レイニィウスの泪 第一〇話
お気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが、エルフ語は、ローマ字を逆さに読んだものです。
ここは一つの神殿、別名白と碧の神殿ともいう。レイニィウス信仰の総本山である。
切り立った山の頂に建つその神殿への行き方は、麓にある転送装置のみである。巡礼の旅に疲れ果てた信者は麓の街で疲れを癒し、体を清めた後にその転送装置の施設で身体検査を受け、聖書の一文を淀みなく言わなければ神殿へ上がることは出来ない。
しかも、その時に一言でも間違いがあればもう二度と神殿へは上がれないという厳しいものだった。それでも巡礼の旅を続け神殿へと来る信者は後を絶たない。それだけこのレイニィウス信仰の総本山である一つの神殿は信者達にとってはかけがえのない大事なものだった。
その検査をパスし並ぶ順番をもなくして割り込んできた一団がいた。五人の神殿騎士である。神殿騎士は身元のはっきりしている貴族しかなれず、しかも腕もめっぽう強いものだけ。つまり選ばれた者しかなれない決まりがある。その選ばれし者に当てはまった五人は以前、詩亜を捕らえようとしたケイト、ロズ、イド、イアン、ルドルスの五人だった。
五人は検査官に敬礼をした後に転送盤に揃って乗ると青白い光と共に上層へと渡る。格好も盗賊のようなぼろきれではなく、今はきちんとした真っ赤な騎士服だ。紫色の外套を翻し進むその様は信者達にとっては強い憧れがある。信者達に拝まれ有難られながら進む五人は少々居心地が悪そうだった。彼らはこういった視線には慣れていないのである。
本来ならば神殿の闇で暗躍する者達である彼らにとってはこうして昼間に衆目にさらされながら移動するのはほぼありえないことなのである。だが今回は直接詳細を報告するようにと上司に求められこうして登場したのであった。
神殿内部に入ったところでイドがまず口を開く。
「なんだって俺らが直接来なきゃならないんだ」
「ハーシュベルツの合流場所での報告だけではなく直接聞きたいとの仰せだそうだ」
それに受け答えをしたケイト。ケイトの言葉にロズが驚いて声を上げる。
「仰せって、まさか」
「ああ。神官様さ。どうやら俺達が会った女はかなり有力な候補だったらしいな。報告をした際に上官殿がひどく慌てていた」
「それはつまり……」
イアンがケイトに続きを促す。
「失態ということこだ」
「なんてこった。やはりあの時是が非でも連れ去るべきだったな」
ルドルスが額に手を当てて軽く頭を振る。
「だが上官殿の話ではヤタイの班でも有力な候補が見つかったそうだぞ。まだ様子見をしているらしいが、そろそろ連れてきてもおかしくないはずだ」
「まあ、下手に接触して俺らみたいに逃げられちゃ話になんないしな」
はあと溜息をついたイドがケイトを見る。ケイトは肩をすくめてやり過ごす。
「それも含めての召喚ということだな」
「叱責か。とほほ」
そう言って今度はイドが肩をすくめた。
五人は長い回廊をひそひそ声で話しながら歩く。本来は私語厳禁だが珍しい召喚だったのでつい彼らは居心地が悪く場を和ませようとしていたらしい。それは失敗に終わり更に五人は落ち込んでいったが。
そうして落ち込んだ面持ちで着いた部屋の入り口で五人はごくりと喉を鳴らす。この先に神官様がいるのだろうか。一体どんな方なのだろうとそれぞれ想像をする。だが、部屋の中に入るが待っていたのはただの中級神官だった。
「ここでしばらく待つように。神官様はただ今禊の最中です」
「わかった」
今はちょうど神官様の禊の時間だったらしい。これでひとまずは心の準備ができると五人は胸を撫で下ろす。しかしそれからすぐに中級神官が再び戻ってきてもう神官様が来ることを告げに来た。
「ああ、やべえ。神官様に会うなんてこと一生ないと思ってた」
「ですね。だがここで話すのはケイト兵長のみにしたほうがいいでしょう。俺達が話し出したら纏まる話も散らかし放題になります」
「それがいいか。俺にはよくわからんしな」
イドがそわそわとしながら話し出すとイアンがそれに対して返答をしルドルスが同意した。ロズは少しばかり不服そうな顔をしていたがやがて頷いてそのまま黙った。
「俺にばかり押し付ける気かお前ら。俺だって心臓がばくばくいってるんだぞ」
「頼りにしていますよ。ケイト兵長」
四人揃ってのイアンの同意にケイトははあと大きな溜息をつく。だが自身は五人の組のなかを取りまとめる兵長だ。ここで少しでも威厳らしいものをみせておけば日頃の軽口も少しはなくなるだろうと思い直し神官様が来るのを待つことにした。だが四人はケイトのそんな内心に気づくはずもなく、ただ面倒ごとを押し付けられたことにほっとしていたのだった。ケイトの苦労は続く。
「神官様がお越しです」
「わかった」
中級神官がそう言うと、ケイトが緊張した面持ちでソファから立ち上がる。それに倣って四人も立ち上がると神官様が入ってくるのを直立不動のままで待った。
入ってきた神官様は魔族の神官様だった。漆黒の翼に青い肌を持つ神官様だ。金の真っ直ぐな長髪で赤い長衣に白の前垂れを身につけたその姿は若々しく、とても創世記の頃から生きているとは思えないものだった。
切れ長の目はほんの少し垂れ目で眉尻も下がっており温和な雰囲気を醸し出している。少し女性的だろうか。上座の一人用のソファへと腰を下ろす前に五人へと魔族の神官様は声を掛けられた。
「ようこそ一つの神殿へ。五人の騎士よ。面を上げなさい」
声は吟遊詩人の紡ぎだす詩のような流れる優しげな声。美しいとしか言いようがない全体像を始めてみた五人は挨拶をすることもできずに絶句した。
「こほん」
それを慣れているのか中級神官が咳払いを一つして五人を我に返らせる。はっとしたケイトはすぐさま敬礼をすると四人も慌ててそれに続く。
「レイニィウスの泪の御慈悲を。我らレイニィウスの子らに祝福を。我らは純真心の化身なり」
「「「「レイニィウスの泪の御慈悲を。我らレイニィウスの子らに祝福を。我らは純真心の化身なり」」」」
レイニィウス信教の最高位の挨拶を言葉と態度で著す五人。その場で跪き頭を垂れると両の手をクロスさせて鼻と口元を覆う。
それを見た魔族の神官様は右手で軽く制止し両手の掌を上にして肩まで上げてまた下げた。これが神官様が他人の挨拶を承認し楽にせよという合図なのである。
「はるばるご苦労。さあ、座りなさい」
「はっ」
魔族の神官様が座るとそうケイトら五人に声を掛ける。ケイトが代表して返事をすると、五人は一斉にソファに座った。ここからが本題である。
「さて、貴方がたもすでに承知しているように、今私達神殿はレイニィウスの泪の捜索をしています。その手がかりとして黒目黒髪の乙女を集めているのですが、その条件の中にある魔法を使うことのできる女性に当てはまる方を見つけたとの報告を受けました。ですが、反撃に遭い連れてくることはできなかったそうですね」
「申し訳け御座いません。その件に関しましては一切の釈明は致しません。全て私の判断ミスです」
「まあ、それはもう既に過ぎたことですので構いません。それで、聞きたいのはその先のことなのですが、その女性はどうでしたか」
「どう、とは」
魔族の神官様は少し身を乗り出して興味深そうにケイトを見る。が、ケイトはその美しさにくらくらしていて話が余り飲み込めていないようだった。
「その女性の年齢、雰囲気。魔法の威力、何でも構いません。貴方がたの見てきたその女性の特徴をこと細かく教えていただきたいのです」
「特徴、ですか……そうですね、年のころは二〇歳前後でまだあどけなさが少々残っている風貌でした。黒目黒髪は漆黒と言っていいほどの見事な艶やかさで髪の長さはちょうど肩にかかるくらいでした。肌は少しばかり黄色で生気溢れる顔つきはその肌色ととても相性がよく生の美しさを体現したかのようで。声は鈴なりのような愛らしさがあった記憶がありますが、聞いたのは少しなのではっきりとは……魔法は第二段階の土の魔法を使っていました」
ケイトは語詩亜と出会ったときのことを鮮明に思い出そうとテーブルの一点を見つめぽつぽつと語りだした。魔族の神官様はそれを頷きながら真剣に聞き入っていた。
「なるほど。随分と魅力的な乙女のようですね。ふむ、そうなると若干イルスが煩くなりそうですね。まあ、このことは今はまだ私のところで止めておきましょう。貴方がたはなるべく早急にその乙女を捜索し、一つの神殿へと連れてくるように。全てはレイニィウスの加護の為です」
「承知致しました。我ら五人、謹んでその任お受けいたします」
「ええ。よろしく頼みましたよ。では、私はそろそろ」
「神官様がご退出なされます」
魔族の神官様が立ち上がると中堅神官が部屋の扉を開けて待つ。結局魔族の神官様の名前を聞くことはできなかったが、尊い方の名前はそう聞けるものではない。ケイト達五人は立ち上がると頭を垂れて魔族の神官様が部屋を出て行くまで敬虔な様子で見送った。
「それでは貴方がたも速やかに神官様の御下知を遂行するように」
「ああ。では行くか」
中級神官にも促され、ケイト達五人は揃って部屋を出る。来た道を戻るときは来るときとは違う緊張感があった。取り逃がした黒目黒髪の乙女の捜索を神官様直々の命令を下されたのだ。失敗は許されない。
魔族の神官様と話をしたが、どうやら聞きたかったのは直接相対した者の言葉だったらしい。特に叱責らしい叱責は受けなかったが無言の圧力は感じた。あの優しげな口調のなかにも含まれていたような気がする。
「なんだかすごかったな」
「ああ。なんていうかこう優しさの中に感じる悪意? っていうかなんていうか」
「馬鹿。滅多なことは言うんじゃない。悪意ではなく圧力というのだあれは」
ルドルス、イド、ケイトと続く。
「やはり創世記の頃から生きておられる神官様は違いますね」
「ええ。我々にはおよそ人知の及ばない何かを感じました」
「……そうだな」
ケイト達五人が部屋を出て行った後、魔族の神官様、ラキは自室に籠もっていた。本名はラキ・レイニィウスである。
「今まで何百という黒目黒髪の乙女を探して見てまいりましたが、どの乙女も本物ではなかった。先ほどの話を聞くとその娘である可能性も捨て切れませんがまずはヤタイの乙女が先ですね」
先に会っていたヤタイ班が見つけたという乙女はケイト班の乙女よりも魔力が上のようだ。ケイト班には伝えてはいないがおそらくヤタイ班の乙女で決まりだろう。その乙女のとこを逃げられないように様子を見ているようだが、これからすぐに連れてくるようにと言ったので一月(六〇日)のうちには連れてくることができるだろう。その後にあの場所へと連れて行き試練を受けさせればいい。そうすればイルスも少しは落ち着くであろう。
イルスとはエルフ族で三人の神官の内の一人だ。本名はイシュトゥルス・レイニィウス。彼は唯一創世記からアイニィを深く愛している者である。アイニィとはレイニィウスの泪そのもので分身でもある。
イシュトゥルスと違いラキともう一人のドワーフの神官のギアン、本名はアイオーギアン・レイニィウスはそこまでアイニィに思い入れはない。だがもし思い入れがあったとしたならばイシュトゥルスにそれはもう仄暗の怜悧な瞳で見据えられるだろう。イシュトゥルスにとってはそこまで大事で大切なものなのだ。
しかし、実際にはアイニィはこの世界を維持するためのパーツの一つでしかない。それをこの悠久の年月をもってしてもわかろうとしないイシュトゥルスの方がラキにとっては苛立たしいものであった。
イシュトゥルスはなぜそんなにもアイニィに心を奪われているのだろうか。ラキにはそれが未だにわからない。おそらくこれから先もわかることはないだろうとも思う。ラキは任務を遂行できさえすればそれでいいのだから。そう周りには思わせていたが。実際はそうではないことを、まだ悟らせるわけにはいかなかった。
「代替品だとしても終末まで持てばそれでいい。それまでに本物を見つけることさえできればそれでいいのです。そのためには私は鬼ともなりましょう」
ラキは窓から外の景色を眺めながらそう言うと、卓上にあったベルをチリンと鳴らす。すると影のように控えていた魔族の若者がふっと姿を現した。
「はい」
「ロツ。ヤタイの乙女を終始監視しておくように。そしてヤタイへはよいように。イルスへは私から伝えていおきます」
「畏まりました」
ロツと呼ばれた魔族の若者は敬礼をするとすっと流れるような動きで部屋を出て行く。誰も気配を感じなくなった自室でラキは目を瞑るとそのまま微動だにせずにずっと時が立つのを待った。
しばらくするとノックもせずに不躾に部屋へと入ってくるものがいた。腰まで流れるエメラルドグリーンの艶やかな髪を靡かせ、その長い髪から出ている長耳に金の耳飾を左耳に付けているたいそう見目麗しい男だった。三人の神官の一人、イシュトゥルスだ。
「ヤタイの班が乙女を見つけたそうだな。すぐに連れてくるように指示したんだろう、着いたら俺も会うぞ」
イシュトゥルスは回廊を走ってきたのだろうか、赤と白の長衣が少し乱れていた。息を切らせながらそうラキに尋ねると、ラキはわざと一拍置いてから話し出した。
「……ええ、そうです。ちょうど今私の部下に監視するように指示していたところですよ。乙女に何かあっては大変ですからね」
「ああ、ああそうだな。何かあれば俺は……。アイニィへの手がかりを無くすことだけはできん。なんとしても丁重に連れてくるように」
「ええ、わかっていますとも。私も貴方よりは思いは小さいですが、世界を思う気持ちの方は同じですからね」
「それならばいいんだ。邪魔をした」
軽く金髪をかき上げてそれだけ言うとイシュトゥルスはまたつかつかと部屋を出て行った。これでまたラキの部屋に静寂が……戻らなかった。今日は来客の多い日である。
こんこんとノックの音がしたのでラキは自ら扉を開けに行く。本来ならば側近のロツが何もかもをするのだが、今はいない。しかも来客は同じ三人の神官の一人であるアイオーギアンだ。気配でわかる。ラキはなんでもないように扉を開けたのだった。
「おう。珍しいなお前が開けるなんて。今イルスとすれ違ったが随分嬉しそうな顔をしていたぞ。乙女でも見つかったのか」
アイオーギアンは年季の入った皺が刻まれている顔を持つドワーフの神官。褐色の硬い髪質を三つ編みで纏めており髭はそのまま長く垂らしている。長い耳をぴくぴくとさせながらラキに問いかけてきた。
「ええ。その可能性の高い乙女が一人。ヤタイ班に連れてくるように指示を出したところですよ」
「そうか。今度は本物ならばいいのだが」
「そうですね。私も強くそう願っていますよ」
慣れた手つきで紅茶を入れたラキはそのティーカップをアイオーギアンに差し出す。アイオーギアンはそれを受け取るとちょうど飲みたかったんだと顔を輝かせごくごくと一気に飲み干した。カップに二杯目を注ぐとそれはちびちびと飲みだしたアイオーギアンにラキは微笑んだ。
「それにしてもこれで何人目だ」
「たしか一〇人前後だったかと。正確な人数は数えてはいませんので」
「そうか。俺もだ。なんせ代替品を見つけるだけだってのにどれも少しも持ちやしない。その度にイルスが荒れてくのを見ると心が痛む。いつまで経ってもアイニィの手がかりすら掴めやしないしな。いくら長い年月が俺達にはあるとしてもだ。心休まる日は早く来たほうがいいだろうに」
「ええ。その通りです。イルスの心を思えば早くその日が来て欲しいものですね」
神妙に頷くラキを見て満足したのかアイオーギアンは残りの紅茶を一気に飲み干すと立ち上がる。
「邪魔をしたな。一息つけたし俺もそろそろ行こう。他の班の報告待ちもあるしな」
そう言うとアイオーギアンはパタンと扉を閉めて出て行った。今度こそ本当にラキの自室に静寂が訪れた。
「本当にその通りですねギアン。なんせいつまでも辛気臭い顔を見るのもそろそろ飽き飽きしていたのですよ。そろそろうまくやらねばなりませんね。替えもいくらあってもいいですが、品質に差があるのがなんともはや。ヤタイの連れてくる乙女に期待しておきましょうか」
ラキが目を瞑ったままソファに腰掛けると、それまでアイオーギアンが飲んでいたティーカップに亀裂が入った。
ケイト達は今、ハーシュベルツの王都へ戻ってきていた。
場所は貴族街にあるステルグマ伯爵の邸だ。ステルグマ伯爵は敬虔なレイニィウス信教の信者で神殿騎士である証を見せたケイト達五人に快く一室を貸し与えてくれたのである。ハーシュベルツの王都にいる時はここが彼らの活動拠点となっている。
「さて、これからどうしますケイト兵長」
「そうだな……。まずは逃げられたあの女を探さんといけないがどちらに逃げたのかはわからん。よって班を二つに別ける。まずは俺とロズ。そしてイアン、ルドルスだ。イドは二つを交互に移動しての伝令役とする」
「ええーっまた俺そんな役かよ。たまにはどっちかに入りたいぜ」
不満そうにイドが異議を申し立てるがケイトは表情一つ変えずにこれは決定だとばかりに無言でいる。しばらくイドはケイトを見ていたがやがて諦めたのか、どかっとテーブルに腰掛けると足を組んでその足に腕を肘を置いて手に顎を乗せた。不満は解消されていないが伝令役でしぶしぶ了承したのだろう。
「そして捜索の範囲だが、北とこの周辺の二つにする。そこでどちらを北にするかだが、北へは俺とロズで行く。ロズは中立都市ザード出身だ。砂漠越えの知識があるものが望ましい。イドには単独で何度も越えてもらうことになるが、後でロズに注意事項を聞いておいてくれ」
「わかりました。後ほど伝えておきます」
「で、次にこの周辺を捜索するイアンとルドルスだが、場合に寄ってはレィナ・セへ渡ることも考えておいてくれ。もしかしてがあるかもしれん」
「了解しました」
「ああ。だが俺はドワーフだぞ。エルフの大陸には渡らんほうがいいのではないか」
「その時は引き続き周辺の捜索をしてくれ。レイナ・セへはイアン一人の方がいいだろう」
「わかった」
「わかりました。そのように致しましょう」
ドワーフとエルフは本来ならば仲が悪い。その為こうした発言がでたのである。互いに自然と共に生きる種族であるにもかかわらず仲が悪いのはその見た目も大きく影響しているらしい。
小さくて骨太で筋肉質のドワーフ。背が高く線は細いがしなやかな筋肉を持ち美しい容貌のエルフ。精霊に近い彼らはいつもどちらがより精霊に近いか、つまり神に愛されているるかを競っているのだという。ちなみに人は一番愛されていないらしい。そして魔族は互いに二番目だと言っているのだとか。
そんな理由で二つの種族は険悪になっているのだが、神殿に入っているものは皆平等でそういった確執は起きておらず、そのようなことが起きるのはご法度なのだそうだ。
最初こそケイト達五人の班の仲で一番仲が悪かったイアンとルドルスの二人も今では一番仲の良いコンビとして組んでいるほど。戦闘面でも近接と遠距離の二人が一番上手く立ち回れる。それもあって互いの信頼は一番高いのだ。
「ではもう出発しますか」
イドに端の方で砂漠についての注意事項を説明していたのが終わったのか、ロズがケイトにそう聞くとケイトは立ち上がり帯剣をし兜を片手で持つ。
「そうだな。いつまでもここでこうしていても始まらん。では皆。レイニィウスの泪の御慈悲を。我らレイニィウスの子らに祝福を。我らは純真心の化身なり」
「「「「レイニィウスの泪の御慈悲を。我らレイニィウスの子らに祝福を。我らは純真心の化身なり」」」」
レイニィウス信教の最高位の挨拶は互いの無事を祈る時にも使われる。五人は敬礼をしながら言葉を紡ぐとそれぞれの目的地へと颯爽と飛び出していった。
ケイトとロズが二人貴族街を歩いていると前方からいけすかない連中が歩いてくるのが見えた。ヤタイ班だ。ケイトはつい眉間に皺を寄せてしまう。
「おやおや、これはこれはケイト殿ではありませんか! いまだこのようなところをうろついているとはなんていうことでしょう。神殿の任務をなんと心得ているのか。わたくしは非常に悲しく思います」
「そういうお前らこそ何故ここにいる」
ケイトが苦虫を噛み潰したような顔でそう尋ねるとヤタイの後ろに控えていた神殿騎士四人がくすくすと笑い出す。ロズもイライラしだしたのか腕組みをして指をトントンとしている。
「おやおや、ケイト兵長にはおわかりになりませんか。わたくしの後ろにいるこの乙女を!」
「ふふっ、こんにちは」
「この娘、いや乙女は――」
ヤタイの後ろに隠れるように佇んでいたのは黒目黒髪の乙女だった。
黒真珠がそのまま埋め込まれたかのような美しい瞳に、海の中でたゆたう海藻のようにゆるやかな曲線を描く艶やかな黒髪。そしてその体躯は肌理細やかでふっくらとした胸は彼女の心の豊かさを物語っているかのようだった。
彼女は胸元を大きく開けた真っ黒の天鵞絨のドレスを身に纏っており、その天鵞絨は見た目にも柔らかそうで品のある深い光沢感を出したものだった。そして身に着けている装飾は瞳から零れ落ちた美しい涙のようなオパールの組飾り。煌びやかな虹色でまるで彼女のためにこの世に出てきたかのようなその首飾りとドレスは、被写体の彼女が切るとまさに絵画から出てきた女神のようだった。それほどに彼女は美しい。
「初めましてケイト様。わたしはアリーダと申します。ヤタイ様から一つの神殿へと行かれるようにと請われました乙女にございます。ヤタイ様から日頃ケイト様のお話をお聞きしておりますわ。とても部下思いの兵長様でいらっしゃるそうで」
「あ、ああ。まあ、それほどでもないが……」
胸の間で両手を組んで上目遣いでそう言う彼女は男に媚びるのが上手いのだろう。後ろに控えているロズの喉鳴りが聞こえてくるほどだ。
「アイーダ嬢は魔法の使い手でもあるのですよ。わたくしが確認したものだけでもなんと三属性を操っているのです! 素晴らしいでしょう。神官様の従者からお連れしろと言われこうしてはるばるサルスベルト侯爵領のスタンツリーフから来たのです。直々にお言葉を言われたそうなのでこれはもうわたくしの探したした乙女で決まりも同然でしょう! ケイト殿もこんなところにおらずに早めに神殿へと帰り、アリーダ嬢のために部屋でも整えて下さればよいのですよ」
「なんですと」
ロズが前へ出ようとしたのを片手で制するケイトを見てヤタイは軽く鼻を鳴らす。
「では、わたくし達は旅路を急いでおりますのでこれで失礼。部下の躾はきっちりとお願いしますね」
「ごきげんよう」
そう言ってヤタイはアリーダと他四人の神殿騎士を連れて得意げに去っていった。
「なんなんですかあいつらは。顔を合わせればいつも突っかかってくる。そんなにケイト兵長に騎士学校で勝てなかったのが悔しいんでしょうかね」
「言うな。そのことに触れるとまたすっ飛んでくるかもしれん。それだけは御免だ」
「ですね。ああ、せっかくのいい天気が台無しだ。気分転換でもしたくなりますよ」
「そうだな。風を切って走るか。厩に行くぞ」
「いいですね! 馬を使えばそれだけ早く捜索もできますし、いい気分転換にもなるでしょう。賛成です」
ケイトはロズの鬱憤を少しでも晴らしてやろうと自腹を切って馬を借りることにする。
神殿での衣食住が保障されている神殿騎士はそれほど給料は高くはない。金をそれほど使わないからだ。そもそもその給料も神殿への寄付金から賄わられているため大々的に使うことも各々で自粛されている。贅沢は暗黙の了解で禁止されているのだ。
神殿騎士はそもそも馬を必要としない。神殿そのものが絶壁の要塞なので難攻不落の城のようなものなのだ。そのような場所で馬など必要があろうか、あるはずもない。馬に乗る訓練はするが実際は徒歩で移動するのが決まりなのである。
ケイトとロズの二人は途中の路地裏で軽く着替えを済まし冒険者風の服装になる。背嚢に神殿騎士の服を入れて隠し、帯剣している剣も替えた。
その二つの隠し場所はハーシュベルツの王都にあるもう一つの拠点、東区の教会の一室だ。そこに背嚢と神殿騎士の剣を置き、新しく神殿の紋章の入っていない剣を帯剣し扮装を終えると部屋を出て行く。
そうして厩で馬を二頭借りると颯爽と東門を抜けてクレスメン街道に繋がるハーシュベルツ街道を駆け抜けたのだった。




