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レイニィウスの泪 第十四話

 詩亜は拘束していた縄を解いた。レインウォードと女はその行動に驚く。

「シア。なにを」

「いいよね。だって、その弟さんを助け出したらこの人、もうこんなことしようと思わないでしょ? だから、ね? お願い」

「……シア。たしかに今の話が本当ならば、その境遇には同情する。だが、俺たちには目的があるだろう。その前にわざわざ他人のことに関わっている暇なんかいない。諍いに首を突っ込めばこちらにも飛び火するんだぞ」

 レインウォードの言うことは正しい。詩亜はそうは思っても、なかなかそれに頷くことはできなかった。

「でも」

「可哀想、か? そんなこと言ってると、道行く人々皆が可哀想になってくるぞ。誰でもなにか抱えて、それをどうにかしようと生きてるんだ。それは俺たちも変わらない」

「それは、わかってるけど。でも」

「……はぁ。わかってないな」

 やれやれと首を振り呆れた様子のレインウォードに詩亜は縋るような視線を送る。だって、話を聞いたらなんとかしたいと思うじゃないか。助けたいと思うじゃないか。人の命がかかっているとうのに。聞いた以上は見過ごすことは詩亜にはできそうになかった。

「わかった。なら、レインはここで待ってて。私が弟さんを助けに行く」

「シア」

「ごめん。でも、聞いちゃったんだもの。見過ごすなんてできないよ」

 詩亜の決意は固いようだった。

 それを見たレインウォードは盛大な溜息をつくと、状況が飲み込めていない女に向き直る。

「俺たちがその弟を助け出す。そうすればもう付け狙うことはしないな」

「……助けてくれるのかい?」

「俺たちのお姫様がそう願っているからな。ただし、無事に助け出したらもう関わってくるなよ。もしきたら……この剣で切る」

「わかった。頼むよ。弟を助けてくれ」

 まさかこんな展開になるとは思っていなった女は、視界が開けたような明るさが、蝋燭に火が灯り希望の光となったような、そんな感じが目の前に広がる。助ける。そう言ってくれた詩亜を見るとにっこり微笑んでいた。

 この人たちがいれば助けられる。なぜか、出会ったばかりなのに、女はそんな予感がした。

「レイン!」

「わかったなシア。今回限りだぞ」

「うん、うん。ありがとう」

 助けることを手伝ってくれるというレインウォードに、詩亜はぱあっと明るい表情で嬉しそうに笑った。レインウォードは、その笑顔を見て、困ったような、そんな笑みを返す。どうなるかさえまだわからないというのに、その笑顔を見たらもう失敗しそうな気はしなかった。それは、女が感じた予感ととてもよく似ていた。

 結局、レインウォードもお人好しの仲間だった。

「礼は無事に助け出してからだ」


「ed、僕まで巻き込まれたってわけね。その人が僕を売ろうとしたってのに」

「う。ご、ごめんねカナン。でも話を聞いたら助けなくちゃって思って」

 それから少し後。休んでいたカナンを起こして事の次第を話した詩亜は、カナンにも手伝って欲しいと懇願をした。たしかにカナンも協力してくれれば助けられる確率が上がることはわかる。だが、カナンは売られそうになった身。しぶるのもわかる。それでも。それでも詩亜はカナンに手伝って欲しいとお願いをする。

「am、助け出せれば僕も憂いが一つ減るからね。仕方ないけれど手を貸すよ」

「ありがとう」

 カナンの協力も得られることになり、詩亜と女は俄然やる気がでた。これで四人。剣の腕が立つレインウォードに魔力の底がない詩亜。そして魔力を扱うことに関しては一級であるハーフエルフのカナン。身のこなしが美しい女。人数は少ないが、まさに少数精鋭といった感じだ。

 身のこなしが美しい女……?

 詩亜は気づいた。そういえば名前をまだ聞いていないということに。

「ね、あなた、名前は? 私は語詩亜。シアってよんでね。こっちはレインにカナン」

「あたしはケルネスカ・ミルツ。ネスとよんでくれ。弟はラスティ。あたしと同じ黒髪赤目の、十五才の男の子だよ」

「ラスティくんね。わかったわ。きっと助け出せるわ。やりましょう」

「本当にすまない。恩に着る」

「ふふ。レインが言ってたけど、それは無事助け出せたら、ね」

「ああ」

 詩亜とケルネスカは二人で微笑み合う。そんな二人を見たらもう、レインウォードとカナンはやる気を出す他に選択肢はない。

 こうしてケルネスカの弟であるラスティ救出作戦が始まった。


 時刻は闇の中闇の刻(一時二〇分から二時四〇分)。

 詩亜とカナンの二人は気配を極力殺しながら息を潜めていた。剣闘士の試合が終わり、闇の世界にもしばらくの静寂が訪れる時間。

 ラスティ救出作戦の概要は、ケルネスカが門兵へと駆け寄り弟に合わせろと話しかける。金についての相談もあると言えば、門兵は待っていろと別の兵を呼ぼうとするだろう。その隙に二人は塀を越えて建物の裏側へと行けば、それを見計らっていたレインウォードとケルネスカが門兵を気絶させ騒ぎを起こす。そうして兵を引き付けている間に、詩亜とカナンの二人が建物の中へと入りラスティを探す、という内容だった。

 作戦通りに上手くいけば、誰かを犠牲にすることなく終了させることができるだろう。

「そろそろ、かな」

「nu。呻き声が聞こえた。門兵が倒されたみたいだ。僕らも中へと入ろう」

「そうね。たしか地下よね。剣闘士たちが収容されているのは」

「aa。地下へ降りたらまずは僕が風邪を操って、この眠りの粉を撒く。そしたらシアが鉄格子を火魔法で熱する」

「その後、すぐ今度はカナンが凍らせて……っていうのを数回やって、私がこのハンマーで打ち砕くのよね」

 空間圧縮魔法が施されている瑠璃石の指輪から取り出したハンマー。長さ約一ムィはある。右手で持ってぶんぶん振り回す。熱して、冷まして、熱して、冷まして、を繰り返すことにより、鉄格子の耐久度を下がらせることができれば、女性の詩亜でも壊すことができるだろう。

 鉄格子の鍵があれば簡単なのだが、兵士が持っているだろうし、取ろうとして起こしでもしたら大変だ。一度起きてしまったものには再度眠りの粉は数刻は効かないらしい。

「あ、ここから入れそうよ」

 詩亜が見つけたその入り口は、台所の勝手口らしく、料理をしているのだろうか、美味しそうな匂いが壁の脇から突き出ている煙突から漂ってきていた。

「a。だけど料理人がいるんじゃない。声が聞こえる」

「だよねえ。今まさに料理中って感じの匂いだし。でもあと入れそうなところっていっても見当たらないし」

「enaduos。仕方ない。中の料理人も眠らせたほうがいいね」

「うん。お願い」

 カナンは眠りの粉を煙突近くで撒くと、魔力を少しだけにして小さい声で詠唱をする。

「oyuki。厳粛なる静寂への誘い、セ=シィ=シスカ」

 《セ=シィ=シスカ》は対象を真空の刃で切り裂く魔法である。もっと魔力を多めにすれば真空の刃となり敵に向かって飛ばして倒すこともできるのだが、今回は眠りの粉を撒くためのものだ。作り出した風に乗って、眠りの粉は煙突の中を通り、台所の中で充満させる。

 しばらくすると、中からドサッという音がカナンの耳に届いた。

「ihsoy。眠ったようだよ」

「じゃあ行こう」

 詩亜は慎重に勝手口の扉のドアノブを回す。鍵はかかっていないようで、扉はすんなりと開く。そして中を見れば、二人の料理人と思われる中年の男性が床に倒れていた。眠りの粉であらかじめ寝ておいた詩亜とカナンはすぐに部屋へと入っても問題はなかった。

「よかった。効いたみたいね」

 他に誰もいないか確認をしつつ、そうっとそうっと台所から廊下へと出る扉を開ける。

 カナンの耳に、遠くのほうで慌しく廊下を走る音や剣戟が聞こえてくる。どうやらレインウォードとケルネスカが騒ぎを起こしているようだ。この隙に地下へと向かいラスティスを探さねばならない。

 カナンは詩亜を呼ぶと、ついてきて、と言い身を隠しながら進んで行く。エルフの耳は良い。ヒトには聞こえない僅かな風の音でも拾うことができ、例え反響する場所でも聞こえてくる方向を間違えることはなかった。

「nu。こっちだね。シア、この先を右に行くと下へ降りる階段がある。風の音を聞くと、どうやら降りた先は広がった場所みたいだ。おそらくそこが牢のある場所だよ」

「カナンってすごいのね。私には聞こえないわ」

「aam、それがエルフの種族の特徴でもあるからね。それよりも急ぐよ。レインたちだっていつまでも兵たち相手に戦うことはできないからね」

「そうね。急ぎましょう」

 詩亜とカナンはなるべく足音を立てないように小走りで廊下を駆け出した。

 右へ右へと進んで行くと、カナンの言った通りに下へと降りる階段があった。その階段を気配を人がいないか確かめながら降りていくと鉄の扉があり、ドアノブを回すとキィキィと音をたてながら開く。

 上階の騒ぎに気づいていないのか、牢番の兵士はうつらうつらと船を漕ぎながら、壁に寄りかかっている。

 詩亜とカナンは互いに顔を見合わせて、台所でやったように風魔法で眠りの粉を地下一杯に撒く。すると、船を漕いでいた兵士は完全に眠ってしまったようで、床に転がっていた。

「上手くいったみたいね。他の兵士に気づかれないうちにラスティくんを探さなくちゃ」

「enad。僕は左側を探すから、シアは右側を」

「わかったわ。でも、牢に入れられてる人、結構いるのね。他の人も助けられないかな」

「emad。駄目だよ。僕らの目的はあくまでもネスの弟を助け出すことだ。だから……いや、まてよ。ラスティだけいなくなるのは不自然だ。わかった。シアの言う通りにしよう」

「それってもしかして、カモフラージュのため?」

「aa。そうさ。逃げ出す人数は多ければ多いほどいい。牢を出たやつらがその後また捕まるか、逃げおおせるかはその人次第だ。出す代わりにそのくらいしてくれてもいいよね」

「うん、そうだね。私としては皆逃げてくれるといいなって思うけど、私たちにできることは限られているのはわかるから……」

「aa。僕らは僕らでできることをしよう」

 一応マスターキーを探すと、床に倒れている兵士が持っていた。マスターキーは床に転がっていて、兵士を起こさずに手に入れることができる。見ると、いくつもの鍵は同じ型だったため、それぞれ一つずつ持つことにした。

「運がよかったみたいね。これで魔法でこじ開けなくてもよくなったもの」

「nu。じゃあさっそく片っ端から開けていこう。そして、ラスティを起こしたら僕が眠っているやつらを魔法で起こすから」

「私はその間にラスティくんと一緒に台所に向かうね。勝手口を出た所で待っているから」

「un。すぐに向かうから」

「気をつけてね」

 そう言うと詩亜とカナンの二人は別行動を開始する。

 詩亜は右側の牢の中を見て鍵で牢を開けながら進むがラスティと見られる人物はいない。左側に牢にいるのだろうかと考えていると、最奥に古い木の扉が見えた。

 なんとなくその部屋が気になりそうっと開けてみると、部屋の奥の壁に手錠が備え付けられていて、その手錠を嵌められた少年がぐったりと拘束されていた。瞳の色はわからないが、髪色は黒だった。

「もしかして、ラスティくん?」

 拘束されている人物は上半身を裸にされていて、無数のミミズ腫れがあった。おそらく鞭などで打たれたのだろう。

 詩亜は痛ましそうな顔をしてラスティと思われる人物へと近づいた。

「ねえ、大丈夫? ラスティくんなの?」

 ミミズ腫れに触らないように肩の辺りに手を置いて軽く揺さぶる。すると、うう、という呻き声とともに、気がついたのか、うっすらと目を開ける。

「ラスティ?」

「う……だ、れ?」

 殴られたのか、左目や頬が紫になっており目を開けるのも辛そうだったその人物は、詩亜を見ると驚きに満ちた顔をした。それはそうだろう。拷問部屋に見知らぬ女性がいて、自分を明らかに気遣っているのだから。

 まずは手錠をなんとかしないと、とぶつぶつ呟いた詩亜は、辺りを見回して角にあった机の引き出しを開けてみる。するとそこには鍵が一つ入っていた。これが手錠の鍵なのだろうと、頷きながら手に取ると、再度拘束されている人物の下へ行く。

「あなたはラスティくんでいいのよね」

「……なぜ僕の名を」

「よかった。待っててね。今外すから」

 そう言ってラスティを拘束している手錠を、近くの机の引き出しから見つけた鍵を差し込んで回すと、カチャリ、と音を立てて外すことができた。

 自由になった途端、立っている力がないのか、ラスティはその場に崩折れた。

「大丈夫……じゃないわよね。どうしよう。私やカナンじゃ運べないし……。そうだ、回復魔法効くかな」

 顎に手を当てて悩んでいた詩亜だが、回復魔法を使うことを思いつく。そして、思いついたら即実践とばかりに詠唱をする。

 ラスティは倒れたままでその様子を見ていたが、よほど酷い目にあったのか、首を動かすのも辛そうだった。

「慈悲の涙、奇跡の雫、ナ=スィ=キリル。……どう、動けそう?」

 《ナ=スィ=キリル》は対象の生命力を回復させる魔法で、その魔法をかけられたラスティの体は青白く光った。すると、みるみるうちに傷が塞がっていき、もはや傷跡はどこにも見当たらないまでになる。

「こ、これは……」

「立てそう? 他に痛いところはないかな?」

「あ、ああ。ない……。が、なぜ僕を」

 そう言いながらゆっくりと起き上がったラスティ。詩亜はその様子にほっとした。

「私はあなたを助けに来たの。お姉さんと一緒に」

「姉さん? ネス?」

「そう。ケルネスカ・ミルツ。歳は十代半ばなんだけど、合ってる?」

「ああ。そして僕と同じ赤目黒髪だ。だけど助けに来たって……兵士がいただろう。どうやってここに」

 とまどっているラスティは、不安気に詩亜を見る。説明をしたいのはやまやまだが、いつ兵士が起きるかわからない。詩亜は首を横に振ると、ラスティの肩に手を置いた。

「話している時間はあまりないの。ここから出たらお姉さんに会わせるから。今はなにも考えずについてきてほしいの」

 詩亜の真剣な表情に、たしかに今ここで話すよりも急いで逃げたほうがいいと判断したラスティはこくんと頷くと、近くにあったマントを羽織る。そして、もう一度、詩亜を見て頷いてみせる。

「じゃあいこっか。私の仲間がまだ左側の牢のほうにいるから、まずは合流しなくちゃね。いきましょう」

「わかった」

 念のためそうっと木の扉を開けた詩亜は、誰もいないことを確認してラスティについてきてと手で合図する。

 詩亜とラスティはマスターキーを持っていた兵士のところまで戻ってくると、ちょうどカナンも戻ってきたところだった。

「aa。無事に見つけたようだね」

 カナンは人数が増えたことを見とめると、詩亜とラスティを手筈通りに先にいかせる。

 階段を上る二人を確認して、カナンは風の魔法で地下全体に行き渡るほどの突風を起こした。その突風を受けて目を覚ました牢に囚われていた者たちに、カナンは大声で声を掛けた。

「etas。……君たちは自由だ! ここから出たい者たちは自分の足で未来へと踏み出せ!」

「ろ、牢が開いてる! 自由だ! 外へ出られるぞーっ!」

「おおお!」

 何人もの歓喜の声が聞こえてくる。これならば大丈夫だろうと、カナンは最後に倒れている兵士を、壁に掛けられている手錠を持ってきてそれをはめた。これで起きてもたいしてなにもできないだろう。

 カナンは牢から出た者たちがこちらへ来る前に急いで階段を駆け上がった。なぜなら本当の悪人まで牢から出してしまったかもしれないからだ。逃げる途中に邪魔はされたくない。

 ハーフとはいえカナンはエルフだ。姿を見られてよくない行動をとられてはたまったものじゃない。普段、街中や街道を行く分には昼間なので問題ない。だが、夜の巷にならず者が徘徊するこの時間には用心するに越したことはないのだ。

 廊下の奥のほうでは未だ足音や剣戟が続いている。だが、そろそろ兵士を引き付けているレインウォードとネスも限界に近いだろう。詩亜らと合流したら、作戦の成功をしらせなければと、気配を殺しながら台所へと向かう。

「カナン! こっち。いこう!」

「aa。そろそろレインたちも危ない。塀を越えたら僕が知らせに行くよ。二人は先に宿屋へ向かってトムトム鳥を」

「うん、わかった。気をつけてね」

 走る三人は塀に垂らしたままのロープの場所へとつくと、ロープを辿って登り外へと脱出する。そうして

カナンは門へと一人走っていくと、中庭で剣を持って争っているレインウォードとケルネスカに大声で呼び掛けた。

「作戦成功だ!」

「わかった!」

 カナンの声に反応したレインウォードとケルネスカは、用意していた煙幕を石畳に投げつけると、煙が辺りを包むのを背にしてカナンのいる方へと走り寄る。

 カナンは走ってくる二人が来る前に、自分の傍に倒れている門兵を見下ろした。この門兵はケルネスカと会話した男だ。目が覚めればケルネスカを指名手配するように上の者に伝えるだろう。レインウォードも顔が知られているため、そうなってしまっては旅はしずらくなる。

 カナンは短い時間で考えた。この門兵をどうしようかと。

 カナンはしゃがみこんで門兵のこめかみに右手を当て集中した。淡く白い光が指先に纏わり、門兵の頭部にも広がっていく。

 これは記憶をあやふやにする魔法。ヒトに伝えられていない、エルフだけが知る型にはまらないで魔力と意識だけで操作することのできる古代の魔法だった。乙女である可能性の詩亜には教えてもいいかな、と考える。今後のためだ。

 カナンはレインウォードとケルネスカと戦っていた兵士らも考えたが、夜で灯りがほぼない状況。顔を知られる心配はないだろう。しばらくして淡く白い光が消えるとふぅと息をつく。

 そして、ちょうどカナンが立ち上がったところで、レインウォードとケルネスカがすぐ傍まで来ているのが見えた。合流した三人は煙幕がまだ効いているのを確認してその場から立ち去る。

「ラスティは?」

 まだ姿を確認できていないために走りながら不安気に問いかけるケルネスカ。

「aa、大丈夫。無事に助け出せた。今はシアと一緒にいるよ」

「そう……。よかった」

 心から安堵した表情で胸に手を当ててほっと息をつくケルネスカに、レインウォードは声を掛ける。

「今はとにかく追いかけてくるやつらを撒くことが先決だ。感動の対面までは気を抜くなよ」

「ああ。わかってるよ」

 こくんと頷いて、ケルネスカは表情を改めて真剣な面差しになる。これから詩亜とラスティの二人が待つ宿屋へと戻り合流後、すぐにザードを経つ予定だ。闇の組織に顔を見られるわけにはいかない。

 無事に合流してこのザードを出てしまえば、後はもう魔法国マレニデルムへと向かって旅を続けるだけだ。

 そうして宿屋へと兵士を撒きつつたどり着いた三人は、トムトム鳥を確保して待っていた詩亜とラスティに合流することができた。姿を見たケルネスカとラスティは互いに駆け寄る。

「姉さん!」

「ラス!」

 二人は抱擁を交わした。

 詩亜は微笑んでその様子を見ている。無事に二人があえてよかったと。

「さあ、急ぐぞ」

「ええ」

 トムトム鳥の操縦席にレインウォードが乗ると、続いてカナン、詩亜、ケルネスカ、ラスティが乗る。三人用のトムトム鳥なため、かなり窮屈である。そしてトムトム鳥も重さに耐えようとたたらを踏んでいる。けれど持ちこたえて、今度はしっかりと足を地につけていた。この分ならばしばらくは大丈夫だろう。

「大丈夫かな」

「ayi。明らかに重量オーバーだね。だけど元々1羽しか借りなかったから仕方ない」

「とにかく今は少しでも遠くへ行くことが重要だ。途中でバテたらオアシスにいるだろうキャラバンに身を寄せて休もう。荷物がない分まだましなほうだ」

「そうね。それがいいかも」

 トムトム鳥の首元を撫でながら、このままいくしかないだろうとレインウォードは思う。幸い荷物は詩亜が空間圧縮魔法が施されている瑠璃石の指輪の中へとしまい持っている。その分重量は三人乗って荷物付きとさほど変わらない。ヒト一人分多いくらいか。

 手綱をしっかり手で持つと、レインウォードは足で歩くように合図をする。このザードには外壁はあまりない。これだけの大都市ならば哨戒中の兵士が見回るだけで大丈夫なのだ。大都市になるほど強者がいるということを障魔も知っているのだ。そのためこの大都市にはなかなか近づけないでいる。人数揃えば敵もなし。しかも、冒険者たちもよくここを拠点にしているため、ザードの周りは比較的安全だった。

 それからしばらくして。

「a、あそこに見えるのはオアシスだね。寄ってくんでしょ」

「どっちだ? 俺には遠くてよく見えん」

「aa、そのまま光の始光の刻(一時から二時二〇分)の方向へ進んでいって。そうすれば見えてくるはずだよ」

「カナンってほんと耳も目もいいのね。すごいなあ」

 素直に褒められたカナンは少々耳が赤くなっていたが、今は夜のため誰にも気づかれることはなかった。

 オアシスにたどり着いた詩亜ら一行は、トムトム鳥を休ませるために水場へと直行する。その間にレインウォードはキャラバンを率いている商人の長に話を聞きに行った。

「聞きたいことがあるんだがいいか」

「おや、冒険者かい。なんだい」

 恰幅の良い中年の商人の身なりは商人たちの中で一番良かった。おそらくこの商人が長なのだろう。

「どちらからきたんだ。ザードか?」

「そうさ。これから錬金術の国、アルミッストへと行く途中さね。あんたらもザードからかい」

「ああ。依頼の途中だ」

「そうかい。ああ、そういえばあんたらは二人連れじゃないなあ。いやあね、実は連絡網で聞いたんだが、ザードの闇市場の幹部の邸で騒ぎがあったそうなんだよ」

 レインウォードの後ろへ視線を移した商人の長は、オアシスで寛いでいる四人を見ながら話をする。

「騒ぎ?」

「ああ。なんでも剣闘士を牢から逃がした二人組がいたらしいんだ。相当な腕のやつらしいが、兵士らは皆その二人組の容姿もわからずで、上は相当おかんむりらしい」

「闇市場っていえば、ああ、そうか。剣闘士も囲っているか」

「ああ。いったいどこの誰がそんなことをしたのかさっぱりわからないらしい」

「へえ。そんなことをするってことは、助けたい誰かがいたか、もしくは闇市場の幹部になにか思うところがあったか、だな」

 レインウォードは自分らのことだと気づいたが、乗り込んだのはどうやら闇市場の幹部の邸だったらしい。指名手配をされていないか気がかりだったが、情報に早い商人の長から聞くと、その心配は杞憂だったようだ。二人組、というのは中庭で剣を交えていた自分とケルネスカのことだろう。詩亜とカナンは気づかれずにやれたようだと安心する。

「そうさね。でもまあ、わたしら商人にはさほど関係ない話だってんで、耳に留めておくくらいにしとけとのことだそうだ」

「まあ、俺たちには関係ない話だからな」

「ところでなにか入用かい?」

「ああ。話ってのはここで売買できるかということなんだが……」

「おお。いいさいいさ。なにがいいんだい」

 聞きたい情報を入手したレインウォードは、干し肉と固いパン、そして剣を購入した。

「どうも」

「いいさ。よい旅を」

「よい旅を」

 礼を言い挨拶を交わすと、レインウォードは待っている詩亜らのところへ戻る。そして、聞いた話をすると四人はほっとした表情で笑いあった。

 これで追っ手の心配はなくなっただろう。

「錬金術! あの手をパンってするやつよね! 私見てみたいな」

「eeh。魔法とどう違うのか興味あるね」

 詩亜ら一行は、トムトム鳥に餌を与え少し休ませると、魔法国マレニデルムの国境の関所へ向かうつもりだったが、詩亜とカナンの期待に満ちた表情を見ると、行かないとは言えず、錬金術の国アルミッストへと寄ることが決定した。

「まあ、ちょうど近場へ行くんだ。観光するのもいいか」

 レインウォードのその一言で、詩亜とカナンの表情が明るくなった。

 それをケルネスカとラスティの姉弟も楽しみにしていたのか、微笑んで見ている。そういえば姉弟をどうするかも考えなくてはならないなとレインウォードは思った。

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