レイニィウスの泪 第八話
スタンツリーフで一泊して明朝、光の中水の刻(五時二〇分から六時四〇分)に詩亜とレインウォードの二人は東門の辻場所の停車場へと行き、乗車券を購入し乗り込んでいた。
すると、数名の騎士が馬を操り東門の中へと入っていくのが見えた。
「わ、今の騎士でしょ! すごい、生騎士!」
それを見た詩亜は朝から興奮してはしゃいでいた。レインウォードは思う。おおかたまたファンタジーとかいうものがなんたらと思っているのだろうと。だが、こんな時間に戻ってくるようなことが何か起きたのかとレインウォードは考える。そしてちらっとだが赤い血が見えている者もいた。クレスメンまでの旅は快適とはいえないものになりそうだとこの時レインウォードは思っていた。
それはその通りで、実はこの馬に乗って走り去っていった騎士達は、クレスメンの森を縄張りにしている盗賊団から逃げてきた騎士だったのだ。
盗賊たちは三〇人ばかりの組織だったもので、やけに統率が取れていたらしい。おそらく騎士崩れの盗賊が混ざっているのだろうと、停車場の近くにすぐに立て札が掲げられていた。
「盗賊? しかも騎士かもって、なんで騎士が。お給料だってよさそうなのに」
「さあな。だが騎士は規律が厳しいからな、それが嫌で逃げ出したんじゃないのか。無の月以外は自由がないそうだぞ」
「無の月って一三ヵ月目の五日間だけの月のことだよね。ええっ、その日だけってことは三六〇日無休ってこと!? ブラック企業すぎるわそれ」
「ブラックキギョウ? まあ、そういうわけで民からは見た目やらで人気があるが、騎士になる資格のある一部の貴族からは人気はない。もちろん忠誠を誓い騎士を全うしている者がほとんどだが」
「ふーん。なんだか大変なのね。私だったら絶対にいやだな。そういえばレインも貴族じゃない。騎士にはならなかったの?」
「俺が騎士やると思うか? 俺は縛られるのが嫌なんでな。堅苦しい規律なんてまっぴらごめんだ。だからほとんど家には帰らないんだ」
「ああ、なるほど。だから貴族街は案内してくれなかったのね。今も騎士になれって言われるから逃げてるわけだ」
「そういうことだ」
それにしてもこうして話をしていてもなかなか辻馬車は発車しなかった。あまりにもおそいので詩亜とレインウォードの二人は御者に話を聞きにいくことにした。
「すみません、辻馬車はいつ発車するんですか? けっこう経っているんですけど」
「さっきの騎士たちや立て札と関係あるのか」
「ああ。その通りだよお兄さん。なんでもクレスメンの森に盗賊団が出るっていうじゃないか。領主様からのお達しで解決するまで発車してはならないとなったんだよ。悪いけどそれまで観光でもしててくれ」
「そんなあ。どうするレイン」
「そうだな。とりあえず東門の兵士の詰め所にでも行くか。そこでならもう少し詳しい話が聞けるだろう」
語詩亜とレインウォードの二人は、東門の兵士詰め所へと向かうことにした。場所は辻馬車の停車場すぐで、数分も歩けば着く場所だ。
見ると数人の兵士達が慌しく動き回っており声を掛けることは難しそうだった。その様子を見てレインウォードがずかずかと詰め所の中へと入っていったので、詩亜は慌ててその後をついていった。
「おい。聞きたいことがあるんだが。クレスメン行きの辻馬車は盗賊団をなんとかしなければ行かないんだよな。討伐隊は組まれているのか」
「その編成中だ。相手の数も数だ。今回は冒険者にも依頼を出してある。あんたらもいっぱしの冒険者なら請けてきたらどうだ」
「そうか。わかった。シア行くぞ」
「行くってどこへ? まさか依頼請けるの?」
「その前に道具屋」
そう言って詰め所を出て行くレインウォードの後を詩亜もついて行く。向かっている場所はどこだろうかと聞くと「道具屋」とだけ返事が返ってきた。
「依頼は請けるぞ。そうすりゃ森に入れるから少しでも距離を稼げる。そして報酬も貰える。ここ、中央大陸とレィナ・セ大陸を繋ぐ岸辺では渡し舟をやっているはずだ。一度クレスメンへ向かい補給してからと思っていたが、ここで余分に補給すればいいだろう。場所にもよるがクレスメンの森から徒歩で一〇日もあれば着く」
「と、一〇日……でも、クレスメンまでなら辻馬車でも一週間だしね。わかったわ」
内心、詩亜はうええと思っていた。辻馬車でも一週間とはいえ馬車の中で揺られているだけなのだ。歩いていくのとでは訳が違う。この先の一〇日を思うと先が思いやられてしまう。だがそんなのを表情に出すわけには行かない。レインウォードは自分の為に動いてくれているのだから。詩亜は自身にそう言い聞かせて頭をぶんぶんと振るのだった。
道具屋に着いた詩亜とレインウォードの二人は、保存食を多めに購入する。これで辻馬車の通っていないクレスメンの森の中から渡し舟までは大丈夫だろう。この間の一〇日は詩亜にとってはきついだろうが行けなければならないのだから仕方がない。
ちなみに以前、詩亜の旅装を調えたときに道具屋で購入した物は、まず薬類。マザーの治療時に使用した炎症止めと化膿止めに頭痛薬。他には毒消し、目薬、虫刺され、腹痛止めと胃痛止めに血止め、包帯一ロール。ここまでで一〇,三〇〇セト(一〇銀貨と三〇銅貨)もかかった。
そして、他にもロープ一巻き(長さ一〇ムィ)、ランタン、固形燃料(丸一日分)、土粘土石鹸、火石と水石、投げナイフ五本、小袋と中袋と大袋、寝袋、マント。これらは十五,七〇〇セト(十五銀貨と二〇銅貨)。
テントはレインウォードのを二人で使うからいいとして、後はグレスの仕立て屋で衣類や化粧品コルセット型の防具で二一,〇〇〇セト(二一銀貨)。
これら全部で四六,一〇〇セト(四六銀貨と一〇銅貨)だ。
レインウォードは既にこれらを持っていたが、詩亜の分を新たに購入する必要があったため、一から揃えるとこれだけの額になる。だから詩亜は早く返そうとしていたのだった。日本円に直すと四六万と一千円になるのだから。レインウォードも面倒をみるとはいってもこれはなかなかの出費だった。もちろんそんな様子をみせるつもりもレインウォードにはなかったが、これだけの量を買えば詩亜にも金額の予想は大体つくものだ。
保存食も詩亜と出会う以前は一人分で済んだが今はその二倍。しかもそもそも出会わなければレィナ・セ大陸へ行くこともなかったのだから、詩亜は申し訳なさで一杯だった。だが、この前その手のことで話したばかりだ。思っていても言うつもりはなかった。早く金額を返したいが焦ることもしないと決めた。だから詩亜はレインウォードの心遣いに感謝をして、自分は行くべきところにきちんと行くことを決めたのだった。
道具屋で保存食を補給した後、詩亜とレインウォードの二人はスタンツリーフの冒険者ギルドへとやったきた。中は兵士の詰め所よりは慌しくないが緊張感が漂っている。
「東門入り口にあった立て札を見てきた。兵士の詰め所で編集の最中だと聞いたが」
「ああ、お前達も参加するのか。いいだろう。振り分けるから名前と職をここに書いてくれ」
ギルド員に手渡されたボードにあった紙には既に何名かの名前と職が書かれていた。
「レインウォード、剣士。シア、魔法使いか。なになに、シアは冒険者暦一ヵ月未満か……仕方ないな。ならここは二人は外さないほうがいいだろう。お前達二名は万が一騎士が賊を取り逃がした時の保険だ。、他にも数名いるからな。しっかり包囲網を作るんだぞ」
「包囲網か。ならそんなに来ることはないかなあ。レイン、今回はそんなに大変そうじゃないね」
「俺はそうでもないと思うぞ。統率の取れている盗賊というのが気になる」
「統率。でもそれって騎士崩れじゃないかって話でしょ。その騎士だけを捕まえれば済むんじゃないのかな。ほら、上をなんとかすれば下は瓦解って感じで」
「そもそも騎士かもわからんし、たとえ騎士崩れだったとしても上に立つようなやつかどうかもわからんぞ。まあいい。俺たちは指示されたことだけをしていればいい」
「それもそうね」
光の終水の刻(六時四〇分から八時)、詩亜とレインウォードは盗賊を討伐する騎士や他の冒険者達と共にクレスメンの森奥深くに来ていた。
クレスメンの森の入り口から扇形に包囲網を敷き、扇の持ちて側を先頭にして進む。前方集団は騎士、中間は手練の冒険者。そして後方に語詩亜とレインウォードのいる最終包囲網がある。これならば討ち洩らしは極力少なくて済む。その包囲網の中で詩亜とレインウォードの二人は右側に位置していた。
五日ほど野宿をしながら歩みを進めてからしばらく刻が経った光の終風の刻(一〇時四〇分時から十二時)の頃、剣戟が聞こえてきた。
「そっちにいったぞ!」
「あっちだ!」
「こっちににも来るぞ!」
近くでそうした声がした。騎士が打ち漏らした盗賊がここまで来たのだろう。レインウォードは鞘から剣を抜き構える。詩亜はレインウォードの背に隠れるようにして気配を探った。
左前方の木陰ががさりと揺れる。
「そこか!」
レインウォードが短剣をその方向へ放つと同時にその木陰から数人の盗賊が飛び出してきた。その数五人。レインウォードは舌打ちをする。ここまで多く取り逃がすとは騎士共はなにをやっていたんだと。
「二人か。……ん、そこの女は魔法使いか。その黒髪に黒目そして女。おい、手配してた女と似ているなっ」
「たしかに。人相描きはないにしても特徴が似ている。よし、連れて行くぞ」
先頭の盗賊とその後ろにいた盗賊がそんなことを話している。
詩亜は驚いた。この世界にだって黒目黒髪はたくさんいた。それで女で魔法使いってだけで連れて行く。手配。一体なんのことだろうか。
「悪いが連れて行かせるわけにはいかん。こいつは俺の連れなんでね」
そう言ってレインウォードが先頭の盗賊に切りかかった。この人数で攻撃を仕掛けるのはまずいとはわかっていても、手を出さなくとも相手は違う。それに、詩亜を連れていくと言った。そんなわけにはいかない。レインウォードは柄に力を入れてぶんと剣を凪いだ。
「ふん、まずはお前をどうにかしないといけないようだな。俺の名はケイト。お前は」
「どうにかできると思うのか。俺はレインウォード。悪いが勝たせてもらう」
頬に傷のある先頭の盗賊ケイトとレインウォードが名乗り合う。その様子を詩亜は固唾をのんで見守った。
まず始めに動いたのはケイトだった。レイピアを右手で鋭く突き上げレインウォードを威嚇する。それを屈んでうまく避けたレインウォードはそこからぶんと剣を振り上げた。だがその剣は当たらず、ケイトは反ってその剣をかわす。剣戟が辺りに響きしばらくそのようなやり取りが続く。誰もがその切り合いを見守っていたと思っていた。
「やっなに! ちょっと、離してっ」
だが合図をし合っていたのか、盗賊の一人がそっと詩亜の背後に忍び寄っていたようで捕まってしまう。剣の切っ先を詩亜の喉元に突きつけて黙れと指図するその男は薄茶色の髪をしていた。
「お前!」
それに気づいたレインウォードが力任せに斬撃を繰り出す。レイピアで応戦していたケイトだったがやはりそれでは重過ぎたようでポキリと柄近くで折れてしまった。
「兵長!」
それを見ていた残りの盗賊から声が上がる。兵長? やはり騎士崩れだったのか。レインウォードはそう考えつつも後ろへと飛び退り、そのまま詩亜の元へと駆け寄る。
「おっと、それ以上来るなよ」
「行ったらどうなるというんだ。お前らは連れて行くと言ったな。殺していいのか」
レインウォードが言うことは当たりのようだった。ぐっと詩亜を掴む手に力を入れて、じりじりと後ろへと下がる。だが、そのまま捕まっているだけの詩亜ではなかった。
隙を突いてこの束縛から逃げる。それが今できることと詩亜は理解しておりそれがまさに今だった。
「怒れる大地の隆動、《コ=スィ=シスカ》!」
その瞬間、詩亜と捕まえていた盗賊の足元から大きな岩が突き上げてきた。
「うわっ!」
捕まえていた盗賊が思わず手を離し体勢を整えようとする。それを見逃さなかった詩亜は、前に飛び降りてレインウォードの元へと走り寄る。突き上げられた盗賊は、そのまま更に高度を上げた岩から転落し気絶したようだった。それを見ていたケイトは舌打ちをする。
「くっ……仕方がない。ここは一旦引くぞ!」
ケイトが大声で言うと、後方に控えていた盗賊の一人がヒュンと弓矢を詩亜とレインウォードがいるすぐ傍の木に当ててきたた。それで動けずにいる二人を警戒しながら盗賊の二人が気絶した盗賊を抱えてさっと去っていく。その去り方は見事なものであっという間に消えて見えなくなっていた。
どうやら盗賊とはいっても仲間を見捨てるようなことはしないようだった。
「助かったの、かな」
「ああ。そうみたいだな。シアの機転のおかげだ。助かった」
「ううん。最初にレインがああして行かなければ全員でかかってこられただろうし。だから私も一人相手で済んだんだよ」
それは確かにその通りで、あのままただ盗賊五人の動きを待っていたならこうはいかなかっただろう。これでよかったのだ。だが、手配していた女、というのが気になる。その女が詩亜でないにしてもただ似ているというだけでこうした強硬手段にでてくるのだ。もしこの先もやつらに出会ったならば、その時はまた襲ってくるだろう。レインウォードはそう考え、もしかしたら二人旅は危険かもしれないと危惧するのだった。
その後すぐ、笛の音が木霊した。これは包囲網解除の合図の笛の音だった。盗賊は撃退したのだろうか。詩亜とレインウォードはとりあえず落ち合い場所であるクレスメンの街へとむかうことにしたのだった。
結局、詩亜とレインウォードの二人はまた五日ほどの野宿を経て辻馬車よりは早く来れたがクレスメン。当初の予定より数日遅れでレィナ・セ大陸へと渡ることになりそうだった。本来何もなければ三日早くクレスメンに来れていたのだから。
「お前らのところにも賊が来ていたようだな。討ち洩らしも結講あったらしいぞ。無事でよかったな。ほら、依頼達成の報酬だ」
「ああ。俺達のところへは五人来ていた。だが一人を気絶させたところで戦闘を放棄して去って行ったぞ」
報酬の一〇,〇〇〇セト(銀貨五枚)を受け取りながら話すレインウォード。これは語詩亜との二人分だ。
どうやらギルド員の話では、盗賊と他にも似たような状況になる者たちがいたようで、結局盗賊たちの目的を知ることはできずに今回の盗賊討伐は終わった。
盗賊たちの目的。それは黒目黒髪の女魔法使いを連れて行くこと。何もなければここでそれを言うのだが、そういうわけにはいかなかった。ここにはその特徴に当てはまる詩亜がいたのだから。
もし特徴と同じだからと取調べでも始まったらあらぬ疑いをかけられて投獄なんてこともありうる。ここはそういうところなのだ。詩亜をそのような目にあわせるわけにはいかない。レインウォードは今回のことを黙っておくことにした。
一体何の為に。ここで考えても仕方がなかったが、レインウォードはそのことがやけに気になっていた。あのやりあった盗賊、型が騎士のと似ていた。たしかに騎士崩れと言われればそうなのかもしれない。だが本当にそうなのだろうか。彼らはまだどこかの国に所属しているのではないか、だとしたら国が相手になってしまう。本当に詩亜が目的なのかどうかもわからない。ただ単に特徴が似ている本命がいるのかもしれない。けれど最悪な事態を避けるためにもレインウォードは情報収集も欠かさずにしておこうと決めるのだった。
「これで補給は完了だね。どうするの、もう行く?」
「いや、今日はここに泊まる。もう光の中光の刻(十三時二〇分から十四時四〇分)だ。今から出てもすぐに夕刻だろう。夜野宿する回数を減らすためにもここで泊まったほうがいい」
「そっか。わかった。じゃあ私疲れたから先に休むね」
「ああ、おやすみシア」
「おやすみレイン」
そう言って詩亜は一人先に宿屋の部屋へと戻る。
詩亜はここに来る前、元の世界で背後からレインウォードに掴まれたことを思い出す。あの時は酔っていたからだろうか、怖いもの知らずというかほとんど恐怖は感じず会話までしいていた。しかも触れられても嫌悪感すらなかったのだ。
だが、今日のはどうだろう。思い出すと体が未だに震えてくる。突きつけられた剣の切っ先よりも触れられた箇所の方が気持ち悪く、このまま連れ去られたらきっと想像もつかない恐怖にさらされるのだろうと感じた。それはなぜか知らないが詩亜はその時確かにそう感じたのだった。
「もっと、強くならなくちゃ」
強くなって、誰にも触れられないようにしないと。詩亜は強くそう思う。
自分でない誰かを探され、それに自分を当てはめられること。それは詩亜にとってはとてつもない恐怖だった。なぜそう思うようになったのかは自分でもわからない。ただ、元の世界にいた時はそんなことは考えもしなかったし、またそんな恐怖に陥ることもなかった。こちらの世界にきてからだった。それがおかしいと気づきつつも、詩亜には恐怖に対抗する手段はただ強くなって身を守ることだけ。つまりどうすることもできないのと同じだった。
ベッドの上に座り、シーツを手繰り寄せて身を包む。今はそうすることで心を落ち着かせようとしているようだった。そしてそのままいつしか詩亜は眠りに落ちる。見ている夢はどのようなものなのか。翌日、覚えていることはなかった。
「この方位磁石で方角を調べながら進む。岸辺には渡し舟があるはずだ。それに乗ってレィナ・セへと渡る」
「わかったわ。ねえレイン。私今回のことで思ったんだけど、私、もっと強くなったほうがいいと思うの。だからそのレィナ・セに着くまでは魔法のこともっと勉強しながら行こうと思うんだけど」
「……そうだな。確かに今回のようなことはまた起るかもしれない。それは俺のいない時だってありえる。そうなったとき自分で身を守らなければいけないな。本当はあまり魔力を感じない今は魔法を使わせたくないんだが仕方がないだろう」
そういうことで、詩亜はレィナ・セへ向かう途中は魔法の訓練をすることになった。幸い訓練相手は事欠かない。
まずはそれぞれの属性の第二段階まで覚えなければと詩亜は思う。歩きながら魔法書を出して読むと、第二段階の魔法はこう書かれていた。
土属性
《コ=スィ=シスカ》対象の足元を隆起させて攻撃する魔法。
詠唱は、怒れる大地の隆動、コ=スィ=シスカ。
水属性
《ナ=スィ=キリル》対象の生命力を回復させる魔法。
詠唱は、慈悲の涙、奇跡の雫、ナ=スィ=キリル。
火属性
《キ=スィ=シスカ》対象に炎の塊をぶつける魔法。
詠唱は、深淵にて燻る地獄の火球、キ=スィ=シスカ。
風属性
《セ=スィ=シスカ》対象の状態異常を取り除く魔法。
詠唱は、神秘の囁き、セ=スィ=シスカ。
このうち土属性と水属性は既に発動できることがわかっている。あとは火属性と風属性。これを確かめようと語詩亜は思うがどちらも難しいだろう。火属性は炎の攻撃魔法だ。ここは森のため火事になる場合があって使えない。魔力をどのくらい籠めればいいかも感じ取れない今はどうなるかもわからないのだ。下手すれば大きな火球がでてくるかもしれないと思うと簡単には使えなかった。
次に風属性。これは状態異常の回復ができるのだがこれもなかなか難しい。詩亜は至って健康体だ。レインウォードも同じだろう。ともすればあとはもう毒くらいしか思いつかない。だが毒を浴びるにも毒をもつ生物や障魔に出くわさなければ話にならない。詩亜は困った。
「……というわけなんだけど、どうしよっか」
「なら第三段階のを試すしかないな。その魔法書には確か第三段階まで書いてあったよな。それが使えれば第二も必然的に使えるということになる。そうすれば詠唱の暗記だけをしておけばいつでも使えるということになる」
「そっか。魔法ってそんな感じなんだね。じゃあさっそく第三段階のを見てみるよ」
第三段階の魔法はこう書かれていた。
土属性
《コ=ムィ=キリル》対象により守りを与える魔法。
詠唱は、慈悲たる母の抱擁をその身に纏え、コ=ムィ=キリル。
水属性
《ナ=ムィ=シスカ》対象を凍らせる魔法。
詠唱は、凍てつく大気の波動、氷結地獄に抱かれよ、ナ=ムィ=シスカ。
火属性
《キ=ムィ=キリル》武器に炎を纏わせて火属性を一時的に付与する魔法。
詠唱は、罪を罰する浄化の炎、キ=ムィ=キリル。
風属性
《セ=ムィ=キリル》対象の素早さを上げる魔法。
詠唱は、精霊の悪戯、セ=ムィ=キリル。
語詩亜はまず一番害の少ない土属性の魔法から試すことにした。
「レインに掛けてみるから感想聞かせて。慈悲たる母の抱擁をその身に纏え、《コ=ムィ=キリル》」
すると、ぼうっと黄色の淡い光がレインウォードの身を包んだ。それは《コ=シィ=キリル》よりは力強い光で、レインウォードは暖かな魔力を感じ取る。
「ああ。確かに土属性の防御魔法だ。シア、試しに俺にその辺の石を投げてみてくれ」
「わかった。じゃあこのへんの石かな……いくよっ」
詩亜が投げた石は直径五シィほどの大きさだった。当たればかなり痛いだろう。
ヒュンと音を立ててレインウォード目掛けて投げられた石はぼすっと腹へと当たる。だが、レインウォードは平然としていた。最初はやせ我慢かと思った詩亜だったがどうやら違うようだ。
「全然痛くないな。けっこうな衝撃のはずだが……シアの魔法は効いているみたいだ」
「そうみたいね。第三段階まで使えるとは思わなかったわ。私けっこうすごい魔法使いかも」
「普通は魔力の練り方も魔法によって違うしでかなり繊細なんだそうだ。それをなんの苦もなく扱えるとはな。これはますますエルフの里であるレィナ・セへ行ったほうがいいな」
「繊細なんだ。私はただ出ろ出ろ~って念じてるだけなんだけど。レインの話を聞いていると私がどんだけ異常なのかってことがわかるけど、自分が異常だって思うのもなんかいやよね」
「だからこそ原因を調べないといけないんだ。そのまま魔法を使っていてはやはり危険だろう」
やはりレインウォードの言うとおりエルフの里へと向かい自身を調べてもらったほうがよさそうだと詩亜は思う。このまま何も調べずに使い続ければいつか何かが破綻してとんでもない事態になってしまうかもしれない。そうなってしまっては元の世界に帰ることももしかしたら難しくなるかも。そう思うと郷愁を覚える。はたして帰れる日はくるのだろうか。今はまだ何も掴めていない手がかりだが、いつか必ず帰るんだと詩亜は強く拳を握る締めてそう思うのだった。
「なるべく早くエルフの国の首都レィナ・セに着くといいな」
◇
詩亜とレインウォードがクレスメンから旅立った後、クレスメンの森の奥深くハーシュベルツの森との境目辺りで五人の盗賊が話し合っていた。盗賊達は円を描いて座って顔を合わせていた。
薄茶色の髪の細い男がまず口を開いた。
「ケイト兵長。どうします、後を追いますか」
「いや。まずは特徴と合っている者がいたと報告をせねばらん。それに今から追いかけたとしてどうする。どこへ向かったかもわからんのだぞ」
「それはクレスメンかスタンツリーフでは?」
「その後のことを言っている。俺達が着いたとしてももうそこにはおらんだろう。それをどう探すのだと言っているのだ」
「そうでしたか。では伝令は誰に」
「イドに頼む。ロズ、お前はイアンと共に念のためにまだこの森にいないかだけ見て来い。ルドルスは俺と落ち合い場所のハーシュベルツへ行き本隊と合流する」
「「「「はっ」」」」
仲間から兵長と呼ばれる頬に傷のあるケイト、その隣には薄茶色の髪を持つロズ。ぐるりと右に並んで紺色の髪で冷静新着のイアン、茶褐色の髪色で斧を持つ豪胆のルドルス、赤色の髪のイド。
ケイト、ロズ、イドの三人の種族は人で、イアンはエルフ、ルドルスはドワーフだった。五人は一組でケイトを兵長として活動している。
彼らは盗賊と呼ばれていたが実はとあるところに所属している騎士だった。だがまだその正体を明かすときではないのだろう。国のことなどは一切会話に出す素振りは見せない。
旅慣れた様子でいるがそれもそのはず、彼らはずっと旅を続けているのだ。毎回同じ者を探して。
一体彼らはどこから来て何の為に黒目黒髪の女の魔法使いを探しているのだろうか。それはまだ彼らと彼らの国の上層部以外誰も知らなかった。それはこの先明らかになっていく。




