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レイニィウスの泪 第五話

 詩亜は翌日レインウォードの部屋へ行き、連れ立って一階での朝食を終えると、部屋に一旦戻って準備をしてからいよいよ依頼の為に王都東の森に行くことになった。ちなみ宿では風呂があったそうで、朝食中にその話をレインウォードから聞いた詩亜は、血走った目で朝食をかきこんでものすごい速さで風呂場へと向かったようで。その時のレインウォードは詩亜の異様なまでの風呂への執着心に引いていた。

「森までどのくらいかかるの?」

「東の森は王都とくっついてるんだ。東門から出れば左手側の目の前はもう森だな」

「近いんだね~? 少し歩くのかと思ったよ」

 風呂をあがってさっぱりしたところで宿屋を出て、王都の中央区にある宿屋から東門へ向かい、詩亜とレインウォードの二人はこれから行く東の森について話しながら歩いていく。

「ああ。だが、東門からおよそ一〇〇ムィは王族私有地になってる。時々狩りに王子が出ているらしいぞ」

「えっじゃあ、もしかして偶然王子様のこと見かけちゃったりするの? 私有地ぎりぎりまで行けばさ!」

「いや、境界線には不可視の結界があるからな。私有地の中を覗けないし、入ることも出来ないんだ。そもそも王子がそんな境界線付近まで来るとは思えんが。御付きの近衛が寄らせんだろ」

「ああ、そっか。なんだー生王子様興味あったんだけどな」

「なんだ? カタルも王子に憧れるタイプなのか」

「王子様もファンタジーの定番なんですよー、向こうの世界にも王族はいるけど、現代化しちゃってるし」

「ファンタジーねえ……」

 王子を見れないと分かり落胆した詩亜を横目に、またファンタジーかと思うレインウォード。詩亜にとっては、この世界自体がファンタジーの塊なのだそうだが、剣と魔法にドラゴンと王子はその中でも代表らしい。だが、この世界で生まれ育ったレインウォードにとってはごく当たり前に存在するものなので、いまひとつ理解することはできないようだ。

 それでも、元の世界に帰りたいと悲嘆に暮れられるよりはずっといい。もしかすると、レインウォードが罪悪感を持たないように配慮してわざとはしゃいでいるのかもしれない。まあ、これまでのを見るに、そこまで考えているのかは分からないが。この世界に来てから、巻き込まれた、帰してという責めるような言葉を吐いたことはないし、そういった目でレインウォードを見ていないことは確かだが、実際そんな詩亜にレインウォードは救われていた。

「あれが東門ね、兵士がいる!」

「ああ、森まですぐだぞ。あの兵士は王都を出入りする者に怪しいものがいた場合、取調べをするためだな。通常は自由に出入りできるから気にしなくて平気だ」

「ふ~ん、なるほどねえ」

 東門を通り、門の両脇に立って微動だにしない兵士を見ながら相槌をうって門の外を見ると、言っていた通りに左側に森が広がっていた。

 ハーシュベルツ国に広がる多くの森は常緑樹林だ。年間を通して緑の葉が付いており、それらの樹木の樹皮、花、葉は薬にも使われている。生る果実も甘味としても広く好まれ食されており、他にも地面に群生する花や薬草、森に生きる獣達など、自然の恵の宝庫となっている。

 王都わきにある森も自然の恩恵を十分に受けており、よく色々な採集依頼が出されていた。

 今回、詩亜が請け負ったヨルンの薬草採集だが、この薬草は森の奥に群生しており、王都付近ではそうそう遭遇することはないが、それでも森の奥には障魔(しょうま)が出ることもあって、商人や薬師でも躊躇うようだ。

 だが、そうそうないとは本当のことで、もし出くわしてしまったのなら、それは運がすこぶる悪かったとしかいいようがない。確率で表すならばせいぜい二パーセントといったことろだろう。なので、ギルドランクが最低だとしても受けれる依頼としてあるのだ。

 それでも採集品が必要な商人や薬師が自ら採りにいかないのは、需要が多いため採りに行く時間が惜しいということらしい。時間にさほど頓着しないこちらの世界でも、時は金なりな商人や命に関わりがある薬師にはのんびりとした時間はない。その為、依頼がよく出されているということだ。

「わあ~すっごい森、森、森! いかにも栗鼠(りす)とか兎とかいそう」

「どちらもいるぞ。ああ、ヨルンの薬草だが森の奥に群生している。俺も昔行ったことがあるから探すのは簡単だろう。ただ、運が悪いと障魔が出るかもしれないがな」

「いるんだ! 見れるといいな。……しょうま? なに、その悪い感じの響きは」

 障魔とは、いつの頃かこの世界を障気(しょうき)という生きる者に悪影響を与える紫紺の靄が出て、それに侵された獣や樹木、またはヒトが見境なく目についた生物を襲う、魂まで穢れてしまったもののことをいう。

 ギルドの依頼でも討伐ものがあるが、それはだいたいが障魔関係である。その辺にいる小動物ならば恐れるに足らないが、ドラゴンやエルフに魔族などの元から強いものが障魔になると危険度は大幅に上がる。障魔になるとたかが外れる。火事場の馬鹿力のように、普段は抑えられている体のリミッターが解除されて一時すごい力を発揮することがあるが、それが常になり理性もなく襲い続けるのだ。

「障魔ってのは障気に侵されて狂ったもののことをいう。生物ならなんでもなるから、障気が出てるところでは特製のマスクを付けるんだ。吸い込む量や個人の耐性によっては障魔にならないが、どこかしら異常が出る場合もある」

「障魔……魔物みたいなものか」

「カタルの世界ではそういうのか」

「うん。でも魔物もファンタジーだから御伽噺だし、実際にはいないけどね」

「まあ、ここは御伽噺じゃないけどな」

「そうだね。色々気をつけないと駄目なんだよね」

 左手の森に沿って続いている、クレスメン方面へと続くハーシュベルツ街道を一〇〇ムィほど歩くと、森の入り口によく使われているのか、獣道のような極細い小道が出来ていた。

「ここから入るんだが、まずは群生地を探しておこう。俺が来たのは昔だし場所が変わってるかもしれないからな」

 そう言ってレインウォードが木の枝や草を両手で掻き分けながら小道を進み、そのすぐ後を詩亜が続く。

 一刻ほど経つだろうか、途中で小道もなくなり更に鬱蒼と生い茂る木々で道がなくなっていく。それを短刀で枝や草を切りながら道を作りながらレインウォードは先導して行く。そうしてひたすら進んでいると森の奥深くまで来たようで、五〇ムィほど先は岩壁になっており終点になる。

 ちょうどこの辺りはひらけているようで、生えている植物も違っているようだった。レインウォードはそれらの植物を見渡すと、その中からしゃがんで一株だけ(よもぎ)に似た草を摘み取る。

「これがヨルンの薬草だ。これを二十株採集して持っていけば依頼達成だな」

「へ~、私の世界に蓬って草があるんだけどそれにすごく似てる。食用として食べたり薬草として使われたりしてるの」

「ほおー、こっちじゃ食用にはされてないが、カタルの世界でも薬草なんだな」

「ね、料理の野菜もだいたい同じだったし、生態系はそんなに変わってないのかも。名前がちょっと違ってるのもあるけど、見た目が同じだと受け入れやすいかな」

 いくらかほっとしたような表情で笑みを浮かべる詩亜に、レインウォードは持っていた蓬一株を渡すと薬草を入れるための布袋に入れさせる。

「じゃあヨルンの群生場所は覚えたから、少し場所を変えて特訓開始するか」

「うん。よろしくお願いします」

 王族私有地の森とは逆の方向、つまり岩壁に向かって右側へ一〇〇ムィほど蓬の群生地から離れると、近場にあった腰掛けるに手ごろな岩場へ荷物を置いたレインウォードが詩亜に向き直る。

「この辺でいいだろう。昨日読んだ本を出してくれ」

「うん。一応自分の部屋でも一通り読んでだいたいは覚えたけど、詠唱はまだ覚えきれてないしね」

 昨日、レインウォードの部屋で、魔法の基礎を習おうという古本を読んだ後、思春期特有の思考ででてくるようないかにもな詠唱文を、詩亜は悶絶しながらも頭に叩き込んだのだが、やはりところどころ覚えきえておれず、特訓の為に本を持ってきていた。

 詩亜は学生時代から暗記は得意だったので詠唱文以外の基礎的な知識はほぼ頭に入っている。あとはこれから毎日脳内で内容を繰り返していって完全に覚えるだけだ。詠唱文は文や意味を完璧に覚えて理解していれば口に出さなくても呪文を唱えるだけで使えるようになる。詩亜はただ恥ずかしい詠唱文を口に出したくない一心で完璧にするために頭に叩き込んでいくつもりなのだ。

「じゃあまずは魔力を練るところからか」

「そうだった! 魔力ねえ……それってどんなものなの?」

 知識はあっても魔力を感じれなければ魔法は使えない。そのことを忘れていた詩亜は眉を寄せて首を傾げる。ファンタジーや漫画にあるようなものでいいのならば、なんとなく頑張れば分かるかもしれない。ただ、実際にそれを試すなんてことを人に見られながらするのはひどく恥ずかしい。まあ、こちらの世界では現実にある事象なので恥ずかしがる必要はないのだが。詩亜はまだそのあたりは頭では理解していても心ではまだのようだ。

「あ? どんなって、ギルドで使っていただろう。カードから情報を読み取る時には魔力を使うんだぞ」

「えっそうなの? とくに何も感じなかったし、翳せば見れるもんだと思ってた」

「……試しに『コ・スィ・シスカ』を唱えてみてくれないか? もちろん魔力を練りながらだが」

「練る練る練るね~って! じゃない、真剣に真剣に。えーと、たしかその詠唱文は……」

 脳内に検索をかけるように叩き込んだ詠唱文を思い出そうと詩亜は顎に指を当てて地面を見る。

 つい脳内で魔女のおばあさんを思い浮かべた詩亜は、ぶんぶんとその想像を頭を振って払うと真剣な表情で詠唱文を思い出す。そして思い出した詩亜は、一瞬苦虫を噛んだような表情でレインウォードを見て溜息をつく。そんな顔を向けられる意味が分からないレインウォードは首を捻るが、黙って見守ることしする。

「じゃ、じゃあいくね……『怒れる大地の隆動、コ・スィ・シスカ』!」

 覚悟を決めたのか、恥ずかしい気持ちを押し殺して詩亜は右手を前へ出して、その手の平の延長線の先の地面目掛けて発動しろと念じながら唱えた。

 すると、目掛けた地面の直径一〇ムィほどだろうか、高さも二〇ムィはありそうな岩盤が突然隆起してそこに生えていた草木をなだれさせる。隆起した時の音もごごごとすごい地鳴りがした。

「……今のは本当に最小でやったのか? どうみても中級以上はありそうなんだが。普通は直径一ムィ高さ一ムィほどの攻撃魔法なんだぞこれ。どんだけ魔力練ったんだよ」

「そんなこと言われても魔力を練るとか全然分からないし。ただ出ろ~って念じながら詠唱文言っただけだよ? 魔力自体感じないし」

「分からない? あんなの出しておいてか。内に取り巻く魔力の流れも感じないでできたのか?」

「なにも。流れも魔力を放出するとか、そんなのも全然分からなかったよ」

 それを聞いたレインウォードは詩亜の出した普通ではありえない規模の最小攻撃魔法に目をやりながら難しい表情をしている。対して詩亜は何かまずかった? といったふうにきょとんとしていた。

「原因が分からない以上は使わないほうが賢明だな。カタル、使えることは分かったが、魔力を感じないのは問題だ」

「え、だめなの?」

「ああ。己の魔力総量が分からないと枯渇して命の危険性が高まる。そうだな……祭壇の石の結果次第でエルフの里に行ってみるか。魔関係の事ならヒトよりもエルフや魔族に聞くのが良いんだ」

「エルフ! エルフ!? エルフかあ~! やっぱり耳長いんだよね? 美形しかいないんでしょ?」

「あ、ああ……その通りだが、興奮し過ぎだぞ」

 エルフと聞いた途端ぱあっと明るく満面の笑みで、いかにもわくわくしてる様子で聞いてくる詩亜に引き気味のレインウォードは、両手を前にだして詩亜の興奮をどうどうと抑えるようなジェスチャーをする。

 考古学者が調べた結果帰る方法が分かったのならばエルフの里へ行くことはない。そのまま帰ればいいのだから。だが、もしも何も分からなければこちらの世界に詩亜が滞在する期間が延びる。詩亜にとっては今のところ旅行気分でいるようだが、これがもし帰れないのだとしたらどうなるのだろうか。レインウォードは願わくば良い結果であるようにと思うのだった。


 その後体力作りと称して散々素振りをさせられた詩亜は、ヨルンの薬草を二十株採集している間に狩ってきたレインウォードの受けた依頼であるホルガを一頭見ると、鹿みたいと呟いた。

「そういえば、私の世界でもこれによく似た鹿っていう動物がいるんだけど、角は漢方薬として使われてるしな~」

「カタルの世界でもなのか、名前は違えど以外と共通点が多いんだな」

「ね、私もそう思ってた」

 そんな話をして後は帰るだけとなったのだが、やはり日頃運動などしていなかった詩亜には相当堪えたらしく、ぐでんとした様子でレインウォードの後を付いてギルドへと戻っていく。詩亜を見て苦笑いのレインウォード。

「まあ、初日にしては頑張ったほうだろう。毎日続ければいつの間にか体力はついてるさ」

「そう祈るわ……」

 ギルドの依頼達成報告場所でヨルンの薬草を疲れきった表情で取り出す詩亜に、ギルド職員はお疲れ様ですと言ってくれる。ありがとうと返事し報酬の受け取り手続きを済ませると、先に終わり待っていたレインウォードの元へよろよろと歩み寄る。

「あれ、ホルガ全部換金しないの?」

「ああ、こっちはグレスに渡すんだ。王都での依頼を受けている間はよく差し入れしてるんでな」

「そうなんだ」

 レインウォードは角以外にもホルガの体も換金するために大袋に入れて担いでギルドへ来ていた。一応血抜きもしたが、詩亜も居たため抜けきれてはいない。血の匂いを嗅ぎつけて獣や障魔が寄ってくるかもしれない為に長居も出来ず、撥水加工した大袋に入れて持ち帰ってきていた。

 その肉の部位の中でとくに旨い部分はグレスへの差し入れをするように換金はしていない。こういった差し入れはよくしているらしい。宿に戻る前にグレスに渡すことにするようだ。

 詩亜の防具は三日後と昨日言っていたのであと二日。考古学者のほうは早くて七日。防具が出来上がったら詩亜にも実践をさせてみようとレインウォードは考える。まずはビルピルやサグあたりがいいだろうと実践相手を見繕いながら。

 ビルピルは詩亜の世界ではカピバラに似た大型げっ歯類、サグはミニブタによく似ている。後日、詩亜はギルドで見れるホログラムのような生物図鑑を見て、最初の実践相手にサグを選んだ。ビルピルは動物園でよく見ていたので抵抗があったらしい。動物園の説明を聞いたレインウォードは微妙な顔をしていたが。サグは、食卓にもよく並ぶのでこちらの方がまだなんとかやれると思ったようだ。

「そうだ。レインウォードさん、はいこれ」

「なんだ?」

「少しでも早く返したいから」

 そう言ってレインウォードの手の平にヨルンの薬草採集の報酬である銀貨二枚を乗せる詩亜。しかしそれをレインウォードは詩亜の手を取って握らせた。

「これはカタルが使うといい。初めての報酬だろう。そのうち俺に気兼ねせずに買いたいものもでてくるだろうから、それまでとっておくといい」

「でも私早く返したいし、そのために依頼受けたんだよ」

 困った表情でまたレインウォードに渡そうとする詩亜だが、レインウォードは受け取らない。自立した大人の女性を自負していた詩亜はしばらく粘ったがレインウォードも譲らなく、結局初の依頼報酬は詩亜がそのまま所持することに。そんな気遣いを早くなくそうと、もっと稼がなくてはと思う詩亜だった。

 ギルドでの報告が終わりようやく詩亜の疲れも落ち着くと、二人はグレスの仕立て屋へと向かっていた。ホルガの肉を渡すためだ。

「お、レインじゃないか。どうした」

「いつものだ、ほら」

 笑顔で迎え入れてくれたグレスにレインウォードはそう言って店のカウンターにホルガの肉の包みを置く。置かれた包みを確認したグレスは店の奥へと声を掛ける。

「おお、いつも悪いな。ミリア! 来てくれ」

 名前からして女性かなと詩亜は思っていると、はーいと若い女性の声が奥から聞こえた。ぱたぱたと床を走る音を出しながら、店の方へと出てきた女性はこの前の店員ではなかった。

「カタル、オレの家内だ。ミリア、昨日言ったレインウォードがわけあって世話しているカタルだ」

「カタルさんね、ミリアです。うちの旦那から話は昨日少し聞いてるわ。王都にはしばらく滞在するんでしょう? 時々遊びに来て下さいね、お茶したいし」

 そうにこやかに笑いながら握手を求めてくるウェーブがかった肩までの茶髪のミリア。愛らしいという表現がとても合っている女性だった。詩亜も笑顔で握手に応じる。

「初めましてミリアさん。よろしくお願いします。ぜひ遊びに来させてください、女性の方に色々き聞きたいこともあるし」

「あら、そうなの? まかせといて。わたし結構情報通なのよ、井戸端会議出まくってるんだから」

「女は話する為に生まれてきたんだとオレは思うんだよ、ミリアを見てるとそうとしか思えないんだな」

 胸を張って言うミリアにグレスが口を挟むと、ミリアはすかさずグレスの脛を蹴った。

「いててて! お前は母ちゃんの腹から口と足が同時に出てきたのかっ、ちったあ淑やかに……」

「なにか言った?」

「さて、オレは肉を貯蔵庫に入れてくるわ」

 これ以上蹴られては堪らないとグレスは肉を持ってそそくさと奥へ行ってしまった。口と足が同時にということは折りたたんだ状態でってことだろうか、詩亜は想像する。

「相変わらずグレスを尻に敷いているな」

「あら! 夫の舵取りを上手く出来るのは良き妻の証だわ」

 傍で見ていたレインウォードも苦笑いしている。詩亜は平和で幸せそうなこの空間にほっこりした。

「じゃあ俺達はそろそろ戻る。防具が出来上がった頃にまた来るからグレスによろしく言っておいてくれ」

「ええ。カタルさんもいつでも遊びに来てちょうだい。美味しいお菓子用意してるから」

「はい。楽しみにしています」

 レインウォードと詩亜の二人は挨拶をすると揃って宿へと戻っていった。

 詩亜は部屋の中で一人になると、先ほどのことを考えていた。銀貨二枚渡そうとしたが、今後の為にもとっておく。改めてたしかにそうだと思った。それに、今いる宿代や食費は今後も増え続けていくため、今銀貨二枚渡したところで、なのだ。

 それでもっと稼がなくてはということなのだが、レインウォードと二人で行動すると世話を掛け捲ることとなる。こちらの世界へ来て帰るまで共にいたのではいつ帰れるかも分からないのに、それではレインウォードの本来の生活を邪魔することになるだろう。

 詩亜は元の世界ではそういった自分の領域に他人が来てペースを乱されることが嫌いだったため、相手にもそういうことはしたくなかったのである。今考えれば銀貨二枚渡したところでと分かるのだが、初めての報酬を受け取り少し舞い上がっていたらしい。貯めて貯めて後で一気に返したほうが受け取ってもらえそうだと思いなおした。

「ミリアさんに協力してもらおうかな」

 詩亜はあることを思いつく。

 魔力を感じない為レインウォードには使わないほうが賢明だと言われ、詩亜もそういうならと思い、エルフの里で原因がわかるまでは使わない方向でいこうと思っていたのだが、明日ミリアのところへ行くと言いレインウォードとは別行動をして、ミリアには口裏を合わせてもらい自分はギルドで何かの依頼を今日行った森で出来るのを受けてお金を貯める、というのはどうだろうかと思ったのだ。そうすることでレインウォードにとっても時間が出来るし良い事尽くめだろうと。

「これならこっそり貯めれないかな。返したときに何か言われるだろうけど、その時に謝ればいいよね」

 本当はそれを知ったときのレインウォードの気持ちも考えたが、それでも早く返したい。詩亜はもし帰れなかった時の為にも自立は早いほうがいいと思うのだった。

 魔力を感じなかったが、使っていくうちに分かるかもしれない。明日上手くいけば今後も数日おきくらいにミリアに協力してもらい、お金を貯めていくことができる。

「よし、これでいこう」

 詩亜はうんと頷くと、とりあえず風呂を済ませると朝食を食べている時にレインウォードにさっそく明日はちょっとミリアのところへ行くと伝えることにしたようだ。

「レインウォードさん、さっそくなんだけど私これからミリアさんのところへ遊びに行こうと思うんだけどいい?」

「ああ大丈夫だ。家まで送る」

 ひとまずの了承を得た詩亜は続けて夕方までかかるからきっと暇だよ? といったように、別行動を促すようにしないとと言葉を続ける。

「ありがとう。あ、でもね? レインウォードさんは何か用事とかないの? ほらこっちに来てから私につきっきりだったし。何かあるのなら私夕方まで居させてもらおうかと思ってるんだけど」

「そうだな……なら俺もその頃にまた迎えに行くか。少し所用を思い出したからな」

「わかった。じゃあ待ってるね」

 期待通りの言葉を引き出した詩亜はにっこり笑うと最後の一口を飲み込んだ。

 朝食を食べ終えた後、詩亜はレインウォードに送ってもらい店の軒先で分かれた。詩亜は一先ず店の中へと入ると、ちょうどミリアが帳簿をつけていたところだった。

「あら! カタルさんじゃない。さっそく来てくれたのね、嬉しいわ」

「すみません朝一で来ちゃって。少しご相談があって」

「相談? 言って言って。もう帳簿つけも一段落したし、奥で話しましょうよ」

「ありがとうございます」

 いいのよと朗らかに笑って店の奥へと誘ってくれるミリアに、詩亜は安堵した。誘われるままに奥の部屋へと行くと、そこは明るいリビングで、テーブルには黄色い花弁の大きな花を数輪挿した花瓶があり、窓からは柔らかな日差しがその花を照らしていた。

 そして部屋の中をざっと見回すと、棚の上、等間隔である壁の一輪挿しにも桃色や橙色の花が挿してあり、幸せそうな家庭を演出している。ミリアの人柄、その旦那のグレス。詩亜はほっこりした。結婚するならこういうのが理想だけど、でも自分ではできないだろうな、とも同時に思う。結局は一人が好きなのだ。どこかで生活は破綻するということを知っている。

「それで、どうしたの?」

 椅子に勧められて座った詩亜は、頬杖をついて聞いてきたミリアに真剣な表情を作る。

「実は……」

 詩亜はこれまでの説明をした。詳細はもちろん語れないが、レインウォードに世話になっており、今までの、本来は詩亜が払わなければならないお金もレインウォードが肩代わりしてくれていたことや、それをなるべく早く返したいことを強く話したのだ。

「そうだったの。でも、彼からしたらそんなに俺は甲斐性なしに見えるのかって思うかもしれないわよ。当てもなにもない女の子を一人放っておくような人でもないもの。厚意には素直に感謝していればいいのよ。いつか必ず恩を返せるときがくると思って。ね」

「いつか恩を……」

「そうよ。それに彼も案外、今を楽しんでいるのかもしれないわよ。今までずっと独り身で冒険者業をしていたのだもの。相方とは言えないけれど、旅する仲間ができたのよ。嬉しくないわけないわ。私にはそれだけでも十分だと思うのだけれど」

「有難うございますミリアさん。なんだか肩の荷が下りた気がします。いつの間にか絶対に返さないといけないって力んでいたみたいです。もちろんいつか返せたらいいなとは今も思っていますけど、私、焦り過ぎてました。気づかせてくれて有難う。一人で急にどうにかするのはやめにします」

「そう。私の話で楽になれたのならばよかったわ。またいつでも話に来て頂戴ね。歓迎するわ」

「はい。今日は急にお時間取らせてしまってすみませんでした。また今度改めて遊びに来ますね」

「ええ」

「ではまた。本当に有難うございました」

 詩亜は丁寧にミリアへ向かってお辞儀をすると、晴れ晴れとした表情で店を出て行った。ミリアはそれをにこやかに見送った後「もういいわよ」と奥の部屋に声を掛ける。すると奥の部屋の扉がきいと開いて、なんとそこからはレインウォードが出てきたのだった。

 レインウォードは頭をぽりぽりと掻いて軽く手を上げる。

「今のでもう大丈夫でしょうね。まったくレインウォードさんったらカタルさんに変な考えを起こさせて。これでもし私のところに来ないようだったら今頃一人でどこかへ向かっていたかもしれないのよ。もうちょっと彼女の心も考えて頂戴」

「すまない。カタルがそこまで思いつめていたとは。今後は一層気をつけるとしよう。ミリアさん俺からも有難う」

「ふふ、いいのよ。私でお役に立てるのだったら。カタルさんのこと気に入ってしまったわ。今度は二人で遊びに来て頂戴ね」

「ああ、そうするよ」

 レインウォードとミリアは軽く会話をした後、詩亜の時のようにミリアがレインウォードのことも見送った。そして、レインウォードは店を出た後にこれから余った時間をどう過ごそうかと思案するのだった。

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