レイニィウスの泪 第十七話
魔法国マレニデルム。温暖湿潤気候で四季がはっきりと分かれており夏は比較的雨多い。今は秋なのか、木々が紅葉し彩が鮮やかだ。この時期になると観光客が多く来るようで、王都マレニデルムでは道の端に座り、紅葉をスケッチしている人々でいっぱいだった。
王都の中央通りを辻馬車に揺られながら、詩亜は日本の紅葉を思い出しつつ回りの木々を観賞している。
「綺麗だね」
「ああ。この時期に観光客が多い理由がわかるな」
「eeh。黄色から赤まで葉の色が変わるんだ。レィナ・セでは見られない光景だね」
語詩亜とレインウォードとカナンの三人は、窓からの光景を眺めつつ、ここでの目的をたしかめる。
「etas、爺の甥を探すんだけど、魔法図書館はどこかな」
「うーん。あ! あそこ見て。地図の看板があるよ」
御者に降りることを伝えた三人は、詩亜が見つけた王都の観光マップを見る。
「そうだな。この中央通りをまっすぐに行き、二番目の区画の角か。ここからそんなに遠くはないようだ。だがまずは宿屋の確保だな」
「うん。宿屋は、あ、ちょうどここら辺宿が多いわね。あ、私あそこの宿屋がいいな」
詩亜が指し示した宿屋は、白と青を基調とした外観だった。値段とセキュリティさえしっかりしていればどこでもよかったレインウォードとカナンは、ならば行ってみるかと三人でその宿屋へ向かうことにした。
中へと入り、カウンターへと行き価格を確認してみると、一泊一人一〇銀貨で、中級の宿屋の価格の適正範囲内だった。ロビーは落ち着いた雰囲気で三人はここに決めることにする。
部屋を二部屋とった三人は、長旅で疲れた衣服を着替えてくると、さっそく魔法図書館へと向かうことにする。
「魔法図書館っていうくらいだから、魔法書がたくさんあるんだろうね。新しい魔法覚えられるといいんだけどな」
「nu。そうだね。僕も水と風の魔法は五段階までできるけど、旅するなら火の属性も覚えておきたいかな。あと、これはエルフの知識なんだけど、属合魔法っていうのがあるんだ。はるか昔から伝わるもので、他属性と掛け合わせることができて強力。覚えておいて損はないけど、成功させるにはヒトだと何十年もかかるらしい。僕も水と風の属合魔法が使えるけど、五〇年かかった」
「ご、五〇年! 名前だけは知ってたけどそんなに難しいんだ……。私もそのくらいかかるよね。あ、でもヒトだからもっとかな」
「ayi。シアならすぐにでもできるんじゃないの。涙の乙女なら全属性の五段階扱えるし、属合魔法は二つ以上の魔法の五段階ができることが必須だから」
「へえ。俺はできても火魔法の二段階までだからな。せめて三段階までできれば剣に炎を纏えたんだが……まあ、ないものねだりはいいか。俺は乙女について調べるから、シアは甥に会って話を聞く、カナンは魔法書で魔法を覚える、でいいか」
「そうね。それがいいかも」
「aam、僕もそれでいい。役割分担は大事だからね」
着いた建物を見上げると、年代を感じさせる茶色いレンガ壁の古い外観で、どっしりと構えた大きな大きな図書館だった。
「静かね……えっと、たしかおじいさんの甥は館長かな。受付に行って聞いてみよう」
魔法図書館の中へと足を踏み入れた三人は、図書館の独特な匂いと静けさに身を包まれる。詩亜はこの匂いが好きだった。まるで大好きだったお祖父さんといるような雰囲気に包まれるからだ。お祖父さん子だった彼女は、よく子供の頃に絵本を読んでとせがんでいたのを思い出す。
「すみません、館長さんに会いに来たのですが、いますか?」
「こんにちは。館長は……そうですね、現在館長室にいるようです。ですが、失礼ですが貴方がたは?」
タブレットによく似た端末を操作しながら受付嬢が答える。やはりいきなり来て会わせろでは駄目かもしれないが、一応、魔法図書館に来た理由をレインウォードが話す。
「俺たちはエルフの国、レィナ・セから来た。前王から、甥がこちらで館長をしていると聞いてきたんだが、なにか話は通っていないか」
「エルフの……ええ。一件ありますね。なにか証明するものはありますか」
「証明? そうだな……」
「a。シア。それはどう。爺から貰った指輪」
「ん? あ、そうね。すみません、これを見てもらっても? 前王から貰った指輪なんですが」
「拝見させていただきます。……これは、裏に前王の名が刻まれていますね。そしてこの刻印。作成はドワーフの王で間違いないようです」
語詩亜が貰った空間圧縮魔法の施されている瑠璃石の指輪は、ドワーフの王が作ったものだったらしい。返してもらった指輪を大事にしないと、思いながらはめなおす。受付嬢は目利きもいいらしい。
「少々お待ち下さい。……これをどうぞ。関係者のみが入れる階の通行証です。これを警備に見せればいけますので」
「ありがとございます」
詩亜が渡されたプレートには、許可証、と書かれていた。
通行証を受け取った三人は、それぞれの目的のために一旦別れることにする。
「それじゃ、私は館長さんに会いにいくね」
「ああ。一刻後に集まるか」
「nu。そうだね。その頃には僕も魔法訓練室から出るよ」
魔法図書館には魔法の訓練設備も整っていた。カナンはその部屋を利用して属合魔法の訓練をするつもりらしい。
さっそくカナンはやる気があるのか、すたすたと魔法関連の棚へと向かっていった。
「あとで宿屋に戻った時に今日のことを話そう」
「うん、わかった。じゃあレインまた後でね」
詩亜は二人と別れた後、受付嬢に言われたとおりに通行許可証を警備に見せて、関係者のみが入れる階に来ていた。
三階のつきあたりに両開きの扉があり、扉の上には館長室と書かれたプレートが掲げられている。
こんこんとノックをすると、中からしわがれた声が聞こえてきた。
「開いてますよ。どうぞ」
「失礼します」
館長室の中へと足を踏み入れた詩亜は、部屋の中をざっと見渡した。
入って右側に接客用のテーブルとソファがあり、左側には壁一面に本が並べられている。そして館長席もそこにあった。
「ようこそ。君がシアくんだね。話は叔父から聞いているよ。そうだね、とりあえずはそちらの席へどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
館長はベルをチリンと鳴らすと、数分後に紅茶をトレイに乗せた女性が入ってきて、接客用のテーブルに置いて出て行った。
「あの、どうして私がシアだとわかったのですか」
「聞いていた通りの容姿だったからねえ」
館長も接客用の席へと座ると、出された紅茶を一口飲んでから話し出した。
「遠路はるばる魔法国までようこそ。魔法図書館の館長、エルフ国レィナ・セの前王カカンナカルの甥でカルナリスタという」
「はい。こちらこそ急にお邪魔してすみません」
「いいや。それは構わないよ。それで、わたしに会いに来たのは、至竜レイニィウスの涙である乙女についての話を聞きに来たのだね」
「はい。助言をいただけると聞いて来ました」
老いで長く垂れ下がった耳をぴくぴくさせながら、カルナリスタは大きく頷く。
「そうだねえ。まずはどの程度知っているのかの」
詩亜はそう尋ねられて知っていることを思い出す。
知っているのはこの世界の歴史と乙女が誕生したあたりの話、魔法全て難なく使えること、神殿には行くとということ、くらいだろうか。
掻い摘んで説明をすると、ふむふむとずれた眼鏡の位置を直しつつ相槌をうつカルナリスタ。
「そうだのう。ちょっと待っておれ」
「はい」
そう言うとカルナリスタは本棚へと向かい一冊の本を取り出した。それを持ってきてテーブルの上に置くと詩亜のほうへすすと差し出される。
「この本は?」
「それは知る本という名の本だ」
「知る本?」
本のタイトルとしてはどうかと思う名だ。詩亜はとりあえず表紙を捲ってみると、目次を見て目を見開く。
「これ……」
「驚いたかの。それは本を開いた者の知りたいことを教えてくれる便利な魔道具なのだよ。その本に、知りたいことを念じながら開けば、導きの文面が浮かび上がるのだよ」
目次に書いてあったのは、元の世界に帰る方法、だった。詩亜はごくりと唾を飲み込んで、そっとページを捲る。元の世界に帰る方法。それは。
第一、この世界を巡ること。
第二、来た場所へと赴くこと。
第三、乙女の記憶を視ること。
第四、この世界の障気をなくすこと。
第五、至竜レイニィウスの目を覚まさせること。
書かれていたのはその五つだった。この中で実際にやっていることといえば、第一くらいだ。第二もできるだろう。だが、その他はどうすればいいのか。詩亜は思い悩む。
「その本は開いた本人にしか読めぬのだ。なにが書いてあったのかな」
「五つあって……。第一、この世界を巡ること。これはもうやっていると言っていいと思うんです。あとは、第二、来た場所へと赴くこと。これも場所はレインウォードに、あ、彼は私の素性を知っている旅の仲間なんですが、彼が連れていってくれると思います。次に、第三、乙女の記憶を視ること。そして第四、この世界の障気をなくすこと。あと、第五、至竜レイニィウスの目を覚まさせること。この三つがどうしたらいいのかわからなくて……」
「ふむ。その本の通りにしていれば、おのずと導かれていくはずだろう。まずは来た場所へと赴くことというのを試すべきだな。心当たりがあるのならば向かうべきだろう」
「ですよね。行けば他のことについてもわかるのかな」
「その本は嘘をつかぬ。大丈夫だろう」
大丈夫だろう。その言葉に少し安堵する詩亜。もう一度書かれている文字を指でなぞりつつ読む。まずはカルナリスタの言うとおり、来た場所へ。つまりあの遺跡に向かうべきなのだろう。
だが、この世界に来てもう半年以上。旅にはもう慣れてしまう期間だ。ここまで来るのにそれだけかかったのだ。遺跡に行けるのはレィナ・セに行っていた期間を除いても、もう半年近くかかるはずだ。そうすれば一年。この世界にきてそれだけの時間が過ぎることになる。それに、することだってまだまだあるのだ。
いったいどれだけの時間をかければ元の世界へ、日本へ帰ることができるのだろうか。詩亜はそのことを思うと焦る。今まではどれほどでもなかったが、最近になってようやく、早く帰らなければ自分の居場所がなくなってしまうのではないかと不安になるようになったのだ。
おそらく、失踪届けを出されているだろう。会社だってもう退職扱いのはずだ。家族に心配をかけているし、会社には迷惑をかけている。もう取り戻すことのできない日本で過ごすはずだったのその期間をこちらで過ごしてしまった。
帰りたい。早く帰りたい。日増しに強くなっていくその思いを、詩亜は胸の奥に押し込んでいく。ここでその思いを出してしまえば、きっと泣き叫んでしまう。そんなことはしたくなかった。
自分にできることは、この本に書かれていることをし、一刻も早く元の世界へと帰ることだ。嘘はつかないと言ったこの本を、信じてみようと思う。この本と出会えるようにしてくれてカカンナカルとカルナリスタ。この二人こそ嘘はつかないような気がした。だから、この本の内容を信じてみてもいいはずだ。語詩亜はそう言い聞かせ、少しでもやり遂げる為の勇気を出そうとする。
「あの、この本……」
「持っていくといいだろう。わたしにはもう必要のない本だからの」
「ありがとうごいざます! とても助かります」
こんなすごい本をあっさりくれると言うカルナリスタに詩亜は感謝する。なくさないようにその場で空間圧縮魔法の施されている瑠璃石の指輪へとしまいこむと、だされたお茶に手をつけていないのを思い出し、少しずつ飲み干していく。
「本当にありがとうございました。ここに来てよかったです。エルフの国のおじいさんに、どうぞよろしくお伝え下さい」
「ははは。そんなに畏まらなくてもいいのだよ。わたしも君に会えてよかった。叔父にはちゃんと伝えておくからね」
「はい。では、私はこれで失礼します。お仕事中にお邪魔してすみませんでした」
「いいのだよ。道中気をつけていきなさい。そして、この世界を嫌わないでくれると嬉しい」
「嫌いになんて! 私、好きですよ。この世界。出会った方々は優しくて」
「そう言ってくれると助かるよ。では、もう行きなさい。君の旅に幸多からんことを……」
カルナリスタはそう願って語詩亜を見送る。その表情は、慈しみと悲しみがない交ぜになったような、複雑な様子だった。そして小さく呟く。
「わたしに書かれていた内容は、君に知る本を渡すこと、だったのだよ」
それから。
詩亜は許可証を返却すると、空いた時間で読書を楽しむことにした。
この魔法図書館はその名のとおり、魔法のある図書館だった。不思議なことに、本が飛んでいるのだ。本棚から別の本棚へ。返却棚から本棚へ。すうっと飛んでいる本を捕まえて読むこともできる。そのとても不思議な空間に語詩亜は心躍った。先程までは沈んでいたが、すぐに気持ちが切り替わるのは良い長所の一つだ。
「すごい。本が飛んでる」
あちらこちらを飛んでいる本を見上げて感嘆の声をあげる。しばらくそれらを見つめていたが、そういえば本を読もうとしたんだったと思い出し、詩亜は空いている席を探して歩く。
「あれ、あそこにいるのってレインだ」
角の席に座り本を読んでいるレインウォードを見つけ、くすりと笑う。あんなに落ち着いた雰囲気で本を読む彼を初めて見たので新鮮だった。何の本を読んでいるのだろうかと疑問に思った詩亜は、そうっとそうっとなるべく気配を消して近づく。
「もう甥っ子との話は終わったのか」
だが、後ろから近づいていたのだが、すぐに気づかれてしまった。
「あ、うん。さっき終わったところ。なにか読もうと思ったんだけどレインが見えたから。なに読んでるの?」
気配を殺していた不自然さを払拭するように、詩亜は早口で質問をする。
質問を受けて、レインウォードは本の表紙を見せる為に閉じる。そこには至竜レイニィウスの乙女たち~四番目の乙女~と書かれていた。
「これか? これは四番目の乙女のしたことが書かれている歴史書だ。まあ、歳月が経ちすぎているからな。本当かどうかはわからんが」
「ふぅん。そういえばレインは乙女について調べるんだったものね。私も暇になったから手伝うよ」
四番目、という言葉に首を傾げる詩亜だが、レインウォードは気づかずに本棚を指し示した。つられて詩亜はその棚の前へと向かう。
「ならそこの棚の上から三番目の右から。このタイトルの本を読んでいってくれ。今までにいた乙女たちのことが書かれているんだ」
「え、乙女って何人もいるの? 私と昔レイニィウスの涙から出た乙女の二人だけかと思ってた」
「俺もそんなに詳しくないが、どうやら何人も歴代の乙女がいたらしいぞ」
「そうなんだ。なんか、すごいね……」
語詩亜が同じタイトルの本を数えてみると十三冊あった。乙女は十三人いたということになる。自分を足したら十四人。いつか、自分もこの本に書かれている乙女たちのように、本に書かれることになるのだろうか。
歴史の中に現れたという乙女たちはどこから来て、どこへ帰っていくのか。その場でパラパラとページを捲った詩亜は、ぶるりと体を震わせた。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「え、あ、ううん。大丈夫。多分貧血なだけ。それよりも、乙女って過去に十三人もいたんだね。もっと希少な存在だと思ってた」
「まあな。俺もそれには驚いた。何人もいることは知っていたが、正確な人数はな。それだけ座学をさぼっていたということだが……まあそれはいい。で、読むんだろ」
「うん」
レインウォードの隣の席に座った語詩亜は、手に持っていた十一番目の乙女について書かれた本を読み始める。
至竜レイニィウスの乙女。涙から生まれた乙女は青月になったその後、魂は輪廻し三人の神官の祈りに導かれ、一つの神殿へと降り立つ。
その乙女の名はユキハ・シイナ。歴代の乙女らと同じ黒目黒髪の乙女だった。彼女の功績は二つある。
一つは、錬金術の国アルミッストを建国した。
二つは、アルミッストの周辺を覆っていた障気を薄めることに成功。
それらのことが詳細に憶測も含めて書かれていた。
そして続いて十二番目の乙女の本を読もうとしたが、その隣の十三番目の乙女の本が他のものよりも薄いことに気づく。手にとって読むと、そこには、予言をしたことについて書かれていた。
以上である。過去の乙女たちの功績より少ないが、この予言はとても素晴らしいものだった。それは、十四番目の乙女について。
十四番目の乙女は輪廻の海から流されて、世界を超えて誕生する。その乙女、多くの魂を救い、至竜レイニィウスの魂をも慰めるだろう。そして神は目覚め、世界に安寧をもたらすだろう。
まだ現れぬ十四番目の乙女。未来を視た十三番目の乙女は、そう言葉を残して輪廻の海へと還っていく。
残した遺体、聖遺物はとても安らかな微笑みを浮かべていたという。
「十四番目……。私、よね」
そういえば、カルナリスタから受け取った知る本にも、世界から障気をなくす、とあった。そして、至竜レイニィウスの目を覚まさせる、とも。そんな大それたことが自分に出きるかはわからないが、それらが元の世界へ帰る方法だというのならば、やらなければならない。詩亜は、ごくりと唾を飲み込んで、本を閉じた。
「ユキハ・シイナ。この名前、日本人、よね」
十一番目の乙女は詩亜と同じ日本人なのだろうか。漢字は椎名雪葉あたりか。詩亜は本のタイトルを指でなぞりつつ呟く。
もし同じ日本人ならば、帰れたのだろうか。いや、帰れなかったのかもしれない。魂が輪廻の海に還るまで、と書かれていた。それはつまり死んだということではないか。帰れずに、この国の王の側にいたのかもしれない。死ぬまで、ずっと。
そして、死ぬ間際に予言。彼女にはなにかが視えたのだろうか。私のことがわかったのだろうか。だけど、私はまだ自分のことがよくわからない。自分自身のことなのに、なにもわからないのだ。できることといえば、魔力を底なしで五段階まで使えるということのみ。それがなんの役に立つのか。戦いでくらいしか役に立てないのに。
ただ、提示されたことをそのまま鵜呑みにして前に進んで行く。それだけでいいのか疑問に思う。さっきまでは知る本の通りでいいと思っていたのだが、この本を読んで、少しだけそれ以外にもなにかできることがあるのではないかと詩亜は思ったのだ。
「なにかわかったのか」
横から声がしてはっとなる。ぱっと顔を上げて横を見れば、頬杖をついて詩亜を見ているレインウォードがいた。
「え、あ、なに」
「なにかわかったのかと聞いたんだが、どうかしたのか」
「あ、ううん。なんでもない。わかったというか、これ見て」
詩亜はさっきまで開いていたページをレインウォードに見せる。そのページを読んだ彼は、眉を寄せている。
「シアのことか、これは」
「わからないけど、たぶんそうよね」
すると、席を立ってレインウォードは乙女について書かれている本棚へと向かう。そして、残りの十一冊を次々にパラパラと捲り流し読みしている。その様子を詩亜が見守っていると。
「シアについて書かれているのはその本だけだな。あとは何番目の乙女が何々をした、とかそういうのばかりだ。十三番目の乙女には先読みの力があったのかもしれんな」
「先読み、つまり未来がわかるってことよね。あ、それとね、この名前なんだけど。私がいた日本という国にいそうな名前なのよね。もしかしたら同じ国から来たのかもしれない」
「そうなのか」
「うん。たぶんだけどね」
「een。なにをそんなに考えてるの」
二人で考えていると、背後から声がした。
「あ、カナン。もういいの?」
「nu。なんとかコツはつかめたよ。詳しく載っていた魔法書があったからね。ハーフエルフの僕ではわからない、遙か昔のエルフが使っていた属合魔法。僕がハーフだってことで、半ば強引にだけど閲覧許可もらったんだ」
少し自慢気にしているカナンは年相応で微笑ましかった。
「ed、なに。……ええと、ふぅん。……へえ。そうなんだ。この十四番目って、シアのことだよね」
「やっぱりカナンもそう思う?」
「enaam。ところでシアはなにか爺の甥っ子から話は聞けたの」
「あ、うん。それがね……」
「待て。その話は宿屋へ行ってからにしよう。ここで得る情報はもうないようだし、本を戻して帰るぞ」
「わかった」
詩亜が答えようとするが、レインウォードの一声でこの場で話すのはやめる。
本を戻すと、三人は宿屋へと戻った。魔法図書館はとても静かだ。小さな話し声でも誰が聞いているかわからない。一応、十四番目の話をした時には気配がないか探っていたが、カナンが来たあたりから少し人数が回りに増えたようで、レインウォードはそれを警戒して戻ることにしたのだった。
そして。
「eeh。シアと同じ国のヒト、ねえ。言われてみれば、たしかに似たような名前だね。他の乙女の本にはなかったの」
椅子に座りながらカナンがレインウォードに問う。カナンは器用に椅子の後ろ足二本でぐらぐらとさせながら座っていた。
「ああ。見てみたが、シアとユキハ以外では俺たちのような名前ばかりだった」
「nuuf。だけどシアを含めての二名だけじゃ、繋がりがあるのかわからないね。僕の知識にも乙女らが同郷だという情報はないし」
「たまたま偶然、なのかな。気になるけど」
「今話してても仕方ない、か。で、だ。俺のほうの成果はまあ、今話した通りで、あとは乙女たちそれぞれの功績が書かれているだけだった。特にめぼしい情報はなかったな」
お次をどうぞ。といったふうに、レインウォードは掌を見せる。それを受けて次はカナンが口を開いた。
「aaj、次は僕かな。属合魔法だけど、あれ、かなり精密に魔力を練らないとできないみたいだ。その辺のさじ加減がかなり際どい。下手すると体内で魔力石ができかねないね」
「魔力石っていやあ、かなりの魔法使い、それも宮廷に仕えているような者でないと作れないだろ。魔力そのものの塊。魔力回復薬として使えるが、緊急時のみの使用でそれ以外は保管庫に厳重に保管されてるほどだ。使い方を変えれば、爆弾にもなるものなんだ」
「MP回復薬を自分の魔力で作るってことなのかな。それを平時から貯めておけば、なにかあった時にその魔力も使えるのね」
「え、えむぴー? まあ、だ。使用許可が下りるのは貴族でも伯爵以上の魔法使いと宮廷魔法使いだけだ。それと……他に作れるとしたら三人の神官か」
「うーん。魔力を練る、ねえ。……ねるねるねるね~って、あ、あれ?」
詩亜はとにかく魔力を練る、ということのみを考えて両手を握る。すると、物質感を拳の間にあるのがわかり、開いてみると、そこには直径三センチメートルほどの、透明のガラス球のようなものがそれぞれの手の中にあった。
「え、ねえ。これって」
「nn。魔力石、だね。やるじゃんシア」
「やるじゃんってお前、そんな軽く言えることじゃないぞ。シア、それは簡単にできるものなのか」
「ええっ、んーと。……あ、できた」
レインウォードに促されて再度やってみると、同じ大きさのガラス球がもう一つ。もうひとつ試すとまた一つ。
計三つになったガラス球を見て、レインウォードは頭を抱えた。
「それ、人前でやるなよ。でないと監禁された上で魔力石の製造するだけの暮らしになりかねない」
「え! そんなのやだし。わかった。もうやらない」
頭をぶんぶん振ってやらないと決めた語詩亜。隣のカナンは興味深そうに魔力石を見ていた。
「aam。それはいいけど、ところでその魔力石、どうするの。ちょうど三つあるんだし、それぞれ一つずつ持っておかない? なにかがあった時のためにさ」
三人は詩亜の手の中にある三つの魔力石を見る。たしかにこの先なにがあるかわからない。強い障魔に出会ったときには爆弾のように使うこともできる。お手製の手榴弾にもなる魔力石は、三人の手に余る物だが、そう考えると持っていてもいいのかもしれないと三人は思った。
「そうだな。だがあくまでも緊急時のみ、だぞ。そんな危ない物、他人に見られたら大変だ」
「うん」
詩亜はレインウォードとカナンに一つずつ手渡す。それを嬉々として受け取ったカナン。おそるおそる受け取ったレインウォード。二人の反応はまったく異なっていた。




