいね〜。
"星の巡り悪しき一組の恋人、世に生を受く"。悲恋だよね〜」
フリージアが何をつぶやいているのかもよくわからない。
わからないが、話を進めてもらおうと目線で先を促す。
「人間が住んでいる、村とか町とかいう括りがあるよね。
それらが寄り集まって、さらに大きな括りとして国っていうのがあるよね〜」
「ん? ああ。
僕は以前は村に住んでいたよ」
僕の暮らして居たキンカ村は、その意味ではイングェード国に属している。ほぼ都市国家といっても過言ではない規模のイングェード国にとって、辺鄙すぎるキンカ村では国に属している恩恵を感じることなどほとんどなかった。
村が焼け落ち滅んでしまったときにも、国からの救援が来たりはしないのである。
「国の、そのさらに大きな括りとして、大陸っていうのがあるんだ。いまもあるのかな〜。
その大陸の、またさらに大きな括りになると、星になる。
その星の大きな括りが、銀河系って言われたり、そのさらに大きなものが宇宙って言われたりするんだよ〜」
「うん。……うん?」
星くらいまでは理解できたのだが、さらにその上の概念ともなると、僕は知らなかった。
本で読んだ記憶もないし、両親が教えてくれたこともない。
両親のことを思うと、ずくんと胸が痛む。そしてまた湧き上がる『強くなりたい』という思い。
「その宇宙の、さらに大きな外側の括りが、世界とか次元とか言われるんだ〜。
世界も複数あると考えられていたんだよ〜」
僕らの属する大きな括りの、そのまたすごーく大きな括り。それが世界。
単位の話としてはわかったが、それが何に繋がるというのであろうか。
「その"世界"は生き物みたいなものだ、と昔の研究者は考えていてね〜。
人ではないのだけれど、人格みたいなものを持っている場合もあるっていってね。
いわゆる"世界の意思"とか"神の意思"って言われるような概念だね〜」
"神の意思"とやらが本当にあるのなら、それは随分と性格の捻じ曲がったやつなんだと思う。神に祈ったところで水害も飢饉も起こるし、戦乱に巻き込まれて死んだりもする。
神を信じてすくわれるのは、足元くらいのものだと酔っ払った冒険者が言っていたことさえある。
もしくは、この少女が言うのはそういう昔の宗教の話なのかもしれない。
ずり落ちる眼鏡を再度指で押し上げつつ、フリージアは続ける。
「その"世界の意思"が認定したものに対して、その証として名前がつけられたりするんだ〜。
それが"神名"であり、世界が認めた特殊な能力を持っていたりするんだよ。すごいんだよ〜」
ふたたび、えっへんとばかりにその大きい胸を張るフリージア。
その話をすべて真だとするならば、すごいのはその能力を持っているという眼鏡なのではなかろうか。
「あ〜。そういうこと考えちゃう〜?
たしかにこの子はすっごく凄いんだけど。
でも、わたしだってすごいんだよ。神名二個持ちだからね〜」
「え、そんなにほいほい付けられるものなの?」
眼鏡の能力とやらで考えを見透かされたのか。
あまりいい気分はしない。が、そう考えていることすら見透かされるのだろう。
「ごめんごめん〜。たしかに君は言葉には出していなかったよ〜。
紳士的なんだね〜。おっぱいは気になるみたいだけど〜」
そういう部分には触れてくれるなと強く念じる。
あともうちょっと厚着をしてください。
「これまたごめん、悪かったよ〜。
服はこれしか覚えていなくてね〜。すっぱだかじゃなかっただけ勘弁してよ〜」
服を覚えている、という物言いに引っかかるものがあったが、必要であれば喋ってくれるのだろう。
考えを読み取られるだけで会話になるのは、気分が良いものではないが、けっこう楽かもしれない。基本的にものぐさな僕だった。
が、話がガンガン逸れていくので、軌道修正することにする。
というか話が逸れる性質はシャロンのせいだと思っていたが、誰を相手にしてもそうなら、僕の気質によるものなのかもしれない。
心の中でがっくりと肩を落とす僕に、フリージアが生暖かい眼差しを送ってくる。がんばれ〜、いいことあるさ〜、みたいな感じの。
「それで、何を持っているって?」
「あ、話を戻すんだね〜。了解だよ〜。
わたしが持っている1つ目は"夢見"っていうもので、1000万人に1人くらい持っている人がいる、わりと珍しくない神名だよ〜。
未来の可能性を夢としてみることがあるんだよ、普通の夢との区別はつかないんだけどね〜」
一つの村落は数十人から、多くても百数十人単位であることが多い。
どんなに大きな街や主都であっても、数万人も人間は居ないのではないか。
つまり、近隣諸国まで合わせても一人いたらすごいような割合で、わりと珍しくないようなものなのか。
「あ〜。今の文明レベルはそんなことになってるんだね。わたし、貴重品だ〜」
また胸を張るフリージア。一部位を見ないようにする僕。むしろ不自然であった。
「もうひとつは"不滅"っていう神名でね〜。
決して滅びない。死なない。死ねない。そういう能力が私には移植されているんだよ〜」
夢というかたちで未来を見透かし、決して死なない。
それは、戦略的にものすごい価値のある人材なのではないだろうか。
その存在が知られると、戦争を起こしてでも身柄をおさえたいような者達が出るくらいの。
「あ、死なないだけで、切り刻まれたりはできるし普通に痛いんだよ〜」
フリージアは研究施設の最奥、そこを守るように配置されている魔物のような扱いなのだろうか。
物語では、遺跡などの最深部にはそういったものたちが居たりする。
また、冒険者たちの語る冒険譚でも、強大な存在と道端でたまたま戦闘を繰り広げたりはしない。
たとえば火山で、たとえば遺跡の奥深くで。そういったところで、そこを守る、ないし封印されていた強大な存在と戦うのだ。
「う〜ん。魔物という表現には異議を唱えたいところだけど〜。
境遇的にはあまり差異はないんだよね。こまったこまった〜」
「僕がここから出ることを阻止したり、君がここから出ないーー出られないのも、それが理由なの?」
問いかけたところ、フリージアの動きが止まった。
髪の揺れも静止し、表情も、にこにこした顔が貼り付いたまま静止。
しまった、切り込んだことを聞きすぎたか。しかし、1秒とたたず、硬直はとけた。
「そうだよ〜。よくわかったねぇ〜!
私の持っている"不滅"は、もとは私の持ち物じゃなくってねぇ。
もともと持っていたのは蛇神様。その一部が私に移植されてね〜。
というよりは"不滅"の蛇神様の一部にわたしがなっちゃった、という方が正しいのかな。
だから、人間だけを通すこの結界は、わたしの出入りを拒むんだ〜。
当時の技術と魔力、基礎理論は"勇者"の力を駆使して作られたものらしいから、わたしの力ではどうしようもなくてね〜」
気にしていないふうのフリージアの様子。
しかし、"不滅"や昔はという話、出られない、ずっと待っていた。
これらすべて、ほんとうのことしか言わないというフリージアの言を信じるのであれば。
かつて、シャロンは打ち捨てられた自らの同型機に対して『少なくとも、1500年以上は経っているでしょう』と言っていた。
もし仮に。1500年以上もひとりで閉じ込められている存在がいるとしたら。その核心に不用意に触れるのは、あまりに無神経がすぎる。
その年月には敬意を払いこそすれ、軽んじられるものでは断じてない。
「すまなかった」
「え〜。べつにいいよ〜。
いまオスカーくんが考えていたことも、概ね正しいしね〜。
違うのは、閉じ込められていた時間くらいのものかな〜。
この結界の内側と外側じゃ、時間の流れ方が違うんだよ。そういう仕組みも入っているんだ〜」
「ということは、外で1500年が経っていても、内側では1年だけしか経っていない、みたいなことが起こるの?」
「だいたい合ってるけど完全に間違ってるかな〜」
「どっちだ」
支離滅裂なフリージアの言葉に、僕は戦慄しつつもツッコミを返す。
返ってきたのは、より凶悪な内容であったが。
「ここでの1年が、外での1日になったりする、ってことかな。
内側に満ちてる魔力の密度によって変わるから、正確なことはわからないんだけどね〜」
ということは。外で少なくとも1500年が経過しているとすれば。
「途中から数えるのやめちゃったんだけど。閉じ込められてるの、2万年はかるーく超えてるんだ〜」
いやもう暇で暇で〜。と、肩を落としてため息をするフリージアを、僕は呆然と見つめることしかできなかった。
新キャラのフリージアさんです。
挿絵は2万年以上前のものなので、今はもう本も風化してしまって現存していません。
2万歳以上と言っていますが、23000歳程度なのでわりとサバ読んでます。まぁ嘘は言っていない。
年増枠ばっかりだなこの作品。
神継研究所の実験体、その成功作たちはラインゴット姓を名乗ることを許されます。
他のラインゴット姓の人物がいたとしても、フリージアと関連する系譜であるとは限りません。