十三里目
ダッ!
《経験値操作》によって足腰を強化しさらに死体囮作戦を使うことでインクは難なく二つ目の結界も突破した。
飛び出た位置は高台の真下。黒幕2人の死角になるところ。
「《ドレイン》!」
そのまま流れるようにお決まりの魔法を発動させる。近くにある建物すら巻き込んで魔力の波が黒幕を灰にせんと迫る。
しかし
「……《魔障壁》」
「そう簡単にはいかないか……」
中空に出現した魔力の盾が《ドレイン》を遮った。声から判断すると防いだのはシロと呼ばれていた男のようだった。
高台から慌てたような声が聞こえてきた。
「シロ殿!話が違いますぞ!どうしてあの男は私の邪魔をしているのです!私の障害になる物は全て排除するという契約だったではないですか!」
(契約?何だかわからないが仲間割れなら好都合だ。まずはこの召喚の術者っぽい黒司祭から叩く!)
インクは《魔力の糸》のコンボを使い一瞬で黒幕2人がいる高台に登ると《魔弾》を放つ。
だがそれはシロによって弾かれる。
「ヒィィィィ!」
ビシュッと頬を掠めた《魔弾》に黒司祭が悲鳴を上げる。
「し、ししし、シロ殿!敵が!障害が来ましたぞ!早く排除を!」
「わかって……おります。……しかし……この人間……非常に……強いです。……下手に動けば……即座に……やられましょう」
(よく言うよ……クソッタレ)
インクはシロと対峙しながら冷や汗が落ちるのを止められなかった。
この男は間違いなく自分より強い。そのことを理解せざるを得ない程の実力差。ただ目の前に立っているだけなのにそのことを確信した。
単身レッドドラゴンに挑むことになったときだってこんなには緊張しなかった。
だがインクは震えそうになる声を必死に宥めながら問いかけた。
「なあ、ちょっと聞きたいだが、この魔法の、術者はどっちだ」
「この……黒いの……だ」
「シロ殿!!」
今の答えで自分が狙われることがわかったのだろう。黒いのが悲痛な声をあげる。
だがインクはその声は置いておいて質問を続けた。
「じゃあ、あの魔法陣を、書いたのはどっちだ?」
「……わたし……だ」
黒いのは今度は自分が出されなかったことに安堵したのか顔色を明るくした。
「そうか、じゃあ遠慮なく黒いのを殺せるな!」
一瞬で真っ青になった。
「なぜじゃあ!なぜそうなる!そもそもワシを殺してももう召喚は止まらんぞ!」
「ハッ何を言ってやがる。術者を殺せば発動中の魔法は止まるに決まってるだろ。お前があの魔法陣書いたって言うんなら古代魔法文字教えてもらう代わりに生かしてもよかったんだけどな」
「なに!じゃあワシじゃ!あの魔法陣はワシが書きましたぁ!だから生かせ!」
「ウソつくな!お前みたいな器の小さな小悪党がそんな頭言い訳ないだろ!」
「くそぅ!シロ殿!早くあのモノをぶち殺してくだされ!ワシはこの国に復讐を果たすまで死ぬわけにはいかんのです」
「わかり……ました……。」
スッとシロが動き出した。一歩、前に出る。
それだけでインクは声も出せなくなった。
喉が干上がり心の臓が跳ね膝が震えた。
明らかにさっきまでと違う殺気がインクにむけられていた。
その余波を黒司祭も感じているようで、黒司祭は白眼を剥きながら全身をガクガクと痙攣させ股間をグッショリと濡らしていた。
(いや殺気の余波だけでこんなになるか?)
何かおかしいとインクが思ったとき、シロが口を開いた。
「時は……満ちた。」
ドッと目にも止まらぬ速さで繰り出されたシロの抜き手が腹部を貫いた。
腹から滴る赤い血がシロの袖を赤く染めた。
だが貫かれたのはインクではなかった。
「へ、あぐ、う、シロ、殿?」
腹に突き刺さるシロの腕を呆然と眺めながら黒司祭が問いかけた。
だがシロはそれに答えず無言で腕を引き抜くとインクに向き直り口を開いた。
「人間よ……欲のために……人であることを捨てた……人間よ……後は貴様の……赴くままに……ただ助言するならば……この黒いのの……最後の言葉……聞くのが吉かと」
それだけいうと仰向けに倒れる黒司祭と今だ呆然とするインクを置き去りにしてフッと煙のように姿をけした。
シロが消えてもインクはすぐには動けなかった。
(何だ今のは。仲間割れか?いやそれにしては何かおかしいだろ。まさか始めからこうするつもりだったのか?)
グルグルと混乱が頭の中で渦を巻く。そのときウウ、と黒司祭が呻いた。
「くそ、あのエセ占い師め!ゴホ!始めからこうするつもりでゴホっ!」
インクは黒司祭に近づいた。殺すためではなく、話を聞くためだ。シロの言葉を信じたわけではないが今は少しでも情報が欲しかった。
「おい」
「グフッ貴様か。どうだ、今なら労せず殺せるぞ
。どうせ殺さなくとも勝手に死ぬだろうがなゴハッ」
インクは魔法陣の方を見た。術者である黒司祭が死にかけているのにも関わらず、魔法陣は変わらずに光を放ちながら発動している。いや、むしろ光は強くなっている。
普通、術者がこれだけの致命傷を受ければ魔法は止まるはずなのに
「おい黒いの。話を聞いてやる。あの魔法陣は何だ。何でお前は死にかけているのにあの魔法陣は止まらないんだ」
「ふん、いいだろう。冥土の土産というヤツだ。はなしてやる。あの魔法陣は、姦獄の蹂神アウラ・テムアリブを、召喚するためのものだ」
「それは知ってる。あれは《魂魄召喚》なんだろう?」
「いいや違うな。あれは《ゲート召喚》だ」
「そんなバカな!あの魔法陣にはそんな大きさのゲートを開くほどの魔力は無い!あの程度で神が召喚できるわけが!」
「そうだな。確かにあの魔力量では小さなゲートをいくつか開くのが、精一杯だ」
「なら!」
「だが神がゲートをこじあればどうだ?」
「なに?」
「若造よ。ワシが何故この地を召喚の場に選んだか教えてやる。空間属性だとか淫魔の祖だとかいろいろとあるが、一番の理由はここに大量の淫魔がいたことだ。貴様も見ただろう?淫魔の死体に過敏に反応するアウラ神を。アウラ神は淫魔の血肉が大好物なのだ」
そのとき、インクのなかで全てが一つの線につながった。
足りない魔力、複数の小さなゲート、こじ開ける神、アウラの好物が淫魔である、そしてもう止まらない召喚。
「そうか、淫魔の死体をエサに神自らにゲートを作らせてこちら側に召喚させようとしているのか」
「そういうことだ。もはやこの召喚を行っているのはワシではなくアウラ神。ワシが死ねばアウラ神は支配できないだろうが、それでも神がこの世に完全に顕現されれば気まぐれのような行動だけでこの国は滅びるだろう。ワシがこの国の滅びを直接見ることは叶わんがそれでも本望よ。フハハハハゴホッゴホ!」
(まずいな……)
インクは血を吐きながらも笑い続ける黒司祭を見ながら思った。今の話が本当ならもう召喚を止める術はない。
「おい、何かないのか?あの召喚を止める方法は?」
「ふん、知らんな。いや本当に知らぬのだ。聞いただろう?あの魔法陣を書いたのはシロだと。今のは全てシロの受け売り。もうこれ以上のことは聞いておらん」
「チッ。じゃあ魔法についてはもういい。シロについて教えろ。アイツは何なんだ?仲間じゃなかったのか?」
「ああ、あのエセ占い師について知りたいか。アイツはな……」
と黒司祭がシロについて話そうとした時だった。
何の前触れもなく赤く染まった黒司祭の腹部が爆発した。
びちゃびちゃと血肉が飛び散りインクの体を赤く染めた。
「な、はぁ!?」
突然の出来事にまたもや真っ白になるインク。だがそれとは対照的に当の本人は先程取り乱していた人物とは思えないほど冷静だった。
「ごフッ!そうか……これすらも……見透かしていたというのか」
黒司祭は全てを悟ったような顔をするとインクにもはや焦点もあっていない顔を向けた。
「ガハッ……聞け、若造よ……アイツは……シロは……未来を見る。……その力で……何か……とんでもないことをしようと……しているぞ……気をつけろ」
「……なあアンタなんでそんなことを教えてくれるんだ?」
気をつけろ、などととてもではないが先程まで敵対していた者にかける言葉ではない。
「復讐だ。ワシは……人生を……この国への……復讐に……グフッ費やした。ならば……最後まで復讐のために……生きるべきだろう?……それだけだ……ああ、くそ。このちっぽけな復讐すらも……シロは見透かしているのだろうな……
」
そこまで言うと黒司祭は目を閉じた。きっともう目覚めることはないだろう。
(悪党にふさわしい最期だったな)
復讐のためにあらゆるものを犠牲にしたのだろう老人は最期まで苦しそうな顔をしていた。
憎み、恨み、切り捨て、裏切られ、苦悩に満ちた老人には深い深いシワが刻まれていた。




