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第三話



 それからもうしばらく談笑した後、壮年は静かに部屋を去った。


 部屋の中で大きな背中を見送って鍵をきちんと閉めた女性は、かつてとある貴族の気まぐれにより産み落とされ捨てられ、名も無き乞食として生きてきた過去を持つ彼女は、しかしその面影を一切思い起こせぬほど優美な仕草で茶器を片付け、風呂に入り、寝巻きに着替えてベッドに入った。


 時刻としてはもはや夜明けに近いが、この部屋から出ること叶わない身ではいつ就寝しようと変わりないだろう。


 目の前の自身の手ですら見えないほどの深い闇に目を閉じて、眠りに付いた。














『……すまなかったな』

『何のことですか?』

『……お前を、巻き込んでしまった』

『いいえ、これは私が望んだこと、かまいはしません。……これで、あの子達は静かに暮らすことが出来る。それだけで充分なんです』

『しかし、お前は……』

『シルおじ様。よろしいのですよ』

『………この国が腐れはじめたのは、お前が生まれるずっと昔からだ。……本来ならば私が、あるいはその時代の国王が身に負うべき咎であったというのに……まだ若いお前に背負わせるのは、辛い……』

『シルおじ様は、貴族の血が流れるだけだった薄汚い孤児であった私を拾い、育ててくださいましたわ。それに、養子にしてくださったお義父様だって、ルイン先生だって、立派な教養をおしえてくださり、これ以上ないほど幸せな人生を歩ませていただきました。それになにより、シオンを私に授けていただきました。それで、もう充分なのです』

『……それでも、まだ幼かったお前を利用したのは私達権力者の傲慢だ……』

『構いません。シルおじい様、貴方は世界を捨てた私に言ってくださいました。私にも出来ることがあると。乞食として襤褸(ぼろ)を纏い、住む場所もなく、道端で哀れに物乞いをして生き凌いでいた私にこそ、出来ることがあると抱きしめて頂きました。それがどれほど嬉しかったか……』

『しかしそれは……』

『シルおじい様。構わない、といったでしょう?』

『………シュトラビオンセ』

『その名も、シルおじい様が付けてくださったのですよね。名前の意味を教えていただいてよろしいですか?』

『……古い国の言葉で、『真夜中』。夜明け前のもっとも暗い時間、『宵闇』という意味だ』

『『宵闇』……そうですか。意味ある言葉を、ありがとうございます。シルおじい様』

『シュラ……親は、子の幸せを望んでいるのだよ。いつまでも……』

『……ええ、それと同時に、子は親の幸せを願うものでございますことよ?シルおじい様』

『………そうか……そうだったな………』









































 シュトラビオンセの息子シオンとその婚約者、ルディアの結婚式が厳しくも寒い、澄んだ快晴の下で行われた。


 互いが身に纏う純白のタキシードとドレスはあくまでもシンプルな形だったが、金糸銀糸で縫われた見事な透かし彫りと煌めく星のような宝石たちに飾り立てられ、遠目から見ても輝けるような美しい姿であったという。



 そのあまりの素晴らしさに感激した新郎新婦が、これを縫い上げた針子に会いたいと申し出るも『鉄仮面』の宰相に却下され、その後その腕を揮ってもらいたいと布を持って殺到する貴族達もまた、ことごとく追い返された。




 伝説として語り継がれる腕前を持ったその針子の名は、今も知らされぬままである。





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