おまけ(ネタバレ注意)
※スラムの一角
「そこの子供、そう、薄汚れた髪をした緑の目の…お前だお前」
「おれに、なんか用?」
「もう少しこっちに来い。…ふむ、緑に金の縁取りか。貴族の落とし子だな」
「キゾク?キゾクってあのきらきらした奴らのこと?」
「そうだ。お前、生まれは知っているか?」
「しらねぇ。親もいねぇ」
「ここで会ったのも縁か。乞食、協力しろ」
「なんで?俺よりもキレーなのあっちにいるじゃん」
「貴族の血を引いているのは、この辺りではお前ひとりだけだ。それと、私についてくるとうまい飯が腹いっぱい食べれるぞ」
「ほんとか?」
「ああ」
「じゃあ、行く」
駒として利用できそうな孤児としてしか見てなかった宰相補佐(四十路)と、腹いっぱい飯が食えるならいいやと軽いノリでついていった路地裏で生きていた乞食(見かけ5歳くらい)。
※シェルディオ家
「あー、もうっ!!どうしてオキゾクサマってやつはこうも面倒くさいことばっかなんだよ!!」
「シュトラビオンセ様っ。お言葉遣いが乱れていますよ」
「なかなか難航しているようだな」
「シェルディオ様!?」
「あ、おっちゃん」
「シュトラビオンセ様!!」
「おっちゃん、この人なんとかしてよ。もーうるさいったら」
「なっ!!」
「おちつけ、ルインチェル。シュゼもだ。面倒くさいことばかりなのが貴族だからな。がんばりなさい」
「むぅ…わかりましたわ。シェルディオおじ様」
「…完璧だな。これならデビューも行けそうか?」
「いいえ、まだ甘い部分がございますので仕上げなければなりません。…あとは本性を隠せれば卒業を言い渡してもよろしいですわね」
「ふむ…」
「どうかなさいまして?おじ様?」
「よし。今夜の夕食はお前の好きなローストビーフを出してやろう」
「まじで!!やっほぅ!!」
「シュトラビオンセ様、はしたないですよっ」
「今度のデビューでボロを出さなかった場合はホールケーキもつけてやろう」
「ケーキ!!任せろ、やってやるぜ!!」
「ならば、もう少し訓練を増やすことにしよう。ルインチェル、頼んだぞ」
「かしこまりましたわ。さ、|行(逝)きましょうね。……シュ、ト、ラ、ビ、オ、ン、セ、さ、まっ!!」
「げっ、ちょ、おっちゃん!た、たすk……!!」
「及第点をもらったらローストビーフを塊でだしてやろう。それではまた夕食でな。励めよ」
「そ、そんなぁ!!」
「言質もいただきましたので、容赦はなしで行きますわよ!!さあ、背筋を伸ばして!違います!!そんな軍隊のような硬い歩き方はなんですか!淑女はあくまで典雅に!優雅に!しとやかに!柔らかく!頭にのせる本を追加しますのでもう一度!!」
「ぎゃああああ!!」
「淑女は『きゃあ』ですわ!!色気のない悲鳴なら押し殺しなさいな!もしくは気絶なさい!二冊追加!」
「ひょええええ!」
「淑女は美しいだけ、笑って話すだけが能力ではありません。体が強くない分、精神的な強さと賢さによって力を示すのです!さあ、歩きながら微笑みを浮かべて貴族の家名と印を最初から諳んじなさい!間違うごとに本と訓練時間を追加しますからね!」
「ぴ――――!!」
「唇が引きつっておりますわ!淑女の微笑は社交界の花であり、茨であり、仮面であり、鎧であり、武器なのです!もう一度!」
「にゃああああ!」
「………夕食にはあいつの好きなリリンのゼリーを出してやれ。多めにな」
「かしこまりました。最高級の牛肉を仕入れるよう指示しておきます。料理長には疲れが取れるような消化に良いメニューの変更を。入浴後のマッサージも人数を増やして、念入りにするよう伝えましょう」
「頼む。私は終わるまで仕事をしていよう」
「では後で軽食をお持ちいたします。夕食は遅くなるでしょうから」
「ああ」
地獄のような特訓で作法を叩き込まれる元孤児(親戚に引き取られて花嫁修業するためにシェルディオ家に来た設定、9歳)と有能熱血なマナー教師(ある程度事情を知っている。既婚、22歳)とちょっと同情をし始めている宰相補佐(四十代)と、フォローをわすれない執事長(五十代)。
シェルディオ家。
「なあ、おっちゃん」
「そのような言い方ではまたルインが飛んでくるぞ、シュラ」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。でさ、なんでおっちゃんは俺を引き取ったんだ?」
「お前……引き取られて一年半も経つのに、ようやくそのことに思い至ったのか……」
「だ、だってここにきてからずっとマナーとか作法とか叩き込まれて全然考える暇なかったし!夜だってマッサージ終わったら意識なくなっちゃうし!」
「それはあるが……」
「だろ?最近ようやく余裕も出てきたし、ルイン先生の課題も少なくなってきてさ。んでここの人たちって俺みたいな孤児ってこと知ってるのに全然さげすんだりしないし、逆になんか同情的っていうの?義父さんだって優しいけど、なんかひっかかる態度でさ。じゃあ、なんかあるのかと思って聞きに来たんだ」
「なるほど、よく観察している」
「まあ、孤児んときはそういうことも見てないとイコール死ぬ、っていう環境だったしな。ほんとに優しい人間と優しそうに見える人間は違うってことを見極めて生きてきたんだ」
「………そうか」
「で?」
「まあ。もうそろそろ話してもいいだろう。シェラ、お前から見て、この国をどう思う?」
「ん?どういうこと?」
「元孤児として、この国は良いか悪いかで言ったらどっちだ?」
「ん~、俺としてはそうだなぁ。孤児の時は生きるのに必死でよく考えなかったけど……一部が悪いと全部悪く見える、って感じかなぁ」
「ほう。……詳しく話してくれ」
「ええと、ここに来る前は貴族ってみんな俺たち孤児とか、平民とかみんな見下してるってイメージだったんだ」
「続けてくれ」
「こっち来てからはそういうやつばっかりじゃないってわかった。でもやっぱり、平民なんて、孤児なんてって奴もいて、そういうやつが俺らに飯出すための金をこっそりくすねて綺麗なドレスにしたり、もっと美味しいものを食べるためのお金にしたりする」
「それで?」
「んと……そうすると、俺たち(平民)から見れば貴族はお金を搾り取るだけの悪い奴だ、ってしか見えなくなる。たとえおっちゃんや義父さんみたいに良い貴族もその仲間だ、って見られちまう」
「だから、一部が悪いと全部が悪く見える、か」
「うん」
「シェラ、こちらに」
「ん?……っわ!?」
「まだ軽いな。料理長にはもっと肉をだすように言っておこう」
「って、俺結構太ったぜ?それにザラノおっちゃんにはおやつもちょいちょいもらってるし」
「そうか?王太子の妹君はもっと重く感じたが」
「それってドレスの重みじゃねぇの?遠目から見てもそうとう布使ってたし」
「そうかもしれんな」
「いきなりどうしたんだよ?」
「シェラ。私はな、もっと国をよくしたいのだ」
「?うん、そのために毎日仕事がんばってるんだろ?」
「ああ、だがな。それだけでは悪い膿を出せないのだ」
「うみ?」
「シェラ、傷を作るとその部分が変色することはないか?」
「あ、ある!黄色になったり膨らんできたりして、つぶさないと大きくなるんだよな」
「そうだ。この国も、小さな傷口を放っておいたら膿ができて、いつの間にかずいぶん大きくなってしまった。それだけではない。周囲すら巻き込んでさらに範囲を広げようとしている。一度傷口を開いて膿を出し切らねば、腐ってしまうのみならず、国すらなくなってしまいかねん」
「大変なんだな」
「すぐに処置できれば問題ないのだがな、膿の場所がわかってもどう切ればすべて出し切れるか。そのあとはどうやって傷を癒し、二度と同じ膿ができないようにするかで頭を悩ませているのだ。……シェラ」
「うん?」
「お前には、我ら生粋の貴族にはない能力がある。なんだと思う?」
「んー、孤児なところ?泥の中でも図太く生きていけるぜ?」
「それもまたお前の才能であろう。だが、それだけではない。お前がその泥の中で生きてきたという、経験そのものだ」
「けいけん?」
「そうだ。孤児として生まれたお前や、ほかの孤児たちは人間のもっとも醜く浅ましく愚かな面ばかりをみて生きてきた。それ故に偽りは通じず、心の奥底に隠れた欲望を見ることができる」
「まあ、そうしないと飯ももらえなかったからな」
「そうだろう。孤児として生まれたお前だからこそ、相手の正体を見据えて懐に入り込み、いずれ膿を出し切るためのナイフとしての役割を担ってもらうことになる」
「つまり、俺を囮にするってことか?」
「ああ、こればかりはおそらく、いや、シェラにしかできない大役だ。親もなく、住む場所もなく、孤児として、乞食として襤褸を身にまとって底辺にいたお前だからこそ、任せることができる」
「……うん」
「いやか?」
「ううん。俺たちってさ、見返りがないと怖いんだ」
「怖い?」
「優しい奴がさ、かわいそうだってパンや果物をくれる。礼をするって言っても、いらないっていう。でも、じゃあ、ほんとにもらったそれらは、口にして、俺たちの生きるための糧にした後、何をされても文句は言えない、っていうのが常識だったんだ。何かの対価がなければ、俺たちはなにももらえない。パンをあげるからおいでってついて行って売られた奴だっている。わずかな金をもらうために嬲られて、そのまま息絶えた奴もいる。身を売って、腹の子供ごと冷たくなった奴だって、寒さに耐えきれなかった奴だって」
「シェラ」
「だから、怖かったんだ。俺はもらうばかりで、返せなくて、だから、だからっ」
「シェラ!」
「……っ」
「ずっと、そう思っていたのだな」
「お、れ……ごめ、なさ……」
「すまんな、気づかずに。声を荒げてすまなかった。大丈夫だ、私は怒っていない」
「……ぅ……」
「シェラ、それほど恐れるのならばお前に対価を……いや、取引をしよう」
「とり、ひき?」
「そうだ。先ほどもいったが、シェラには国の膿を搾り取るためのナイフの役割をしてもらう。その代わりに私たちは、私たちの力をできる限りお前に捧げよう」
「え、と?」
「シェラ、私たちが望むお前の役割を果たしてくれ。そうすれば、私たちはシェラを傷つけないし、見捨てもしない。それが契約であり代価だ」
「契約……うん、する」
「契約成立、だな。あとで書面を書いておこう。もし私たちが契約を守らなかったらそれを提出しなさい。貴族の契約は国によって縛られる。故にその契約は絶対であり、破ってはならぬものだ」
「わかった。……なあ」
「なんだ?」
「こうして膝の上に載ってぎゅ、ってしてるの、あったかいんだな」
「そうか」
ようやく自分の気持ちを出せるようになった元孤児(たぶん10歳)と、もっと侍女たちに構わせようと膝抱っこしているロリkげふん!!宰相(50代)。
後宮、面談室。
「おお、その子がお前の子か。どれ、見せてみよ。賢そうな顔をしている」
「まあ、シェルおじ様ったら。陛下と同じことをおっしゃって」
「なんと、あの悪たれ小僧もすっかり親になりおったか」
「うふふ。陛下のそういうところもかわいらしいのですわ。さ、シェルおじ様、抱いてあげてくださいな」
「む、いやしかし…壊れないのか?」
「大丈夫ですわ。ほら、腕をこう…そうそう、そうっと、上手ですわ」
「む、う、っとと……起きぬのか」
「ええ、とても大人しくて手がかからないのです。寝すぎかと思いましたが、医者も乳母もこれくらいが普通だと言ってくださいましたし、健康状態も良好だそうです」
「なるほど、うむ」
「ふふふ。おじ様、顔がとろけておりますわよ」
「む、構わんだろう。…お前の子だ。儂にとっても孫のような子だ」
「ありがとうございます。けれど、きっと苦労させますわね」
「………ああ、だが、その時が来るまで、好きに育てるとよい。できる限り力となろう」
「ええ、ええ。そうですわね……」
「…ふ、ぅ、ふぇええん!!」
「むぉ!な、泣いたぞ!!これはどうすれば泣き止むのだ!!」
「あら、まあまあ、揺らして差し上げて。腕をゆらゆらとすると喜ぶのですわ」
「む、む、…こうか」
「ぅー…あー……っ」
「ほら、笑いましたわ」
「うむ、かわいらしいな」
生まれたばかりの子をだいて笑う側妃(20くらい)と顔をでれでれにとかしている爺バカ宰相(もうすぐ50代もおわりそう)とすやすや寝ている赤ん坊(数か月)。
後宮、面談室。
「……あと数年後。少なくとも5年後から、計画が始まることになった」
「はい」
「すまぬ。…どうやっても、お前を巻き込まねば闇を払うことができぬ」
「覚悟はもう、決まっておりますわ」
「しかし、シオンにも悪いことをする」
「…もうっ。だいじょーぶだって、おっちゃん。元から俺が引き取られたのはこのためなんだからさっ」
「ああ、そうだ。それだけのためだったのにな。…いつからお前を娘のように思うようになったのか……」
「あんがとな、おっちゃん。だけど、ほんとに大丈夫だって。最悪追放されたって生きていける自信あるぜ!元スラム育ちなめんなよ?」
「……ああ、初めて会ったときは髪の色すら定かではないほど汚れていたというのにな。あっという間に立派になりおって。……もう少し、子供でいればよかったものを」
「んーん、じゅーぶんしてもらったよ。俺は……わたくしは、あなたのおかげで立派になりましたわ」
「そう、か」
「だから、シェルおじ様は、後悔しても進んでくださいな」
「ああ。…これで、会うことも無くなろう。次に会うのは……」
「ええ」
「それではな」
「はい。お気を付けて」
元孤児であった側妃(ギリ20代)と去っていく宰相(60超え)の、最後のやりとり。