レイニィウスの泪 第十五話
大都市ザードの北にある砂漠のオアシスを出て、その砂漠の出口(こちら側からしたら入り口だが)であるケネスに着いた詩亜ら一行は、借りていたトムトム鳥を返して今度は辻馬車に乗ることにする。
トムトム鳥は砂漠間だけで借りられる通行手段だった。辻馬車で錬金術の国アルミッストまではおよそ七日間の道程だ。
「もう少ししたら出発だって。三番目の客車だそうよ」
「なら行くか」
御者に自分らが乗る客車を確認してきた詩亜はそう言うと、レインウォードが言われた客車へと向かう。それに続いて詩亜らも行くと、他に乗客はおらず、この五名での乗車になるようだ。これなら誰も気にせずに話ができるだろう。
トムトム鳥に乗って移動している時は上下運動が激しくて、舌を噛んでしまうおそれがあったため、移動中の会話はゼロ。休みは交代でしていて、全員が揃っての会話はオアシスで小休止した時だけであった。
乗り込んだ詩亜らは、やはり皆そう思っていたのだろうか、誰がまず最初に話し出すかとタイミングを計っているようだった。だが誰も話始めないため、ではと詩亜が口を開いた。
「えっと。まずはここまでお疲れ様。ネスとラスティくんが再会できて本当によかったと思う」
「ラスと再会できたのは皆のおかげだ。本当に助かったよ。あたしだけじゃできなかった」
「シア、僕の傷、癒してくれてありがとう。そして皆。助けに来てくれてありがとう」
姉弟揃って詩亜、レインウォード、カナンに頭を下げる。詩亜は胸の前でぶんぶんと手を振る。
「いいのいいの。だって私だってネスみたいな境遇なら同じことしただろうし」
「そうだな。俺も家族の誰かがラスティのように剣闘士にされていれば、まあ、しただろうな」
「am、僕らがお人好しだったってことだね。結果良ければ全て良し。身元もバレずにすんだんだし、いいんじゃないの」
三人の言い様にケルネスカは胸がじんと熱くなる。最初はダメ元で接触を図ったが、やはり自分の勘は正しかった。この三人に頼ってよかったとうんうんと目頭を押さえる。感謝の気持ちでいっぱいだった。そんな様子の姉をラスティは肩にぽんと手を乗せて、微笑んでみせる。元の世界にいる家族を思い出して、詩亜は涙ぐんだ。
「ところで、だ。ネスとラスティはこれからどうするんだ」
「どうって?」
「どうもこうも、これから生活してく当てはあるのかと言ってるんだ。ザードは広いから戻って暮らしても、路地裏にさえ行かなければ大丈夫だろう」
「戻るって、危なくない?」
「いや、以外と表裏の住み分けはできてるもんなんだ。近づこうとさえしなけりゃバレないさ」
「そういうもんなんだ」
レインウォードが尋ねると、ケルネスカは思案する。たしかにこれからどうするかは全く考えてもいなかった。ただただ弟を助けたい一心だった。だが、こうして無事にここまでこれたのだ。どうするか考えておいたほうがいいだろう。
そこでふと気になった。詩亜ら三人はどういった目的で旅をしているのだろうと。助けてもらった恩返しもしていないため、まだ分かれるわけにはいかなかった。
「その前に、聞いておきたいんだけれど。シアたちは何の目的で旅をしてるんだい?」
「私たちの旅の目的? んーと、それは」
「言うことはできないぞ。悪いが無関係のお前らに言えるような目的ではないんだ」
「レイン、そんな言い方は……」
「am、僕もレインに賛成だね。僕らのことは放っておいてもいいよ。それより自分らの身の振り方を考えておきなよ」
「ちょ、カナンも!」
レインウォードとカナンの言いように詩亜は慌てるが、言えないような目的とすればなにかの密命でも受けているのだろうか。ケルネスカは三人の目を見て探ろうとするが、わかりそうなのは詩亜だけだった。レインウォードとカナンの二人はそれだけ言うとあとはもう我関せずといった様子で客車の外を眺めている。
詩亜に聞いてもいいが、今ここで聞くべきではないなと判断したケルネスカ。
「まあ、そうれもそうだね。あたしらに知られて目的が達成できないなんてことでも起きたら悪いからねえ」
「姉さん。僕、考えたんだけど……」
「ダメだよラス。あたしらが首を突っ込んでもいいような話じゃないみたいだ」
「でも」
ラスティの言いたいことはおそらくこうだ。詩亜らの旅の目的を手伝いたい。恩返しがしたい。きっとそう言おうとしたに違いない。だが、目的を聞き出すこともできないため、それは無理だろう。止めた自分に少し不満顔でいるラスの頭をぽんぽんとして笑みを返す。溜息をついて背もたれに寄りかかったラスはぷいと横を向いてしまった。
「あたしらは錬金術の国アルミッストでなんとかやってみるさ。ラスとの二人でならギルドの依頼で生計を立てることも可能だろうしね」
「でも、僕らはまだ恩を返せてないってことだけは忘れないでね。必ず返すから」
横を向きながらそう言うラスティ。
「そうさ。助けられてるばかりじゃあたしらも嫌だってこと。それさえ覚えててくれりゃ、いつか返すから。何かあれば言ってくれよな」
「ああ。その時がくれば頼む」
レインウォードが腕を組みながらケルネスカとラスティの二人を見る。しかしケルネスカはラスティと同じようにぷいと横を向いてしまった。
「もちろんさ」
そう言うケルネスカになにか違和感を覚えるが、詩亜は首を傾げただけで窓の景色に思考を奪われてしまい、違和感などさっぱり忘れてしまうのだった。
辻馬車は錬金術の国アルミッストに着いた。
錬金術の国アルミッストは、新興国家で、まだ建国五四〇年という若さだ。砂漠を南に、雪国を北に。その中間に位置するため、地球でいうならば地中海性気候で温暖で過ごしやすい。
そしてこの国では、この世界では珍しい民主主義で、民の中から投票で選ばれた者が政治を行うというところだった。思想・良心の自由、言論の自由、表現の自由、結社の自由、参政権等の人権条項が規定されている国。詩亜はその話を聞いて、まるで日本のようだと思った。
だが、ここでは汚職が横行されることはない。なぜなら不正を働いた者は必ず厳罰に処され、もっとも重い刑は死刑。一番軽い刑でも執行猶予なしの一〇年の服役だからだ。密告した者には報奨金がでる。約一年楽に暮らせる額だ。虚偽の密告であれば、執行猶予なしの一〇年の服役。それであるから、そういったことも滅多に起きない。なので、この国の民は犯罪も不正も極々少ないことを誇りに思っている。悪いことさえせずに、真っ当に生きてさえいれば、とても暮らしやすい国なのである。
ここであればケルネスカとラスティの二人も安心して暮らせるだろう。詩亜はそう思っていた。
「えっとー、たしか中央区に行政機関やいろんな施設があるのよね。そこで戸籍を作りに行くんだっけ」
「そうさ。あたしたち姉弟はザードじゃ生きにくいしね。こっちで登録さえしちまえばザードの闇市場のやつらだってそうそう手出しはできないからね」
辻馬車に乗っている間に詩亜が聞いた話だが、お金さえ払えば戸籍は自由に登録できるらしい。その辺りも来るもの拒まずで民の自由だ。ただし、犯罪歴は調べられることになっているため、登録完了するまでに数日間かかるが。
「闇市場の剣闘士だった僕でも登録できるだろうしね。ザードの闇は情報を隠すのも上手いから、僕の犯罪暦はおそらくないと思うし……といっても僕はまだ出されて浅かったから、相手を殺すこともできなかった新米だったけど」
「それでいいんだよラス」
「ああ」
情報を隠すのが上手いということは、紛れるのも上手いということなのだが、そこは服役を終えたものが兵になり、隠して入国しようという者の出入りを門でチェックし(同じ穴の狢で匂いでわかるらしい)、怪しい者は錬金術で作られた自白剤で話させるそうだ。
が、ラスティにはそんな匂いは感じなかったのかすんなりと入国できた。おそらく匂いとは心根の問題なのだろう。悪いことを企んでいる者には必ず心に潜む闇の部分があるのだ。入国できた。そのことはラスティ自身にも良いことだった。ケルネスカは、弟が闇に染まらなかったことがここではっきりとわかり安堵する。もちろん駄目だった場合は更生させるつもりであったが。
「じゃあ、あたしらは中央区に行ってくる。今日は泊まって明日に出発するんだろう? 見送りくらいはさせてくれよ」
「わかった。なら俺達はその間に宿でも探しておく。とりあえず二部屋だな」
「たのむよ」
詩亜とケルネスカで一室、レインウォードとカナンとラスティで大き目の部屋を一つ、計二室をとるために、姉弟と詩亜らはここで一旦別れる。待ち合わせ場所は中央区の広場入り口にした。
「じゃあ私たちも行こっか」
「nu」
「そうだな」
それから一刻(この世界では三時間)程たってから待ち合わせ場所に集合した詩亜ら五人。疲れたという女性二人とカナンは宿で先に休んでいるとのことで、レインウォードとラスティは度に必要な不足分の買い足しをしに出かけていった。
カナンは三人部屋へさっさと行ってしまったので、詩亜とケルネスカは荷物も特にないため、一階の食堂で軽くつまめるものを頼んで席についた。
「シア。本当にありがとう。あんたがあの時縄を解いて話を聞いてくれたから、今のあたしたち姉弟がここにこうしていることができた。感謝してもしきれないくらいだ」
「いいのよ。だって、私だって身内が大変だって時はなりふり構わずにやれることはするはずだもの。ラスティくんと無事に再会できて本当によかった」
「ああ。本当に。本当にありがとう」
カシューナッツの炒め物とエールを頼んで宿屋の従業員が運んでくる。炒め物は詩亜の世界とほぼ同じ料理だった。そしてエール。こちらの方が味は雑だが、やはり疲れが吹き飛ぶようなじりじりと喉を刺激する爽快感。二人して「あー」と声に出すと、顔を見合わせて笑いあうのだった。
そうして男性陣よりも一足先に満腹感を得られた二人は一度部屋へと戻ることにした。また後で夕食時にでも降りようと言いながら。だが、互いのベッドに横になると、乗り物があったとはいえ、やはり長時間トムトム鳥や辻馬車に揺られているのは疲れたのか、カナンが呼びにきても目を覚ますことなく熟睡のまま次の日の朝へとなるのだった。
そして次の日。
「おはよう」
朝食を食べに一階へと降りた語詩亜とケルネスカの二人が最後だったらしく、男性陣はすでに食べ終わろうとしているところだった。
従業員が運んでくる朝食をさっそく「いただきます」と手を合わせて食べる詩亜。レインウォードは後で買い足しした物品を、空間圧縮魔法の施されている瑠璃色の指輪へと収納してほしいと言い、詩亜は口をもぐもぐさせながら頷いた。
そうして朝食を食べ終えた後、軽く雑談をした五人は、辻馬車の日程を聞いてきたレインウォードが戻ってきたのを確認すると、女性陣よりも大きめの男性陣の部屋へと集まった。
「辻馬車はあと一刻後だそうだ。客車は予約してきたからな」
「ありがとう。レイン。それで、どうするの?」
「あたしらは錬金術ギルドへ行こうかと思っているんだ」
「錬金術ギルド? 冒険者ギルドとは違うの?」
「やってることは大体同じだけどね。昨日、ラスティの登録のついでで冒険者ギルドで依頼を請けたんだが、その依頼人は錬金術ギルドの者だそうでね。そこへいって物を預からないといけないのさ」
冒険者ギルドと錬金術ギルドは組織としてやっていることは大体同じだが、錬金術ギルドのほうが縛りが多い。
錬金術ギルドはその名の通り、錬金術師のみが集まった組織だ。それ関連の依頼を取り扱っているが、主に研究をメインとしている。
五四〇年ほど前にアルミッストが錬金術を生み出し、それを支持した者たちが集まり研究を重ね、その組織が大きくなり国として機能しだした。
現在も様々な分野で研究が盛んに行われており、エルフや魔族などからは魔法の紛い物として忌み嫌われているが、ヒトやドワーフからは、魔力が低くても魔法と似た効果を発揮する画期的なシステムのため、とても支持されていた。
錬金術師はアルケミー学院で錬金術を五年かけて学び、その後は研究者になるか、誰かに師事しそれそれの錬金術を受け継いでいくかに分かれる。だが、五年かけて学んだ後に卒業試験があり、それに受かれば、の話だ。落ちた場合は更に五年かけて学ぶ必要がある。卒業できなければ学生のままだ。ただし、四回以上落ちると錬金術師の資格なしということになり退学させられる。
退学の場合は、学んだ錬金術を資格なしのまま使用すれば三〇年の服役に処される。そのため、はぐれ錬金術師として隠れて使用する者もいるにはいるが、そういった者は闇関係に属することになるのが普通だった。なので、一般市民からははぐれ錬金術師は疎まれている。
また、学院以外で学ぶのは、師事した場合のみで、それ以外では学ぶことは禁止されている。見つかった場合は、こちらも三〇年の服役だ。はぐれになる旨味もないため、ほとんどは資格をとるために必死に学んでいるのが当たり前だった。
ドワーフの国であるレィコ・シィナとは関わりが深いため同盟を結んでいる。
「へえ、錬金術ギルドかあ。まだ時間あるよね。私も行ってもいいかな」
「あたしらは構わないけど、いいのかい」
「そうだな。俺も構わん。観光がてらに覗いてみるか。それ以外じゃ行く機会などないしな」
「nuuf。錬金術ねえ。魔力の低い者たちが編み出したその技術には僕も興味あるね」
「ならこれから行こうか姉さん。辻馬車の発車に間に合うようにしないといけないし」
詩亜ら一行はケルネスカの案内で錬金術ギルドへと向かった。冒険者ギルドの帰りに周辺を歩いて地理を覚えたそうだ。
着いた錬金術ギルドは学院の隣にあり、建築物も同じ時代に建てられたものだそうだ。築五四〇年経っても少しの劣化で済んでいるのは錬金術が関係しているのだろうか。
「なんか東京駅っぽい外観。懐かしい」
詩亜がこちらの世界に来てから四ヶ月と半。地球でいうと八ヶ月と半。もう半年以上はこちらの世界にいることになる。帰る方法は見つからず、郷愁を覚えてもどうしようもない。レインウォードとカナンと旅をしていくうちに、それが少しずつ感じることが減っているような気がする。
だが、今はいいとしても、いつかは帰りたいのは本当だ。今帰る方法が見つかったとすれば、すぐにでも帰ると言えることはできないが、数年も経てばきっと言えるだろう。けれどはたして本当に帰れるかどうかもわからない今は、こちらの世界で生きていくことも念頭に置いたほうがいいのかもしれないが。詩亜は少しだけ切なくなった。
「シアの世界にも似たような建物があるのか」
「うん。私も時々通ってたりしてたから」
「そうか」
ケルネスカとラスティに聞こえないように小声で話す詩亜とレインウォード。耳が良いカナンにも聞こえていた。
「中に入るよ」
「うん」
前を歩いていたケルネスカに言われ、詩亜はその後に続く。大きな扉を抜けると広いエントランスだ。奥には受付なのだろう。カウンターがありそこに受付嬢がいた。
受付嬢にケルネスカは話しかける。
「あたしらは冒険者ギルドからきた。錬金術ギルドで依頼人のソルト・ダーズリーに会いに来たんだが」
「ソルト・ダーズリーですね。応接室五で予約が入っていますね。あちら右手の奥へ進み二階へ上がると応接室があります。そちらの五番へと向かってください。そちらでお待ちしているはずです」
「ああ。ありがとう」
受付嬢に聞いた通りに進み二階へ上がると、応接室がずらっと並んでいる。その五番目の扉の前へ行くと、使用中のプレートがかかっていた。
ケルネスカはコンコンと扉を叩く。すると中からどうぞという声が聞こえたので、扉を開ける。中には男性が一人ソファに座っており、五人が中へと入ると立ち上がり席を勧めてくれた。
「おはようございます。錬金術ギルド所属、ソルト・ダーズリーです」
「あたしらは冒険者ギルド所属だ。ケルネスカ・ミルツという。依頼を請けてきた」
「僕はラスティ・ミルツ」
「私は語詩亜よ。シアって呼んでね」
「レインウォード・グロリアスだ」
「……カナン」
「私たちはネスから話を聞いて、錬金術に興味があったから着いてきただけだんだけど」
「そうなのですか。興味を持っていただきありがとうございます」
「それで……お邪魔じゃなければ私たちもお話を聞いても?」
「ええ。構いませんよ」
それぞれが自己紹介をすると、にっこりと柔和な笑顔で会釈をするソルト。
「さっそくですが、こちらを見ていただけますか」
ソルトがテーブルの上に置いてあった包みの中を見せる。そこには石が一つあった。その石は乳白色で角ばっていて三角形になっていた。だが、一辺は少々凹凸があり、どこか大きな物から欠けさせて持ってきたように見られる。
五人はじっとその石を見ていいたが、詩亜とレインウォードはその石を見てはっとした。
その石は、詩亜がこちらの世界に来るきっかけとなった祭壇の石だった。
「なんでこの石がここに……?」
小声で呟く詩亜の隣に座っているレインウォードも疑問に思ったが、言葉には出さなかった。二人は顔を見合わせたが、それだけで、ただ無言でアイコンタクトをとる。ここで二人の事情を話すことはしないと決めたようだった。
「これはとある遺跡の祭壇から欠けさせて持ってきた石です。この石はおよそ三千年以上前に造られた、至竜レイニィウスの涙の乙女を祭っている神殿のものですが、今はもうそこで祭られてはおらず、一つの神殿へと移籍させてしまったのです」
コトと石を手に持ち、掌でころころさせながらソルトは話す。
「ですが、歴史をより紐解くために、私の知り合いの考古学者が冒険者に依頼して祭壇の石を採ってきてもらったのですよ。なのですが、この祭壇の石は以前調査した時には見つからなかった場所から採ってきた、新発見の祭壇の石のものなのです。ですが、石を調べても詳しいことがわからず、彼は私に託しました。この石を錬金術ギルドで調べてほしいと」
そこでふうと一息をつける。
「私も調べましたが、この石はたしかに三千年以上も昔のもので間違いありません。考古学者のかれにはわかりませんでしたが、私には一つだけわかったことがあります。それは……お手上げ、ということです」
「お手上げ? なにもわからなかったのかい」
「ええ。お恥ずかしいですが、私は錬金術師なので魔法が不得意です。これがただの石ならば私にもやりようはあったのですが、実は、この石には微弱ながら魔力が通っているようなのです」
「魔力が?」
「はい。そのため、私には手におえないものなのですよ」
「なるほど」
魔力が通っている、ということはつまり、魔力を使う魔法が不得手の者には扱いにくい。これはエルフやドワーフ。または魔族か魔法国マレニデルムの物の領域だ。
「それであたしらかい」
「ええ。お話が早くて助かります」
「え、なに? どういうこと」
話が読めなかった詩亜は疑問符いっぱいな表情でケルネスカとソルトを交互に見る。
「つまりあたしらに、この石を調べ手くれる者の所まで持っていけってことだろう」
「そうです。行き先はドワーフの国レィコ・シィナです。私も同行します。本当はこれを持ってきた考古学者の彼といくはずでしたが、急な予定が入ったのでいけなくなってしまったのですよ。私一人で行くには少々大変なのでね。冒険者ギルドに依頼したのです」
「だから荷運びと護衛の依頼なんだな」
「ええ。引き受けてくれますか。これは歴史を知る上でとても重要なことだと思うのですよ」
「あたしらはそのつもりでここに来たんだ。もちろん引き受けるさ」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
何の因果かこうしてまた出会ってしまった祭壇の石。詩亜とレインゥードはとても気になっていたが、ケルネスカらについて行くことはできない。自分たちには他にしなければならない目的があるのだから。だが、当然結果が知りたかったため、詩亜は口を開く。
「その結果、私にも教えてもらってもいいかな」
「気になるのですか。いいでしょう。わかりましたらご連絡を致しますね。それとこれをお貸しします。これは遠くの者と連絡の取れる錬金道具なのですよ」
「遠くの者と? 電話みたいな感じかな。話せるんですか?」
「いえ、そこまで高性能ではありません。ただ、会いたい時にそう念じるとこの宝石が緑に光るのですよ。そして、もう一つ、対のを持つ相手との距離が近いほど赤く光るようになっているのです。錬金術で作り出された画期的なものなのです」
「へえ。錬金術もいい物を作るんだな。これは使い道がいろいろとある」
関心したようにレインウォードが呟く。
「そうでしょう。錬金術は我々ヒトが生み出した、魔法をあまり扱えない者でも使える奇跡の技術なのです」
詩亜は思う。奇跡の技術、かあ。たしかにそうかも。でも使う側の考え一つで悪用ができてしまうから……ああ、だからこの国の法律は厳しいのね。魔法もそうだけど、この錬金術のほうが使う側の魔力をさほど必要としないから、誰でも使えてしまうし。
「それと、その宝石を伝達鳥におぼえさせてもあるので、手紙なんかも運んだりできますよ。機会があれば送ってみてくださいね」
「わかりました。ありがとう」
「いえいえ」
そうして、そのごは錬金術はなんたるか、今研究しているテーマ、これから先の錬金術の未来、などなど、詩亜ら五人は少々辟易してきた頃になってようやくソルトの口が閉じた。彼は得意分野の話になるとおしゃべりになるようだ。
気づけば辻馬車の発車時刻に近づいてきていた。詩亜らはソルトにお礼を言うと、その場でケルネスカら姉弟にも別れを告げその場を後にする。
が。
「レイン!」
「なんだ……って、んむ!」
走ってきたケルネスカはレインに飛び掛り、頭を両手で挟んで固定させる。いきなりのことに抗議しようとしたレインウォードだったがそれはできなかった。
「……あっ」
詩亜はなにが起きたのか一瞬わからなかった。目の前でキスをしている二人。すぐに離れたが、周りの空気が固まり、時が止まったように感じられる。
「な、なにをするんだ」
「あたしなりのお礼! また会いましょ」
「なっ……」
「eeh、ネスもやるじゃん」
ひやかすように言うカナンにじと目で返し、ごほんと咳払いするレインウォード。
詩亜は何も言えずに、ただ、弟のいるところへ戻っていくケルネスカの背中と、咳払いをしてごまかそうとするレインウォードの二人を交互に見つめることしかできなかった。
「シア? どうした」
「……え! あ、な、なんでも! それより急いで辻馬車の発着場に行かないとっ」
そんなシアの様子に気づいたのか、レインウォードが話しかける。
「ああ、そうだな。行くとするか」
走り出す三人を、ケルネスカとラスティ、そしてソルトの三人が見送っていた。
「aah。ああもおしゃべりなヒトだったとはね。おかげでこうして走ならくちゃいけなくなったし」
「……でもたくさん話を聞けてよかったわよね。錬金術のこと色々知れて、ね」
「そうだな。まあ、俺たちには使えないが」
「うん。学院に入らないと駄目だしね」
ソルトの最後の言葉はこうだった。「機会があれば、貴方たちもぜひ学院に入学してみて下さいね。そこで本格的な使い方を学べますから」これは興味津々だった詩亜らの気分を一気に急降下させる効果があった。
興味があっても使えなければ意味が無いのだ。資格を取得できるかどうかもわからないことに五年も費やしている時間は彼女らにはなかった。
色々と話を聞けたが、扱い方についてはやはり教えてもらえなかった。これは法律に抵触するためだ。魔法には法律などないが、少ない魔力でできる錬金術のほうが厳しいのは、やはり犯罪に使われないようにするため。あとは、国としての財源にも繋がるからでもあるが。
息切れし始めた頃に、ようやく辻馬車の発着場に着いた。
「はあ、はあ。間に合ったみたいね」
「ああ。大丈夫か」
「なんとか、ね。カナン、顔色悪いわよ」
「nuf。仕方ない、でしょ。僕は、頭脳系、なんだか……ら」
詩亜が水筒を出して渡せばそれを受け取るとごくごくと音を立てて飲むカナン。そうしてやっと粋を整えることができた時に辻馬車は発車する時刻になったようだった。
向かう先はアルト。魔法国マルニデルムは別の大陸だ。その大陸の名は翼の大陸。ちなみに中央大陸は胴の大陸とも呼ばれている。神話ではこの大陸がシシエランカとよばれているために、位置的な意味で頭部、翼部、胴部、足部、尾部、とそれぞれいうこともあるのだ。そしてこれから向かう目的地の翼の大陸の中心部に近い場所、大河に挟まれた場所に首都があるらしい。
アルトは中央大陸、アルミッストの北に位置する港街だった。ここから出る定期便に乗って翼の大陸の玄関口であるミルト港に着く。そして、そこからはまた辻馬車に揺られての旅になる。
アルミッストは疲れてあまり観光できなかったので、また機会があれば今度はゆっくり見てみたいなと詩亜は思うのだった。
「魔法国、マレニデルムかあ。どんなところなんだろうね」
「そうだな。俺も行ったことはないからな。いい魔道具もたくさんあるだろう」
「aa。魔道具か。そういえば僕の武器もそろそろ買い換えないといけないんだった。そこならいいのが手に入りそうだね」
「私も魔道具、色々みたいな。楽しみ」
魔道具は錬金道具の魔法版みたいなものだ。こちらは相応の魔力がないと使えないものなので人を選ぶ。詩亜ら三人の中で一番魔力の低いレインウォードで辛うじて中級の魔道具が使える、といったところだろうか。
辻馬車に揺られながら、詩亜ら三人はこれから向かう魔法国マレニデルムへ思いを馳せるのだった。




