表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

転生

早速、与えられた肉体を確かめながら、真新しい服に袖を通す。

黒いブラウスに黒いスカート、白いジャケットに青いマントのようなケープ。

教皇庁検邪聖省の制服だ。

所々にシルバーの十字架のアクセがついていて、制服というには少しデザインに凝っているように思う。

思えば、初めてのあたし個人の所有物だ、と少し感慨深く思う。


肉体を与えられたあたしは、長年敵対していた検邪聖省の本部の医務室で目を覚まし、起きるなりブリーフィングするから制服に着替えろと更衣室に連れ出された次第である。

「それにしたって、二週間で欠片を一人探して狩ってくるとかちょっと無茶振りすぎじゃない?」

ため息混じりに呟きながら髪を結う私のそばで、本を捲る小柄な黒髪がこちらを向く。

「大体の場所は把握していますから、そんなに手間ではないですよ。それに、結界さえ張ってくれれば多少周囲を破壊してしまっても構いませんし」

なんだか自分より小さいのに命令されるのは癪であるが、力的には上なので仕方ない。

んー、でもやっぱあたしには青ってちょっと微妙かなぁ、と壁面の鏡を見ながら回って見たり、いろんな角度からみてみる。

「一人でファッションショーやってないで、さっさと行きますよ」

「いいじゃないちょっとくらい…」

「早くしないと消し潰しますよ?」

本を閉じ、その背を苛立つようになぞる。

ハイハイ、スイマセンデシタ。

そしてまた彼女の後をついて行く。

しばらく歩いて、今度は油や金属の臭いのキツイ機械だらけの場所に連れてこられた。

折角新しい服なのに…と思ったところであたしにはこの制服と着替え用のおなじ制服の予備しかないのでしかたない。

狭く細長い部屋だ。部屋の両サイドにはたくさんの機械があり、それぞれが何か武器を保持している。

「や、ダンテさん。その子が例の候補かな?」

奥で機械を操作していた眼鏡の少年が煤けた頬をぬぐいながらやってきた。

「ええ。例のアレ、調整済みましたか?」

彼はこのちみっこの絶対零度の様な視線も慣れているのか、特に気にすることもなくにこにこと笑う。

「うんうん。貰った魔力パターンを解析して最適化したから多分動くハズ。…でも、いいの?使わせて」

「ええ。この程度で壊れたらそれまででしょう」

「何の話?」

「ん、ああ、えっと…」

「説明は後でいいです。どーせコレは多少非人道的なことされたって文句は言わないですし。とりあえず、先に試運転を」

??

よくわからないが言われるままに、ちょうど彼がさっき弄っていた機械の前に連れてこられる。

他のモノと比べても大きく複雑な機械だ。

四方に柱と、中央に剣を取り付けられた柱より大きめな機械。

彼が操作すると、低い駆動音と共に機械が変形し、溝に沿って魔力が流れ、輝き始める。

剣を保持した機械の中央部が開き、収められた赤い剣がこちらに柄を向けて、丁度手をまっすぐ前に伸ばした辺りの高さに降りてくる。

「何?聖剣ってやつ?悪いけどあたしには神働器あるんだけど」

聖剣。それは神働器を使えない人間でも大気中の魔力に干渉し、魔法を行使できる媒介となるデバイス、らしい。向けられたことは数あれど、握ったことなど一度もないから詳しくはない。

「似たようなものではありますが、これはまた別のモノですよ。とりあえず、握ってみてください」

嫌な予感しかしない。

が、刃向かえば消し潰されるのだ。それに比べればマシだろう。

意を決し、その柄に手を触れ、握る。



---瞬間、暴力的な魔力が吹き荒れる。

なにかが、手を伝って体の中に入ってきて、あたしの魔力を吸い上げていく。

魔力が流れ出すのに反応して手の甲に刻まれた封印の式が輝き、熱を持つ。

「この…!!」

更に、意思とは関係なく神働器が引きずり出される。手足に鎧が出現し、剣を握っていない左手に漆黒の剣…レーヴァティンが現れる。

この機械は結界を作っているようだ。機械に囲まれた外側にいる二人は(眼鏡はなんだか慌てているが)何事もなさそうである。

なんか…ムカつく。

溢れる魔力の流れに意識を集中するが、レーヴァティンすら私の制御を離れ、ただ魔力を吹き上げている。

「主人はあたしでしょう?大人しく従いなさい…!!」

吸い出される魔力を剣を介して強引に制御しようとするが、少し焔が混じったくらいで、制御には程遠い。

…なら。

「目覚めよ、剣。邪悪の落胤よ。我が裡を焦がす嫉妬の焔を喰らい、絶望と歓喜の狭間の刧を祓え…ッ!」

コードを解くことで力技で強制的に制御を吹き飛ばし、奪い返す!!

「ちょ、ちょっと!こんな出力見たことないんだけど!っていうか、貰ったデータのスペックを逸脱してる!」

結界が軋む。暴虐のごとく吹き荒れていた魔力が心地よい焔に姿を変えていく。

だが…

「なに、これ…?」

あたしを包む焔は紅ではなく漆黒。そして解いたはずのコードは戻り、レーヴァティンの剣だけが消えている。

「遠隔制御するには貴女の魔力は重過ぎるので、ソレに閉じ込めることにしたのです。まあ、それでも大き過ぎたみたいで本体の形状が変わってしまいましたが、機能は問題なさそうですね」

みれば右手に握った赤い剣は所々にレーヴァティンの形状を取り込んだかのようなフォルムに変わり、黒い意匠となっている。

魔力の暴走が落ち着いたようなので私はゆっくりと焔を消す。

「聖剣として造られたんだけど、ピーキー過ぎて逆に莫大な魔力を保有してないと握ることすらままならないんだよね。僕らは聖魔剣クラレントと命名したのだけど」

そういいながら眼鏡が大きなケースを持ってきて、私の剣をしまう。

「神働器と違って自由に召喚は出来なくなるけど、その分それを依代に発動すれば消費が少なく強力な魔力を操れるはずだよ。だから今までより継戦能力が格段に…」

視界が消失する。

一気に魔力が吸い上げられたため、肉体が悲鳴をあげているようだ。

ああ、そういえばこれ、依り代じゃなくって自分の体なんだっけ…。

床に倒れたのか、右半身に衝撃を感じる。

「全く、だらしないですね。医務室に運びますよ」

「は、はい!」




赤い。真っ赤な街を歩く。遥か遠い記憶にある街だ。

《彼女》の最期に訪れた街。そして、《私達》が産み落とされた地。

たしか、400年くらい前か。その頃と変わらぬ、記憶の通りの街だ。

気を失って倒れたことを思い出し、理解する。

「…ということは、あたしの記憶かしら」

…しかし、記憶違いでなければあの日は三日月だったはずだ。

この空はただひたすらに赤く、太陽も月も、星の一粒さえ存在していない。

そして。

「アーー」

「ィヒーー」

「ミィーー」

奇声をあげる生き物が這いずり回っていた。

記憶の中では、あの街には《彼女》と、それを追う検邪聖省の者しかいなかったはずだ。

そもそも《彼女》のためにその街のすべての生き物が喰い尽くされたのだから。

少なくともこんな幼虫と赤子の混ざったような得体のしれない生き物などは存在しなかったはず。

「なに…これ」

生理的嫌悪感で吐き気を催す。

「見たくないものは焼き払えばいい、か」

指先に焔を灯し、見える範囲の「なにか」に向かって放つ。

赤い焔は蛇のように伸び、それらを串刺しにする。…はずだった。

魔力が弾かれ、何事もなかったかのように這いずり回る「なにか」。

いや、それどころか、全ての顔が、此方を向く。

「…やらかした、かしら」

ずるずると、此方に向かってくるスピードは緩慢だが、数は恐らく数百。

焔の効かない敵が、迫る。

が、それらが避けている場所を見つけた。

「聖堂…」

《彼女》が最後に逃げ込んだ場所。

そこだけを避けて此方に向かっている。

「囲まれる前にどうにか…」

なるだろうか?

でも、そこに行ったところで何かがどうにかなるという保証もないのだけれど、なんとなく呼ばれている。そんな気がする。

レーヴァティンは呼べない。代わりに魔力でイミテーションの剣を作り上げ、手脚に魔力を纏う。

純粋に魔力よりも実体化した剣の形の方が一点突破なら多少効果があるだろう。

とんとん、とその場で軽くジャンプし、剣を逆手に持ち、前に突き出す。

「突き抜ける…ッ!」

地面が割れ、石畳が爆ぜる程に踏み込む。

一気にトップスピードまで跳ね上げ、突き進むが、全身に強烈な負荷がかかる。…やっぱり、肉体はどこまでも枷になる…ッ!

群の第一団が道を阻む。思いの外速いが…突っ切る!

隙間を縫うように駆け抜け、化け物を剣で流すようにしてすり抜けていく。

「うっそ…」

かすめただけの刃が、じりり、と焦げ付くような音を立てて結合を弱め、刀身の縁が浅く溶けたように魔力となって揺らめく。別段重い手応えも、魔力による抵抗もなかったはずなのに…!

しかし突破しきった。すぐに聖堂だ。第二群がくるよりも先に、建物の扉を蹴破って飛び込む。

「……」

赤。

外よりも赤く、塗り込められた礼拝堂。

その祭壇の赤い水晶に、磔刑になったかのような少女が掲げられている。

…そう、私たちは、彼女の紅霊晶から分断された。

『やっと一人、来てくれた』

声が響く。

頭が痛い。視界が揺らめく。

『でもダメ。あと二人いないと、出れないわ』

膝をつく。吐き気が止まらない。

『貴女にお願いする。だから、今は奪わないでおくね』




目を開ける。真っ白な部屋。暗い赤からの対比で眩しく、チカチカする。

「気付きましたか」

ぱたん、と横で本を閉じる音。

「…寝てた?」

「ええ、二時間ほど。まあ、クラレントに食い荒らされた割には早い方ですが」

表情の読めない顔で見つめられる。

…どうにも苦手だ、このチビカラス。

「起き抜けで悪いですが、早速出てもらいますよ。場所はフランスです。話は通してあるので、転送陣で飛んで下さい。あとは向こうで貴女の監視を頼んでありますから」

「…はぁ」

「いいですね。任務失敗は許しません」

「…了解」




左手にクラレントのケースだけを持って転送され、フランスに。

転送陣だから一瞬。長距離でこの速度なら相当の魔力が使われるはず。流石教皇庁ね。

「あ、来ましたよノアさん」

転送陣の前で待っていたのは二人の女。

背の高い金髪の、しかしどこかチビカラスに似た女と、少し幼い印象の青みがかった銀髪の少女。

「はじめまして。ノア=ジャンヌ・メルクリウスです。必要事項だけ説明したらさっさと狩らせろと言われていますが…貴女、一体なんなんですか?何をしたらそんな大罪人扱いであの人が直接管理するほどのことに…」

「いちいち詮索する女は嫌われるわよ。ほら、こっちも命かかってるんだから早く」

二時間寝てたくせに言えることでもない気がするけれど。

それに二週間でしょ…?遭遇さえすれば、殺すか殺されるかするまで戦うのが紅霊晶の欠片。正直あまり焦っては、いない。

「まあ…でもその前に貴女の力を見せて欲しいですね。よろしいですか?」

「ここでは拒否権ないみたいだし、いいわよ。試し斬りもしてないし」

ノアについていき、地下の戦闘訓練フロアに通される。かなり広いスペース。

「一応聞くけど…床とか壁とか吹っ飛ばしても平気?」

「オリハルコン合金を破壊出来るならどうぞ。まあ、私さえ殺さなければなんでも構いませんよ」

オリハルコンか…向けられた聖剣に使われてるミスリル程度なら触っただけで煮沸させてやれるけれど、そっちは試したことないな。

「クラレントの初陣だし、ちょっと試してみようかしら」

『一応こっちでデータとってます。いつでもどうぞ』

先ほどの少女は別室から観戦らしい。まあ、ここにいても危ないでしょうし。

目の前のノアという女は、現時点で私と同程度。得物もおそらく聖剣の類だろうから本気でやっても死にはしないはず。

とりあえず、肉体の限界値とクラレントの威力の確認のためにはいい相手。

「準備は出来ましたか?…いきます」

抜刀と同時、神速で肉薄し、一閃。

思ったより速い、でも、これ私が避けられなかったらどうするつもりだったのかしら、と思いつつも飛び越えて回避、加速しながらクラレントのケースに手をかける。

私の魔力を受け、赤く輝きながらケースが分解、左手の大型手甲、両脚の展開装甲、胸と背中の装甲へと変形する。

脚の装甲はスタビライザーを兼ねたブースター。踏み込みで爆発させるよりも効率がよく、更に跳ね上がったスピードでも防御ユニットのお陰で身体への負担はかなり抑えられている。

「へー、案外便利ねこれ。いいじゃない!」

一瞬、変形時にラグを感じたが、大したことはない。

範囲の広い魔法の追撃も余裕で回避し、急激な方向転換で相手の懐に飛び込む。

「満足させてくれるだけの火力は出るんでしょうね?クラレント!」

小手調べの一撃。調整などせず今まで通り、焔を纏った一撃を放つ。

イメージを読み取ったクラレントは黒い焔が巨大な剣を形成し、レーザーの様な熱の塊となって想像以上の威力で解き放つ。

「ッ!?」

ノアは残像を残すほどの急加速で回避する。

放たれた漆黒の焔は、床を砕きながらかなり離れているフロアの端の壁へ到達、その強固な合金を爆散させた。

手応えとしてはレーヴァティンより軽いが、威力は大幅に上がっている。

「少し…過小評価していたかもしれません。なるほど、コレは確かにあの人でなければ御せないですね」

焼けた跡を見ながら少し納得したように頷くと、すっとこちらに剣を向けてくる。

「しかし、野放しにしてはいけないモノと確信しました。あの人の意にそぐわないとしても、此処で破壊します」

凶悪で冷酷な顔は、チビカラスにそっくりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ