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道中にて ~水よりも赤し~

道行くうちに、人影をふたつ見つけた。

男と女。着物はひどく裾が擦れてぼろぼろで、男の方には横に一閃斬られた跡もあった。

互いに寄り添いながら行く姿は、ごく普通の光景だ。

そこに、莫大な怨がひしめいていなければ。




近づくにつれ、女の声が聞こえてきた。男は女にもたれかかってそれを聞いているように見える。

遠目から検分したところでは、この世を踏むための足もあり、姿形どころか魂すらも欠けていないので亡霊ではないと思ったのだが……怨の深さや頭骨に直接響く声は常の人間では在り得ない。

遺し言を聞くべき相手なのかやや思案したが、これも業だ。聞くべき相手でなかったなら、その時は大人しく逃げるとしよう。


「死んでいるのか?」


後ろから問いかけると、二人はゆっくりと振り向いた。


『何をおっしゃる? 旅の方』


やはり答えたのは女だった。男は額すら見えぬほど深く俯いたまま黙っており、年の程も判らない。

女は子供がいてもおかしくない年齢に見えるが、この様子では当てにならないだろう。


「どこに住んでいる? 誰の家族だ? 遺し言があるなら、その者の代わりに聞こう」

『遺し言……? 私に訊いておられるのですか? 旅の方、田舎住まいをからかってはいけません。都よりも生死に近い場所に私どもは住んでおるのですから』


確かにこの辺りは大戦の跡もまだ生々しいうえに、流行病の絶えぬ土地だ。地獄に住むのと大して変わらない苦しみを味わっているのだと聞く。

この二人もそうして死んだのだろうか? 着衣の刀傷の理由は解せないが……地獄とあまりにも近すぎて、死んでもそれと気付かないのかもしれない。


「その男は? 死んでいるのか?」


唐突に、怨が膨れ上がった。

怨だけではない、何か、邪気を感じる。


『いいえ! 息子が死ぬなんて在り得ません! 見なさい! 生きているだろうに!』


そうして母親が持ち上げてみせた男の首は、剥き出しの歯と虚ろな眼窩を曝したしゃれこうべだった。

首も、手も、足も、見紛うことなく肉を纏っているのにも関わらず、顔だけが骸骨の男。

どうりで一言も話そうとしないわけだ。これでは話しようがあるまい。

母親はと視線を移すと、奇妙な力を目に映るほど立ち昇らせてこちらを睨んでいる。


『自慢の息子なのよ。戦で武勲を立ててね、ここいらでは知らない人なんていないくらい』


ふむ、と少し感動に似たものを覚えた。母の愛とでもいうのか、どうやらこの女は息子の生を取り返すために、自ら妖にまでなって息子をここまで蘇らせたのだ。


「顔だけないが……どうしてだか分かるか?」

『顔がない? 誰の?』

「おまえの息子だ。薄々感づいているだろう? 身体があれど、おまえの息子の魂は戻らない。例え肉体が動こうと、魂なき者が話すことはない。ならば、顔などあっても仕方がない」

『何を……!』


虚勢を張り、強気な笑みを浮かべてはいるが、女の口元は引き攣り、震えている。


「息子が本当は何を言いたいか、代わりに教えてやろう」


女の目が見開かれる。静聴せんとする想いに伴って、妖の力も陽炎ほどとなって弱まった。


「母が妖となってしまったがために、極楽浄土を見ることすら叶わない。未だ苦しみ、彷徨い続けている。早く死んでくれ……と」


苦悶の表情を浮かべた、と確かめる間に母親は存在の拠り所とする力を急速に失った。

消えかける女に、再び問う。


「遺し言があるなら聞こう」

『……ごめんね、と、あの子に……』


涙に濡れた声でそう言うと、女は己の存在を殺し、跡形もなく消え去った。

騙されたとも知らず。愚か、の一言に尽きる。

遺し言の依頼をしてきたのは女の本当の息子だ。

未だこの世を彷徨い、人としての境界を失った母がいると知れては、出世もままならぬ。何としても消えてもらわねばならない、と。

女が蘇らせていたのは赤の他人。

顔が蘇らないのは、息子がまだ生きていたからなのだ。怨でこの世に縋る死者であったとはいえ、母親でもあった女には息子の魂を本来の身体から切り離すことができなかったのだ。無理やり引き剥がしてこの器に入れたら、いかにおもしろい結果になったかと思うと、非常に残念だ。


その場を去ろうとすると、元息子の骸骨の手が足首に絡んでいた。

妖の力の残滓がさせたことなのか。しかし、完全な死者に用はない。

腕の骨を踏み折って歩き出すと、それ以上縋ってくることもなかった。

珍しくねむねむ……じゃない、奈々月です。

すっかり遺し言ばかり更新してます;

なにぶん、修正箇所が少なく、少しばかり書き溜まっているので、鳥籠シリーズよりも更新しやすいんですよね……。

鳥籠シリーズは何万字と書き溜まっている分、直したい部分が多くて更新しづらかったりします(苦笑)

さて、道中にて。

ふらふらと依頼をこなしては流れていく主人公の、日常的ワンシーン(?)です。

むしろ、序章の城下でのような、派手な事件のほうが滅多にありません。

なんて地味なヒトなんでしょう……。

派手なヒトを書くことなんて、あんまりありませんが;


それでは、おやすみなさいませ。

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