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非常食6

「実―。そろそろ起きたら?」

 部屋の外から聞こえる母さんの声。

 携帯で時間を確認するとすでに11時を回っていた。

 起こされるもんがないといつまででも眠れそうだな。

 昨日はシュタインたちが訪問してきたせいで、早朝から起こされたし。

 っつーかホントにあれは迷惑だ。

 6時って。

 小学校のラジオ体操でもそんな早く起きてねえよ。

 年寄りか。

 そういえばシュタインって歳いくつなんだろうな。

 意外といっちゃってたりして。

 三十路くらいに見えたけど。


 横を向くと、無造作に置いてあるシャツが目についた。

 昨日、林檎が着てたやつだな。

 ……あれ。

 膨らみがある。

 なんだ、林檎のやつ、また中に入ってるのか。

 また……?

 いや、まだ?

 結構、寝てるよな。

「林檎?」

 妙な胸騒ぎがする。

 気持ち悪い。

 ベッドから降り、シャツの中から林檎を取り出す。

「キュウ……」

 少し弱弱しいが返事をしてくれた。

 寝起きだからか?

「疲れ、取れたか?」

 林檎は頷いてくれるが、いまいち信用出来ない。

「ずっとシャツん中で寝てたのか、お前」

「オン……」

 寝すぎだろ。

 そう笑い飛ばしたいが、なんだかそんな状況でもなさそうだ。

 とりあえず抱きしめる。

 抱きしめてどうなるってわけでもないんだけど。

「林檎……。昨日の夜、夏川から電話あってさ」

「オン」

「あいつ、えらく林檎のこと気に入っちゃってるみたいでさ」

 ……返事は無い。

「昨日会ったばっかなのに、今日もまた会えるかなーなんて言ってたくらいで」

「キュウ……」

 キュウじゃなくてさ。

 こういうときは人型になって、返事してくれないと。

 ……まあ、ぽんぽん変身するなって言ったのは俺だけど。

「俺の前でなら、変身してもいいっつったろ。それで捨てるとかもしねーからっ。ああ、布団、入るか」

 少しだけ腕を緩めるが、抜け出す様子は無い。

 昨日から元気はないように感じたが、寝れば治るなんていう俺の考えは甘かった。


 俺が暗いから、精神的に病んでるんだろうか。

 ネコってそういう人の気持ちに敏感だって言うし。

 ……ネコじゃないけど。

 俺に捨てられないかどうか、やたら気にしてる風だった。

 シュタインが来たせい?

 なんか違うんだよな。

 人型の件も許してるし。

 そうじゃなくて……。

 そうだ。

 いままで食べていた物を聞いたときも、確かちょっとおかしかった。

 布団被っちまってたし。

 言いたくないようなそんな感じで。

 林檎が言いたくないのなら、無理に聞き出すのはやめにしようなんて思っていたけれど、どうもそうはいかないようだ。

 シュタインに聞きだしても構わないだろうか。

 多少不服だがそれしかない。

 あいつのことは気に入らないけど、人の子を預かってるようなもんだし。

 電話してみるか。


「はい、柏ですが」

 意外にも、普通の受け答えだ。

「柏周太郎さんですよね」

「そうですが」

「佐伯ですけど。昨日の早朝、押しかけられた」

「……人聞きの悪いことを言うね。シュタインと呼んでくれ」

「名刺もシュタインにしたらどうですか」

「そこまで堕ちちゃいない」

 お前のボーダーラインはどこにあるんだ。

「で。その佐伯くんが何の用だい? もう数日、持つかと思ってたんだけど」

 ああ、明らかにバカにしてますね。

 イラっとする。

 けど、確かにこいつの言う通りなんだよな。

 まだ1日しか経ってない。

 林檎が来てからは5日目だけど。

「林檎のことでちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「ブラッディね」

「どっちでもいいです。いや、むしろ俺は林檎でいきます」

「……まあいいよ。君も結構頑固だね」

 お前に言われたくはない。

「林檎がそっちにいる間、なに食べてたか知りたいんです」

「それくらい本人に聞けないかな」

 ホントにちょこちょこイラつくな。

 俺だって、本当は頼りたくない。

「少しは聞いてます。それでも一応、確認したいんで」

「ふーん。ブラッディはなんて?」

「……肉だって」

「他には?」

「……言いたくないみたいで」

「……ふーん」

 妙な沈黙。

 ふーんって。

 そう言われても困るんだけど。

「あの、シュタインさん?」

「うん。ブラッディに妙な感情が生まれてるみたいだね」

「妙な感情?」

「気に入らないけど、君に対する気遣いだ」

 俺への気遣い?

 言わないことが?

 まったく意味がわからない。

「よかったな。もしかして自慢話か」

 もちろん自慢話をするつもりはない。

 まあ、シュタインが気に入らない状況ってのになってるのはちょっと嬉しいけど。

「……むかつくからいまからそちらへ向かおう」

 むかつくとか言われたな。

 しかも来るのかよ。

「いちいち来なくていいです。口頭で教えてくれれば」

「口頭で言って君が信じるかどうか」

「いいから言えよ」

 だんだん俺もイラついて、年上に対する敬語を忘れる。

 大きな声をあげる俺に気付いてか、抱いたままの林檎がピクンと体を震わせた。

 なだめるよう、そっと毛を撫でる。

「……人肉だよ」

 人肉?

 人肉ってなんだ?

「……もっとわかりやすく言ってくれ」

「だから言っただろう? いまからそちらへ向かおうって。見せた方が早い。それに君がショックを受ける姿も見てみたい」

「見てわかることなのかよ」

「覚えてるかな。僕が2人の胸を揉んだこと」

 ……一応、覚えている。

「それがなにか」

「結構じっくり見てたよねぇ。僕の手」

「……それ、どうでもいいだろ」

「片方だけしてた手袋には気付いてた?」

 ああ、それはむしろ揉む前から気付いてた。

 変だと思ったし。

「その手袋がなにか関係あるんですか?」

「あの下は半分義手でね」

 だからなんだ。

 ……そう言い返したいのに、妙に胸がざわつく。

 人肉。

 義手。

「俺に義手を見せるつもりだったんですか」

「いや、肉を抉り取る工程を見せてあげようかと」

 肉を抉り取るって?

 一瞬、頭がくらっとした。

 人肉って。

 ……もしかしなくても人の肉だろ。

 シュタインの……?

「……それを食べさせてたのかよ」

「そういうこと。なんだ、結構理解力あるね」

 理解出来ない。

 出来るわけがない。

「狂ってるよ」

「いまごろ気付いた?」

 ああ、ホントに狂ってやがる。

「そんなもん食わせてどうすんだよ」

「勘違いしてないかな、君。僕だって自分の体はかわいいよ。それ以上に、彼女たちがかわいいんだ」

「だから、どうして……っ」

 頭が混乱する。

「彼女たちの望む物を与えてあげる。それが飼い主として僕が出来ることだからね」

 望む物。

 あいつらが、人肉を望んでいるだって?

「それはお前の勝手な解釈だろ」

「だろうね」

 ……ああ、無駄だ。

 こいつはどうやら本物のマッドサイエンティストだ。

「神経を残して、なるべく少しずつやるんだ。じゃないと僕の体は尽きてしまうからね。再生出来るレベルに上っ面の皮膚だけ剥ぐのが理想だけど。それじゃあ満足しない子もいてね。少し深くえぐったらクセになっちゃって。ああ、僕じゃなくて彼女たちがね。まあ、ブラッディはまだあんまり食べてない方かな。他の子らと比べて胸が小さいのはそのせいかもしれない」

 俺の反応を楽しむような口調。

 ベラベラとしゃべるシュタインの言葉が、頭の中に残るくせに処理出来ない。

「……狂ってる」

 結局また同じことを呟いてしまう。

「ああ。僕だって自覚はあるよ。狂ってなきゃ出来ない。……だから君には無理だろう?」

 そうか。

 こいつには絶対的な自信があったんだ。

 俺には出来なくて、自分にはしてやれること。

 彼女たちに体の一部を提供する。

 ……そんなこと、出来そうにもない。

 不意に、和服の女性が見せた涙を思い出した。

 私たちは、マスターに愛されています。

 ああ。

 そういうことか。

 シュタインが身を削ってくれているのを理解してるんだ。

「どうして、昨日言わなかった……?」

「昨日言って、信じたか?」

 信じない。

 いきなり目の前で肉を抉り始めたら、たぶん俺はこいつを警察に突き出していただろう。

「まあ言わなくても、ブラッディの方から欲しがって、君が拒絶して。僕の元へと連絡がくるって思ってたんだけど」

 実際、欲しがられたわけではないし、拒絶してもいない。

 けれど、明らかに林檎は体調不良だ。

「人肉なしで君が飼い慣らせるか、あるいは食べさせちゃうか。期待してたんだけど」

 落ち着こう。

 シュタインは狂ってる。

 全部嘘かもしれない。

 鵜呑みにしていいのか?

 いや、駄目だ。

 もしかしたら、俺を騙そうとしてるのかもしれない。

「……人肉なしで、飼い慣らしてみせますよ」

「まあ、人肉食べてたことを秘密にしちゃうくらいブラッディはかわいい子だから。もしかしたらやってくれるかもしれないけど。そのままブラッディを飢え死にさせるなよ」

「そんなこと、させねえよ」

「じゃあ、危なくなったらまた、連絡待ってるよ」

「失礼します」

 



 危なくなったら。

 ……いつだよ、それ。

 もしかしてもう、すでに危ない状態だったりしないよな。

 林檎の体を抱きしめる。

 たぶん、肉なんてやれねーよ。

 けれど、欲しがるくらいしてくれたっていいのに。

 お前の気遣いや遠慮は、他人行儀だ。

 ……そりゃそうか。

 あいつと違って、まだ5日目。

 俺たちの距離は遠い。

 シュタインの肉は欲しくても、俺の肉は欲しくないのかもしれない。

 あげられないくせに、妙な嫉妬心だけ生まれてしまう。

 俺じゃ駄目なのかって。

 俺のことも欲しがってくれていいのに。


 ……なんだか引っかかってしょうがない。

 林檎が、秘密にしてたのはどうしてだろうな。

 恥ずかしいから?

 違うだろ。

 ……捨てないでって、そう林檎は言った。

 目に涙を溜めて。

 人肉なんかを食べてるって知ったら、俺が嫌うと思って?

 いや、それなら、嫌わないで、でいいだろ。

 いきなりなんで、捨てるにまで発展すんだよ。

 そんなにも俺は、林檎を捨てるような人間に見えるってのか?

「どういうことだよ……。俺がなにか言ったか?」 

 思い出せ。

 もやもやする。

 俺が言ってもいないのに、林檎が気にするわけがない。

 ……俺が言った。

 捨てるって。

 じゃあいつだ?

「………あ」

 不意に、右手が疼いた。

 本能的に、体が思い出すように。

 そうだ。

 なに都合よく忘れてんだよ。

 初めに、噛み付かれて……拒絶した。

 そのとき、食いもんじゃないって、教えた覚えもある。

 それで言ったんだ。

 次噛んだらソッコー捨てるからなって。

 俺が忘れてたこと、ずっとちゃんと覚えてくれたんだ。

 ちゃんと林檎は俺のこと欲しがってくれた。

 他人行儀なんかじゃなくて、初めから意思表示してくれて。

「林檎……。ごめんな」

 林檎を抱いたまま、口元にそっと指を差し出す。

「シュタインには、人肉無しで飼い慣らすなんて言っちまったけど。そもそも飼うとかそういう対象なのかも俺にはわかんねーままだし。頭混乱してんだけどさ。少しくらい噛み付いてくれても構わないから」

 林檎は首を横に振る。

「林檎。捨てないから」

 言い終わると同時くらいに、ぎゅっと抱きしめられる。

 またこいつ、急に人型に……っ。

「うわぁあああんっ」

「…………林檎?」

 大きな声をあげ泣き出してしまう。

 相手が裸だとか、一瞬にして頭の中から飛んでった。

 ただびっくりして。

 落ち着かせたくて俺もまだ抱き寄せる。

 ……泣いている女の子は魅力的だと聞くけれど、どうでもいい女が泣いたところでたぶん、どうでもいい。

 大切だから苦しくて。

 切なくて。

 泣いて欲しくないと思うし、守りたい。

「ひっくっ……んっ。欲しいよぉ……」

 なんだ、俺。

 泣くほど求められてんじゃん。

 俺まで泣きたくなってきた。

 もしかしたら、初めから……出会ったときから欲しがられていたのかもしれない。

 必死で俺の荷台にくっついて、俺の合羽にくらいついてきたときから。


「なあ。俺って林檎にとってただの食料かな」

 たぶん、初めはそうだった。

 聞くまでも無い。

 あんな暴風雨の中、家出して、外には誰もいなくて、やっと見つけた貴重な食料。

 だから追いかけてきてくれた。


 そっと体を離し指を差し出す。

 戸惑う林檎の口の中へ、その指を押し込んだ。

 獣のときに噛み付かれた。

 林檎はなかなか歯を立ててくれない。

「……捨てるなんて言ってごめん。捨てないから。いいよ」

「んっ……」

「食料以上に思ってくれてる? だから捨てないでって言ってくれた? それとも、せっかく掴んだ食料、逃したくなかった?」

「はぁ……ミノル……」

 ああ、俺って結構バカだな。

 シュタインのこと、狂ってるなんて言ったくせに。

 少し肉を分け与えるくらい構わないとも思ってる。

 たぶん、これが林檎たちへの愛し方なんだ。

 自分を犠牲にしてでも生かしたい。

 狂ってる。

 わかってるよ、それくらい。

 自覚出来たところで収まらない。

「……林檎。その代わり少しだけだからな。俺は一緒に生きてたいし」

「ミノルっ……」

 林檎は俺の指を口から引き抜いて、またぎゅっと抱きついた。

 首筋を軽く舐められる。

 ああ、そういえば俺のこと、おいしい匂いがするとか言ってたな。

「ミノル……欲しいよ」

「うん。いいよ」

「でもミノルが痛いのは嫌だよ」

「……少しくらい我慢する」

「よくわかんない。欲しいのに、食べられないしっ。苦しいよぉ……」

 食べられない。

 食べていいって言ってんのに。

 そっと頭を撫でてやる。

「……俺も、林檎のこと欲しいよ」

「ミノル……」

「けど食べたいわけじゃない」

「それって苦しい?」

「……少しね」

「胃の辺が、ぎゅってなる?」

「胸あたりかな」

「……ミノルも一緒だ」

「うん……。そうかもしれない」

 好きってこと。

 そっと口を重ねる。

 ああ、なにやってんだ俺。

 相手は人じゃないのに。

 それでも人の心を持っている。

 俺のこと、求めてくれている。

「林檎……」

 ふっと、俺の腕から林檎が抜け落ちる。

 獣になった林檎が、ぐったりと俺の脚に乗っかっていた。

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