レイニィウスの泪 第四話
「やあ、いらっしゃい。じっくり見ていってくれ」
「こんにちは。わあ、なんかすごいのが一杯ある」
「道具屋は生活雑貨から旅に必要なものまで色々取り扱ってるからな。ここで買ったら一度宿に戻って荷物を置いてこよう。仕立て屋にもい行かないといけないからな」
普通の一軒家ほどの大きさの石造りの建物の扉を開けると、扉にかけられているベルが音を鳴らす。この音で来客が分かるようにしてあるようだ。ベルが鳴った後にすぐに店主が声を掛けてきたので、詩亜が挨拶を返しながら店内を見渡せば、所狭しと商品が並べられているのが見える。
木で出来た棚に、大小様々な小瓶が置かれており、その中身は錠剤や彩豊かな液体だ。他にもロープや大きな布に革袋。小さなナイフやランタン等、とにかく色々と、それこそ節操なしと言っていいくらいの品揃えだったため、詩亜は興味津々に店内の商品を見て回る。
ファンタジー小説でよく背嚢や腰に着ける革袋、寝袋か毛布に火打石にナイフなんかは野宿でよく出てくる。それはこちらの世界でも常識のようで、何種類か陳列されていた。ただし火打石は火石という商品名で色も燃えるような真っ赤な色をしていて、火打鎌と火口は付いてない。
「ね、この火石ってどう使うの。火打石のことでしょ? 刃物や金具を打ち付けて火口に火を点けるのよね」
「いや、それは水の中へ入れて沸騰させたり、焚き火に投げつけて発火させるんだ。ここにあるのは一度きりの消耗品だな。高価な物なら火属性の魔力を注入し直せば、石が割れない限り何度でも使えるが。カタルのほうではヒウチイシというのか」
「投げつけるって、爆弾みたいじゃない。大丈夫なのそれ」
陳列されている火石から急に距離をとった詩亜に、怪訝な表情で首を傾げたレインウォードは、なんでもないように火石を手に取ってみせる。それを危ないものを見る目で恐る恐る近づいて見るので、思わず吹き出してしまう。
「何に慎重になってるか分からんが、魔力を通してからじゃないと火は点かないから大丈夫だぞ」
「魔力を? うーん、てことは魔力がオイルとか火口になってるってことよね」
大丈夫というのを聞いて安心したのか、レインウォードの手から火石を摘んでみる語詩亜は、見事な赤色に綺麗と呟いた。
「丸一日野宿する場合は三から六つは必要だからな。冒険者や旅人なんかは三〇個以上は常備してるもんだ。旅慣れたものは高価な炎石も持ってるが」
「ふうん。食事や焚き火で使うからか。じゃあレインウォードも持ってるのよね」
「ああ、俺は火属性が得意だから炎石を持っている。ここは店中だから後で見せてやるよ。とりあえず、カタルも使い捨ての数個あったほうがいいな」
そう言うと、レインウォードは他にもあれがこれがそれも、と次々にカウンターへと置いていく。詩亜にはそういった必需品は街中での生活に使う日用品以外、あまり想像つかないため、旅関係の物は黙って任せることにした。
レインウォードが買うものを揃えている間、引き続き物珍しそうに商品を見て回っていた詩亜は、歩き回りながら、目に留まる商品を手に取っ手は戻しを繰り返しており、それを一〇回ほどしたところで歩みを止める。
その手には古本を持っていて、目は輝くように見開きながら古本の表紙に注目していた。表紙には“魔法の基礎を習おう”と書かれており、誰が見ても絶対に買うぞという顔をしている。そんな異様な気配を察したのか、レインウォードが詩亜に声を掛けながら近づく。
「何みてるんだ?」
「これっこれ欲しい!」
問われた瞬間くるりとレインウォードに向き直り、輝いた目でこれ欲しいと言う詩亜は、まるでおもちゃを与えられて喜びまくる子供のようにはしゃいでいる。若干引いたのかレインウォードは、とりあえず持っているものを受け取ると、その古本の表紙を読んでみる。
「魔法の基礎を習おう? カタル魔法使いたいのか?」
「当たり前じゃない! 魔法はね、剣と魔法なんて言われるくらい、ファンタジーの定番なんだから! ドラゴンとか指輪なんてのも定番だけど!」
くわっと顔全体でいささか興奮して主張してきた詩亜は、どうやらファンタジーというカテゴリーが好きなようだ。そういえば、ランタンの時も食いつき具合がすごかったな、とレインウォードは思い返す。
だが、魔法を使うにも素質を要する。一応生物であるものは、なにかしらの属性を持っていて、大地に根付く植物なら土、海の生物なら水。エルフは風と水でドワーフは土と火。魔族は闇と火だ。人だけは何故か決まった属性はなく、個人の資質によって変わる。あとは各属性の精霊がいる。
無機物でも属性があるものも中にはあり、鉱物やそれで作られた武具装飾、古代からある大森林や洞窟に遺跡など、長い年月をかけて魔力が蓄積された物や土地には魔力がある。魔力というか魔素だが。
異世界人である詩亜に魔法が使えるのかは分からないが、そういった知識があるだけでもプラスになるだろう。レインウォードはギルドの時のように、詩亜が欲しいと言うならば、その古本も買うことに決める。
ここの道具屋は他の道具屋よりも雑多なようで、おそらくこの古本は、もう使わないからと客が売りに来たものなのだろう。中をぱらぱら捲ると所々の文章に注釈と下線部が引かれていた。重要である部分に引かれているようで、これなら本は少々くたびれてはいるが、新品を買うよりもずっと分かりやすいはずだ。初心者には丁度良い。
「そうだな。実際使えるかは後で試してみるとして、知識があるのはいいことだ。これも買うか」
「やった! 宿に帰ったら読まなくちゃ!」
詩亜は古本を受け取ると、嬉々としながらカウンターにある、沢山の購入予定の物の中に足した。
「仕立て屋の用事もあるのを忘れるなよ」
「ああっそうだった。じゃあそれが終わったら読むことにする」
忘れてたと笑って言う詩亜に、そんなに魔法が使いたいのかとレインウォードは思う。こちらの世界では魔法は常識であるため、魔法そのものがないという詩亜の世界は、想像するのも難しい。魔法が使えないのだとしたら、あれやこれらをするには不便だぞ、などと脳内で考えつつ、カウンターに足された古本で必要なものは揃えたので、店主に勘定を頼むことにする。
「いやあ、お客さんずいぶん揃えるねえ。これを見る限り、そちらのお嬢さんは旅は初めてのようだね?」
「ああ。親類に目出度いことがあったんでね、祝いに行くのさ」
お嬢さんと言われ、そんな歳ではないが否定をする気はないらしく、にっこり笑みを返した詩亜のかわりに、レインウォードは適当に作り話のこたえを返す。
「おお、それはいい。んー、そうだな。一杯買ってくれるんだ。一つおまけを付けよう」
「いいのか?」
「ああ、今度また必要なものがあれば、またここに買いに来てくれればそれでいいさ」
店主はそう言うと、若い女性が好んで着けるような髪用の飾り紐をカウンターに置く。髪を結ばずにそのまま下ろしていた詩亜へとおまけしてくれるらしい。
「ありがとう、おじさん」
「いいんだよ、また来てくれな」
にっこりしておまけを受け取った詩亜と、買った荷物を持ったレインウォードは、一度荷物を宿に置くために戻ることにする。店を出て空を見上げると、日は丁度真上にきていて昼食の頃合になっていた。風に乗ってどこからか美味しそうな匂いがしていて、匂いをかいだ詩亜の腹がぐうと鳴る。
「荷物置いたら、宿の一階で食べてから行くか。俺も腹が減った」
「だ、ね」
腹が鳴ったのを聞かれたのが恥ずかしかったのか、腹を擦りつつこくりと頷く詩亜に、それを気にしてないぞとばかりに、何食うかなと次々と料理の候補を口に出し始めるレインウォード。いくつもの候補を聞いているうちに、詩亜もこれから食べる料理へと意識が向いたのか、あれもいいねこれもいいねと話に乗っかっていく。
そうして話をしているうちに宿に着くと、二人は部屋に荷物を置いて一階の食堂で昼食をとりはじめる。
二人は同じ料理を頼んだようで、テーブルにはホルガの肉と野菜を挟んだサンドイッチと、果実を絞ったジュース、それに塩胡椒のきいたスクランブルエッグにポテトが置かれてある。
昼食時の食堂はほぼ満席で、皆美味しそうにそれぞれの食事を楽しんでおり、その席の合間で注文をとる宿の店員が忙しく動き回っていた。
「ね、仕立て屋ってことは一から服を作るの?」
「いや、仕立ても頼むが、よく売れるものだとサイズに合わせた既製品もあるからな。とりあえずギルドでサイズを転写して仕立て屋にも渡しておく。今回は既製品を選ぶつもりだ。仕立ての時間を待ってる余裕もないしな」
「でも仕立てって高いイメージがあるんだよね、大丈夫なの?」
「今回は簡単な防具を頼むからそんなに心配しなくても平気だぞ。仕立て屋は防具屋と提携してるから、冒険者相手だと情報を互いに把握しておくようになってる。どちらかにサイズを渡しておけば、簡単なもであれば防具の注文もできるのさ。服と一体化した防具なんてのもある」
「防具……」
「体に合わせた防具はこの先必要だからな」
ほおばったサンドイッチを咀嚼して飲み込むと、詩亜の曇った表情を見ながら、レインウォードはそう答える。防具の話がでて、それを自身が着ることに不安があるようだ。
今まで何かと命のやり取りをしたことなどない世界で生きてきたので、実際に直に戦いに関係ある物を着るのが怖いという思いがあるのは当然だろう。けれど、この世界で生きるには必要なことだった。突然そんな場所にきてしまい突きつけられる現実に、詩亜は耐えることができるのだろうか。
レインウォードも初めて生き物の命を奪った時は、夜は悪夢にうなされたものだ。知人の冒険者も皆似たようなもので、たまに会う奴は以前、初めての時は嘔吐したと苦笑いして話をしていたのを思い出す。
「わかった。死んだら帰れないものね」
昔のことを思い出していると、真剣な目をしているが笑って言う語詩亜がいた。受け入れる覚悟とまではいかないかもしれないが、少なくとも逃げずに向き合うつもりではいるようだ。だが実際は頭で考えるよりもずっと難しい。いずれにしても、いつかはその時はやってくる。
明日行く依頼のホルガの角採取はレインウォードが仕留めるが、ランクが上がれば詩亜自身が戦わなければいけない。本当なら慣れるような暮らしをしてほしくはないが、これからのことを考えると、仕留めるところを見せて、少しでも耐性をつけておくのがいいだろうとレインウォードは思った。
「ここにギルドカードを載せて転写したい項目を決めるんだ」
「うん」
食事を終えてまずギルドに向かった二人は、ギルド内中央奥にある転写所に来ていた。初めてする転写に興奮した詩亜だったが、レインウォードに言われるとおりに薄い半透明の水晶板にギルドカードを置き、体の各部位のサイズの転写という項目を指で押す。すると、水晶板の下にある特殊なシートに、体の各部位のサイズが転写されたものが一枚出来上がった。
「へーすごいねこれ。印刷技術の上をいくわ~」
「簡単に出来るだろ」
「うんうんって……ぎゃっ」
感心しつつそのシートを見ていると、隣から内容を覗き込もうとしたレインウォードに悲鳴をあげて後ずさる。レインウォードに他意はなかったようだが、女性のサイズを覗き見るのはやはりいただけない行為だ。両手で転写シートを胸の前で隠すと、詩亜はレインウォードの右足の甲をがんと踏みつけてお仕置きをする。
「ちょっと! 女性のサイズ覗き見禁止!」
「うおっ」
踏まれた足を右手で擦り痛そうに顔を歪めるレインウォードだが、じと目で睨んできた詩亜に冷や汗を流し苦笑いを返して謝った。
「悪い。気をつけます」
「うむ。気をつけなさい。じゃ、仕立て屋に行こうよ」
「ああ」
大仰に頷いた詩亜は、レインウォードを促してギルドを出ると、仕立て屋へと向かう。ギルドから更に中央地区の細い道を進むと、仕立て屋と看板がかけられてるこじんまりとした店に着く。仕立てと聞くと、大きい建物の店で、金持ちが高いドレスを云々な想像をして緊張していた詩亜だが、店を見ると想像と違っていたようで、良い意味で裏切られたようだった。扉を開けると道具屋の時と同じくベルが鳴り、奥から二人出てきた。
「いらっしゃい。おお、レインか。ん? 今日は連れがいるのか、珍しいな」
「グレス、彼女はカタルだ。訳あって身を預かってるんだが、身一つで来たから色々揃えたいんだ。とりあえず今日は既製品を買いに来た。防具は仕立てるからサイズの転写も持ってきた。よろしく頼む」
レインウォードが横にずれて詩亜を店主に紹介する。愛称で呼ばれているということは、ただ単によく利用しているお得意様なだけではないのかもしれない。レインウォードも親しげに話しているので、詩亜もいくらか緊張が解れているみたいで、紹介を受けるとお辞儀をした。
「よく来るの?」
「ああ。グレスは乳母兄弟なんだ。一五才で仕立て屋に弟子入りして、二五歳で独立だったか?」
「独立してから二年経つな。レインは二三歳で冒険者になったんだよな。それまでは騎士団団長に、ハイルと共に剣に師事してたっけ」
詩亜が隣に立つレインウォードを見上げて聞くと、簡単な関係と生い立ちを説明してくれる。その後にグレスが続いてレインウォードのことも軽く話してくれて、へええそうなんだと相槌を打つ。
「って……乳母兄弟? もしかして、レインウォードさんって身分あるの?」
「レインはグロリアス伯の子息だからな。おいレイン言ってなかったのか?」
「言ってない。俺は三男だし家を出て冒険者をしてるからな。家にも四年帰ってない」
「なっ……冒険者になってから帰ってないってのか!?」
苦虫を噛み潰したような顔をして認め、家にも帰っていない事実を聞いたグレスは口を大きく開けて驚いた。
「伯爵の息子……レインウォードさんってお貴族様だったの。それに、二七歳って年下だったの……」
小さい声でぶつぶつ呟いている詩亜は、そういえば食事中も綺麗に食べてたし、そこらの男の人よりずっと紳士的で、立ち振る舞いもなんか品があったかもしれないと、これまでのレインウォードの行動を思い返していた。
「俺自身じゃなくて親父がだ。だいたい、家を出てからは冒険者として生きてるんだ。貴族云々のことは気にしてもらいたくない」
「わかった、悪かったよ。色付けるから今のはなしな」
むすっとした表情を浮かべてじろりと睨まれたグレスは、思い出したように謝罪する。その様子に語詩亜は何かあったのかと勘繰るが、人の過去を暴き立てるのは好きではない。誰にでも知られたくない過去や思い出したくない事はあるものだ。それに、これまでのレインウォードは悪人には見えないし、多分誰にでもあるような黒歴史みたいなものだろうと自己完結させて、それ以上考えるのは止めにする。
「カタル」
「えっ、なに?」
「年下ってなんだ? まさか俺より上とか言わないよな。言い間違いだよな」
思考に耽っていた詩亜はぶつぶつ言ってたことを聞かれていて、しかも年齢にふれてくるとは思っていなかったので、こめかみがひくついた。いや、他の女性より年齢についてはとくに聞かれても思うものはないのだが、レインウォードの口ぶりが明らかに年齢を下に見ているようで、大人な女性をしている詩亜はそこにぴきっとくるものがあったらしい。
「ふん。言い間違いじゃなくて本当よ。私三一歳だもの」
「くっ……そんな威張ることなのか? 見た目や行動言動でみればせいぜい二十歳いってるかくらいだぞ」
「たしかに見た目はとてもじゃないが三一歳には見えないなお連れさん」
どこか偉そうに両腕を組んで踏ん反り返って言う詩亜に、レインウォードは吹き出して笑う。それに同意したグレス。二人して見えないと言われれば余計に腹が立つのか、詩亜は組んでいた両腕を腰に当てて眉間に皺を寄せる。
「……どうやらお二人には大人の女性の魅力が分からないようで。そんなお子様なお二人にはお仕置きが必要なようね」
「わ、悪い。いや、すまないカタル」
「すまん、お譲ちゃん。じゃなくてカタルさん……って、いってえ!」
笑いながらそうにじり寄ってくるが、目が笑っていない。これは地雷を踏んだかとレインウォードとグレスの二人はまずいと思った。なおもふっふっふと笑いながら近づいてくる詩亜に、二人は素直にごめんなさいと謝る。けれど、グレスが思わず言ってしまったお譲ちゃん発言。にーっこりと笑った詩亜はグレスのわき腹を思いっきり抓り上げた。それを見ていたレインウォードは、年齢と見た目に触れるのは今後一切止めておこうと思うのだった。他意もなくお嬢さんと言われるのと、あって言われるのとでは当然違うのだ。
グレスがわき腹を抓られて痛みが治まったその後、カウンターにいた女性店員を呼んで既製品の案内を詩亜にさせる。その間レインウォードとグレスの二人は店の奥に行って話をしていたようで、上下服に下着を各三着に、マントとブーツにグローブなどを揃え終わると、丁度奥から何かを持って戻ってきたグレスが声を掛けてくる。詩亜は下着を選んでいるのを傍で見られていなかったことに感謝した。もしかしたらそれも配慮してのことだったのかもしれない。
「お、ちょうど終わったみたいだな」
「包んでくれるか、出来れば防水加工のついた背嚢に入れてくれると助かる」
「畏まりました」
レインウォードはそう言うと、代金をグレスに支払う。女性店員が言われた通りに防水加工されているであろう背嚢に購入した服を入れると、それをどうぞと詩亜に手渡しながら話しかけてきた。
「どうぞ。カタル様、女性用の化粧品はお持ちですか? 仕立て屋では服も化粧も人を飾る上では同じですので取り扱っていますよ」
「え、本当! どんなのがあるの? 見たいな」
「こちらです、どうぞ」
やはり同じ女性だからか、身一つでと聞いていたので化粧品もと思ったのだろう。詩亜は女性店員に喜んでついて行くと、店内奥の壁面に備え付けられている棚に、語詩亜の世界と似たような化粧品が陳列されていた。
もともとナチュラルメイクしかしたことがないため、必要な化粧品はそんなに多くない。とりあえず、化粧水と粉白粉。眉墨と蜂蜜入りリップクリームを選ぶ。血色もとくに悪くはないしこれだけで大丈夫なはずだ。女性店員にお礼を言ったあとレインウォードに化粧品を持っていく。
「レインウォードさん、これもいい?」
「ああ。必要なものは買おう」
「ありがとう! ところで防具はどうするの?」
「ああ、それをさっき奥で話してたんだ。一般の女性でも不自由なく着れるものがないかってな。カタルは防具なんて付けたことないだろう。」
「うん。ガチガチに固めたようなのはムリだし、革の胸当てみたいなのだったら平気かもしれないけど」
その通りだ、というように頷いたレインウォードはグレスを見ると、グレスはカウンターの上にカタログだろうか、色々な防具が絵にかかれていてる本を置いて頁を捲る。
ぱらぱらと捲るカタログを覗き込んで一緒に見だした詩亜は、女性用の革防具のページでいくつか掲載されている中から、コルセットのような見た目のものを見つける。色は黒で縁取りは青になっており、見た瞬間、詩亜はこれ以外考え付かなくなってしまった。
脳内で、このコルセット型防具と、道具屋でもらった髪用飾り紐に膝上の白いワンピース。黒タイツの上に膝までの革のブーツを履き、革のグローブを着ける。着込んだ自身を想像すると満足そうに笑って、カタログに載っているそれを指差した。飾り紐に付いている飾りはコルセットの縁取りと同じ青の造花で、合うはずだ。浮かんだ全身像はほんの少しゴスロリが入った感じで、正面から飾りが見えるように髪はポニーテールにしようと詩亜は決める。
「これがいいのか? 確かに大事な心臓や腹を守るにはいいな。胸までだから腕の行動を阻害しないし、いいんじゃないか?」
「あ、そうだね。たしかにそうかも! じゃあこれがいい」
賛成したレインウォードの意見のことなど全く考えておらず、ただ単に見た目で選んだ詩亜は、なるほどと思った。そんな様子に、ん? とした表情を浮かべたレインウォードだが、選んだ防具は良い物だったので気にしないことにする。
「コルセット型か、これなら初心者から熟練者まで需要があるし、いいんじゃないか。おすすめするよ。防具屋にサイズの転写シートを渡しておくから、出来上がりは……そうだな、三日もあれば出来上がるはずだ」
「お願いします」
「代金は前払いしとくよ」
「毎度あり」
服も購入したし防具も頼んだ詩亜とレインウォードの二人は、気づけば日が傾いて、あと一刻もすれば夕方になるだろうことに窓の外を見て気づく。あと残っている予定は詩亜が道具屋で手に入れた、古本の勉強をすることくらいか。宿に帰り本を読み夕食を食べれば、体の汚れを落として眠るだけになる。夜になればランタンの灯りのみになるので、本を読むには適さない。そろそろ帰ったほうがいいかと考えたレインウォードは、代金を支払うと出口へと向かった。
「じゃあ、三日後にまた来てくれ。それまでに防具は用意しておくから」
「ああ。よろしく頼む」
「グレスさん、また」
「ああ、またなカタルさん」
仕立て屋から宿へと戻った二人。レインウォードの部屋に、詩亜の部屋にあった椅子を持ってきていて、詩亜は椅子に座りテーブルの上に古本を置いて表紙を捲る。次の頁には目次があり、書かれている項目に目を通す。レインウォードも向かいに椅子を置いて座ると一緒に見始めた。
項目には、魔法と属性について、古語と詠唱と魔法の効果、注意事項の三つがあった。
「えーと、なになに……魔法とはー」
魔法とは、世界を構築する一つである魔素を操ることである。魔素には四大気源と光と闇の六属性があり、種族やその地に漂う魔素より適正が違う。
属性には相性がある。
大地は水を吸収し潤い、水はあらぶる火を鎮め、火は風で舞い踊り、風は大地を荒らし流す。
光あれば闇が生まれ、闇の中に光は呑まれるも気源は消えず。光と闇は重なることあたわず相反するものなり。
六つの気源を収束は、レイニィウスのみが無を操り世界を導く。
「五行のあれと似たような感じなのかな。でもレイニィウスってなに?」
「レイニィウスとはこの世界を創った神だな。今はどうしてるんだかは知らないが」
書かれているレイニィウスとう単語に詩亜が疑問を持つと、レインウォードが教えてくれる。
「神って、いるの!?」
「ああ。実際にいるらしいぞ。なんせ神殿の最高神官の三人は創世にレイニィウスから生まれて、今も祈りを捧げてるって話だ。信者はよく巡礼もしてる」
「えええっ! 創世っていつからよ」
「今はレイニィウス暦二三,九四二年、ちなみにハーシュベルツ暦は一,三一六年だ」
神など信じたこともない語詩亜は、神がいるような口ぶりに思わず聞くと続けて聞いた話に一層驚く。
「は? え? 二万、三千……うそおっ!」
「大声出すな、声が部屋の外に漏れる」
「だ、だって、どんだけ生きてるわけ。暇過ぎるじゃない」
「そこなのか?」
詩亜の口から出てきた感想に思わず突っ込んだレインウォードは、がっくりと肩を落とす。対して詩亜は、こちらの世界のあまりにも常識がない事実に驚きを通り越してしまったらしく、どうにもすっとぼけた感想が出てしまったことに気づかない。
だが、気を取り直したのかこほんと咳を一つすると、続きを読み始める。他にも色々と書いてあったが、最初に読んだ文について詳しく書かれているだけで、要約が分かってればいいかと次の頁を捲ると、目に入ってきたのは恥ずかしくなるようなものだった。
「こ、これは」
第三段階までの土属性の魔法。初期魔法は第一、第二。第三は中期魔法。ここまで出来れば中級魔法使い。
《コ=シィ=キリル》対象に守りを与える魔法。
詠唱は、慈悲たる母の抱擁、コ=シィ=キリル。
《コ=スィ=シスカ》対象の足元を隆起させて攻撃する魔法。
詠唱は、怒れる大地の隆動、コ=スィ=シスカ。
《コ=ムィ=キリル》対象により守りを与える魔法。
詠唱は、慈悲たる母の抱擁をその身に纏え、コ=ムィ=キリル。
「ちゅう……思春期特有のあれみたいなセリフだ」
「なにがだ? ああ、見れば分かるが、土属性は主に補助と大地を操り攻撃する魔法で構成されてる」
「なんでも。そうみたいね、なんかいかにも魔法って感じだし」
詩亜が文章を読んで出てきた感想は、大人になったら恥ずかしくなって悶えてしまうようなセリフを、こちらの世界では普通に使われているのかという引き気味のものだった。魔法を使いたいと思ったが、他の属性も似たようなもので、脳内でそれらの詠唱を唱えている自身を想像してしまった詩亜は、テーブルに突っ伏してしまう。だが、実際に使えるのだとしたら、それはそれで面白いかもしれないと考え直す。
詠唱文は属性ごとに違うようで、一文だけだと威力が低いもの、二文だと中くらい、三文だと高威力になるようだ。詠唱している時に内包している魔力を練ると、詠唱文が自身の周りに光る古語の文字が現れ、最後の呪文で現象化させる。得意とする属性や総魔力量によって、同じ魔法でも威力が違うらしい。
「大丈夫か?」
「うん」
何故突っ伏したのかわからないレインウォードだったが、落ち込んだ様子の詩亜を見てとりあえず気遣ってみる。それにゆっくりと起き上がりながら身を起こすと溜息を吐いて次々に頁を捲っていく。
「……古語とは?」
古語とは、古時代に使われていた魔力が織り込まれている言語で、魔法を行使するには古語を唱える必要がある。
詠唱キーは属性、威力、効果の順で洗わす。
六属性の古語は、土=コ、水=ナ、火=キ、風=セ、光=イ、闇=オ。
威力は、シィ=最小、スィ=小、ムィ=中、リィ=大、レィ=最大。
効果は、太陽=サト=攻撃、月=キリル=補助と癒し、星=シスカ=攻撃。
但し、サトは属合魔法でのみ使う。
属合魔法とは、相反する属性以外の素質を二つ持つものが、二つの属性を練って使用する魔法であり、威力は単属性の比ではない。
「属合魔法ってなんかすごそう」
「各種族は元々二つ属性持ってるのが多いが、サト系はエルフの長クラスや、ギルドランクSSの魔法使いに王宮の宮廷魔法師くらいしかいないな。単属性魔法だって、詠唱文を知っていても自身の総魔力が足りなければ発動しないからな」
「MPがないとってやつね。身の丈にあったものしか使えないのね」
「ああ、えむぴーがなんなのかは分からんが、大体そんな感じだ。ちなみに一般人はシィがせいぜいだし、魔力が低すぎて使えない者もいる」
「え、じゃあ魔法って使えるだけでもすごいんだ」
「そうだな。だから魔法に適正がある者は冒険者や王宮に仕える者が多い」
「へえ~なるほどね」
レインウォードの説明にこちらの世界での魔法使いの位置づけを把握した詩亜は、それなら異世界人である自身に魔力があるとは思えないし、やれるだけはやるが過度な期待はしないでおこうと思った。
そして、頁は最後の注意事項の頁になる。そこにはこう書かれていた。
魔法は大人の人と一緒に練習しましょう。
魔力切れを経験し、己の魔力量を把握しましょう。
むやみに魔法を使い他の人に迷惑をかけないようにしましょう。
犯罪に魔法を使ってはいけません。そもそも、犯罪を犯さないようにしましょう。
最後に、魔法を正しく使って楽しく生きましょう。
「……初心者や子供向けの教材なんだった。でも、随分丁寧に書かれてるのね」
「まあな、知識はあっても結局は総魔力量が足りなければ使えないからな。ただの常識程度に覚えておこうってやつだ。魔術師なんかの本はもっとわけ分からん小難しい言葉で書かれてるぞ」
「魔術師?」
「魔法使いは魔法を行使する者。魔術師は魔法も使うが、魔法の研究を軸に置いてる変わった連中をいうんだ」
「あーわかるわかる。あの考古学者みたいな感じでしょ」
「そうだな。意欲と熱意はすごい連中だ。行使できる魔法もピンキリだがな」
つまるところは研究バカなのだ。レインウォードが言うには変わり者らしい。どこの世界でも研究に没頭する者は変わり者扱いなのだな、と詩亜は笑う。だが、画期的な発想で世紀の大発見をする者、いわゆる天才もどちらかというとこの括りであるからして、もしかしたら研究者は天才予備軍なのかなと、ふと思うのだった。