レイニィウスの泪 第十一話
「あれは中央大陸では絶滅したアリゲーター! しかもピンク!」
「ちょっとレイン! 絶滅したんならなんで剣を抜くのっ。保護すべき動物じゃない!」
「adnuretutlayinan、utlihcこれだから人は!」
「大丈夫、あの背についている苔を削ぐだけだ。あの苔は万病を治療するための素材なんだ。高く売れるぞ」
「万病?」
「文字通り、万病に効くのさっ。おっと」
アリゲーターの攻撃をなんなくかわして素早く剣をアリゲーターの背に削ぐようになで斬りをするレインウォード。ちなみに詩亜とカナンの二人は木の上に退避済みである。
削ぎ落とした苔を手にとって満足げに頷いているレインウォードは、首をぐるりとまわし噛み付こうとするアリゲーターの攻撃を交わすと剣の柄で頭を強く強打した。その衝撃に脳震盪を起こしたのかアリゲーダーはふらふらとよたついてばたんと倒れる。その様子にもう大丈夫かと詩亜とカナンの二人もおそるおそる木の上から降りてくるとレインウォードが得意げに苔を手の上でぽんぽんしていた。
「ほら。この苔がいいんだ。中央大陸に戻ったら商業都市にでも行って高く売りつけよう」
「なんか守銭奴……レイン、目の色が変わってるわよ」
じと目で詩亜がレインウォードに言うとどれに同調したかのようにカナンが口を開いた。
「nuf。人は恐ろしい生き物だ。他者を平気で傷つけそれを糧に金欲を満たすとはね」
「なにを言ってる。エルフだって肉は食わないが植物を糧に生きているじゃないか。それの何が違うっていうんだ」
「uiowinan。人は食欲だけではないだろう! 今したように金になれば何でもする」
「そりゃ、金があれば生きていく上で優位になれるからな」
「adnuietutladukoyuogageros。人のそういった欲深さには虫唾が走るね」
「なんだと」
「ちょ、ちょっと二人ともこんなところでやめてよ! アリゲーターが起きたらどうするのっ」
アリゲーターの真上で口喧嘩を始めたレインウォードとカナンの二人を詩亜が必死で止めようとするも、二人の口喧嘩はなかなか止まらない。そんなことをしているとなんとうっすらとアリゲーターが目を開けだした。それに気づいた詩亜が蒼白になる。
「あ、あら……ちょ、ちょっと二人共、やばいんじゃない」
「あ? 今忙しいんだ。後にしてくれシア」
「aniasuru。なんだよ」
「だ、だから……ほら」
くいくいと指で下を指し示す詩亜にレインウォードとカナンの二人は同時に下を見る。アリゲーターはすっかり目を覚ましていた。
ガアア! と巨大な口を開けて威嚇するその歯はするどくギザギザと隙間なく生えている。一〇〇度近く開けたその口の中は見ているだけで噛み砕かれ飲み込まれそうだった。
「きゃああ」
「うわ!」
「utlan」
詩亜とレインウォードとカナンは三人同時揃って後方へと飛び退り退避する。ブオンと首を振り回してなんとしても襲い噛み千切ろうとするアリゲーター。すっかり警戒し少し動いただけでも敏感に頭を動かす。これでは剣でかかろうにも難しい。
その時、詩亜が蔦に足を絡ませて転んでしまった。それを見逃さなかったアリゲーターは素早い動きに一気に詩亜目掛けて口を大きく広げて飛び掛る。
「シア!」
咄嗟にレインウォードが剣をアリゲーターの背に突き刺さるように投げつける。そしてその時カナンが魔法の詠唱を素早く口にした。
「凍てつく大気の波動、氷結地獄に抱かれよ、《ナ=ムィ=シスカ》!」
その魔法はレインウォードの投げつけた剣の刺さる前にアリゲーターの全身を凍らせた。そしてすぐさま背に届いた剣は凍ったアリゲーターを打ち砕くのだった。
ばらばらばらと崩れるアリゲーターの体。もはや跡形もほとんどなく残ったのは小さな肉片ばかりであった。
「はあ、はあ。た、倒したの、ね」
「ふう。間に合ったか。カナン、ナイス」
「nuf、貴重なアリゲーターだったけど仕方ないね」
「あ、そ、そうだ……絶滅危惧種だったんだ。ごめん二人共私のせいで」
「……シアの命には代えられないさ」
「aa。そういうこと」
「……有難う。助けてくれて。ごめんアリゲーター」
肉片を見つめながらへなへなと座り込む詩亜の肩に、ぽんと手を置いて慰めるように言うレインウォードとそれに同意のカナンを交互に見て詩亜は有難うというのだった。
そんなこんなでレィナ・セへ向けて歩き二〇日間。カナンの案内でようやく開けた場所に着いた。そこは大樹を上手く利用した家が建ち並ぶ、自然と調和したエルフの里といわれれば誰もが納得するようなところだった。
それぞれの大樹をつなぐように、幹と幹を蔓草で編まれた吊り橋で繋いだものがいくつもあり、その上を当たり前のように多くのエルフ達が渡り歩いていて、生活に利用して歩いているのが遠目にもわかる。その光景を感動した面持ちで見上げていた詩亜とレインウォードの二人はカナンの咳払いによって我に返った。
「ukatutlam。なにをやっているんだか。そんな顔をしているから人は余計馬鹿にされるんだ。もう少し締まりのある顔に取り替えたら?」
「こいつは減らず口をぺらぺらと。お前こそその口をもっと大人しいのと交換してきたらどうだ」
「ま、まあまあ二人共。どうせどっちも変えられないんだから上手く付き合っていこうよ。お互いのに慣れながらさ。ね」
また言い争いを始めたレインウォードとカナンの二人を慌てて止めに入る詩亜。三人で旅するようになってからこれで……数え切れないほどの口喧嘩を仲裁していた。最近はまたか、と呆れつつも仕方なく仲裁しているようだ。でなければヒートアップしていくのがわかるから。
「nuf」
「こいつが先に言ったんだぞ」
「レイン、大人気ないよ。カナンは見たところまだ十五、六才じゃない。寛大な心で許してあげてよ」
「enodekad〇五一ukob」
「え、なに? カナン」
「ayi、なんでもない。そうさ、僕はまだ若いんだから大目に見てよね。大人のレイン」
「くっ」
これで一段落ついただろうか。詩亜は小さく溜息をついた。今までずっと自分を見守って助けてくれてたレインウォードにこんなに一面があったなんて。まるで子供みたいだ。そう思うと自然と笑みが零れる。
「ふふ。さあ、じゃあ行きましょうか。女王様に会いに」
「そうだな」
「aah。間単に会えるとは思えないけどね」
カナンの呟く声は聞こえず詩亜とレインウォードの二人はずんずん草木を掻き分けながら進んで行く。先に行く詩亜を見ながらカナンはふうと溜息をついた。
「etnanuraninotokannokakasam。anatutlaninotokanuodnem」
「ほらカナン。置いていくよー」
先の方から詩亜の声がする。カナンはもう一度溜息をつくとはいはいと言いながら後をついていく。
カナンは思う。詩亜という女性はどういった人物なのだろう。勝手に勘違いをして人の家を壊す。何事も前向きに進んで行く。会話をするときはいつも明るめの口調で人を不快にすることも少ないだろう。しっかりしているかと思えばどこか抜けていてそれが彼女の魅力を上げている気がする。
そんな彼女と旅を共にしてきたレインウォード。彼は兄貴肌で詩亜のことをよく見ている気がする。彼女がなにか失敗した時は少々呆れた顔をしつつも必ず笑って許す。ここに来るまでに何者かに襲われたことがあったそうだが、その時はしっかりと守ってくれたそうだ。だがそれも彼女の機転があったおかげだと彼は言うが。
傍で見ていると二人は信頼しているのがよくわかる。自分にはこんな人物はいなかった。気づいたらもう森の動物達に世話をされて生活しており母親も父親も知らない。ただ、自分に両親がいないのはナセルの村人に嫌われていることが関係しているのは村の者の態度でわかった。
だからナセルには着かず離れずの位置で暮らしていた。嫌われていても見えないくらい離れて暮らすのが怖かったのだ。人恋しいといったほうがいいのかもしれないが。
エルフは言葉を生きていく中で覚えるのではない。血でわかるのだ。それはつまりカナンの血には二つ入っていることの現われだった。人とエルフの混血。カナンはこの世でたった一人の混血児だった。
エルフは自身らを高潔な生き物だと自負している。人のような利欲に走る強欲な生き物ではないと人を格下に見ているのだ。そんな中で一人のエルフの女性が違う意見を持っていた。人もエルフも変わらないのだと。あるのはその人物の持っている心根一つだと。
だが他のエルフ達はそんな彼女を許さなかった。彼女を村から追い出すとそのままレィナ・セ大陸からも出て行かせてしまったのだった。身一つでエルフの大陸から追い出された彼女には何の罪もない。あるとすれば思想の違いだけだった。
そこに一人の若者が現れる。カナンの父親だ。彼は衰弱して海に流れ着いた彼女を介抱しその美しい心根に互いに惹かれ恋仲となる。
そして一つの命が生まれた。それがカナンである。カナンは両親にそう名づけられてしばらくは中央大陸で両親と暮らしていたのだが、エルフにはある決まりごとがあった。名をエルフの女王から頂かなければならないという決まりが。
カナンの両親も最初は自分らだけの名でいいと思っていたが、やはり母親は認めてもらいたい気持ちもどこかにあったのだろう。父親に話して二人はレィナ・セ大陸へと渡りエルフの女王から名を頂こうと旅することに決めた。
そうしてようやく辿り着いたはいいが、その頃には二人が来たということがエルフ達の間に知れ渡っており迫害されつづけていた。しかしそんな中、精根尽き果てた様子の二人にエルフの女王が慈悲を与えにやってくる。
与えられた名はエシュトロム・キーグ。古語で親愛なる新緑の木々という意味だった。そこまでされては他のエルフ達も手は出せない。カナンの両親は喜びに打ち震え感激しながら帰路につく。だがその途中であってはならないことが起きた。
このレィナ・セ大陸でも滅多に、いやほぼないと言ってもいいはずの障魔が出たのだ。それはナセルの近郊だった。なんとエルフの女王の慈悲に異を唱えたエルフの若者がその障魔の正体であり、彼はカナンの母親に恋していた若者だった。
若者は自分に振り向いてくれない憎しみの余りに突然噴出してきた障気に抗えきれずに障魔へと変貌してしまったのである。目的を持った障魔はそれを果たすまでひたすら行動する。匂いを嗅ぎつけた障魔は二人とその子供を見つけると襲い掛かった。
まず最初に殺されたのは父親だった。母親目掛けて高度な魔法で攻撃を仕掛けたのだが、その魔法攻撃から母親を庇ったのだ。夫を殺された母親は子供をも殺そうとする障魔に必死に抵抗する。彼女も高度な魔法で攻撃をし、互いに魔力尽きるまで戦い続けたのである。つまりそれは命果てるまで続いた。
こうして障魔と相打ちとなった母親は最後の力でカナンを抱きしめながら逝った。
それを見ていた森の動物達はエルフの女王に事の顛末を話す。女王はそれに涙し動物達に子供を育てるように命じるのだった。
そして今がある。
だが、カナンも薄々は気づいていた。自身に流れる血が証明となり、ナセルの村の者達の投げつける言葉でおおよそのところはわかってしまう。
カナンが生まれてから一五〇年。人に換算すればまだ一三、四の子供だ。そんな子供が森の動物達もいたとはいえよくここまで育ったものである。
動物達からの愛情は感じているがやはり同族からの愛情もほしい。欲を言えば家族愛が欲しかった。手に入らないものへの憧れ。カナンは生きていくうちに次第に捻くれ天邪鬼になっていく。だが本当は愛情が欲しいだけの子供であることをいつか誰かに見抜いて欲しいと心の奥底では願っていた。
「カナン~どうしたの。おいでよ」
「nu、u。今、行く」
語詩亜が再度声を掛けながらカナンの手を引いた。カナンは他人からの接触など生まれて初めてであった。
物心ついた頃にはすでに両親はおらず、動物達との触れ合いしかしたことのないカナン。その柔らかな手の感触にびくりと震える。そんなカナンに気づいていない詩亜は「ほら、行こう」と微笑んで手を握り直すのだった。
「あんまり遅いと置いてくぞ」
「nuf。場所知らないくせによく言うよ」
「ほらほら二人とも言い争いはそこまで。これから女王様に会うんだから」
「oyatutlakaw。ふん」
「こいつが憎まれ口を叩くのが悪いんだ。まったく最近のガキは大人への態度がなってないな。俺が小さい頃は……頃は、こんなもんか? あんまり変わらんな」
「あはは。レインも同じだったんじゃない」
「はは。そうだな」
「nuf。まったくこれだから大人ってやつは」
カナンは思う。ああ、この温もりがいつまでも続けばいいのにと。詩亜に連れられて吊り橋を渡りながら。
ようやくエルフの里であるレィナ・セへと辿り着いた詩亜とレインウォードとカナンの三人だが、レィナ・セ大森林を抜けて体力的にはへとへとだったが口だけはまだまだ元気なようだ。
三人はまず近場のエルフに声を掛けることから始める。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」
「ekiehuokum ?otih」
「erukedianarawakak」
「ああっ、行っちゃった……ナセルの時と同じね」
そそくさと逃げていってしまったエルフの若者二人を見送った詩亜は肩を落としてそう言う。
「anianarawakomokok。仕方ないな。僕に任せてよ」
そんな様子の詩亜を見かねてカナンは溜息をつくと、他に身構えていた妙齢の女性のエルフに話しかけに行く。レインウォードはただ黙ってそれを待った。
「?erodahikonuooj。odekadnuraagotokiatikikotutlohc」
「iihsaruzemetnanurukagatana。oyawaguokumonigut四ona、ahikonuooj。ugik・umorotuyse、atana」
「enaduokumonigut四、atutlakaw。ohsediiomeduodonannos」
聞き終えたのかカナンは詩亜とレインウォードの元へと戻ってくる。その顔はどこか不機嫌そうだった。
「uuf。聞いて来たよ。あの四つ木の向こう側に女王の木があるらしい」
「え、木? 木ってなに。私達、女王様のお城へ行くんだよね」
「aniasukodnem。そうだよ。エルフは普段あの大木の中を削って、その木々の中に暮らしているんだ。自然と暮らし自然と共に生きるのがエルフなのさ」
「ならあの大木の所々に見えている穴は窓かなんかってことか」
「os。そういうこと」
カナンの説明に詩亜とレインウォードの二人はぐるぐると辺りの大木を見回した。よく見ると大木の穴からかすかな灯りが見えている箇所がいくつかあった。じっと見ているとその窓から時々エルフがこちらを覗いているのがわかる。滅多に、というかほぼ来ない人がいるのが珍しいのだろう。
その数は次第に増えていき、大木の穴という穴がエルフで埋まっていく。まるで客寄せパンダのようだ、と詩亜は思った。もしくは檻の中の珍獣だろうか。
しばらくその場に留まっていたがさすがにこの衆目の目にさらされ続けるのは気分が悪い。詩亜達はそそくさとその場から立ち去ることにした。
「エルフって結講多いのね」
「そうだな。もっとほそぼそと暮らしているのかと思っていた」
「nuf。そういう人の勝手な想像を本当のことのようにしてしまうところが恐ろしいよ」
「ごめん。変な先入観は捨てるね」
「etihsus。それができればね」
四つ木の向こう側へ行くとその真後ろにレィナ・セの中で一番強大な巨木が一本聳え立ってた。それはまさに女王の木というのがふさわしい立派な巨木だ。正面に入り口がありそこまでは蔓草の吊り橋を渡る必要がある。
詩亜達はその吊り橋を渡ると入り口の両脇に立っているエルフの兵士に声を掛けた。
「あの、すみません。私達女王様に会いにきたんですけど……」
「aihs、待って。eteatutotatikagugik・umorotuyse」
「iasadukihcamoukarabihs。atihsamirakaw」
「aa。しばらく待ってろってさ」
「人が来た割にはそんなに警戒してないんだな」
「aas。ここはシアとレインにはアウェーだからね。エルフの領域で何ができるもんかって高をくくっているのさ。実際そうだろ」
「うん。確かに何もできないけどね」
そうして兵士の言うとおりしばらくまっていると中から一人の兵士が出てきて右手を胸へと持ってきて敬礼をした。その表情には敵意は感じられらなった。
「貴方がたが女王様に謁見を求める者たちですね。女王様からの伝言です。人族のお二人はここで待ちエシュトロム・キーグのみ入られよとのことです」
カナンが兵士の言葉を通訳する。
「え、私達駄目なの? というかエシュトロム・キーグって?」
「カナンじゃないか? 視線はカナンに向いているだろ。だがカナンは案内してくれただけで用があるのは俺達なんだが」
「女王様の仰せです」
「……わかった。カナン、掻い摘んで説明したことを女王様にも伝えてくれると助かる」
何を言っても無駄そうな兵士。レインは話す対象をカナンへと切り替えて自分達の用事を伝えてもらえるように頼むことにする。
「aa。わかったよ。正直なところ僕は女王とは余り話したくないんだけどね、二人の頼みだから仕方ないけど行ってあげるよ」
「お願いねカナン」
「ではご案内致します」
兵士に案内されてカナンは女王の木の奥へと進んで行く。手持ち無沙汰になった詩亜とレインの二人は入り口前の両脇の兵士にとっては邪魔だろうとどこかへ行こうと当てもなく歩き出した。
その頃カナンは。
「こちらにございます」
「ふん。あっそ、ごくろうさん。失礼するよ」
「入りなさい」
通された一室はおそらく女王の執務室か何かだろう。公式な訪問でもなくだが会わなければならない人物。カナンは女王にとってそんな存在だった。
それはカナンが一人で暮らす原因を作ってしまった負い目だ。だが女王はそんな素振りを見せるわけにはいかない。ただしそれは公の場のみであり、こうしたプライベートな場ではそれもない。
「ようこそエシュトロム・キーグ」
「aah。僕その名前あまり好きじゃないんだけどな。あの時のことを嫌でも考えてしまうから。いくら僕が覚えていないからって起きた出来事は消えないんだ」
「わかっています。ではカナン。会うのは貴方に名前を授けた時依頼ですが、今回はどのような用件で?」
「今僕は人族の二人と共に旅をしているんだ。ただの案内役だけど今回のことが終わってもそのまま着いていくつもり。で、その前に調べてほしい事があるんだ。語詩亜っていう人族の女が魔力を感じないのに魔法を使うことができる。それが何故かを知りたくてここまで来たんだ」
「なんと。そのようなことが……。もしや……いいでしょう。その女性を直ちに連れてくるように手配しましょう」
「待って。いや。人族の男も連れてきてくれ。彼女はその男に全幅の信頼を置いてる。あまり彼女を不安がらせることはしたくない」
「わかりました。ではそのようにいたしましょう」
カナンの提案で詩亜とレインウォードの二人を女王の木の中へと入ることができるようになった。
その頃の二人といえば。
「うわーじっくり見てみるとほんとすごいわね。しかもエルフって美男美女しかいないし。なんか圧倒」
「これなら観賞用にと奴隷に望む貴族がいることもわかるな。やろうとも思わないが」
「それにしてもこれじゃ進みたくても進めないわね」
「まるで珍獣を見る目だしな」
数十人の好奇心溢れるエルフ達に取り囲まれ身動きがとれない状態にいた。カナンが戻ってくるまでにエルフの里を観光しおうと思っていたのだが、これでは観光どころではない。
語詩亜は時折愛想笑いをしつつ軽く手を振り、レインウォードは苦笑いをしながら腰に手を当てる。
これからこの囲いを抜けるにはどうしたらいいかという時に、女王の木の兵士がその囲みを割り込んできた。
「iasaduketiketiutinihsataw」
最初なにを言われているのかさっぱりだった二人だが、兵士の身振り手振りを見て詩亜は閃いた。
「あ、もしかしてお城の中にやっとはいれるのかな。きっとカナンが上手く言ってくれたんだよ」
「そうだといいな」
囲いを抜けて呼びに来た歩きの早い兵士の後を見失わないようについて行くと、正面に木でできた大きな階段があった。そこを上り今度はその階段の左右に分かれた階段があって、通行方向が決まっているのか語詩亜とレインウォードの二人は右側の階段を上る。降りる時は左側らしい。
着いた先には木の皮がめくれずにそのまま白い上体を保っている白樺の木出で来た大きな扉があった。どうやら目的地はここらしい。語詩亜はこの先に女王様がいるんだとごくりと唾を飲み込んだ。
「usedihcamoagamasuoojedikasonok」
おそらくこの先が玉座の間なのだろう。中へはいれと兵士の身振り手振りで促される。
「あ、あの。私、しきたりとかよくわからないんですが……粗相たくさんしちゃうと思うんですけど」
伝わるわけではないが、つい兵士に話しかけてしまう語詩亜。
「まあ、よっぽの失礼をはたらかない限りは大丈夫さ」
「う、うん。そうだよね」
中へ入ろうとする詩亜とレインの二人を確認した扉の左右にいる兵士二人が、重そうな大きな白樺の扉を開けてくれる。
すると、その開けた扉のすぐ傍にカナンが立っていた。
「uuf。ここからはまた僕が通訳するよ」
通訳をしてくれるようだ。
「シア様とレインウォード様が参られました」
「通しなさい」
「有難うカナン」
カナンの通訳のおかげでスムーズに会話が出きるのは有難かった。
「ようこそ女王の木へ。シア、レインウォード、歓迎しますよ」
「初めまして女王様。急な面会に時間を割いていただいて感謝しております」
詩亜の言葉の後に、レインウォードも何かを言おうと思ったがやめた。それよりも早く本題に入りたかったのだ。挨拶ばかりに時間を取られてはいられない。必要な時だけ話せばいいだろうと。
「それでどういった用件なのかしら」
「その説明は俺が」
さっそくその必要がきたようだ。レインウォードは語る。詩亜が魔力を感じないこと、魔力を練りもせずに魔法を行使してみせたこと。魔力切れを今まで興したことがないこと。試したところ土水火風の四属性を扱えたこと。であればもしかしたら光と闇も使えるかもしれないこと。それらを時系列に沿って女王に話して聞かせた。
話を聞いた女王は最初は普通を装っていたが、途中から表情が青ざめてき高と思うと今度は歓喜に身が打ち震えるようなそんな感激した表情でその話を聞きつつ詩亜を凝視していた。
「以上が詩亜の身に起きている事柄です。それで、このような事例のないこと。魔力のことはエルフの女王様に聞くべきだと考えはるばる中央大陸より着た次第にございます」
「そう、そうですか。話はわかりました。つまり彼女の身の安全を図りつつ、どこまで何ができるのかを知りたいということですね」
「おっしゃるとおりです」
「それでわたくし達エルフが得る対価は?」
「詩亜を期間限定で調べる権利です。この話はまだここでしかしておりません。貴方方を信頼してきたのです。もちろん調べるにしても五体満足で返していただかなければなりません。俺達は未だ旅の途中ですので」
「……たしかに、このような事例、他の国に取られてしまえば新たな火種となりましょう。それが魔法国マレニデルムであれば尚更のこと。よいでしょう。その話受けることにします」
「有難く存じます」
「有難う御座います、女王様」
「uuf。よかったねシア」
「うん」
「ではさっそくわたくしのもっとも信頼のおける者にそなたを託しましょう。ですが、調べる必要もないと思いますよ」
ふふ、と微笑みながら、チリンとベルを鳴らして側使いに指示を出す。それだけで意志が伝わるというのがすごいと詩亜は思った。
側使いはそのまま玉座奥の扉から出て行きしばらくすると一人の老人を伴ってくる。エルフの老人っているんだあ、などとその時の語詩亜はのん気に考えていた。老人は語詩亜を一目見たときから怪しげな眼差しで見ていたというのに。
レインウォードは本当に任せて大丈夫だろうかと心配になってくる。あの老人は只者ではないと薄っすらとだが感じていた。女王は何を思ってこの老人を呼んだのだろうか。だがしかし、傍らのカナンは顔色一つ変えずにいたので大丈夫なのだろうと思考を止める。
そうして誰もが老人に気を取られていたその時、女王が語詩亜の足元に注視していたのを気づくものは誰もいなかった。




