表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

レイニィウスの泪 第三話

 朝日が、窓の外側にある閉じている木製の扉から、薄暗い部屋の中に窓の木製扉の隙間から一条の光のように差し込んでいた。その窓の外からは微かに人の話し声が聞こえる。微かに聞こえてくる話し声で目が覚めたのか、詩亜は眉間に皺を寄せてううーんと身じろいだ。しばらく目を瞑ったまま寝起きの余韻を堪能し、ゆっくりと半身を起こすと大きく口を開けて欠伸をする。

「あーなんかよく寝た」

 両腕を大きく伸ばして体を整えると、部屋の中を見回す。部屋の中は石壁で、詩亜が寝ていた木のベッドの脇には、白く塗装された木製テーブルに椅子。窓には萌黄色のカーテンがあり、カーテンを捲るとガラス窓の外側に、木製扉が雨戸の役割をしているのか付けられている。

 窓から見える範囲では家はみな石造りだった。そしてベッドがある反対の壁を背に、木製チェストとその上にはランタン。部屋の中にある家具は、木製と陶磁器やガラス製品に取っ手の金具しかなく、電気製品は見当たらなかった。これを見る限り文明はちょうど中世あたりだろうか。中世といってもかなりの幅があるが。

「あ……そっか、自分家じゃないんだった。もう無断欠勤で退職扱いになってるだろうな……はぁ。えっとー、今は二月一六日だっけ? てかこっちの世界じゃ曜日も違うよびかたなんだよね」

 レインウォードの世界では土水火風光闇無の七つの月で三六五日が一年となっている。一ヶ月六〇日(約九週間で一ヶ月)もあり、これも属性でもって表す。今は水の月、水の三重の二の日(二月一六日)だそうだ。無の月だけが五日間しかなく、この間は白夜なのだとか。一年のうちにある月の数は違うが、一年が三六五日であることは詩亜の世界と同じだった。

「こっちに来てから三週間は経ってるんだよね。石調べてる考古学者の人、何か分かるといいなあ。あ~そうだ……これから私、運動毎日しようかな? せめてこっちにいる間だけでもね」

 詩亜がこの世界へ来てから二二日が経過している。カッソ村で頼まれた手紙の配達を頼まれて、カーティスの街を経由し、手紙を渡したら街道をそのまま辿り王都へ着いた。王都へ着くと、その足で考古学者の家へ向かい祭壇の石を渡し、依頼達成の証明書をもらい冒険者ギルドへ依頼達成報告をして、その後宿をとり部屋で寝て目が覚めたというのが今日だった。その為、王都へ着いたものの観光はまだしていない。着いた時は周りを見渡す余裕も詩亜にはなかったのである。

 レインウォードは一八日程と言っていたが、その三日遅れで着いた王都。これは現代人である詩亜がいたからの遅れである。期限には十分間に合ったが馬での移動でも三日も遅れたことで、詩亜は内心体力の違いを問題視していたようだ。

 乗馬など今までしたこともなかった詩亜には、長時間馬に乗り続けるのはきつい。カーティスの街で買い足したルヌクの実でドーピングしつつも、慣れない乗馬りにお尻や股の痛みが限界だったのだ。

 レインウォードもそんな詩亜を考慮して一刻ごとに小休止をはさみつつ進んでいたが、余りにも進むペースが遅かったため、このままでは期日ギリギリになるだろうと考えたようだ。一〇日目で行程の半分も進んでいないのに焦りを感じたレインウォードは、悪いとは思ったが眠りを促進する薬を詩亜に飲ませて距離を稼ぐことにしたのだった。もちろん本人に承諾を得た上でだが。

 そのおかげで期日まで十分余裕を持たせることが出来たが、詩亜には災難としか言えないものであったのは当然のことだ。

 そんなこともあって、詩亜は自身の体力不足を痛感させられたようで、運動をして体力をつけようかと考えていたらしい。見回しながら口元に指先を当てつつ悩んでいる詩亜だが、部屋に自分しかいない為独り言になっている。が、こちらの世界では独り言は普通のことだそうだ。レインウォードからそう聞いた詩亜は、なら別にいいかと言いまくることにしたようだった。

 そして、考えながらも見回していた部屋の中で、ベッド脇のテーブルに水桶とタオル程の大きさの布と水差しに木のコップがあるのを見つける。

「そっか、部屋に着いたらそのままベッド直行で寝ちゃったのか私。とりあえずうがいと顔洗おう。この感じじゃお風呂あるか分からないし、布浸して体も拭いてたほうがいいかもね」

 汚れたままの服でそのまま寝てしまっていた詩亜は、自身の身なりを見てそうと決めるとさっそく服を脱いだ。桶の水に布を浸して絞りそれで体を丁寧に拭く。やはり元の世界では毎日風呂に入っていたため体がなんとなく気持ち悪い。後でレインウォードに風呂はないか聞いてみようと詩亜は思った。

 王都まで馬で何日も揺られて野宿が続いた日々は本当に辛かったのだ。時折川の水に浸した布で体を軽く拭くくらいしかしていなかったため、風呂が何よりも恋しいらしい。それに道中着替えもレインウォードの替えの服を一着借りて着替えると、途中の川で今まで着ていた自身の服を洗い、数日後に自身の服に着替えて借りた服を洗い……と、交互に洗い着まわしながらにしていたので、自身の服もどうにかして手に入れたいと思っているようだ。

 体を拭き終わり脱いだ服を着なおした詩亜は、窓際に寄りカーテンを捲り窓を開けて木製扉を開ける。

「うわっすごい! いかにもって感じの街並みだし! お城は見えるかな」

 三階の窓から見える街の景色は古きヨーロッパの街並みに似ていた。壁は白い塗装で塗られ屋根は山吹色。建物の大小や形の違いが少しあるが、色は綺麗に統一されている。下を見ると通りは薄灰の石畳で、等間隔に常緑樹が植えられていて、その通りを何人も行き来していた。

 王都というからには城があるだろうと遠くに目を向けるが、ここからではよく見えなかった。そもそもこの窓が城の方角へ向いているのかも分からないが。

 城は見えなかったが、綺麗な街並みを堪能した詩亜は満足げに窓を閉める。そろそろレインウォードも起きているだろうと思い部屋の扉を開けて廊下へと出ると、隣に部屋へ行く。

 こんこんと扉をノックすると、開いてるぞ、と部屋の中から声が聞こえる。どうやらレインウォードは既に起きていたようで、詩亜はノブを回して扉を開けると部屋の中へと入っていった。

「おはよう。レインウォードさん」

「ああ、カタル。よく眠れたようだな」

 ベッド脇の椅子に腰掛けて革の腰袋の中身の確認をしていたレインウォ-ド。その様子を眺めながら詩亜はベッドに腰掛ける。部屋の中には椅子は一脚しかないのだ。

「うん、それはもう! 部屋に入ったらそのままベッドにダイブしたよ」

「はは、相当だったものな、カタルの様子。お疲れ」

「半分以上は気絶してたから実感ないけどね。ただ体が筋肉痛すごいけど」

 そう答えながら伸びをする詩亜にレインウォードは笑いかけると、ちょうど確認が終わったようで立ち上がる。

「じゃ、飯食いに行くか」

「賛成! もうお腹ぺこぺこだもん。ご馳走になります~」

 両手を合わせてしなをつくりながら笑顔でそう言う詩亜に、くはっと笑ったレインウォード。宿泊している宿屋は二階建てで、寝る部屋が二階にあり、食べる場所は一階にある。二人は笑いながら連れ立って一階に降りて行った。


「で、だ。考古学者に祭壇の石を渡して、研究結果を教えてもらえることになったのはいいんだが、結果が出るには少なくとも一週間はかかると言っていたよな」

「うん。石に込められている微弱な魔力が~とか言ってたよね。浸したり翳したり乾燥させたりで一週間観察するんだっけ? そんなんで分かるのかなあ。じゃあさ、それまでの間は観光?」

「観光するのは構わないが、出来れば並行してギルドの依頼も受けておきたいな。宿代やら雑費諸々の代金は多ければ多いほどいい。カタルに必要なものは沢山あるだろう? 女だしな」

 一階で朝食を食べながら今後について話している詩亜とレインウォードの二人。考古学者に祭壇の石を渡した際、詩亜が元の世界へ帰る方法を探る為に、研究結果を教えてほしいと頼んだのだった。

 最初渋られるかと思っていた二人だが、考古学者は研究に興味を持たれた事に感激し、頼んでもいない古時代の話を一刻も使って講釈してきた。おかげで二人とも随分マニアックな事を脳内に注ぎ込まれたのだったが、それまはた追々。

「あ……そうだね。待つ間の費用もあるんだった。ねえ、そのギルドの冒険者登録って私でも出来るの? 私でも出来そうな仕事があれば自分でも稼ぎたいんだけど。おんぶにだっこじゃ嫌だし」

「いや、カタルから金を要求しようと思ったわけじゃないが、そうだな。実際色々とやってみることもいいかもしれないな。観光だけじゃ暇も潰れないだろうし」

 少しばかり上目遣いでレインウォードにそう聞いてみると、詩亜が何かをすることには賛成らしい。質問に対しても否定されなかったので、登録も問題ないようだ。

「ならこれからギルドに登録に行ってみるか。よほどの上級貴族や犯罪を生業にしている者でない限りは大体の者は登録しているものだしな」

「え、そうなの? なんかイメージ的には、強い旅人が路銀稼ぎにや名誉の為にやってるもんだと思ってた。普通の人もするんだね」

「例外もあるが、依頼する為にも登録が必要だしな。ギルドカードは身分証でもあるから入国審査もそれで通るし、犯罪履歴に職業やら生い立ちに病歴、とかく情報が色々書き込まれているんだ」

「それってすごくない? カードなのにどんだけ細かい字なの」

 レインウォードの言うギルドカードの凄さに、目を大きく見開いて身を乗り出し聞いてくる詩亜。若干身を引いたレインウォードは、懐に手を入れて一枚のカードを取り出すと、裏表をひらひらとよく見えるようにさせてからテーブルの上にすっと置く。

「それがギルドカードだ」

「これがそうなんだ。あれ、でも字なんて名前と他に少ししかないね」

 置かれたカードをそっと手に取ってじっくりと見る詩亜。初めて見る異世界らしい物に興味津々なようだ。

 カードに書かれていたのは、所持者であるレインウォード・グロリアスという名前と、Cに剣士だけ。話に聞いたような情報が書き込まれている様子はない。裏も見てみるが、裏には不思議な模様があるだけだった。

「詳細な個人情報はギルドや関所に城でしか見ることは出来ないのさ。普段は名前とランクに職業だけが記載される。他の情報を見る時も記載されるわけではなく、特殊な水晶に魔力を翳すと情報が浮かび上がるんだ」

「ええっ、それってなんてファンタジーなの! ああでも、魔法とかあるんだし、そういうものなんだろうね。うわーなんかすごいね!」

「はは、これから登録されればカタルのカードが渡されるからな。その時にでも実際に見てみるといい」

「そうするそうする。じゃあ早く行くためにも残りのご飯食べ終わらないとね」

 詩亜は目を輝かせながらそう言うと、さっそく残りの少し冷めてしまった朝食を急いで食べ始める。そんな様子を笑いながら見ていたレインウォードも負けじと朝食をかきこむのだった。

 レインウォードの世界では、辺境に暮らしている者は例外だが、身分証として殆どの人々がギルドカードを生まれてからすぐ作る。辺境に住む者は、村の長が代表して所持していたり、必要だと思う者がギルドへ出向いて作る場合もある。基本は自給自作で暮らしているため、何か大事が起きた場合以外では必要ではないのが、辺境に住む者があまりギルドカードを所持しない理由だ。王都や街が近い場所にある村、街に住む者、王都に住む者の順で所持する者は多くなる。それも先程のが理由だ。

 あれば有事の際便利、なければないで有る者が代表する。そんな程度で皆作っているようだった。

 なので、ギルドカードを所持するには特に武力や知力は関係ない。必要なのは発行に必要な代金のみだ。

 冒険者ギルドという名前に心躍っていた詩亜だが、冒険者という名前がついているのは古時代から中世時代の名残みたいなもので、現代では詩亜が言ったような、冒険者は強いという図式は成り立たなくなっていた。中には冒険者を地で行く者もいるのだが。

 ちなみに、レインウォードはその冒険者を生業としている数少ない部類である。数少ないといっても大陸に存在する人からみて、だが。当然普通に暮らしている人々の方が遥かに多い。堅実に金を稼ぎ、組織の中に入り庇護を受ける。その方が生きていく上で安全に暮らせるからだ。その為、現代の冒険者は中世時代等の全盛期よりも食いっぱぐれはほぼない。活動拠点さえしっかりしていれば、中々に良い職業なのである。とはいっても、やはりそれなりの腕は必須だが。

 腕があり、軌道に乗れれば生きていくには十分過ぎる額を稼ぐことも出来て、極稀に名誉を賜ることもある職業。大多数には軽い身分証だが、一部には古時代から続く冒険者としての誇り、そしてその中から更に突出した極々限られた者は英雄にもなれる、ギルドカードとはそんなカードだ。

「ご馳走様でした! レインウォードさんも食べ終わったね。じゃあ行こっか」

「ギルドはこの宿から東、王城から南にある。けっこう入り組んだ場所にあるから逸れないようにな」

 数分で残りの朝食を食べ終えた二人。席を立ちながら詩亜にそう言ったレインウォードは、こっちだと方向を指し示しながら、宿を出ると連れ立ってギルドへと向かって行った。


「こちらがギルドカードです。紛失した際は速やかに再発行となくした方の停止申請をして下さい」

「わかりました、有難うございます」

 冒険者ギルドへ着いた詩亜とレインウォードの二人は、建物の中へと入るとそのままギルドカード発行申請手続きをする為に入り口から右手にある受付へと向かう。手続きには書類等を書く必要はなく、真っ白なカードの上へ所持者になる者の血を一滴垂らすのみ。そうすると、真っ白なカードは人ならば赤、エルフは緑、ドワーフは茶、魔族は青へと変化して白くぼんやりと光る文字がカードに記載される。その文字とは先程見せてもらった名前とランクに職業だ。

「おお~シア・カタル。Eに放浪者……放浪者って、まんまだけどさー、ないわー。住所不定無職よりはいいけど」

「ランクと職業はこれからの行動で変わっていくからな。まあ頑張ってマシになれ? くく」

「うう。精進します」

 書かれている職業にショックを受けている詩亜に、レインウォードは軽口をたたいて茶化す。そんな二人のやりとりの合間を見つけたギルド受付員は口を開いた。

「再発行には手数料として二〇,〇〇〇セトかかります。本人にしか使用出来ないため、悪用される心配はございませんが、紛失したカードの利用停止処理をしないと再発行出来ませんのでお気をつけ下さい」

「わかりました」

「それと、こちらがギルドの手引きです。後ほど目を通して下さい。では、手続きは以上です。お疲れ様でした」

 ギルド受付員から手渡されたギルドの手引きとギルドカードを大事そうに胸に抱えた詩亜を、ちょいちょいと指で誘うレインウォードに何? とくっついていく。誘われた先には八角形の直径一〇シィ程の水晶が台座に置かれている。

「もしかしてこれで色んな情報が見れるの?」

「ああ、試しにカードを水晶の上に翳してみろよ」

「うん」

 言われるままに詩亜は先程受け取ったギルドカードを水晶の上へと翳すと、ぽうと白くぼんやりと光る文字が浮かび上がる。犯罪履歴、病歴、本人全体像、体の各部位のサイズ、人格と趣向、所持金、預けている品のリスト、現在請け負っている依頼のリスト、依頼達成の履歴等、他にも様々な項目がずらりと並んでいた。

「なにこれ……」

「見たい項目に指を当てると情報が出るんだ」

「タッチパネルみたいなものなのかな」

 試しに語詩亜は、本人全体像という項目を人差し指で突いてみる。すると、ぽうとカードの上に光を地面に見立てて全長二〇シィ程の詩亜のホログラムの様なものが現れる。その全体像はフルカラーで出来ており、現在来ている服装や髪形までもが完璧に再現されていた。

 足元には閉じるという文字が浮かんでおり、押してみると項目がずらりと並んでいるところへ戻る。次は体の各部位のサイズ……を素通りして、現在請け負っている依頼のリストを押す。ぽうと光った後に、現在請け負っている依頼は〇件、と表示されていた。

「どういうことなの……これってやばくない? かなり深い個人情報までだだ漏れでしょ」

「ああ、だからさっきギルド員が言ったように、本人以外にはこの操作は出来ないんだ。試しに俺が……ほら、カタルのカードを持って翳しても何も反応しないだろ」

「本当だ。なるほど」

「そ、ちなみに特殊な紙に転写したい情報を載せることも出来る。病歴や体の各部位のサイズなんかはよく転写されてるな、薬師に見せるために」

 レインウォードは詩亜にギルドカードを返しながら言う。

「あ~なるほど、個人でカルテを用意して持ってくのか……にしても、他の項目ちらっと見ただけでもこのカードの重要さが分かるね」

「だから皆このカードを持つんだ。あるほうが便利だからな」

「うん、意味分かった。でもさ、こんなすごいの作った人ってどういう人なの?」

「ん、さあ。分からん。古時代のギルド創設者じゃないのか? 気にしたこともないな。じゃあ、そろそろ依頼でも探すか」

「うん」

 詩亜の質問に気にも留めたこともないといった風に言ったレインウォードに、そういうもんなのと詩亜は思ったが、これから請け負う依頼を探すという言葉に、まあいっかと打ち切ってレインウォードの後に付いて行く。

 確かに、詩亜の世界である地球でも非常に便利な文明機器が多々あるが、製作者や何から作られている等気にしたこともない。ただ使用出来てそれが便利であれば問題ないのだ。こちらの世界でもそれは変わらぬようで、使えればそれでいい、ということなのだろう。

 付いて行くと冒険者ギルドの入り口から左奥に依頼リストがあり、白く塗られた細長いテーブルに縦が五シィ、横はテーブルとほぼ同じ五ムィほどの薄い鏡が貼られている。そのテーブルには数人の冒険者らしい者達が各々ギルドカードを置いていた。何をしているのか覗き込んでみると、白くぼんやりと光る文字をぽんぽん指で押してページを替えて内容を見ているようだ。

 詩亜とレインウォードの二人も空いている場所へ着くと、レインウォードは自身のギルドカードを他の人がしているように鏡の上へと置く。

「ギルドカードをこの鏡の上に置いて出ている依頼を確認するんだ。やってみるといい」

「ふんふん、こうね」

 詩亜も真似てギルドカードを鏡の上へ置くと、水晶の時と同じようにぽうと白くぼんやりと光る文字が浮かび上がる。やり方も同じで、浮かんだ項目の中で見たいとことを指で触れると情報が見れる。

 浮かび上がった項目の中から、現在請け負うことの出来る依頼、というところを指でつつく。

 次に出てきたのは、ほとんどが雑用の依頼だった。やはり最も低いランクにはこういう依頼しかないのだろう。何かの討伐、などの依頼は見当たらず、詩亜はほっとした。

「この依頼なんかいいんじゃないか、ヨルンの薬草採取」

「薬草採取かあ、どんな薬草か知ってるの?」

 詩亜のを覗き込んでいたのか、レインウォードが横から依頼を勧めてきた。薬草についての知識など全くない詩亜は、どんな薬草か聞きながら、薬草採取の依頼を開く。

 この依頼は、道具屋が売りに出している化膿止めの材料として、ヨルンというハーシュベルツ東の森に生息している、薬草の採取を求めているものだった。二十株ほど必要で、それより多ければ追加分を払うとのこと。報酬は二,〇〇〇セト、銀貨二枚分だ。

 こちらの世界では、銅貨が一〇〇円、銀貨が一,〇〇〇円、金貨が一〇,〇〇〇円ほどの価値がある。他に大金貨と白金貨があるが、こちらは大金貨が一〇〇,〇〇〇円で、白金貨が一,〇〇〇,〇〇〇円もするそうだ。平民では滅多に見ることはない。通貨はセトで、これは大陸共通だそうだ。後ろに〇を二つ付ければいいだけだったので、詩亜は助かった。ちなみに、ギルドカードの発行料は一〇,〇〇〇セトかかる。銀貨一〇枚もしくは金貨一枚だ。

「ああ、知っているから大丈夫だ。このヨルンの薬草を材料としている化膿止めは二つの材料で作られているんだが、もう一つはホルガの角なんだ。カタルが薬草採取を受けるのなら、同じ東の森に生息しているホルガをちょっと狩って角を採れば、俺の方の依頼も完了出来る」

「ホルガの角ってことは獣よね。狩り、かあ……何頭分くらいなの?」

「一頭だ。おそらく薬草採取の依頼とセットになってるんだろう。依頼主は同じ人だからな」

 そう言われ、レインウォードの方のを見てみれば、詩亜にある依頼に載っている依頼主と同じ名がある。この依頼主は化膿止めを作るつもりらしい。成功報酬も見てみる。

「薬草採取の報酬が二〇〇〇セトってことは銀貨二枚かあ。この依頼ってどのくらい時間かかるの? すぐ終わりそうなら他のも請けてみたいな」

 今までの宿代やルヌクの実にギルドカード代は、出来るだけ早く返したいと詩亜は考えていた。それに、これからかかる諸々の費用も稼がないといけない。いけなり危ない依頼は無理だが、こういう採取ものや雑用の依頼を数こなせば、早く返せるだろう。

「いや、焦る気持ちも分かるが、登録したばかりなんだ。ゆっくりやっていけばいいさ。それに東の森を歩き回るんだ、二、三刻はかかる。体力が持たないぞ」

 三、四時間は歩き回ると聞いた詩亜は少し落ち込んだ。ここ王都まで来るのにも大変な思いをしたため、己の体力の無さを今朝痛感していたばかり。そうして、運動して体力の向上を図ろうと決めたところなのだ。

 レインウォードの口ぶりを聞く限りでは、角の方もそんなに危険な依頼ではないのだろう。ならば、先に薬草の群生している地を見ておいて、採取する前に少し稽古を付けてもらえないかと考える。稽古することで運動して戦うちからも身に付けられれば、今後ランクが上がった時に、請けられる依頼の幅も広がるし、そしてその分報酬も多くなる。ランクが上がれば危険度も増すのだからやるべきなのだ。

 そんな思いでレインウォードを見ていた詩亜。レインウォードは思案顔でいたが、しばらくすると一つ頷く。

「そうだな、この先なにがあるかも分からないんだ。カタルにも護身的なものを教えていた方がいいだろう。ホルガはよく見かけるからすぐに狩れる。カタルの言うようにしようか」

「やった! ありがとうレインウォードさん! 頑張るからよろしくお願いします」

 笑顔でお辞儀をする詩亜を見ながらレインウォードは思う。世界に飛ばされていた時から思っていたことだが、どうも詩亜には危機感がないらしい。夜道に女一人で歩き、しかも全くの無防備。明らかな不審者であるレインウォードに最初こそ怯えてはいたが、言葉もすぐに崩れるし拘束した時の警戒もすぐに解く。話も信じるのが早い。

 王都へ行く途中に馬上で聞けば、詩亜の世界ではあれで普通なのだとか。犯罪も増えてはきたが、己に降りかかることとは思っていないのだ。ということは、増えてきたと言っていた犯罪も言うほどでなないのだろう。

 夜中に帰るのはいつものことだとも言っていた。レインウォードの世界では、よほど平和ぼけしている辺境の村でないと、こんなことはない。こちらの世界も人は良いのが多いが、それでも肝心なところではきちんと警戒している。詩亜のようにこうもすんなり信用や信頼をすることはないのだ。

 そんな平和に漬かりきってきた詩亜に、いきなり背後をとり恐怖を与え、拘束してしまったことを後悔していた。同時に本意ではないが、巻き込んでこちらの世界に連れて来てしまったのだ。自分に関わりがなければ、こんな話を聞けばすぐに関わらないようにするが、巻き込んでしまった上に、詩亜の人となりを見てしまえば、放り出すことなど出来はしない。

 見れば手もきれいだし、身だしなみもかなり気を使っている。レインウォードに対する警戒心などもはやこれっぽっちも窺えない。見ず知らずの男女が二人きりなのにだ。逆にこちらが心配になる。危険なことなど皆無な生活の中で生きてきたのだろう。レインウォードは、詩亜が無事に元の世界へ帰れるまで、しっかりと預かろうと決めるのだった。

 今回の詩亜の申し出に、早く金を返したいという意思が感じられ、それは必要ないと断ろうとも考えた。だが、詩亜自身に少しでも護身の心得があれば、見ていないところで何かがあったとしても少しは対処できるはず。そうすれば、それは無事に帰る確率が増えるということ。ならば稽古を付けるというのもプラスになるだろう。

「しっかり扱いてやるからな。そうと決まれば依頼を請けてくるか」

「う、頑張ります」

 扱くという言葉に反応した詩亜に軽く笑ったレインウォードは、さっそくヨルンの薬草採取とホルガの角採取の依頼を請けに、ギルド依頼請負申請所へと向かう。隣を歩く詩亜を見ると、拳を胸の前でよしと握っている。頑張ろうと自身に活をいれているのだろう。

「請け負ったら、カタルに必要な物を買いに行こうか」

「……よろしくお願いします」

「なんだ、さっきから言葉遣いが丁寧だぞ」

「だって、してもらってばかりで何も返せないから心苦しいんだもの」

 買い物に誘うと、申し訳なさそうにお礼を言う詩亜。口調に突っ込むと殊勝な態度で苦笑いをしている。そんな詩亜に自然と微笑を返すレインウォードだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ