レイニィウスの泪 第十六話
ケルネスカとラスティ、そしてソルトの三人は、ドワーフの国レィコ・シィナへと来ていた。
レィコ・シィナは岩山を削ってできている国で、ドワーフたちはその鉱山の中で暮らしている。年中温暖で春のような陽気。鉱山入り口の広場には色んな花木があり、綺麗に咲き誇っている。その中で休日は酒盛りをするのがドワーフたちの楽しみの一つだった。
「いやあ、ドワーフの方々はお盛んですねえ。うんうん。実に楽しそうですよ。わたしも混ざりたいところです」
「あたしには、日中から呑んだ暮れている中年親父にしか見えないけどねえ。混ざるんじゃないよ」
「僕の目にもそう映ってるよ……」
嬉々としてドワーフたちの酒盛りに混ざろうとするソルトの襟をつかんだケルネスカは、溜息をつきながら引きずっていく。酒盛りの邪魔をしないように端を歩きながら、鉱山の入り口へと向かう。
だが、酔っ払いのドワーフに声を掛けられて、立ち止まるしかなかった。
「おうおう。あんさんらも混ざらんか。こんなにいい天気だ。しかめっ面は似合わんよ穣ちゃん」
「あたしらは先を急ぎたいんだが」
「いいじゃないですかネス。こうして同じ酒を酌み交わす。そうしたらもう友と同じですよ。ここはドワーフの皆さんと友になりましょう」
「ぼ、僕はまだ酒を飲んだことないんだけど……未成年だし」
この世界では、国々にもよるが、ハーシュベルツ国出身のラスティは十五才。成人するにはあと一年足りなかった。十七才のケルネスカは立派な大人の仲間入りである。
「なあに。たった一年だ。大して変わらんよ坊主。ほれ、飲んでみろ。うんまいぞお」
「あ、ちょっと! 弟に飲ませようとするんじゃないよ!」
「あっ、姉さん! 駄目だよっ」
未成年のラスティが無理やり受け取らされたコップを奪い、ごくごくと一気飲みをするケルネスカ。それを見たドワーフたちはやんややんやの大騒ぎ。
「いいぞお穣ちゃん! ほれ、もう一杯だ」
「いい飲みっぷりだねえ!」
「ふん! まかせな。このくらいの酒で酔うあたしじゃないよっ」
一気飲みをしたケルネスカはすでに真っ赤。
そんな様子の姉に声を掛けるラスティ。
「姉さん、もうやめたほうが……」
「なんですてえ! あたしに酒を飲むなっていったのラスぅ。そんなこというお口はいけないお口ですねえ! こうだ!」
「いだ! いててててっ。ちょ、姉さん! やめて。痛いっ」
「こらあ! そこへ座りなさい! あたしが酒のなんたるかを教えてあげようじゃないかっ」
仁王立ちになって酒樽へコップを突っ込んで、それを飲みまくる姉。ラスティはあああ、と頭を抱えた。ラスティの頬をぐいぐい両手で引っ張りまくる。やめてと言われてもやめてくれない姉。
ラスティは肩を落としてケルネスカのわけのわからない、支離滅裂な説教を受けることになった。その様子がおかしいのか、ドワーフたちはガハハと笑い転げる始末。それをにこにこと笑いながら見守るソルト。その手にはジョッキが握られていて、何杯飲んだかわからないその笑顔は、宗教の教えを説く慈愛溢れる神父のようだった。そんなこんなのその場所は、死屍累々、または地獄絵図のようだ。
「だから駄目だって言ったのに……。はあ、姉さん、飲むと酒乱になるからな……はあ」
弟の苦労はまだ始まったばかりだった。
「で、あたしがそんなことしたって? 馬鹿言うんじゃないよ! そんなことあたしがするはずないじゃないか。夢でも見てたんじゃないのかい」
「ほらね。本人は覚えてないときた」
昨日のどんちゃん騒ぎをきれいさっぱり忘れていたケルネスカ。彼女のすごいところは、どんなに醜態を曝しても、次の日にはすっかり忘れてしまうところだった。
弟がどんなに頬を腫らしていても、それを姉にやられたと言っても、当の本人は覚えていないのだ。本当にはた迷惑な酔い方だった。
「もういいよ。で、気分はどう。気持ち悪いとかある?」
「はあ? そんなのあるわけないじゃない! だいたいあたし、酒なんて飲んでないし」
「……これだよ」
がっくりと肩を落とすラスティ。
もはやなにを言っても無駄だと思ったラスティは、首を横にぶんぶん振ると、もういいよ、と言うのだった。
「さてさて。わたしたちはこうしてドワーフの国レィコ・シィナへと来たわけですが、なぜ来たかといいますと、この祭壇の石から感じられる微量の魔力の残滓を調べてもらいに来たというわけなのですよ」
姉弟のやりとりが終わるのを待っていたのかなんなのか、ソルトは間延びした声で今回の旅の目的を説明しだす。一応、詩亜らを見送ったあとに説明を受けたのだが、もう一度確認するためなのか再び聞くこととなった。
「微量の残滓ねえ、たしかにあたしにもわかるわね。ヒトの魔力とは違うなにかの魔力っていうか……ああもう。なんて言ったらいいかわからないよ。だけどこの魔力を感じると、不思議と安心すんのよ。わけわからない」
「そうだね。うん、たしかに安心する。なんでだろ」
「それを調べにきたのですよ」
「じゃあ、ちゃっちゃと調べちゃいましょ」
ケルネスカとラスティとソルトの三人は、昨日お酒を酌み交わしたドワーフの内の一人の家に泊まらせてもらっていた。
ドワーフの家は小さい。なにせ背丈が大人でも身長一五〇シィあれば高いほうなのだ。なのでベッドもそれサイズに合わせられており、ラスティにはとても窮屈だった。彼は身長一七〇シィある。ベッドから足をはみ出していたのを姉のケルネスカに見られ、絶賛酔っ払い中だった姉のツボにハマったようだった。
だがそれを言うならソルトなんてもっとひどかったのに、とラスティは思った。だって彼は一八〇シィ以上ある長身だったのだから。別に羨ましくなんかない。絶対に。昨日の自分が勝手に脳内で背比べしたのを思い出して、なんだかむかむかしてくる胸の内をなんとか追いやったラスティは、泊めてくれたドワーフにお礼を言って家を出た。
「どうするソルト。闇雲に聞きにまわっても時間が消費されるだけだけど」
「大丈夫ですよ。わたしの知人がいますからね。ええと、たしかこちらの方角だったような気がしますよ。ええ。んー、やっぱり違いますねえ。あちらのほうでした。では、いきましょうか」
こんな道案内はいるのだろうか。ラスティはソルトの案内でまわることに不安を覚えた。
「なんか不安になってくるな」
それは姉も同じだったようだ。
「さてさて、こちらですよ。この家に私の顔なじみが住んでいます」
コンコン。
軽く扉を叩くと、なんでい! と、威勢の良い声のドワーフが出てきた。ソルトと知人が会うのは数年ぶりだったようで、久しぶりに会うのだと昨日の飲み会で言っていたのをラスティは思い出す。
「おやおや。ゴン。久しぶりに会いましたが、身長がまた縮んでしまったようですねえ」
「ああ? なんだいおめえ。おいらはゴンじゃねえぞ」
「あら。そうでしたか、失礼を。ではゴンはいったいどこの家でしたっけ」
ああ。コイツは駄目だ。ラスティはソルトの評価を駄目だ疑惑から駄目だ確信へと変わったのをたしかに感じた。
ちょうどそこへ別のドワーフが通りかかる。
「おう! なんでい、ソルトじゃねえか」
「おお、ゴン。どうやらお前の客人のようだぞ」
「お。ガハハ。おれっちに用かい。なんでいなんでい。用があるならさっさとこいよな!」
親しげにソルトの肩をポンポン叩くゴン。
ドワーフ自慢の顎鬚を三つの三つ編みで結っているちょっとおしゃれなドワーフだった。
ゴンは長老の一番弟子で、時期長老候補でもある。それはつまり鍛冶の腕も超一級ということだ。ゴンが打ったものはなんでもかんでも特級品。ナイフから剣、お玉から鍋、釘から金属鎧まで。金属製のものならばなんでもござれのゴンの腕は、そこに存在しているだけで国宝級だった。
おまけに面倒見が良く、深い度量を持っているため、他のドワーフからの信頼も厚い。だからこそ、ぽけぽけソルトを相手にしても、ガハハの笑い一つで吹き飛ばせるのだ。なんとも頼もしい男である。
「で、なんのようだい」
家に招かれて、今はゴン宅にお邪魔している。ドワーフサイズの居間は、ヒト三人も入れば少し窮屈で、椅子も小さめなため、居心地は微妙だ。
ラスティは出されたエールを片手にソルトが口を開くのを待った。
「実はですねえ、この石を見てほしいのですよ」
「石?」
「この石ですよ」
懐から大切そうにしまっていた祭壇の石を、布に包んだ状態でテーブルの上に出す。その包みをひらりと開けたゴンは、ううむ。と唸っている。
「この石はどこからでい」
「ハーシュベルツ真南にある遺跡内部の祭壇の石、ということだそうですよ。私の知人の考古学者から渡されたものなのですがね、調べてもさっぱりわからなかったようなので、わたしに錬金術でどうにかならないかとまわってきたのですよ」
「ほお。で、おめえが見ても」
「ええ。わかりませんでした。ただ、変わった魔力の微量の残滓がある、ということがわかっただけでした。ゴン、あなたの知識でなにかわかりませんかね」
困った笑みを浮かべてソルトはゴンに話す。
「わかるもなにも、こいつはおれっちの父ちゃんらが作った小神殿のもんじゃねえか。なんだってこんなもん持ち歩いてんだ」
「え、父ちゃん?」
「おうよ。たしかこれは、いつだったっけかなあ。おお、思い出した。土蜥蜴が産卵期で大量に湧いた日だったぞ。おれっちの父ちゃんが小神殿造りを任されたってえらい張り切ってた。なんでも特別な石を使うんだとかでよう。おれっちにもその石を見せてくれたもんよ。そん時のおれっちは、こんな綺麗な石があるもんなんだとおったまげてた」
エールをぐいっと飲み干してゴンは言う。
「その特別な石ってのはなあ、聞いておどろけ。こいつはな、至竜レイニィウスの骨を粉末状にして混ぜて作った石なんでい。だから神様の石。つまりは神様が発する魔力が籠もった石ってことだ」
「ぶっ! か、神様の骨!? え、でもそれって。え?」
ケルネスカら三人は驚く。ラスティはこっそりエールをちょうど飲んでいたところだったので、少しばかり吹き出していた。
「ちょっとラス! 汚い。そして酒は没収!」
「ご、ごめん」
皮袋から取り出した布でテーブルを拭くラスティ。
「この石はドワーフの作り出したものだったのですね。なるほど。人工物だから配列が……。だからあの公式が……。ふむふむ。ならばあれがこうだから、そうなるのですか。ほうほう」
「なに言ってんの? よくわからないけど、つまり、この石は神様の骨が入っていて、そして感じた変わった魔力ってのは神様の魔力ってことでいいんでしょ」
ゴンの言ったことをケルネスカが反芻して言う。
「でもさ、神様の骨ってことは……」
「この大地の地表奥深くにあるシシエランカでい」
「じ、じゃあ。この大陸がシシエランカってことは、僕たちは本当に神様の上で生活してるってことなの?」
大地が神様とは。ラスティはなんだか自分の立っている大地が恐れ多くて足を床につけるのをやめた。
「ラス。行儀が悪いよ」
「いや、だってさ。こんな話聞いちゃったら足で踏めなくない?」
「それは……だけどそんなこと言ってたら生活できないじゃない。あたしらはここで産まれここで生きてるんだから」
「おう。穣ちゃん良いこというねえ。そうでい。おれっちたちはそのことをよく理解し、深く感謝して生きていかねばならないってことなんだ」
「ですが、わたしたちはそのことを今初めて知りました。なにか話せない理由でもあるのですかねえ」
「ん、まあなあ」
ソルトの言葉にポリポリと顔を掻くゴン。
「これは言っちゃあならないぞ。内緒の話だかんな。……実はよう。今話したのは極秘中の極秘なんでい。一つの神殿にいる三人の神官からよおく口止めされてんだ。なもんで知ってんのは王族や、昔から生きてるおれっちたちドワーフとエルフくらいのもんよ」
ガハハと笑いながら言うゴンに、ラスティは青ざめた。
「ちょ、それ知った僕たちはどうなるの」
「そりゃあ、墓まで持ってくしかないなあ」
二杯目のエールを一気飲みしてゴンはなんでもないように言う。大変なことを知って、いや、聞かされてしまった。あんまりにもナチュラルに言うもんだから、なんでもないように聞こえてたが、この世界の極秘だ。もしそれが知られたら、自分たちの身は危険に晒されることになる。ラスティはぶるりと震えた。
「今まではシシエランカは御伽噺の出来事でしたが、それは事実だったのですね。そうでしたか。ふむふむ。では死してなお至竜レイニィウスは私たちを守ってくれていたのですね」
「守る、ねえ。あたしにはヒトたちが勝手に上に住み始めただけに思うけど。だってさ、このシシエランカの他にももっと大きい大陸があるじゃないか。帝国領がさ。帝国ハイルスベルクなんか、建国九千年にもう数百年でなるってのに」
ケルネスカはふんと鼻を鳴らす。
「おれっちたちはこのシシエランカに住み始めてやっと四千年に届く年月になってきているもんな。まだまだひよっこってことかい」
「事実、そうでしょ。それじゃ、あたしらが信仰してる至竜レイニィウス教ってのは、罰当たりの民しかいないってことじゃないかい」
「身も蓋もないですねえ。たしかにわたしたちは罰当たりかもしれませんが、今すぐ帝国領に行けといわれても困りますしねえ。わたしたちはここで生きていくしかないのですから。それにしても、ネスは以外と敬虔な信者だったようですねえ」
「それがなんだってんだい。悪い?」
「いえいえ。良いことだと思いますよ。わたしもほら。クリスタルのアミュレットを持っていますから」
そう言って、ソルトはクリスタルでできた至竜レイニィウス教のシンボルマークである竜を象ったネックレスを首から下げているのを懐から取り出して見せる。
それを見たケルネスカは、雰囲気が少し和らいだ。
「姉さん、ミサによく参加してたよね。僕はそれほど信心深いわけじゃないから行かなかったけどさ」
「おめえらは良いヒトってことだな。その気持ちを忘れちゃなんねえぞ。おれっちたちはシシエランカを食いつぶして生きてんだからよ」
ゴンの言葉にしんと静まる。誰も異を唱えなかった。
「ねえ、この神殿の祭壇の石、元の場所に戻しにいかない?」
ケルネスカはぽつりと言った。
「……そうだね。僕もそのほうがいいと思う」
「場所は聞いてありますから、行ってみるのもいいかもしれませんね」
「戻しに行くってんならこいつを持っていきな。あそこは一つの神殿で管理している小神殿だ。今はもう使われてないが、なにかあった時のためにも必要だろう」
そう言って、ゴンはテーブルの上に金属プレートを置いた。
「これは、ゴンの印ではないですか。いいのですか? これを持たせるということは、あなたの縁者という証なのでは」
「いいんでい。おれっちはおめえらを気に入った。おれっちも行きてえところだが、仕事があるから行けねえ。だから少しくらいなら助けてやんねえとな」
ゴンがくれるという金属プレートはドワーフそれぞれが持つ印を捺印してあるものだった。印とは家紋のようなものだ。つまり、この金属プレートは、印を持つドワーフに近しい縁者しか持つことはない。あとは例外で長い年月を生きるドワーフに認められた者しか持てない一種の印籠のようなものだった。それを持つということは、なにかあった時、責任を負うということ。たとえ現場にいなかったとしても。ドワーフからの信頼の証なのだ。
「ありがとうございます。ゴンが誇るような者になれるよう、わたしたちは行動をもって示しますね」
ソルトは大切に持ちふところに証をしまう。
「では、わたしたちはさっそく小神殿へと向かいましょうか。ですがその前に、知人を拾わないといけませんね」
「知人?」
「ええ。この石をまわしてきた考古学者ですよ」
◇
緑の天幕。他にある四つの茶色の天幕とは色が違う緑の天幕は、神殿騎士用のものだった。
ここ、カッソ村近くの小神殿にケイト、ロズ、イアン、ルドルス、イドの五人は来ていた。なぜ彼らが来ていたかというと。
「兵長、本当にこの小神殿に乙女に関係するものがあるんでしょうか」
「本当に、とは。神官様が言うんだ。間違いはないだろう」
ロズをじろりと睨みながらケイトは言う。
「ですが、これはあまりにもひどい有様です。もはやなにもない朽ちた遺跡にしか見えませんが」
エルフのイアンの言葉に、それはたしかにとケイトも思った。こんな幽霊でも出そうな薄気味悪い小神殿。今まで打ち捨てられていたというのに、伝書鳥で指令を受けた時は、そんなものあったか? と首を捻ったものだ。
ケイトは自分を含めた部隊五人全員が疑問に思っていることを黙殺していた。誰の顔を見ても、なんでこんな場所に、と思っているのは明白だった。
「これはお前たちに言う必要のないことなのだが、指令書にはこう書かれていた。ハーシュベルツ南、森の中にある小神殿を調べられたし。涙の乙女に関わりあるもの見つけられよう、と。お告げだそうだ」
「お告げ? ですが至竜レイニィウスは……」
イアンが眉を寄せる。
「わかっている。遙か昔にシシエランカとなっていることくらい、この大地に住む者たちならば皆知っていることだ。もっともただの御伽噺だがな」
「指令だからってよう、あの逃がした乙女を探してるってのに、わざわざ俺たちに言わんでもいいだろうに」
ドワーフのルドルスが渋面をつくる。
「なんか、俺たちっていつも貧乏くじ引かされてないか」
腰に手を当てて斜めに構えたイドが肩を竦める。
「たしかに、いつも我々は大物物件からは外されてますよね。それもこれもヤタイ班が上官と懇意にしているせいですけど」
忌々しいといった表情でロズが指をポキポキ鳴らす。ケイト班とヤタイ班は水と油のような関係だった。
「そういやヤタイ班のやつら、あの時の乙女が本物だって言いふらしてるようだぜ。俺たちの探してるのは真っ赤な偽者だってな」
「言わせておけ。そのうち気がつくさ。あの乙女がとんだ女狐だったってことがな」
「どこかで見た顔だと思ってたが、まさかローザだったとはな」
「イドの通ってる花町の女だったなんてな。特徴を聞いていた時はなにごとかと思ったが、花町から失踪した女の特徴と一致していたとはなあ」
「違うのは髪色のみ、ですか。たしか元は赤髪で? 名もアイーダと偽っているそうですが」
「ああ。だがあいつは元は黒髪で乙女捜索を知って、元の黒髪に戻したって言ってるそうだがな」
小石を蹴りながらイドはくつくつ笑う。イドは以前、ローザに袖にされたことを根に持っているようだった。そんな彼女がまさか自分を涙の乙女と偽り、一つの神殿へ行くことになるとは思ってもみなかった。
ケイトとロズがヤタイ班と会った時はちょうど一つの神殿へと戻る最中だったらしく、その時は厚化粧に天鵝絨のドレスに身を包み、どこかの貴族の令嬢のように振舞っていたそうで。イドは鼻に皺を寄せて小石を蹴飛ばす。
「なんだ、構ってもらえなかったことがそんなに気になるのか」
「ちげえ! ただ馬鹿な女だと同情してやってるだけさ」
「あまり入れ込むことはないようにしてください。私たちには本物の乙女がいるのですから」
「本当かどうかはまだわからんがな」
ケイトはイアンにそう言うと茶色の天幕を見る。女が一人こちらへ向かってきた。
「ねえ神殿騎士さん、あたしたちは盗賊じゃないってこと、わかった? 渡したプレートは本物だったでしょ」
「ああ。すまなかったな」
「別に。わかってもらえればそれでいいのよ」
ケイトは金属のプレートを女に返す。そのプレートにはドワーフの印があった。これは間違いなく鍛冶神ボルガの一番弟子、ゴンの印に間違いなかった。本物か贋作かを見極める魔道具を使ったのだから間違いはない。
じゃ、と去っていく女の後姿を目で追っていると、隣で笑い声が聞こえた。
「くくっ、兵長はああいった女がお好みですかい。俺はもうちょっとふくよかなのがいいと思うぜ」
イドがちゃちゃを入れる。
「んなわけあるか! おら、お前たち行くぞ。祭壇の間の調査だ」
「こんなところに手がかりなんてあるんですかね。もう調べつくしてなにもないって話でしょう」
「だがよう、なんにもなければ四つも天幕用意して調査になんか来んだろう。まだなにかあるってことだ」
ルドルスはロズに自慢の髭を撫でながら言う。
「調べてみればわかるさ。さあ、さっさと行くぞ。俺たちはこんなところで油を売ってる場合じゃない。乙女の捜索だって手がかり一つないんだ。さっさと終え、報告したら乙女捜索に戻るぞ」
ケイトはそう言うと、残り四人を引き連れて古びた小神殿へと入って行った。
小神殿の中は真っ暗で通路も壁もなにも見えなかった。用意していたランタンに『キ・レィ・シスカ』と詠唱しガーネットに明かりを灯させる(魔道具に使う場合は眺めの詠唱を必要としない)。それを入れて辺りが明るくなったのを確認すると、ケイトは先頭を進むんだ。
「しっかしカビ臭いな。こんな空気吸ってたら体の中までカビそうだぜ」
「安心しろい。お前の体ん中はすでにカビとるわ」
「ああん? なんか言ったか」
「聞こえないフリするのが証拠だ」
「静かにしてください。耳が役にたたなくなります」
イアンにそう言われて口を閉ざすイドとルドルス。イアンは静かになったので長耳をピクピクさせながらどんなに小さな音でも聞こえるように神経を尖らせた。
そうして少し進むと開けた場所に出た。ここが祭壇の間らしい。祭壇の間は蔓草に侵食されており、いかにもな雰囲気に包まれている。
実は怖がりのドワーフのルドルス。彼は辺りをきょろきょろしながらイドの側にいた。こういう時は冗談を言わないイド。本当に怖がっていたり嫌がっている時は、茶化したりはしない男だった。
「やはりなにもないですね」
ロズが呟く。ケイトや他の三人も、辺りを調べるが、やはりすでに調べつくされたあとだ。手がかりになるようなものななにもない。
ただの無駄足だったかと、ここまで来る日数を思えば勿体ない時間を潰されて、ケイトは内心で舌打ちをする。
「収穫はなしか。戻るぞ」
「少しお待ち下さい。なにか、聞こえます」
「なんだ」
「静かに」
戻ろうと声をかけたところにイアンが待ったをかける。なにごとかとイアンを見れば、祭壇の奥の壁に近寄り長耳に手を当てていた。
しばらくそうしていると、イアンは振り返り、手でこちらへ来るようにと合図を出す。
「どうした」
「誰かがこの奥にいるようです。声質からして男二人に女1人」
「この奥にヒトが? 天幕のあいつらか」
「それはわかりかねますが、やはり調べていない箇所はあったようですね」
「そうだな……。もう少し探ってくれ」
ケイトは思案するが、もうしばらくイアンに探るように指示する。
イアンはしばらく集中していたが、やがて壁から耳をはがす。この壁の向こで話している声はどこかで聞いたことのあるものだった。どこの誰かを思い出そうとしていたが、横から大きな声がした。
「おいっ。誰かいるのか!? 何奴だっ!」
「こちらです! 壁の奥に部屋が!」
隣にいたのはルドルスとロズだった。ここまで大きな声で話されれば向こうもこちらにヒトがいることがわかるはず。イアンは大声に呆れて首を振る。だがこうなってしまっては仕方が無い。続いてケイトが声を張り上げる。
「侵入者だ! 取り押さえろっ」
「了解!」
ロズが勢いよく返事をして、壁をぶち壊そうと体当たりを何度もしていた。けれど一人ではびくともしない。残りの四人も揃って、せーので体当たりを繰り返した。
そうして五人がかりで体当たりを数度。石壁がずれてきてボロボロと小石が落ちる。
「どいてくれ!」
ルドルスがそう言うと、四人はその場から離れた。
「怒れる大地の隆動、コ=スィ=シスカ!」
土魔法を詠唱し、壁を目掛けて隆起させる。すると、ゴロゴロと石壁は崩壊した。
目の前の小さなヒトにケイトはランタンの光を当てる。その容貌を見ると長耳に気づく。
「……エルフ、か?」
ケイトはそう呟いた。その言葉に反応したイアン。
「ケイト兵長、ここは私が」
「ああ。頼む、イアン」
「?ahimik。nai、ahihsataw」
ケイトにそう言って、イアンは前へと進み出るのだった。




