僕と彼女のプロローグ
「オスカー・シャロンの魔道工房」にご興味を持っていただき、ありがとうございます。
見切り発車感が否めないながら、ハイファンタジーものをはじめてみました。
どうぞよろしくお願いします。
キャラクターの雰囲気を伝えたくて挿絵を掲載していますが、この挿絵の時系列はちょっと先のものです。第二章半ばくらい。
力がほしい。
そう願ったことはあるだろうか。
なにものをも圧倒する、純然たる力。
あらゆる理不尽を、不条理を、悪逆を、全てをねじ伏せる力。
それを願ったことのない者の、なんと幸せなことだろう。
きっと自分の無力さに絶望するなんていう、最悪な体験をしたことがないのだろうから。
英雄は物語の中だけの存在で、窮地に立った無辜の民を救い出してくれる人なんていない。実際の世界はひどく理不尽だ。
そんな当たり前の現実を、僕は今の今まで真に理解してはいなかったように思う。
ヒュンッ――
馬鹿みたいに短い音と共に、僕の顏のすぐ左横を、素知らぬ顔をして死が通り過ぎた。
ニヤニヤと下卑た笑みを顔中に貼り付けた男が、番えられた矢を放った。ただ、それだけ。
『それだけ』のことで、ぞわりと僕の背を冷たいものが滑り落ちる。
脚はガクガクと震え、まるで言うことを聞いてくれやしない。
馬車の壁に突き刺さったであろう矢を、振り返って確認することさえできなかった。
まだ日だって高い。街道で、町からもそう離れていないはずで。
そんなところで、なんだって蛮族に出くわすのか。
命までは取らないはず。きっと、ただの脅し。そうに違いない。
それに街道で殺戮を何度も繰り広げていれば、すぐに冒険者や憲兵隊から成る討伐隊が組まれる。そのはずだ。
商人や往来の人の行き来がままならなければ、町にとっては死活問題だ。
そんなもの、領主が許すはずがない。
蛮族の連中も、そうなることくらいわかっているはず。だからこそ、これはただの脅しであるはずで。
「ひ――ッ!」
そんな思考は、再び番えられ、鋭い切っ先をこちらに向ける矢を前に、儚く霧散する。
残されたのは自分の口から出たなどとは思いたくもない、か細い悲鳴だけ。
「持っているものは全て差し上げます……! 抵抗もしません! ですから!!」
母が僕のすぐ前で声を張り上げる。
馬車の前では父が剣を正眼に構え、周囲へと油断なく睨みを利かせる。
父のまわりには、手に手にナイフや手斧を持った蛮族が、荷馬車に居る僕の位置から見える範囲で5人。
その後ろに弓を構える者がさらに2人。
大きな犬のような魔物――大狼のようなそれに跨り、下卑た笑みをたたえた者が1人。
手にはこれまた大きな剣を持っており、リーダー格だろう。
彼らはそれぞれ足やら胸やら額やらに、赤黒く塗装された鎧や鉄板を付けていた。
馬車を操っていた御者はすでに逃げ出してしまい、残されたのは父さん、母さんに僕の3人だけ。
今、僕から見える範囲だけでも蛮族は8人もいる。どう考えても絶望的な戦力者だった。
この圧倒的な戦力差を前に、母は全面降伏を選んだ。
だが。
「お前、アレだろ。馬鹿ってぇヤツだろ。力づくで手にいれりゃいいだけだってぇのに、どこに交渉する意味があるんだ。あぁ?」
心底楽しそうに、嫌らしいニヤニヤ笑いを顔中に貼り付けた男からは、交渉の余地はどこにも見えなかった。
「交渉ごとは、相手にも利点がなきゃあ成り立たねぇ」
相手の気持ちを考えましょう、ってな。
と皮肉なのか嫌がらせなのか判別し辛いことをリーダー格の男は言い放ち、哄笑をあげた。
それにつられるように笑いだす蛮族一味。気持ち悪い笑い声がぐわんぐわんと響き渡る。
いまの返答でさえ、単なる気まぐれ以上の意味はないのだろう。
「ッーーせめて、せめてこの子だけでも逃してください! お願いです!」
母が懸命に食い下がる。
僕は矢が放たれてからずっと震え続ける足で、傍の母にすがりつくことしかできかった。
このあいだ、あまりべたべたするなと母に対して冷たく当たってしまったことを今更になって思い出す。14歳だ。そういうお年頃なのだ。
でも、冷たくする意味なんてなかった。友達にからかわれるのが嫌だったから? くだらない。
こんなことになるのなら。もっと、親孝行をしておけばよかった。
ちゃんと薪割りも、魔術の勉強だってサボらずすればよかった。
もっと、話をすればよかった。村で生まれた子犬の話に、ちゃんと相槌を打てばよかった。
いくら後悔しても僕の足は震えるだけで。
そして、いま目の前にいるのはかわいい子犬ではなく大狼に乗った男率いる蛮族だ。
「『紅き鉄の団』は全てを奪い尽くす!」
リーダー格の男が、スッと片手を上げる。
「どうか……この子は! この子だけはッ!」
母の訴えもむなしく、男は手を振り下ろし、何事かを短く叫んだ。
意味はわからない。おそらく蛮族の共通語というやつだ。
文字や言葉がわからない荒くれたちでも、ある程度意思疎通をするための粗野な言語。
僕にはその言葉の意味がわからない。が、ある程度の予測はつく。
おそらく「やれ」か「殺せ」、そんなところだろう。
「「ウォォオオオ!!」」
男たちが口々に吠え猛り、目をギラつかせる。
武器を手に手に、あるものは剣で、ナイフで、手斧で。
僕らのいる馬車へと無慈悲に襲い掛かる。
そうはさせじと父が間に割り込み、剣を振るう。
しかし5対1では拮抗することすらできはしない。さらに後方からは容赦なく矢が射掛けられる。
「ぎッ――まだ、まだだ……!!」
父の全身に、少なくない傷が刻まれていく。見る見るうちにズタボロになり、血が溢れる。
だというのに。僕はそれを見ていることしかできない。
物語のなかの英雄たちは、矢の一本や二本など、かすり傷かのように振る舞うことさえある。
僕は、彼らの英雄譚が好きだった。悪を許さず、無辜の民を救い、そして最後には世に平和を。彼らは幸せを掴むのだ。
しかし、現実は違う。矢の一本や二本? あれは、一本で十分に致命の一撃だ。撃たれたら最後、避けようと体を動かす暇すら与えられず、そして命を奪う。そういう代物だ。
さっき目の前を矢が通り過ぎていったとき、身にしみて感じた。想起しただけで足が竦む。呼吸だって、もうずっと乱れっぱなしだ。
そんな矢を、もう二本も。父はその体で受けていた。
父は英雄ではない。力だってそんなに強くない。そりゃあ僕よりは強いけれど。
それでも、僕と母を背に守り、父は倒れなかった。
父の援護のため、母も詠唱を開始する。
せめて、と思い震える脚を叱咤して、馬車後方に積み込んであった母の荷物を手渡した。
荷物の中にはいろいろな薬品等のアイテムとともに、携帯型の杖が入っている。ある程度の魔術の補助ができる。
父が守る戦場へ厳しい視線をやったまま、それでも母は僕に少し微笑みを返してくれた。そんな気がする。
「これをお守りに、持って行きなさい」
母が荷物から取り出したのは薄黄色に鈍く光る宝玉だ。
数日前に父が報酬として持ち帰ったもので、膨大な魔力が込められている、らしい。
それを僕に握らせると、母はキッと正面を見据える。
「女は魔術師だ! 気をつけろ!」
母の右手に灯った小さな3つの火の玉を目にした蛮族が、警告の叫び声を鋭く放つ。
警戒の色を強めた蛮族集団から一瞬目を逸らして、父が僕のほうを振り向く。
射掛けられた矢を左腕から生やし、ニッと笑った。
「逃げろ! まっすぐ走れ、振り返るんじゃないぞ」
父を囲む5人の蛮族に火球を投げ込み続けながら、母も微笑みを浮かべた。
口元には血を拭った跡がべったりと付いている。青白い顔は魔力の使いすぎだろう。
「母さん、血が――」
僕の口から、しゃがれた声が出る。口がカラカラに乾いてしまっている。
どこか他人の声のようで気持ち悪い。
「うん。やっぱり、久しぶりの実戦はしんどいみたい。それでも――!
"紅蓮の華、無数の礫。我が敵を打ち据えたまえ"ッ!」
僕の声に応じて、青白い顔で母はまたぎこちなく微笑んだ。
その間も、蛮族たちを牽制し、とくに弓を持った者たちの動きを阻害するように火球を放り続ける。
「さあ、」
行って――と言いかけた言葉は音に乗ることはなく、代わりにゴボッと吹き出すのは血の塊。
飛来する矢はすべて火球で焼き落としているが、魔力のほうがついていかない。
それでも気丈に微笑む母から、急速に命の灯が消えていく。
それ以上、僕は戦う二人を見ていられなかった。
さりとて、一緒に戦う力なんてない。父母に憧れて、剣技や魔術を勉強したりはした。
しかし、それは殺意を持って向かってくる複数の大人たち相手に振るうには、あまりに弱すぎた。
僕に力がないばかりに。
噛み締めた口の中で、血の味がした。
逃げないといけない。
ここから、一刻も早く。
我が身可愛さがないとは言わない。でもそれ以上に。
僕が殺されるところを、両親に見せるわけにはいかない。
僕を逃すためだけに必死に戦う彼らの決意を、無駄にするわけにはいかなかった。
「ぁあぁああああああああああああッ!!」
未だ震える脚に檄を飛ばし、僕は踵を返して走り始める。
追いつかれたら殺されるか、捕まっても嬲られるか、獣の餌か、奴隷になるかのどれかだろう。
もし選べたとしても、ぞっとしない話だ。
「うっ――くっ……!!」
嗚咽をこらえ、もつれそうになる足でひたすら走る。
街道を無我夢中で、走る、走る、走る。
弓に射抜かれないように、たまに左右にずれながら、必死に足を動かす。
その光景がおかしくてたまらないといった様子で、蛮族たちからはどっと笑い声があがる。
背後から近づいてくる軽快な足音にたまらず背後を振り返ってしまうと、大狼に乗った、下卑た笑みを浮かべた男が迫って来ていた。
そして、その遥か後方では。父が。
否。数瞬前までは、たしかに父であったもの。
倒れ臥し、ピクりとも動かないそれに、剣が何本も突き立てられる光景が、僕の瞼に焼き付けられた。
「うわぁああああああああああ!! ぁぁぁあああああああああ!!」
走った。悲鳴を、嗚咽を、喚き声を、涙を。空に、大地に染み込ませながら走った。
息が上がり、足が悲鳴をあげ、胸は張り裂けそうになりながらも、走った。
後方では男達の笑い声。より近くなった獣の足音も猛追してくる。
このまま逃げても追いつかれるのは時間の問題だ。
右手には岩場、左手には川。まっすぐ続くのは、ところどころでこぼこした街道。
岩場のどこかに隠れたとしても、あの獣から逃げ切るのは難しいのではないだろうか。
匂いや何かで探し出されてしまう気がする。また、すぐに隠れられるような場所が見つかるとも限らなかった。
多少開けていようとも川に逃げるのがいい気がする。
深く潜れば矢で狙いにくいだろうし、川に流されたら助かるかもしれない。
よし。いちかばちか、川へ――と視線を向けたところで、川辺に何かを見つける。
走りながら、足をもつれさせながら、それでも必死にそちらを見ると、それは倒れている人物だった。
背中から3本ほど矢が生えているので、あれが街で流行りのファッションとかでないのであれば、おそらく死んでいるだろう。
真っ先に逃げ出した御者の格好に似ているような気もする。もちろん、彼はファッションで矢を背中に生やしているような人物ではなかった。
それを裏付けるように、川辺のさらに端のほうに、その背から主を失って慌てふためく馬の姿があった。
「はっ、はっ、はっ……!!」
唾を飲む間すらもどかしい。
考えている間にも、大型の獣が走る音は絶望的に近づいてきているのだ。
どうする? どうすればいい!?
その時。逃げ惑う僕と、それを遊び半分に追う蛮族に、等しく地揺れが襲いかかった。
「な、なんだ!?」
大狼の上に跨がった男が、がなり声を上げる。
片手に剣を持っているせいでバランスがとりづらいのだろう。大狼の足が一時的にでも止まった。
ごごごごっと唸りを上げる大地。
あさっての方向へむなしく飛んでいく矢を尻目に、ふらつく足で岩場を登る。
心臓はばくばく鳴りっぱなしだし、足はすでにいつ攣ってもおかしくない。
そしてなにより、死を目前にして精神がもたない。全身が悲鳴を上げているようだ。
そんな僕を、地揺れは再度助けた。なんと岩と岩の間に小さな――ちょうど、こどもひとりがギリギリ通れるほどの隙間があったのだ。
隙間の奥には黒々とした闇が拡がっており、いくばくかの空間がある。
男が追ってくる。迷っている時間はなかった。
えいや、っと岩の間に身体を捩じ込む。
膝を擦りむいたが、痛いだけだ。
死ぬことに比べたら。両親の思いを無駄にすることに比べたら。単に、痛いだけだ。
最後に――最期に両親をひと目拝もうと頭だけ振り返ったところ、ひときわ大きな揺れが来た。
大きな岩が転がり、こども1人が通れそうだった穴の入り口は、もはや鼠程度しか通れないまでに狭まっている。
まさに間一髪。少しでも迷っていれば、この空間に入り込むことはできなかっただろう。
しかし、穴倉の中も無事ではない。揺れた拍子に身体や頭をそこかしこにぶつける。
極め付けに。岩の切れ目の奥底は、地面がなかった。
浮遊感に包まれながら、最後にしこたま頭を打ち付けた僕は、足下の感覚と一緒に意識を手放した。
ーー
そうして目覚めたのは地の底、暗黒の世界。
ため息すら、出てこない。
僕ひとりだけが、生き延びた。
いや、もしかすると実はあの時僕はすでに死んでおり、ここは死後の世界である、という可能性もあるかもだけれど。
両親の前で死ぬという親不孝を晒さななかっただけ、よくやったものだと思いたい。
そんな両親も、もういない。
僕は、彼らに背を向けて、逃げて、逃げて、逃げて、それで。
落ちた穴の底で、ひとり孤独に真っ暗闇を見上げている。
――ああ。力が、
「力が、ほしい」
乾いた声が、闇に溶けていく。
聞き慣れたはずの自分の声が、ひび割れて、まるで別人のもののように聞こえる。
背中を地面にあずけたまま、痛む右腕を掲げてみる。
全身から軋むような痛みが襲うが、どうやら、動くようだ。
とはいえ、周囲は完全な真っ暗闇なので、実際のところよく見えていないのだけれど。
よく見えていないと言えば、僕が落ちてきた穴もそうだ。仰向けに転がった状態だというのに、見渡す限りが一面の黒に染まっていた。
目を閉じてみても、視界に変化が見られないほどに。
どれくらいの時間、意識を失っていたのだろう。
日のある時間であれば、多少は外の光が差し込んでもいいはずだ。
あのときの地揺れで、埋まっちゃったのかもしれない。
ズキリと鋭い痛みを発する頭に手を添えると、ぬるりと生暖かい感触がある。うへぇ。
触れた先から、どくどく、どくどくと脈打つような痛みが全身を駆け抜ける。
痛い、痛い、痛い。
それでも、生きていた。痛みを感じる程度には、僕は生きていた。
「いや……死んでない、だけか」
空虚な呟きは闇に霧散して、あとに残されるのは横たわったままの無力な僕ひとり。
死んでないだけ。そしてこのままでは、遠からず死ぬ。飲み水も、食べ物も、何も無いのだから。
真っ暗闇に包まれたまま、孤独に死ぬ。
誰に知られることもなく、ひとりで。
まあ、それでも――命を賭して、僕ひとりを逃がしてくれた両親の目の前で死ぬという不孝だけは、しなくて済んだと安堵すべきか。
そう。僕ひとりだけが逃げた。逃がされた。
下卑た笑みを浮かべる蛮族から。
狂ったような哄笑を放つ悪逆から。
血肉を引き裂く、獣の鋭い牙から。
『悪』に立ちはだかる両親の背中に踵を返して、僕だけが逃げ出したんだ。
両親の、絶叫が、懇願が、最期の願いが、耳にこびりついて離れない。
「――っゔッぷ……!!?」
咄嗟にごろんと横倒しになり、胃の中身をぶちまける。
後から、あとから湧き上がる嘔吐感に、僕は抗うすべを持たない。
そのまま全てをぶちまけて、ヒューヒューと細い息を吐き出した。
暗闇の中でひとり、吐いて、蹲って啜り泣くしかできないというのは、はたから見ればなんと滑稽な姿に映るだろうか。
ツンと鼻をつく酸っぱい異臭を嗅ぎ取って、どうやら鼻は正常に機能しているらしい、などと他人ごとのような感想を抱く程度には、僕の感情は壊れていた。
今のいままで手元で固く握りしめていた宝玉から、ようやく指を引き剥がす。
宝玉は憎らしいことに、落下の衝撃で砕けたりもせず、指を這わせる限りではつるりとした傷一つない球体を保っているようだった。
この宝玉が家に来て、全ておかしくなった。
村は炎に包まれて、一家で逃げた先では蛮族に襲われた。
もともとの所有者だとかいうどこぞのお屋敷の令嬢も、この宝玉のせいで災厄が降り注いだのではあるまいか。
いまさら、こんなものがなんの役に立つというのか。
カッとなって地面に叩きつけようとして――やめた。この宝玉は、両親の唯一の形見となってしまった。
だらりと力なく下げた手から取り落とした宝玉が、ころころと転がっていく。
ころころ、ころころと転がっていく。
それを追うことすら、もはや億劫だった。
ころころころーーカツン
そもそも、石はただの石だ。
不幸が降り注いだのは結果にすぎない。
僕が本当に我慢ならなかったのは、僕自身に力がなかったこと。
それを宝玉に押し付けたところで、両親が蘇るわけでもない。
「……うぅう」
再び嗚咽がこみ上げる。
僕に力があったなら。
父と、並び立てるだけの剣の腕があっなら。
父を凌駕して、敵を蹴散らせるだけの力があったのなら。
母と、背を預けて戦えるだけの魔術の心得があったなら。
母を庇護し、悪逆を殲滅してのける力があったなら。
そうでなくとも、ともに戦えるだけの力があったのなら。
そうだったなら、ここで孤独に苛まれることもなかっただろう。
僕は、葛藤する。
遅きに失した葛藤をする。
「力があれば」
力さえあれば。
失うことはなかったのに。
そんな、闇に消えいくだけの独白に。
応える者なき独り言に。
「欲しいですか」
応える声があった。
取り落とした宝玉が転がって行ったほうの壁際から、鈴の音を鳴らしたかのような可憐な声が、たしかに聞こえた。
「力が、欲しいですか」
再度、問いかけられる。
真っ暗だったはずの穴倉で。
暗闇を射抜く、蒼く輝く眼光が、僕を見ている。
先ほどよりも力のある、その声音。
警戒とか、驚愕とか、疑念とか、困惑とか。
それらすべてを凌駕する力への渇望が、このときの僕の口を動かした。
「欲しい。力が、欲しい」
なにものにも負けない、強い力が。
大切なものを守れるだけの、強い力が。
孤独で怯えなくてすむ、強い、力が。
力が、欲しい。
「そうですか」
女性の綺麗な声が再度応える。
目を伏せたのか、一時的に蒼の双眸が消え、再びあたりは闇に包まれる。
しかし、それも長くは続かない。
先ほどよりもカッと双眸を開きがちにし、いまひとたび闇を打ち払う。
そして。
「では。筋トレをすると良いです」
「ええ……」
そんなことを、のたまった。
何もかも失った僕が、穴倉の底で。
謎の少女と邂逅を果たして、物語はハジマリを告げた。
「ちなみに、バーベルスクワットがおすすめです」
「ええ……」
おすすめも、あるらしかった。
お読みいただきありがとうございました。
どの時点でのご感想でも、「ワロタ」だけでも嬉しいのでどうぞご気軽にコメントしていただければ幸いです。
そして願わくば、続きも読んで行っていただければとっても嬉しいです。