レイニィウスの泪 第十九話
マンションの一室、リビングルームに四人が倒れていた。そのうちの一人が目を覚ますとガバっと起き上がる。そして状況把握のためだろうか、きょろきょろと辺りを見回した。そして居場所を確認し、危険が無いかを確認すると、倒れている一人を見て眉を潜める。レインウォードが見たのは神殿騎士のケイトだった。
レインウォードは今のうちにと、ベルトに下げていたロープを取り出すとケイトを素早く縛り上げる。ケイトはわけもわからずに縛り上げられているのに気づいて身じろいだが、もうすでに遅く。声を出そうとしたがそれもできなかった。なぜなら自分が見たこともな場所へといるのに気づいたから。
「……あ。……しあ。……シア!」
「ん、んん?」
「起きろシア。カナンもだ」
「ん、うぅ……」
詩亜とカナンの二人は肩を軽く揺さぶられて意識を取り戻す。そうして半身を起こすと先程のレインウォードと同じように、辺りをきょろきょろと見回した。
「私の部屋!!」
詩亜は驚いた。それはそうだ。帰りたい帰りたいと思っていた日本へと帰ってこれたのだから。そこで気づく。まず第一にしなければいけないこと。それは。
「全員靴を脱いでーっ!」
「は?」
「e」
「なに?」
言われた三人はぽかんと口を開ける。レインウォードは思った。開口一番それかよ、と。
「いいから早く脱げ!」
再度そう言われてレインウォードが最初に靴を脱ぐと、それにつられてカナンも靴を脱ぎ始めた。けれどケイトは動けなかった。足と両手を縛られているため、自分で靴を脱げなかったのである。
仕方が無いので詩亜は靴を脱がしてやる。すると「すまん」と謝られた。ケイトは一応敵だが、この世界は自分の世界だ。帰ってこれたし相手は縛られてるしで安心したのか、語詩亜は「いえ」とだけ返して靴を玄関に持って行った。
というか、なぜケイトがここにいるのか疑問だったが、この際そんなことはどうでもいいと、詩亜は被りを振ったのだった。
「とりあえず、なんでこんなことになったんだっけ?」
まずは状況把握をすることが先決だった。
「で、ここがシア殿の世界の自宅ということか」
「うん。そうよ」
それから30分。
詩亜ら五人は、ここに来るまでの出来事を話し出す。そして、この今いる世界が詩亜が元々いた世界だと説明する。
全員分のコーヒーを淹れながら、詩亜は軽く自分のことと、向こうの世界のことを話し出した。ケイトはそれを黙って聞いており、レインウォードは時折補足説明を加える。カナンはコーヒーが口に合わなかったようで「うえぇ」とカップに口にした分を戻していた。
そこでカナンにオレンジジュースをだしてやると、今度はごくごくと飲み干す。どうやらお気に召したようだった。
「あ、賞味期限」
詩亜は飲み干したオレンジジュースの入っていたコップを見た。慌てて冷蔵庫へと向かう。
「平成二十六年十二月九日まで……えっと、今日の日付、今日の日付……」
PCを起動させて右下を見ると、そこには二〇一四年十一月二十一日と書かれていた。
「あれ?」
「どうしたんだ」
「日付が変わってない……」
「inan。どういうことさ」
念のためもう一度見たが、やはり同じだった。
「日付が変わっていないの」
PCを見ながらそう言うと、レインウォードが隣に来てPCを覗き込んだ。その距離に詩亜はどきっとする。
「もしかして、シアがこの世界から俺たちの世界に来た日ってことか」
「うん。あれから時間が経ってないみたいなの」
そういえばとカーテンを開けて外を見ると夜中だった。時間が経っていないということは。
「やった! 会社クビになってないし、失踪届けも出されてない!」
詩亜は歓喜した。
「それはつまり、この世界ではシアだけが一年半以上年をとったということか」
だが、レインウォードの言葉に真っ青になった。
「私だけ老化が進んだってこと!?」
詩亜はよろよろと椅子から立ち上がると、床にOTLという形で沈み込んだ。かなりのダメージを受けたらしい。そうとは知らず口撃してしまったレインウォードは、なんと言ってよいかわからずに、やっちまったと頭をぽりぽりかくのだった。
それから、立ち直ったのか、開き直ったのか、詩亜はコーヒーを一気飲みすると、三人のいるリビングのソファに座る。その様子をみて、もう大丈夫だろうとケイトが声をかけた。
「シア殿。それで、俺たちはどうすれば元の世界に帰れるのだ」
「あ、それは……」
そうだった。自分からすれば帰ってきただが、他の三人からすれば異世界に来てしまった、なのである。詩亜は頭を悩ませる。
「あの石はないのか」
レインウォードが言う。
「石? あ、そうか。祭壇の石か!」
空間圧縮魔法の施されている瑠璃色の指輪から祭壇の石を探すがあるわけもない。そもそも入れていないのだから。
「持ってないよ。そもそもなんで光ったのかな。原因がわからないよね」
「そうだな。……いや、シアがいたじゃないか。俺が一人で来た場合もすぐそばにシアがいた。そして俺たちの世界に来たときも、またこうしてこちらの世界に来たときも、だ。シアがキーになってるんじゃないのか」
「私が?」
「aa。考えられないことはないね。なんてったってシアは涙の乙女なんだから」
カナンがうんうんと頷く。
するとケイトが大声を出した。
「やはりシア殿が本物の涙の乙女だったのか!」
ケイトは喜色をあらわにする。
しまったと詩亜たちは思ったが、こんなところまで一緒に来てしまったのだ。バレるのも時間の問題だったはず。結局開き直ることにした。
「言っておくけど、私は神殿なんかに行かないからね」
「いいえ。シア殿にはなんとしても来ていただかねばなりません」
「勝手に決めるな。せっかく元の世界に帰ってこれたんだぞ。それとお前たちの尺度で物事を考えるな。これだから神殿の連中は信用おけないんだ」
「神殿の教えは聖なる指針だ。俺たちに道を示してくれる。神殿の教え、三人の神官がこの世界の神の愛し子なのだ。ゆえに信用できぬというお前は異端だ」
「あ? 俺が異端だって? 俺からしたらお前達の方が異端だ。ヒトを拐かそうとしておいてなにを言う」
「乙女は神殿へと連れていかねばならない」
「それがおかしいんだってなぜ気づかない?」
レインウォードはイライラを露にしてテーブルを叩く。一歩も譲らないケイト。このまま話していても平行線のままだろう。カナンは煩わしそうに髪をかきあげると、溜息を零す。
「aah。ちょっとおじさん、煩いよ」
「そうよ。近所迷惑じゃないの。壁ドンされたらどうするのよ」
「か、かべどん? す、すまない」
ケイトはわけがわからないが、非難されたのはわかった。詩亜からも言われたので、素直に謝る。それがレインウォードを更に苛立たせた。
それから。
先の話は置いておいて、詩亜らはレインウォードら三人を、どうやれば元の世界に帰すことができるのかを考えたが、答えはみつからなかった。なので、仕方なくこちらの世界で生活する術を教えることにした。
「いつ帰れるかはわからないんだし、今こっちの世界でどうするかを考えましょ」
「そうだな」
レインウォードら三人は、詩亜を講師として日本での生活云々諸々の注意事項や、家電製品の取り扱いかたを教わったり、実践させられたりした。
そんなことをしていると時間はあっという間に過ぎ。いつの間にか深夜の二時になっていた。
「もうこんな時間。そろそろ寝ないとね。明日が土曜日で助かった。明後日の日曜日と明明後日の月曜日は、祝日と振り替え休日で休みなのよね。明日は服を渡すからそれ着て買出しに行こうね」
友人用のお泊り布団をリビングルームに敷き詰めて、レインウォードら三人の寝る用に準備したら、それぞれシャワーを浴びて就寝。パジャマはないのでバスローブを着てもらった。
ちなみにケイトはこちらではなにかをしようとは思わないようで、詩亜に危害を加えることはしないと約束させ拘束を解いた。もともと、彼女に危害を加えるなというようなことを部下に指示する時に言っていたので、その辺は気にしなくても大丈夫だったろうが。
バスローブを着たケイトはダンディなオジサマに見えて、詩亜はワイン片手に窓辺に立ってほしいとか、わけのわからないことをケイトに言って困らせていた。
そして翌日。
まずは詩亜が一人で某大手安物衣料品店へと男三人の衣服を買いに行き、その後四人揃って出かけることにしたのだが。
「わ、見て。あの人素敵」
「わたしはあっちの男の子がいいな! すごい美少年だしー」
「あたしはオジサマがいいー。マフィアのボスとか似合いそう」
街に出るととても注目を浴びていた。異世界逆トリップあるある、である。
レインウォードはジーンズに黒シャツを着てその上にジャケットを羽織っている。どかの雑誌からモデルが飛び出てきたような感じだ。
カナンは詩亜の好みで黒い膝丈のズボンに黒い長い靴下と革靴で、白シャツにサスペンダーをしている。そして長耳を隠すために帽子を被っていた。ダッフルコートを羽織っている。これで兎のぬいぐるみを持っていたら更に可愛いだろう。
ケイトはベージュのスーツを着ていて、長めのマフラーを首にかけていた。そしてトレンチコート。サングラスに葉巻を持たせたい服装だった。
三人とも完全に詩亜の好みで選んだ服を着させられていたが、周りの反応を見るにそれは成功だったようだ。ご満悦の様子の詩亜に三人は溜息をついた。
「なんだか三人とも人気あるね」
「akuiot、煩わしいだけだよ。なんでシアの世界の女はあんなに姦しいのかさっぱりだね」
「ヒトにじろじろ見られるのは気が進まないな」
「あの小さい板をこちらに向けているのはなんなんだ?」
ああ、それは写真撮られてるんだよ、と詩亜は説明をする。だが、写真というものがなんだかわからないケイト。あとでスマホで四人の記念写真でも撮ろうと思うのだった。
見たことのないものばかりで溢れかえっている東京の姿に、三人は驚いてばかりだった。そういえば、前にレインウォードがこちらの世界に来たときも、エレベーターとかいろんなものに声を上げていたな、と詩亜は思い出し笑いをする。
朝食を作るのに電子レンジを使おうとしたら、操作をしてみたいとカナンが言い、家電に興味があるようなので詩亜はカナンにやらせたし、食器を洗うのだって蛇口を捻ってでるお湯に感嘆するケイトに洗わせてみたり、TVのリモコンをレインウォード渡せばチャンネルを何度も変えては不思議がっていた。
「シア殿の世界にはすごいものがたくさんあるのだな」
ケイトがしきりに興奮した様子できょろきょろするのがやけにおかしかった。そんな楽しそうにしている詩亜を見て、レインウォードは微笑を向けていた。
詩亜は思う。この場にソルトがいれば、ジャンル的にもよかったかもしれない、と。温和なイケメン眼鏡男子。なかなかいいと思う。ぜひとも白衣を着せたいものだと。
それに、祭壇の石をソルトは持っていた。もしこの場にいれば、三人をすぐに向こうの世界に帰すことができたかもしれない。丸く収まるのにな、と。
語詩亜がソルトのことを考えた時。目の前が光った。
「おやおや? みなさん変わった格好をしていますねえ。とてもよくお似合いですよ。ふむ? そういえばここはどこなんでしょう? わたしは祭壇の間にいたはずなのですが。変わった場所ですねえ。とても興味がありますよわたし」
「へ?」
「e」
「あ」
「んん?」
丸眼鏡の位置を直しつつ、柔和な笑みを浮かべたソルトが祭壇の石を持って詩亜ら四人の前に現れた。
「えええーっ!」
詩亜はここが人混みの中だというのを忘れて大声を出す。道行く人々の注目を浴びた。
「なんでソルトがここに!?」
「さあ。どうしてでしょうねえ。わたしにもよくわかりません」
口を開けたままぽかーんとする四人とにこにこ顔の一人。周囲の目が痛かったので、とりあえず場所を変えたほうがいいなと、結局案内らしい案内をできずに、詩亜たちは自宅のあるマンションに引き返したのであった。その際、詩亜はソルトに質問攻めにされて辟易していたのはいうまでもない。
そうして帰ってきて。
「シアさんの家もとても興味深いですねえ。またいろいろとお聞きしてもよろしいでしょうか」
「あ、う、うん。ただそれはまだ待ってね。いろいろ整理したいことがたくさんあって……」
「はい。いつでも構いませんよ。ゆっくり整理してくださいね」
詩亜は新たに着てしまった異世界人をリビングルームに置いといて、先に来ていた三人にベッドルームで指示をだした。
「ケイトさんはソルトの相手をしていてほしいのだけどいいかな」
「……ああ、いいだろう。シア殿の頼みとなれば俺も断れまい」
「ありがとう。お願いね」
ケイトがソルトの話し相手をしている間に、詩亜とレインウォードとカナンの三人は、ソルトから受け取った祭壇の石を見ながら相談し合う。
もちろん話がケイトらに聞こえないようにこの場で話し合いだ。
「まさかソルトがこっちにくるなんてね」
「そもそもなんで時間差でこっちの世界に来たんだ?」
「aas」
「私、一つだけ心当たりがある」
レインウォードとカナンが疑問に思っていると、詩亜だけが床を見ながらそう呟いた。
「なんだ」
「実は、私さっきソルトが来る前に、祭壇の石はソルトが持っていたことを思い出して、あの時彼がいればすぐにでも向こうの世界に行けたのにって思っていたのよ」
「てことは」
「nuuf。ソルトが来たのはシアのせいだったんだ。じゃあ」
「うん。どうやら私が行き来したいと思いながら、石に触るか、そばにいるかで世界を越えちゃうみたいね」
「シアが至竜レイニィウスの涙の乙女だからか」
「aam、そうなんじゃない」
やはり祭壇の石と詩亜にはなんらかの関係があるらしい。そうわかった詩亜たち。だがなぜなのかは確証がないままだ。
「でもさ、なんで知る本には、私がここに帰ってくるのに必要な行動で、五つをクリアしないと、だったのに、どうしてそれ抜きで帰ってこれたんだろうね」
「aas。それはわからないけど、案外たいした理由じゃないのかもよ。たとえばシアの身に危険が迫った時とか、本心から帰りたいと願った時とか。そもそも全部クリアする必要もないのかもしれないし」
「まあ差し迫ったことが起きた場合のみ、ということかもしれないな」
「うーん。本の内容って結局なんだったのかしらね」
「あまり深く考えんでもいいとは思うぞ。俺たちにはわからないなにかがあるんだろう。先のことが必ずその通りになるとも限らないんだしな」
「まあ。気になるけど、ここで考えてても仕方がないか」
「nu。そういうこと」
ひとまず問題を追いやることにした詩亜ら。そうして三人はテーブルに置いてある祭壇の石を見る。そこでレインウォードは提案する。
「シア。祭壇の石を手に入れたんだから、俺たちだけ帰せないか?」
「aa。そうだね。無事に帰れたらもう旅する必要もなくなるんだし、やってみてよ」
「あ、そっか。皆を帰さないといけないんだった。ずっと一緒にいたからつい皆といるのが当たり前になってた」
そう言うと、とりあえずの話は終わりにして、三人はソルトとケイトのいるリビングルームに行くことにする。なぜだか詩亜は胸が少しちくりとした。
「おや。お話は終わったのですか」
リビングルームへ行くと、少々げんなりしたケイトと、無駄に目を輝かせているソルトがいた。その様子に詩亜は首を傾げたが、すぐにああ、と思い至る。どうせソルトから質問攻めにあっていたんだろうと。
「うん。でさ、さっそくなんだけど、祭壇の石を使って皆を向こうの世界に帰せるか試してみようと思うんだけど、いいかな」
「それはぜひお願いする」
ケイトはその提案にすぐに飛びついた。ソルトから一刻も早く開放されたかったのか、もしくはこの世界から早く脱して、目の前にいる涙の乙女を一つの神殿へと連れて行きたかったのか。逆にソルトは残念そうにしていた。
「わたしとしてはまだ着たばかりですから、もう少しこちらの世界にいて、いろいろお話を聞きたいのですが、皆さんが帰るというのでしたらわたしもそうします。また機会があるかもしれませんからね」
ソルトにそう言われるが、そんな機会があっては困る、内心そう思っていたが、まあそれもそれで楽しいかもしれないと詩亜は思った。
「じゃあやってみるね」
一呼吸置いて、詩亜は祭壇の石を持って心の中で念じた。
(どうか皆が無事にもとの世界に帰れますように)
レインウォードやカナン、ソルトとケイト。立っている立場は皆違うが、向こうの世界の住人というところは同じだった。帰りたいのは皆一緒。だから、ちゃんと帰してあげたい。私のような思いをしなくてすむように。
だが、そう思っている途中でレインウォードの顔が心の内で過ぎる。ここでさよならをしたら、もう二度と会えないだろう。そう思ってしまったのだ。詩亜はそれは嫌だった。もっと一緒に旅をしたいし話もしたい。なんでもない話で笑ったり、なにも話さなくても居心地がよかったり、そんな毎日を彼ともっと過ごしたかったと思ったのだ。
田舎でスローライフという夢があるが、それがもしレインウォードと一緒なら、もっと楽しくすごせるだろう。いつの間にかそう思うようになってしまった。彼との空間がとても居心地のよい場所になっていたのだ。
祭壇の石を使っても、毎回この祭壇の石でこちらの世界に帰れるかどうかはわからない。確証のないままだ。だけど、今ここでレインウォードと別れられるかといえば、答えはノーだ。
まだ一緒にいたい。もっとレインウォードのことを知りたい。二人で楽しく過ごしていきたい。
詩亜はそう強く思った。
(レインとずっと一緒にいたい!)
すると、詩亜の強い想いを受けて、祭壇の石が光った。
パアアッと光が溢れ出して、五人は光の竜巻に飲み込まれてゆく。
「シア!?」
光の中に詩亜がいることに気がついて、レインウォードは声を上げる。光の中で、詩亜はレインウォードに微笑んだ。それはなにか強い思いが見て取れる微笑だった。
そうして、再びリビングルームから五人の姿は消えていく。
詩亜は決めた。再び帰ってくるけれど、その前に自分の素直な気持ちでいようと。レインウォードに好意を寄せていることを隠さずにいこうと思ったのだ。それで駄目なら諦めて帰る。もし、考えてくれるなら、それはまた、その時に考えようと。今はレインウォードらと共にあの世界に戻り、少しでも長く一緒にいれることが先決だった。
ハーシュベルツ国南にある、森の中の小神殿。その隠された祭壇の間に取り残されたロズたちは、突然の出来事に放心し、なにも考えることができなかった。ただ、目の前が光で溢れて、気がついたらケイトや乙女らがいなかったのである。
大声で呼びかけてもケイトからの反応は当然なく、ただ祭壇の間に声が響き渡るのみ。ロズたちは警戒を怠らないようにしながら、あたりの様子を窺うことしかできなかった。
そうしてしばらく時が経った頃。
また突然光が溢れだした。
「うおっ」
「なにごとですか!」
イドとイアンが声を上げる。
ロズとルドルスは目を庇いながらも周囲の様子を窺うと、五つの塊が見えた。次第に弱まっていく光。そしてその塊は五つのヒト型になっていく。
「兵長!」
ケイトは床に突っ伏して倒れていた。ロズが声をかけて体を揺さぶる。
「う……。ここは」
「気がついたんですね! ここは小神殿の祭壇の間ですよ」
「祭壇の間……そうだ」
ケイトはそう言い体を起こすと、すぐそばに詩亜ら四人がまだ倒れていた。その四人を見たあと、部下たちに目配せをする。今のうちに拘束してしまおうと考えたのだ。
詩亜以外のレインウォードら三人の両手を後ろで縛る。魔法を扱えるカナンは猿轡もされる。そして武器や皮袋などを没収し、なにもできないようにした。
縛られていることに気づいたレインウォードらはもがくが、自由は取り戻せなかった。
ケイトたちはレインウォードらを並ばせると、列を作り歩かせる。この古びた神殿を出て、一つの神殿へと戻ることにしたのだ。
まだ気づかぬ詩亜に眠り粉を嗅がせて、更に深い眠りへと誘う。無傷で連れ帰るため、詩亜は慎重に運ばれていく。それを見ることしかできないレインウォードは、歯噛みをしながら歩みを進ませた。必ず助け出す。そう内心で言い聞かせて。
「んん……」
詩亜が目覚めた時はすでに馬車の中だった。
「な、なに、どうしたの」
目覚めたらいつの間にか馬車の中。詩亜は混乱する。馬車の中にはレインウォードら三人の姿はなかった。カーテンがかけられている窓から外を見ると、馬に乗って並走しているイアンがいた。それを見て詩亜はさあっと青くなる。
「み、皆は、どこ」
この狭い馬車の中を見ても当然自分の他にヒトがいるはずもなく、それでも探してしまうのは、自分が捕まってしまった事実を受け入れたくなかったからだった。詩亜は、ひとまず落ち着かなければとカーテンを閉める。深呼吸をして心を落ち着かせると、今なにができるかを考え始める。
馬車と並走しているイアンは詩亜が起きたことに気づいたが、とくに誰かに言うことはせずに、そのまま視線を前に戻して進んで行く。
「どうしよう。……そうだ。ソルトから渡されたあの魔道具。あれ使えないかな」
詩亜は空間圧縮魔法の施されている瑠璃色の指輪の中に入っていないか探す。この指輪は詩亜にしか外せないようになっており無事だった。短剣などは取り上げられていたが。
「あった。えっと、たしか念じればいいのよね。あ、緑……から真っ赤になった。てことはすぐ近くにいるんだ。もしかして私と同じように捕まっているのかも」
詩亜の予想は当たっていた。待遇の差はかなりあったが。
それから。
逃げ出す機会を窺っていた詩亜だったが、いつもケイトらの誰かがそばにいるため、なんとか機会を作ろうとしても駄目だった。レインウォードらに会わせてほしいと言ってもそれはできないと却下される。徹底的に会う機会をなくせられ、ただただ不安と退屈な日々が続く。役半月(三〇日前後)ををかけて一つの神殿まで連れてこられた。
そして、その時になってはじめてようやくレインウォードらの顔を見ることができた。
そこにはケルネスカとラスティを含んだ五人が一緒にされていた。自分のせいで捕まってしまったケルネスカらに詩亜は申し訳なく思っていたが、目が会うと力強く笑いかけてくれ、じんと胸の内が熱くなる。
私は一人じゃない。詩亜はそう自分に言い聞かせ、目を閉じた。
レインウォードと少しでも一緒にいようと決心してこの世界に戻ってきたのだが、気づけば捕まっていてこんな場所まで来てしまった。不安で一杯だが、まだ皆と離れていない。だから大丈夫。詩亜はそうしているくらいでしか平静を保てなかったのだった。
「シア殿。あちらから一つの神殿へ向かいます」
「そう」
ケイトに話しかけられ、そうとだけ返す。今は彼と話したくはなかった。
切り立った山の頂に建つ一つの神殿へ向かうため、麓にある転送装置のところまで行く。四方をケイトらに囲まれた詩亜は、後ろを振り返り、レインウォードを見る。しばらく目が合っていたが、急かされて転送装置の上へと立つ。
ケイトが代表して聖書の一文を淀みなく言うと、淡い光が身を包み、瞬きをした次の瞬間には、目の前に巨大な神殿が建っていた。
詩亜はごくりと唾を飲み込む。カカンナカル老に決して近づいてはならぬと言われた場所に来てしまった。これからどうなるのか。胸の前で拳をつくり見上げた大神殿。一歩一歩進むとまるでそれは超えられない壁のようにも感じる。その壁をぶち壊し、無事にレインウォードらと合流できるように、今はただ祈るばかりだった。
そんな様子の詩亜をケイトはただ黙って見ていた。




