東京天使Cafe
いらっしゃいませ
ここは 東京天使Cafe
本当は空から皆を視ているの
1 sonokoさん
暑い日差しのなか彼女はドアを開けました
短く切った髪からまで汗が流れるほど、今日は暑いのですね
いらっしゃいませ
お好きな席にどうぞ
彼女は軽く会釈をすると窓際の恥に座りました
お決まりになりましたら、お声をかけてください
彼女はすぐに注文しました
アイスダージリンをストレートでお願いします
きっともう飲み物は決まっていたのでしょう
かしこまりました
テーブルで彼女はただぼーっと外を眺めておりました
日差しは強いけれどこのお店はとっても心地よい温度です
いつしか彼女は眠ってしまったようです
アイスティーをテーブルに運んでから私はそんな様子をみています
からん と音をたてて氷がダージリンティーに溶けていきます
その音を合図に思いの中へと忍び寄ります
彼女の名前はそのこさん
東京都S区のマンションにご主人と2人で暮らしています
何事もなくごく普通に結婚生活は続いていましたが、ただひとつだけ彼女にはどうしても足りないものがありました
それは 子供です
なかなかできない2人は不妊治療も通いました
それでも子供は授からないのでご主人のあきらさんはもうやめようと彼女に言いました
別に子供がいなくても2人で楽しく生きていこうと言ってくれたのです
そのこさんは心にわだかまりこそ残りましたが、そんなあきらさんの言葉にほっとしてもおりました
そんなある日 そのこさんは買い物の途中で偶然営業車から降りるあきらさんを見つけました
驚かせてやろうと近くの塀に隠れて様子を見ていました
あきらさんは一件のアパートに入って行きました
お客さんの部屋なのかな?そのこさんはずっと様子を見ていました
すると あるひとつのドアが開いて中から若い女性が出てきました
ドアの前で待っているあきらさんの頸に抱きつきながら・・・
そのこさんは あっ!と叫びそうになった口を両手で抑えて震えていました
あの人はなに? あきらは一体何をしてるの?
そのこさんはなぜか逃げるようにその場を走り去りました
その夜あきらさんはいつもと同じ時間に いつもと同じように帰ってきました
そして出された夕飯をいつものように 美味しい美味しいと食べているのです
そのこさんは昼間のことを尋ねたい思いをこらえながら、自分も普通にしているつもりでした
それからそのこさんは毎日のようにあの部屋の近くを通るようになりました
でもあきらさんの車はありませんでした
車がないとほっとしながら帰りました
そんなことを続けていたある日、部屋のそばのパーキングにあきらさんの車をみつけました
そのこさんは自分でも抑えようがないくらいの勢いで、あの部屋に向かっていったのです
部屋の前に立つと、怒りと恐怖と羞恥と嫉妬と悲しみとで震える指でベルを押しました
一度押してもなんの返事もないことに異様に怒りが強くなったその指は、ベルを立て続けに何度も押していました
は~い
中から女の声がしてドアは開かれました
そのこさんは開いたドア隙間から、狭い廊下の向こう側、揺れるカーテンの光の中に愛する夫の背中を見たのです
そのこさんは女を突き飛ばし中に靴のまま入って行きました
ちょっと!あんた! なんなのよ!!
女が怒って怒鳴りましたが、そんなことは全く気に止めることなく真っ直ぐにあきらさんを睨んで
どういうこと?
一言だけ言いました
あきらさんは驚きました
慌てて身支度しようと思いましたがそんなこともできません
あんた 誰よ!!
また怒った女が怒鳴ると
あきらの妻です
女に向き直りながらそのこさんは言いました
女は黙りました
そのこ、ごめん、でも、そんなんじゃないんだ
あきらさんはそのこさんに謝りました
ねえ、そんなんじゃないってなに?
自分でも驚くほど落ち着いたそのこさんは静かにそれだけ言いました
すると 女が言いました
あきらはさあ、あんたじゃつまんないって、私の体がいいって、子供もできないあんたより
若い体の私がいいってさ
そのこさんは心に何かが宿りました
浮気なら浮気でしかたないだろう
若い女の体がいいならそれも仕方ないだろう
でも子供ができないのが問題なの?あんたいなきゃいないでいいっていったじゃない!
そのこさんは狭いキッチンから包丁を持ち出しました
そのこ 落ち着け 俺が悪いんだから やめろよな?変なこと考えるなよ
そのこさんは 怯えながら裸でそう懇願する夫の姿がなんとも惨めで、これと何年も夫婦だった自分への不甲斐なさでいっぱいになってしまいました
あきらさん・・・・
笑顔でそう言いながら、笑った彼女に安心したあきらさんの頸めがけて包丁を突きたてました
頸から吹き出す血しぶきを浴びながら、そのこさんは笑っていました
逃げようにも腰が抜けてしまい声もでない女が後ろにへたりこんでいました
そのこさんは その女の下腹めがけて包丁を突き立てました
あんたは殺さない、だって2人一緒に逝かせるものか・・・・
そのこさんは 静かにそう言いました
そのこさんの水色のワンピースはすっかり赤に染まりました
そのこさんは 息も絶え絶えのあきらさんのそばに座り、彼を抱き起こしてしっかり抱きしめました
あなた いいのよ ふたりでもいいの ずっと一緒にいましょうね・・・・
からん ダージリンティーの氷がもうひとつ溶けました
その音でそのこさんは目を覚ましました
ごめんなさい 私すっかり寝てしまいました
そう言うとアイスティーを一口飲んで また泪を流しました
私はダージリンティーが大好きなんです よかったこんな美味しい紅茶はもう飲めないと思ってた
私は微笑んでそのこさんに言いました
そろそろお帰りの時間ではないですか?
そのこさんは 静かに頷くとそっと立ち上がりどうやら財布を探している様子
お客さま お代はいりません
ただ これからの道のり決して順調とは言えないでしょう
ここを出るとすぐに迎えが参ります
行き先はもう決まっていますから ご安心を
そのこさんは ゆっくり会釈をしてこう言いました
ありがとうございます これで2人きりでずっと一緒にいられます
私はドアまで見送りました
ドアが締まるとまもなく大きな車がやってきて彼女は去っていきました
そのこさん ひとつだけ 誤算がありますよ?
あきらさんをどんなに強く抱きしめながら逝ったとしても
2人でおなじ世界にずっと一緒にいられるとはかぎらないからです・・・・・