第二話
通路の壁に作り付けた燭台に手持ちの蝋燭から火を移し、石の扉の奥にあるもう一つの華美ではないが手の込んだ造りのドアを開け、シュトラビオンセがシェルジオを部屋へ誘うと、質素でも高級感のある心地よい室内が露わになった。
隅には小さなキッチンも備え付けられ、その隣にあるいくつかの扉は寝室、浴室、トイレなどに分けられているのだろう。
過ごす分なら何の問題もない飼い殺しの室内で、けれど彼女はそれを気にした様子もなく、キッチンでお湯を沸かし、茶葉やティーカップなどを用意している。
嬉々として動く後姿は今にも鼻歌を歌いそうなほど明るい。
「シルおじ様、粗茶で申し訳ありませんが、どうぞ。少しは体が温まります」
「おお、助かった。この老体にダースの冬はちと厳しいわい」
「ふふ、そうですね。本当はこちらから伺いたいのですが、この状態ではできませんでしょう?それに、二人きりで話せるところもありませんしね」
「……まったく、相変わらずじゃのぉ、シュラは」
「シルおじい様の教育の賜物ですよ」
温かなお茶と手製の茶菓子をつまんだ壮年と女性の朗らかな笑い声が狭い室内に広がった。
「それで、ルディアとシオンはどうしていますか?」
しばらくの談笑ののち、ゆったりとした口調でそう問うたのはシュトラビオンセの方だった。
「無事、婚姻できたよ。もう数ヶ月もしたら、正式に結婚式を挙げることになるだろう。……見たいか?」
対したシェルディオも、なんら変わりない口調で返す様に、心からのうつくしい微笑みが女性の顔に浮かぶ。
「いいえ……ああ、けれど……あの子達の服を縫ってやれなかったことが残念ですね……」
ほう、とどこか遠くを見る女性の横顔をちらりと見上げ、壮年もまたどこかわざとらしい動きで遠くを見る。
「……そういえば、その件なんだがな……その、物が物だろう?だからその、……タキシードとドレスを一着ずつ縫える針子を、ひとり内職で雇いたいな、と……思って…いるんだが………」
視線が向いているのを気づいていない素振りで、なんともわざとらしく白々しくぎこちなく途切れの悪い言い方で、けれどその意を汲み取れぬ女性ではない。
今にもころりと落ちてしまいそうなほどおおきく見張った瞳が、横向いたままわずかに頬を染める壮年の横顔に、じわりと雫を溜めて、しかし零れ落ちることなく微笑を浮かべた。
「ふふふっ……それでは、私お裁縫はとても得意なのですが、如何でしょう?時間が有り余ってしまって、暇で暇で仕方ありませんの」
「う、む……では、頼むかの……」
くすくすと笑い転げる女性から顔を背けたまま、真っ赤になった耳と頬を何とかしようと無駄に深呼吸をする壮年。
『鉄仮面』と呼ばれるほど冷静冷徹な宰相を見慣れた者にはそれこそ目を擦って自身の異常を疑うだろうが、ここには女性と己しかいないのだからいいだろうと、それこそわざとらしい仕草でゆっくりと紅茶を飲んだ。
立派な口ヒゲをひくひく震わせながらの横顔に、女性が更に笑い転げたのは言うまでもない。