堕天
蒼い世界で目が覚める。
ここが現世でないことを肌で感じる。
ただならぬ魔力の匂い。
多少魔術を囓ったものならこの異常さはわかるはずだ。
本来の世界では流れ続けている魔力が留まり、澱のように、青い雪のようにしんしんと降り積もる。
それは質量より重く、あたしを捕らえる。
…ああ、結城蓮に刺されて止まった欠片が動き出したのね。
肉体はないが意識はあり、今のあたしは純粋な魔力の塊なのだろう。
刺された程度で破壊されるようなものではない。コレはそういうものだ。
依り代とした肉体をはじき出され、一時的に機能を停止されていた。ただそれだけ。
しかし、依り代がなくなったあたしは本来なら転生するはずなのだけれど、それが出来ない状況のようだ。
とはいえ意識を持った魔力の塊でしかない今の状態ではこの状況を打破する手だてもなく、ただひたすらに積もりくる青い魔力に押しつぶされて行くだけである。
「…さながらコキュートスに囚われたサタンね」
ひとりごちるあたしの近く、音もなく少女が立つ。
艶やかで絹のような黒い髪に、陶器のように無機質な白い肌。そして、この世界のように冷たく不気味な蒼い瞳。
白い衣を纏う彼女は、一点だけ生気のある仄朱い唇を動かす。
そして、その甘い声で甘美な言葉を紡ぐ。
「貴女の願い、叶えましょうか?」
天の声のようだった。
あるいは、悪魔の囁きのようでも、あった。
「…は、このあたしが天の眷属?」
思わず嗤う。
彼女の突き出した条件。それは、突き詰めて言えば今までの私とは真逆の生き方をしろ、というものだった。
天に仕え、世界の均衡を崩すモノを排除する。
要するに、あたしの同類を探し出して狩れ、ということだ。
「ええ。やり直したいなら、全てを変えて、生まれ変わるしかないでしょう?」
「…正確には、生まれてすらないわ」
まあ、「死んで詫びる」も同じ理由で使えないけど。
でも滅ぼそうとしたなら、それ相応の報いというならば私自身の消滅ではないのだろうか。
「そうでしょうか。ただ死なれたところで私たちには何も返ってきませんし。償いは生きてこそ。生きて労力で支払いなさい」
つまり、死ぬより酷い目に合わされるってわけですか。
「もしその条件で良いのなら、貴女の望みを叶えます。ただし、貴女の力の全ては私の管理下です。封印をかけて魔力を封じます。もし変な気を起こせばその場で縛り上げて消し潰すことも出来る、ということを肝に命じてくださいね」
この欠片を制御しきる?
…いや、この空間を事も無げに維持し、現時点でこのあたしが彼女になす術もなく圧倒されているのだ、不思議はないか。
「まあ、私の独断で全てを決めるわけにはいかないので、貴女がやる気ならすぐに実地で『試験運転』してもらいます。貴女が、生かすに値する力を持っているか、きちんと証明するために」
しかしそれに値しないならばその場で殺す、と視線で語られた。
「…やってやろうじゃないの」
このあたしに取引を仕掛けたことを、後悔させてやる。