私の神様
「美緒の髪は綺麗だねぇ」
優しく梳かれる髪が気持ち良くて、とろとろとした甘い微睡みに落ちていた。
綿菓子みたいに甘い声に目を開ければ、目を細めて笑う私の神様がいて、私は幸せなんだと感じる。
私にとっての幸せは、大切な人がいて神様だと信じる人に付いて行くこと。
私の神様は人間だけれど神様だ。
柔らかな肉とそれを支える骨がその奥に眠っていて、ぐるぐると真っ赤な血を体中に巡らせている。
私と同じ造りをした人間。
私よりも柔らかな胸に耳を押し当てれば、少し聞こえにくいけれど同じような音がする。
そんな神様は私のことを可愛いと言う。
いつも可愛いね、笑顔が可愛いよ、笑っている方が似合うよ、本当に可愛い。
繰り返し繰り返し、催眠術みたいに繰り返される言葉に首を捻り続ける私だけど、神様が私のことを可愛いと思ってくれてるなら、後は何でも良いと思えて来た今日この頃だ。
それから、神様は私の髪の毛を弄るのが好き。
ヘアアレンジじゃなくてブラッシング。
伸ばし始めた私の髪に触れながら、綺麗だね綺麗だよ、と可愛いという言葉と同じように繰り返す。
優しく柔らかく撫でるように整えられる髪が、私にとっては自慢なのだ。
「――ちゃん、私ね、――ちゃんのこと大好き」
顔を上げて笑顔でそう言えば、驚いたように丸くなる目に私が映る。
真っ黒でビー玉みたいに透き通った目が好き。
何もかもを見通しているようで、でもそれを悟らせない、不思議な目。
「……うん。ボクも美緒が好きだよ」
真っ黒な目が細められて、長いまつ毛が下を向く。
色白で線も細くて女の子らしい私の神様。
人間の女の子だけれど神様で、私のことを可愛いなんて言うけれど、きっと絶対神様の方が可愛いんだ。
ふわふわの髪の毛は、いつも丁寧に結い上げられていて、動く度に長めの前髪からは綺麗な目がチラリチラリと姿を見せる。
白い肌が時折色付いて、表情の変化が薄いその顔に浮かぶ笑みに見蕩れてしまう。
私の大切な人達は、私が神様を神様と言うことに疑問を抱き「あの子が神様?」と顔を歪め「あれが神様?」と唇を引き結ぶ。
私の大切な人達にとっても、私の神様は大切な存在で、神様にとっても私達は大切な存在。
丸く円になるように繋がっている。
それでもそんな繋がりの中でも、共有出来ないものはあるらしい。
「――ちゃんは、私の神様だよ」
首を伸ばして私の後に立つ神様を見上げた。
昔は私の方が身長、高かったのにね。
いつの間にか抜かされてしまった身長が少しだけ悔しくて、また伸びないかなぁって、いつも思う。
「うーん。ボクが、神様、かぁ」
神様自身も自分が神様だとは思えないらしい。
ほんの少しだけ困ったように、綺麗な形の眉を歪めてしまう。
ふわりと揺れる髪の毛からは、私の使っているものとは違うシャンプーの香り。
ブラシを持ったままの手を、ゆらりと宙に掲げる神様は、神様って言うのはね、と言葉を吐き出す。
細くて白い喉の奥、声帯を震わせて、舌の上でその言葉を吟味してから吐き出すのだ。
繊細なレースみたいな言葉を私は、じっと体を動かさずに聞く。
「ボクが思うに、神様って言うのはね、人間が作ったものなんだ。神様が人間を作ったんじゃない。人間が神様を作ったの」
逆説、そんな単語が浮かんだ。
でも浮かんだだけでそれが正しい表現なのかは分からない。
神様は国語とか得意だけど、私は特別得意なわけじゃなくて、ただ言葉を言葉として覚えているだけ。
首を傾けた私を見て、神様が肩を竦める。
それから、つまりね、と言葉を紡ぎ続けた。
薄い唇から吐き出される言葉を、理解出来ずとも一言一句聞き逃したくない思いはある。
だから私の体はまたしても硬直した。
「つまりね、まぁ、だから、美緒の言ってることは強ち間違いでもないんだよねぇ」
困っちゃうなぁ、なんて呟きが聞こえてきそうな苦笑を浮かべた神様は、ひたり、その頬にブラシを当てた。
ぺしぺし、一定のリズムでブラシを頬に当て続ける。
「でもさ、ボクはそういうタイプじゃないかな。美緒にはきっともっと、素敵な神様が現れるよ」
にっこり、効果音の付きそうな笑顔だった。
素敵な神様って――ちゃんみたいな?なんて聞いてみても、その笑顔が困ったようなものに変わるのは知っている。
だからごくん、と唾と一緒に飲み込む。
神様は優しく柔らかく、太陽でふかふかふわふわにされたタオルケットみたいな笑顔を見せながら、ねっ、とまるで諭すような念押しをする。
細い指先が私の髪に触れるから、返事もせずに目を閉じてみた。
「――ちゃん、愛してる」
仕方ないなぁ、とでも言うような笑い声が落ちてきたから、やっぱり神様は神様だ。
そうやって突き放さないから、私はずっと蜜のように甘くて蕩ける幸せに浸かってるんだよ。