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レイニィウスの泪 第十八話

「ed、話は戻るけど、僕が属合魔法を使えるのはまだまだ先ってことくらい、かな。コツは大体掴めたけど、並大抵じゃない集中力が必要だし」

「それ、後で教えてもらってもいいかな」

「nu。いいよ。シアなら簡単にできるんじゃないかな。なんてったって魔力石を造作もなく作れるんだしね。ま、僕のほうの話はこれだけかな」

 カナンのベルトに付けられている皮袋の中には、詩亜から受け取った魔力石が一つ入っていた。ポンポン皮袋を手で軽く叩いて、カナンは嬉しそうに笑っている。よほど気に入ったのだろうと、詩亜は思った。

 そして属合魔法を教えてもらう約束を取り付けてよかったと詩亜は頭を下げる。感謝だ。

「じゃあ、最後は私ね」

 一番重要な話だ。

「私のほうだけどね……」

 詩亜はカルナリスタから貰った知る本を空間圧縮魔法の施されている瑠璃石の指輪から取り出すと、テーブルの上へと置いた。

「この本はね、知る本っていって、本を開いた者の知りたいことを教えてくれる本なの」

「教える?」

「うん。で、私が開くと……ほら、こんなふうに文字が浮かび上がるのよ」

「eeh。なら僕は……ふうん。さっきとは違うね。なるほど、僕の場合はこのままシアたちについて旅をするのが良いらしいね。意識の生まれ変わり……へえ、これ、後で見せてくれる」

 続いてカナンが一度本を閉じて再度開けば、そこには先ほどとは全く違う文章が書かれていた。

「いいよ、わかった。じゃあ話を続けるね」

 詩亜はカルナリスタから聞いた話と本の内容を見せて話す。その内容を見てレインウォードとカナンの二人は目を見開いて驚く。

「シアは何を知りたかったんだ?」

「それは……。元の世界に帰る方法、だよ」

 一瞬息がつまったような表情になった詩亜。本の文面を覗いていたレインウォードは話を聞いてなるほどな、と呟く。

「たしかにそれが一番知りたいことだな。そもそもはあの祭壇の石を調べ、帰る方法を探す間に観光目的も兼ねて、できることをしているだけだしな」

「aa、それってあの石のことだね」

「うん。だから、私が知りたいと思ったのは、帰る方法なの」

 言い聞かせるように言う詩亜。どこか無理しているように見える。だが本に集中している二人はそれに気づかなかった。

 その時詩亜はレインウォードとケルネスカのあのキスが忘れられずにいた。いくら頭から追い出そうとしても、何度も何度も動画を強制的に見せられているようで追い出すことができない。

 もうあれから一ヵ月以上経っているというのに、頭から追い出せないのだ。

 理由はわかっていた。でも認めることはできなかった。

「だって、私は帰るんだもの……」

 小声でそう呟く。

 追い出せないとわかっていても、詩亜はぶんぶんと頭を振る。そして、勢いをもって進んで行くのだ。でないと、またすぐに追いつかれてします。追いつけないように駆けて、駆けて。強引に扉を作り鍵をかける。

 元々出会うはずのなかった人のはずだ。だから、こちらの世界の住人であるケルネスカとレインウォードが一緒になったほうがいいと自身に無理やり言い聞かせた。

 これで少しは大丈夫。そう言い聞かせて考えることを放棄した。

「で、そこに書いてあるとおりなんだけど」

 どうやらきちんと話せたようだ。ほっとした詩亜は続けて言う。

「第一は今こうして旅をしているから大丈夫でしょ。だから次は第二なのよね。で、この来た場所へってことは……」

「あの遺跡、だな」

「うん。私もそう思う」

「a、シアがこちらの世界に来るきっかけになったっていう、祭壇の石があった遺跡だね」

「うん。そこへ行けば、なにかわかるかも」

 祭壇のある遺跡。レインウォードが詩亜の元へ石と共にやってきて、今度は一緒にこちらの世界へ戻ってきてしまった場所。

 知る本の通りならば、そこへ行けばなにかがわかるはず。三人は、互いに頷きあい、その遺跡へと向かうことにした。

 現在いるのが魔法国マレニデルム。そこから来た道を戻りハーシュベルツまでおよそ二〇七日。そしてハーシュベルツから遺跡近くのカッソ村までは馬で二四日かかる。合計二三一日。とてもながい道のりだ。

「ああ。また揺られる日々が続くのね。飛行機があればパッといけるのにな」

「ひこーき? ……まあでも、シアも慣れただろう」

「慣れもしますよーだ。おかげで私の愛らしいお尻もすっかり硬くなりましたー」

 お尻を擦りながら語詩亜はぶーぶーと文句を言う。

「尻が? 確かめてやろうか」

「な! なにを言うの! 冗談に決まってるでしょっ」

「くくっ。そうだよな。なら俺なんかもっと酷いことになってそうだ。はは」

「aah。まったく子供みたいなやりとりしないでよね。あーあ、子守も大変だ」

 詩亜とレインウォードの二人のやりとりを見ていたカナンは盛大な溜息をつくと、ベッドへと歩いていき、ごろんと寝転がった。

「まったくだ。こまっしゃくれた子供の相手は疲れるな」

「ah! どういう意味」

「どうって、わからないのか」

「ちょっと、もう! 二人ともいい年なんだからやめてよね。もー」

 どうしてこの二人はいつもこうなるのか。

「ところで話は戻るが、帰る方法を知るにしても、この内容ができたら英雄どころじゃなくなるぞ」

 本を指し示してレインウォードは眉を寄せる。

「nu。たしかにやったのがシアだとばれると厄介だね」

「障気をなくすったって、世界中に広がってるんだぞ。いったいなにをすれば消えるのか。そもそも本当に神話のように乙女がやれるのかすらわからん」

「n-。そこは神の涙から生まれたというシアの活躍に期待、だね」

「私だってどうすればいいのかさっぱりだよ」

 首を傾げてうんうん唸るがわからず。

「それと、至竜レイニィウスの目を覚まさせるってことは、だ。俺たちがいるこの大陸はシシエランカ(りゅうのなきがら)と呼ばれているんだぞ。この大陸が動き出すってことにでもなったら大騒ぎどころじゃない。皆立ち上がった神から振り落とされるんじゃないのか」

「あ……それは考えてなかった。そうだよね、落とされちゃうよね。どうしよう」

「oteros、神は死んでないってことだよね。眠っているのか……」

 三人は悩みに悩んだが、解決する方法は思い浮かばなかった。それはそうだ。例え事実になったとしても、実際に動き出すまでは到底信じられない話。各国の王に伝えようとしても頭のおかしい者だと受け止められるだろう。下手すればどこかの施設に監禁。もっと最悪なのは、一つの神殿にいる三人の神官から異端者扱いをされて逃げ惑うことになることだ。なぜなら異端者として捕まれば死罪は確定だからだ。

 だが、やらねば詩亜は帰れない。

「まあ、だ。実際にそうなるとは決まっていない。とりあえずはやれることからやればいいさ」

「nu、そうだね。もしなったら……、その時はその時かな」

「二人とも……」

「ここでぐだぐだ悩んでても仕方ないってことだ」

「am、そのとおりだね」

「ありがとう」

 詩亜は二人の言葉に感謝の気持ちを伝える。どのようになるかはわからないが、今は前に進むしかないのだ。帰るために必要な行動なら、なんでもする。とまでは言わないが、できることはするつもりだった。

「まあ、まずは遺跡、か」


「さて。こうして戻ってきたはいいが……。なぜキャンプがあるんだ」

「aas。ヒトのすることは僕にはわからないね」

「いちにいさんよん……ご。五つもテントがあるね」

 詩亜ら三人は、魔法国マレニデルムからハーシュベルツ国へと戻ってきており、今は最初にいた遺跡へと来ていた。

 詩亜がこの世界に来てもう一年半を過ぎた。肩にかかるくらいの長さだった髪は、背中にまで伸びている。その為、邪魔になってきたのか高く一つに縛っていた。

 遺跡に着いて見たのは、静かな森だった遺跡の周りに大きな天幕が五つ。人々の話し声や馬の(いなな)きで賑わっている遺跡は、来るべき遺跡を間違えたかと三人に思わせる。

「あれ、あの人」

「ん? あれは俺が以前請けた依頼人の考古学者じゃないか。こんなところにいたのか。て、まずい。隠れろ」

「え?」

 レインウォードが詩亜の腕を引っ張って壁に張り付くように隠れる。カナンも真似て隠れる。レインウォードは険しい顔をしていた。

「神殿騎士だ。それもあの顔は……。以前やりあった盗賊。そうか、やはりあいつらが裏の神殿騎士たちだったのか」

「裏のって……。もしかして私たちを探してるのかな」

「いや、今回は違うだろう。あの一つだけある緑の天幕。他の茶色のとは色が違うだろう。緑の天幕は、神殿騎士用のものだんだ。ということは、だ。考古学者らと同じ場所に立てているんだ」

「iramut、同じ目的ってこと、だよね」

「ああ」

 レインウォードは様子を見つつ、さらに後ろへと下がる。

 見たのはレインウォードと剣を交し合った盗賊紛いの隊長格の男だった。赤い神殿騎士の制服に身を包み、レイピアを腰に差している。他の四人に手を上げて指示を出しているその様子は、統率のとれている軍隊のようだった。

 そして、さらに三人は驚いた。

 指示を出していた神殿騎士の下に駆け寄って話しかける者がいたのだが、それは。

「ネス……だよね、あれ」

「なぜケルネスカが神殿騎士といるんだ」

 険しい顔のレインウォード。詩亜とカナンはじっとその顔を見る。視線に気づいた彼は、作った笑みを浮かべる。詩亜も作り笑いを返した。

「inan。どうしたのさ。ネス? ていうことはラスティやソルトもいるってことかな」

「ああ。おそらくはいるだろう。くそ。仲間だったってことは……ないか。考古学者とネスらは予想がつくが、神殿騎士がいるとは予想外だったな」

 神殿騎士とケルネスカら三人に考古学者。おそらくケルネスカやラスティ、ソルトに考古学者はただ純粋に祭壇を調べていたのだろう。そこへ神殿騎士らが後から来たと考えたほうが自然だ。だがなぜここを。まさか詩亜とレインウォードがここの祭壇と関わりがあることを知られたのか。いや、それもないだろう。ではなぜ。今更こんな長年放置されていた遺跡を調べにくる理由は。レインウォードは思考を巡らせるがこれといった理由は浮かばなかった。

「道の短縮で正面から祭壇の間へと行くつもりだったが、またあの通路を使ったほうがよさそうだな」

 見つからないように少し戻ると、以前レインウォードと詩亜が通った隠し通路の入り口があった。

「とにかくだ。あいつらに見つかればやっかいだ。だが、いついなくなるかもわからない連中に遠慮するのなんだし、ここは隠れつつあの祭壇の間へと向かうか。幸いこの隠し通路はまだ見つかってはいないようだからな。やつら、祭壇近辺を調べているんだろう」

「うん。でも、鉢合わせしないかな」

「そうだな……。心配なら、通路の中でやつらが外に出るのを待つか。夜になればさすがにキャンプに戻るだろう。その隙に俺たちが調べるんだ」

「わかった」

「aa」

 することが決まった詩亜たちは、隠し通路の中に入り静かに進む。いくら迷路のように広い通路だとしても、音が反響し気づかれるかもしれない。

 ランタンを持つレインウォードを先頭に、抜き足差し足で進んで行くと、ようやく祭壇の間へと続く出口へときた。

 ジェスチャーで待てと言うレインウォード。そうっと壁石をずらした彼は、祭壇の間の様子をみる。祭壇の間には人の気配はなく明かりもない。どうやらここを調べているのではないようだ。

「いない、な」

「n、ヒトの気配はないね。んー、壁の向こう側からかすかに声が聞こえる」

「それってどういうこと?」

「aa。つまり、この祭壇は隠された祭壇ってことさ。レイン、どうやらこっちの祭壇はやつらは知らないようだよ」

 エルフの耳を持つカナンが言うのだから間違いないだろう。語詩亜とレインウォードはそれを効いて一安心する。

「なら、このままここで待つか。今行っても見つからないだろうが、念のためだ」

 レインウォードの言葉に頷こうとしたカナンだったが、遮られる。

「待って。今調べよう」

「ah? 何言ってるのシア。こういう建物は音が反響するのは知ってるよね。祭壇の間に出て大きな音を出せば気づかれるよ」

「でも、私は早く知りたいの」

 なにを焦っているのか、詩亜は必死だ。その不自然さにレインウォードとカナンは首を傾げる。二人は知らない。ケルネスカとレインウォードをただ合わせたくなくて、近づけさせたくなくてこんなにも焦っていたのだとは、思いもしないだろう。そして、こんなにも焦っている詩亜自身も、認めたくなかった気持ちを再確認させられることになり、頭の中は混乱していたということを。

「と、とにかく。早く終わらせて、急いで帰ろう。ね?」

「まあ、急いで帰るってのは賛成だが……。どうしたんだ。なにか変だぞシア」

「別にっ。どこもおかしくないし。ただ疲れたから早く帰りたいだけだから」

「nuuf。なんか怪しいけど。まあ、僕も早く帰るのは賛成。なら、さっさと終わらせよう」

 そう言って、一個一個石をそっと床に降ろして壁を崩しだしたカナンに続き、詩亜も石を外しはじめる。そんな詩亜の様子にレインウォードはおかしいと思っていたが、本人がおかしくないと言うのなら、そこは触れられてほしくないということだろうと、疑問を頭の隅に追いやって石を外す作業に加わった。


 それから少し時が経った。

「こんなもんかな」

 壁の石を置いたせいで、隠し通路がヒト一人やっと通れるくらいの幅になった頃。詩亜は疲れたのか腰や肩を拳でポンポン叩く。最後に首を回してポキポキ鳴らすと水筒を取り出して一口飲んだ。

「どうだカナン。まだ壁の向こう側にヒトはいそうか」

「nu。そうだね。まだ数人話し声が聞こえるよ。話すときは小声にしたほうがいいよ」

 耳をピクピクさせてカナンは耳を澄ませた。すると少しだけ話し声が聞こえたようだった。それに頷いたレインウォードはジェスチャーで合図を送り、三人は祭壇の間の中へと入っていく。

「nuuf。ここが隠された祭壇、ねえ。壇上のあれが贄を乗せるやつかな。……あ」

「なんだ、どうかしたのか」

「……水。水音が聞こえる。……ここから」

 何かに気づいたように、カナンの長耳がぴくりと動いた。そこは以前に詩亜とレインウォードの二人がこちらの世界に来た時の小部屋の更に向こう側から聞こえていた。

「水音?」

 カナンは両耳に手を当てて音を拾いやすいようにする。そうして壁伝いに歩いていくと、祭壇の奥の壁で立ち止まった。そして、コンコンと壁をノックする。どうやらこの壁も崩すと隠し通路か隠し部屋になっているらしい。

「eeh。ここにも隠し部屋があるようだよ」

「そこもか。だがなんのために作られたんだ」

「enaas。それをこれから調べるんでしょ。さ、壁を崩すのを手伝ってよ」

 詩亜ら三人は、音に注意しながら壁を崩し始める。

 ヒト一人通れる大きさまで崩すと、そこには小さな噴水があった。竜の口から湧き水が流れ落ちている。部屋には他にはなにも見当たらない。

 その噴水を見た詩亜は、ぼうっとした表情で、なにかに引きつけられたかのように、すたすたとその噴水へと近づいていく。その足取りには迷いはない。

「おい、シア? ……なんだカナン」

「ayi、今はやめたほうがいい」

 目の前を素通りしていくシアにレインウォードは話しかけるが、聞こえていないようになんの反応も返されない。おかしく思い腕を掴んで引きとめようとしたが、カナンに制された。なにかあるのだろう。

「黙って見てるしかない、か」

 詩亜は噴水の前まで来ると、両手で水を掬って飲む。数回飲んだ後、口元に笑みを浮かべて噴水の中へと入っていった。

 その様子をじっと窺っていたレインウォードとカナンだったが。

「シア!」

 詩亜は糸が切れた操り人形のように噴水の中で崩折れた。名を叫んで駆け寄るレインウォード。カナンはその声にはっとしたがもう遅かった。

「……っ。だ……いる……か!? な……つ……っ!」

「こ……す! か……へや……!」

 祭壇を挟んで向こう側の壁が崩される。明かりが差し込んできた。カナンはちっと舌打ちをして身構える。

「侵入者だ! 取り押さえろっ」

「了解!」

 なだれ込むようにして数人のヒトが隠し祭壇の間へと入ってきた。剣を抜いて近づいてくるヒト。カナンは緊張した面持ちで、後ろで倒れている詩亜と、それを揺さぶるレインウォードの二人を庇うようにして前へと出る。

 カナンにランタンの光を当てて容貌を見た先頭にいた男は、その長耳をみる。

「……エルフ、か?」

「ケイト兵長、ここは私が」

「ああ。頼む、イアン」

「?ahimik。nai、ahihsataw」

「nuuf。僕以外にもハーフエルフがいたのか、それとも覚えたのか、どっちかな。イアンさんとやら」

 エルフ語で話しかけてきたイアンにヒトの言葉で返すカナン。そんなカナンを見てイアンは目を少し大きく開く。

「どうやら話せるようですね。出過ぎた真似をしました」

 すっと頭を下げて後ろに下がるイアン。

「いや、いい。ヒトの言葉を話せるエルフの方が珍しいのはたしかだ」

 ケイトはそう言って剣を納めると、後ろにいる者たちにも武器をしまうように手で合図をする。

 どうやら今すぐにここで戦闘をする、というわけではないようだ。カナンは気づかれないようにほっと息を吐く。

「ここでなにをしているのかな。エルフの坊や。ここは一つの神殿が管理する聖なる場所だ。どうやってここに入ったのか教えてもらえるかな」

「enaas。当ててみたらどうかな、おじさん」

「わからないから聞いているんだがね。俺たちも手荒な真似はしたくないんだ」

「eeh。一般市民を脅すのが裏の神殿騎士のやりかたなんだね。おーこわ。そんなに睨まないでくれないかな。僕はまだ子供なんだからさ」

 なるべくにっこりとした顔を崩さないようにして話しかけるケイト。だが、カナンはそんなことは知るかといったふうに憎まれ口を叩いた。

 だが、カナンは内心でいっぱいいっぱいだった。どうにかしてこの状況を打開しようと考えを巡らせるが、なにもいいアイディアは浮かんでこない。

 カナンの言動に怒りを表した、ケイトの後ろに控えているイアンを含めた四人の神殿騎士は、それぞれの得物に手を置いた。それを見たカナンはここまでかと降参のポーズをとる。

 ゆっくりとカナンに近づいて縄をかけて縛り上げるイアン。

「uuf。そこの隠し通路から入ったのさ。痛いからあまりきつく縛らないでくれるかな」

「これでも緩めなんですよ。我慢しなさい」

「iahiah」

 そんなやりとりをしつつ、おとなしく縛られているカナンは後ろへと向かう神殿騎士に視線を送る。一人がカナンの脇を通って後ろにいる詩亜とレインウォードの下へと向かう。

「兵長! こいつらあの時の二人組みです!」

 薄茶色の髪色のロズがケイトを見て言う。カナンは身じろぎをしたが、縄がきつくなるだけでなにもできなかった。

「ほう。あの時の。それはそれは懐かしい再会だな。たしか男の方はレインウォード、といったか」

「いてて。覚えてくれているとは光栄だな。盗賊のお頭さんよ」

 カナンと同じくおとなしくしていた方がよいと思ったのか、レインウォードもされるがままに縛られていた。こちらは容赦なくきつく。

「はは。盗賊か。まあ、似たようなことはしている自覚はある。が、それはいい。……なぜここに来た。この隠し部屋がなんなのか知っているのか」

「さあね。知っていても教えるわけがないだろ」

「いつまでもそうしていられるかな」

「兵長。この女、気を失ってます」

 倒れている詩亜の首元に手を当てて脈があるか確かめるロズ。詩亜は冷たい水に全身を濡らされて、少し唇が青くなっていた。

「丁重にお運びしろ。間違っても傷つけるなよ」

「了解」

 ロズが全身濡れた詩亜を横抱きにして持ち上げる。レインウォードはそれを見て眉を寄せて歯噛みをするが、それをしても意味ないことを知っていた。どうすればこの状況を打開することができるのか考える。

「お前達には一つの神殿へ来てもらう」

「へいへい。お供しますよ。兵長さん」

 だがせいぜいこんなやりとりをするくらいしかできない。遺跡を出ればもう逃げられる機会はほとんどないだろう。この暗い遺跡の中でなんとかしなければならない。縛られて立たされて、レインウォードとカナンの二人は歩かされる。

 祭壇の横を通り過ぎようとした時、レインウォードとカナンの目があった。

「天に轟く竜の咆哮、セ=リィ=シスカ!」

 カナンは小声で素早く詠唱した。

 唱えたのは対象を頭上から雷で打ち抜く魔法だ。落ちた雷は神殿騎士ら、ではなく、祭壇に当たる。

 ガガガガ、とゴロゴロ、が混ぜあったような音がして祭壇がボロボロに崩れていく。

「小僧!」

「うっ……」

 その魔法を唱えたのがカナンだとすぐに気づかれて、イドに頬を殴られて吹っ飛ぶ。その時カナンの懐に小石が入った。カナンが吹っ飛ぶその間に、レインウォドはブーツに仕込ませてあったナイフで両手を縛っていた縄を切ると、詩亜を横抱きにしているロズに体当たりをした。

「うわっ!」

 その衝撃で詩亜は床に落とされる。そして痛みを感じて気づいたのか目を覚ました。レインウォードはそんな詩亜に外傷はないかとくまなく全身を見る。それは杞憂だったようで、とくに傷があったりはなかった。

「ん……。えと、な、なに?」

 状況が掴めていないのか、半起きの状態で起きている異常な様子を見て不安気になにかを探すように目線を動かす。そして、それはすぐに見つかる。目的のものを見つけたのか、それをみて叫んだ。

「レイン!」

「シア」

 レインウォードも詩亜の名を呼ぶ。目を覚ましてよかったと笑いかけるレインウォードに、詩亜もにっこりと笑顔で答える。そして、立ち上がらせると、二人は手を繋いでカナンの下へと走った。

 だが、ケイトたちも黙っているわけがない。すぐさま状況を把握して思い通りにさせまいと、得物を抜いて威嚇する。カナンとの間に立たれたため合流ができず、詩亜らも囲まれた。

 どうすることもできないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 そこへ、間延びした声が広間に響いた。

「これはこれは。皆さんお揃いでどうかされたのですか?」

 ソルトだった。

 錬金術師のソルトとは錬金術の国アルミッスト以来だ。久々に見るその顔は、にこにこと掴みどころのない笑顔を振りまいている。

「お前は錬金術師の! 邪魔だ、来るな!」

「そうは言われましてもねえ。ここは、昨日見たときは気づきませんでしたが、隠し広間ですねえ。どうやって見つけたのですか? わたし、とても興味がありますよ」

「うるさい! 黙れっ」

 ロズが黙らせようと声を張るが、ソルトには効いていないようだ。イライラと空気を読まないソルトに場を乱されて、おかしな空気に変わっていく。

 その隙を見逃さなかったレインウォードと詩亜。

 詩亜は早口で詠唱をする。

「怒いかれる大地の隆動は、留まることを知らず、コ=リィ=シスカ!」

 これは指定した広範囲の地面を隆起させて攻撃する魔法。詩亜は神殿騎士らの足元を土属性の範囲攻撃魔法で足元をふらつかせることに成功する。以前と同じ魔法の上位版。

 神殿騎士らを隆起する床に足元をぐらつかされているうちに、詩亜とレインウォードは無事にカナンと合流。そうしてほっとしたところだったが、ケイトだけはすぐに体勢を整えて詩亜らに襲いかかってきた。

「させるか!」

 だが。

「わっ! なに、この光!」

「またか!」

 詩亜、レインウォード、カナンの三人を取り囲む光が竜巻のようにその場で荒れ狂う。そこへ飛び込んできたケイト。四人はすぐに光の竜巻に飲み込まれた。

「兵長!」

 あまりの眩しさに目を開けていられなかったが、光が収まった頃には、詩亜ら四人の姿はどこにも見ることはできなかった。

「おお。これはすごい。消えちゃいましたねえ。彼らはどこにいったのでしょう」

「知るか! ったく、あんたが来たせいで台無しだ! 兵長もいなくなっちまったし。こうなったら一度神殿に戻るしか……ちっ」

 赤髪のイドが舌打ちをする。

「それにしてもすごいですねえ。さっきのは雷でした。四段階の風魔法を見るのは実は初めてなんですよ、わたし。そしてあの光。あれも魔法なんでしょうか。知的好奇心を刺激されますねえ」

「はあ。そうかよ」

 大変なことが起きた。だが、あまりにもマイペースなソルトには、それすらなんでもないような、そんなとぼけた空気を出されて皆を脱力させた。

「計算ずくなのか、ただのとぼけた男なのか。どちらにせよ私たちの二度目の大失態ですね」

 イアンは無表情でソルトを見て呟いた。

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