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001▶ 忘れ難い故旧  

 地球上にはあらゆる異世界が存在している。その中でも最もポピュラーな異世界として知られるのは魔法界だ。その名の如く、魔法が一般人に広く知れ渡って、トールキンの指輪物語を再現したかのような広大な大地が広がっている……と言えば科学の入る隙が無いと思われるが、実際の所は違う。魔法界という名前でありながら科学の発展も無視は出来ない。魔法と科学の両立が成功した唯一の世界として、地球上ではアメリカ合衆国に匹敵する団結力を持っている。遠い昔には魔法側と科学側が反発し合って、大陸を巻き込む大戦争を引き起こした。だがそれは古文書に記されているレベルの太古の話しだ。今ではお互いが尊重をし合って良い所を更に伸ばし、悪い所はカバーしようと更なる世界の発展を目指していた。魔法界に住む多くの者はその考え方に好感を抱いて、科学と魔法の両立を支持している。どちらかが欠けてしまえば今よりも不遇な生活が待っていると予測出来るからだろう。誰だって不自由な生活は送りたくない。便利な世の中に発展して欲しいと願うのは当たり前の願望である。


 ところが。


 多くの市民が感じている魔法界の便利性を否定する者がいた。その者は世間一般から恐怖大帝と呼ばれて恐れられている。昔から全世界の掌握を望んでいて、隙あらば大陸全土に攻撃を仕掛ける凶暴な性格の持ち主だ。彼の考え方は恐らく、まずは魔法界を支配してから部下の数を増やして、全世界に宣戦布告をする事だろう。実際、魔法界は地球上で最も影響力のある世界として数えられている。それすなわち、魔法界が落ちるか否かで地球の未来が変わる。恐怖大帝はこれまでに何度も攻撃を仕掛けてきたが、その度に勇敢な戦士が立ち塞がった。戦士達は勇気を振り絞って悪魔の軍勢と戦い、激闘の末に勝利を掴んだ。よって恐怖大帝は毎回、後一歩の所で敗退して自分の世界に逃げ帰っているのだ。世界征服の祈願を達成するためには生き延びなければいけない。戦いに敗れた部下を見捨ててまで必死に生きようとする様は極悪非道な性格を意味していた。それぐらい、執念の意地で魔法界掌握を狙っているからか、部下からの信頼は熱い。彼が支配している世界では文字通りの恐怖政治が行われているにも関わらずだ。その理由は魔法界に襲撃して毎度の如く敗れ去っても、大打撃を与えているからだ。恐怖大帝が進撃した国は例外なく廃土と化し、彼に挑んだ者は瓦礫の下に埋まっている。魔法界でも名の知れた屈強な魔法使いや超能力者でさえ傷一つ付けられず、圧倒的な力の差で惨殺されてしまう。恐怖大帝の強さは折り紙つきであり、彼の力に惚れた者が次々と門を叩くのだ。その中には魔法界で活躍した元戦士も含まれている。有名な立場を利用して恐怖大帝の手駒と化し、スパイ活動を行っている連中だ。連中の多くは魔法界の主要施設に潜伏して絶えず情報を盗み出している。そんな盗人連中を束ねているのがフリューリング・ベソンダースと呼ばれる人物だ。ベソンダースは現在、魔法界で暗躍するマフィアの組織長として世界各国に足を延ばしてきた。表向きの理由はマフィアの勢力拡大だが、本当の理由は組織の中でも幹部クラスの者しか知らない極秘事項だ。ベソンダースの現在地を知っているのも極少数派しかおらず、まさに闇の世界を象徴する人物像へと成り上がっていた。



 ◇



 この先危険の札が貼られた廃工場に一人の男が住んでいた。特定の住所を持たない彼は世間一般で呼ばれるホームレスに近い存在だが、浮浪者とは思えない立派な黒いスーツに身を包み、右手には某高級腕時計が装着されていた。見た目ではお金に困っている雰囲気が一切感じ取れず、むしろ富裕層な格好をしている。とても筋肉質な身体で平均身長を遥かに超えた長身も特徴的だ。彫が深くて目が落ち窪んでいる事から外国人であるのは容易に想像出来る。では何故、日本の廃工場に金持ち外国人が住んでいるのか。考えるだけで理解から遠ざかっていきそうだ。そしてもう一人、謎に包まれた人物が隣に立っていた。彼女も同じくスーツを着込んでセレブな雰囲気を漂わせている。


「この地に潜伏して十年以上経ちますが、未だ有力な情報を得られませんね」


 彼女はそうだと言っていた。有力な情報が得られないのだと。どうやらこの二人は何等かの目的の元に廃工場に身を寄せて生活しているようだ。大富豪がわざわざ薄汚れた廃工場を生活場所に選んでいるのだからただならぬ理由がそこにあるのだろう。人の行動力は理由によって決められる。理由も無しに何となく行動している者などまずいないからだ。勿論、この二人も同じだ。遥か遠くに位置する将来の願望に向かって歩みを進めているようだ。しかし、その口振りから想像するに至って物事は上手くいっていないらしい。大富豪が十年以上の年月を費やして有力な情報さえ入手していないのだから、相当な計画を立てているのが何となく分かる。彼女の切ない声を聞いた男は、まるで悟りを開いたかのような顔をして、テーブルに置かれたワイングラスを持って口につけていた。


「今更何を言っているのだ? 十年経とうが俺の意志は変わらない。恐怖大帝への信仰心がこの地に呼び寄せたのだから、捜索断念の文字など脳内辞書には載っていない。諦めるのは恐怖大帝への背徳行為に等しい。たとえこの先、何十年経過しようとも、有益な情報を手に入れるまで捜索を続けるのが重要だ」


「……分かりました。引き続き調査を行います」


 そう言って彼女は廃工場を後にしていた。一人残された男は依然としてワインを口に流し込んで優雅な昼下がりを満喫している。これからも何も変わらない現状が続くのだろうと悟った表情が印象を深く刻む。口では諦めていない素振りを見せても、内心から発生される淀みない心は表情になって現れる。だから彼を見ていると、隠居した老人を思い出してしまうのだった。



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