機械の時代
遥か未来の話である。
文明は進化に進化を重ね、遂には自然をも手中に収めた。
気候は人の操るコンピュータによって管理され、全ての動物たちは生態系の流れを人間によって統率された。
地球に正しく“自然”と呼ばれるものが無くなったとき、真の意味で人工の世界が完成した。
機械の時代である。
街の少年トマスはいたって普通な子であった。家族は4人。母と父と弟と。特別裕福というわけでもなく、貧乏でもなく、平均的に幸せな生活を送っている。思想や考え方も周りからあぶれることなく、信奉と差別を同じように繰り返す。当たり前の人間であった。
「トマス! こいつクソしてるぜ」
群がる少年らの一人がトマスにそう言った。
「へぇ、生意気な奴だね! ロボットのくせにニンゲンの真似事なんてしちゃってさ」
トマスはいかにも威張ったふうに、肩を張って少年たちの中心でオドオドするロボットに近づいた。そしてロボットの服を剥ぎ取ったあと、それを引き裂いて投げつけた。
「お前たちは服を着る権利なんてないんだよ! 全てのものはニンゲン様のものだからな」
ロボットは蚊の鳴くような声で止めてくれと懇願する。
「言葉もだ! 言葉だって使っちゃいけないんだ! お前たちはニンゲンに管理される立場にある。権利なんて無いんだよ。恨むのならロボットに生まれた境遇を恨むがいいさ」
終いにトマスがロボットを蹴飛ばすと、一同は声を揃えてそれを笑った。ロボットは抵抗もできずされるままに、ついには動かなくなってしまった。
「聞いてよお母さん。僕は今日もいい子だったよ」
夕食の時間である。トマスは嬉しそうにトリ肉をほおばった。
「そんなことを言って、またロボットをいじめたりしてないでしょうね。お向かいのおじいさんから注意されるのはもう嫌よ」
トマスは内心ドキリとしたが、それを表情には出さず話を変える。
「そんなことないよお母さん。それよりさ、お父さんは今日も帰ってくるの遅いの?」
「さあ?あの人は電話をくれないからねぇ。早くはないでしょうけど」
トマスは心の中で歓喜の声を上げた。お父さんが帰ってくるのが遅いということは、遅くまでナタリーと話していられるということだからだ。
「お母さん、コンピュータ使うね」
「また?お父さんがいない時しか使えないからって、あなたはいつもそうね」
お母さんもあまり関心はしていないようだが否認はしていないから、この際いちいち行っていることは気にしない。急ぎ足でお父さんの部屋にあるコンピュータの前まで行くと、電源を付けて通信の準備をした。
「やぁ、ナタリー。今日もいい夜だね」
画面に映るナタリーに向かって微笑む。
『そうねトム。満天の星空だわ』
彼女は近所に住んでいる地主の娘でトマスのガールフレンドだ。彼らは夜にコンピュータを使って話すのが習慣で、二人共毎日この時間を楽しみにしている。
「僕ね、今日広場にいたロボットを倒してやったんだ。アイツ、僕らの縄張りに糞をしてたんだぜ」
『お気の毒にね。けど壊したりしちゃダメよ。ロボットにだって命はあるのだから』
トマスは心の中で今日のロボットに感謝を求めた。お前が助かったのは僕の彼女のおかげだぞ、僕はお前らに命があるなんて少しも思ってないからな、と。
「ナタリー。もし良かったら、明日一緒にピクニックに行かないかい? そして草原でランチを食べるんだ」
『いいわね! 私はお弁当を作ってくるわ。ああ、楽しみね!』
ナタリーと通信を終えたトマスは寝室へ向かった。もうすぐお父さんの帰ってくる時間だ。こんな時間まで起きていることが知れたら、なんて言われるか。
「あら、おかえりなさい。今日も遅かったわね」
「ああ、集会が長引いたんだ。トマスは?」
「寝ていると思うわ。もう遅いことだし。たまには早く帰ってきて子供と遊んでやってくださいな」
父親は肩をすくめて、答えをはぐらかした。
「それにしても、まただ。またロボットの奴らが問題を起こしたんだ。工場で小規模のデモだ。鎮圧するのに手間取ったよ。何体かスクラップにして見せしめにしてやったさ。ロボットがニンゲンに楯突こうなど――」
「あんまり汚い言葉を使わないでくださいな。子供が聴いていたらどうするの」
ドア越しに両親の話を聞いていたトマスは父親がロボットを壊したという報せに心を躍らせた。
ロボット嫌いの父親のもとで育ったトマスは、ロボットは否定すべき存在であり、自分の周りの環境から排除すべきものであった。偏った思想であるように思えるが、ここではこれは至って普通である。自分が正しい、トマスはそう思って疑わなかった。
翌朝である。この物語の幕引きは至極あっさりとしたものだった。
ナタリーは広場でトマスが来るのを待っていたが、一向に現れる気配はなかった。トマスは来れなくなってしまったのだ。
彼という存在が消えたのである。
終わりはナタリーが広場にやってくる1時間ほど前である。
「ゴホッ、ゴホッ。何だ?喉になにか詰まってる気がする」
トマスは朝おきてから少し調子が悪かった。
咳も止まらないし、なんだか頭がスッキリとしない。まるで何かが欠けてしまったような不思議な感覚に苛まれていた。
「ああ、今日はデートだ。行かないわけにはいかない。準備をして先に待っとかないと」
調子が少々悪かろうと、別に動けないわけではない。今は何よりナタリーとのデートが大事なのである。
「服装はこれで、よしっと」
鏡を見てポーズを決める。これならナタリーも褒めてくれるに違いない、と思いながら。
「ゴホッゴホッ!」
咳が止まらない。痰か何かが詰まっているようで、喉の奥が気持ち悪い」
「何なんだ――ゴホッ」
喉に詰まっていたものが取れて手の上に落ちた。頭は依然スッキリとしないが、喉は通りが良くなった。
「あーあー。おお、スッキリだ。一体何が詰まってたんだよ――」
これが彼の彼としての最後のシーンである。
これ以降、彼の存在は無くなる。
釈然としないものがあるので、その後のシーンを見てみよう。
トマスの母は彼の部屋に入って不思議なものを見た。
部屋の中は散乱していて、壁にはたくさんのこすったような跡がある。そして窓は半分割れたような形で開いている。(ここはマンションだ。ここから何か落ちたのならばひとたまりもないだろう)
その窓から下を覗くと、はるか下に金属の破片がバラバラに散らばっているのが見える。
「トマスはどこ?」
その時、玄関のチャイムが鳴った。半ば放心状態ででると、作業員の格好をした男性が二人たっていた。
「このマンションの下でですね、少年型のロボットが壊れてしまっているのですよ。申し訳ございませんが撤去は少々うるさくなると思いますので、こうしてお伺いして断っておこうという次第でございます。すぐに終わりますので」
「あのウチのトマスが――」
「奥さん」
後ろの男の目が赤く光った。それを見た母の体の動きが止まる。
「最適化ボタンを押せ」
男の一人が母の背後にまわり、背中のあたりを工具で強く押した。途端に、彼女の体がびくりとうねる。小さな機械音がしたあと彼女はゆっくりと目を開いた。
「あら、どなたですか?」
「掃除の依頼を受けた業者のものですが。たいへん散らかった物置があると」
「ええ、こちらです案内しますわ」
機械の時代の始まりに、機械が管理することのできない生き物はことごとく絶滅させられた。その当時の科学力でも管理できない生物は多くいたが、その中で最も早くに滅ぼされたのは自我の強い生物である。
強力なプログラムのもと、その当時地球の殆どを支配していたある生物が世界から根絶やしにされた。
これこそが“機械の時代”始まりの正確な解釈である。
自身が人間であると勘違いをしたロボットたちのお話ですね。
何百年もあとには、人間は根絶やしにされてロボットたちが人間を装って地球で生活する、ってなんか怖いですねw
ちなみに補足しますと、作中の世界では一般人(一般ロボット)は自分たちが人間だと思い込んでます。けど、世界の中枢のロボット(マザー的なw)だけが自分たちは人間でないと知っていて、それを隠しています。
トマスは自分がロボットであるという証明を、口から出てきたもので見つけてしまったのですね。それで自分がわからなくなって自殺をしたと。そう言ったお話になっています。
完璧な人工知能は自分にも嘘をついて、人間だと思い込んでしまうのでは?という仮説が元ネタです。
楽しんでいただけたでしょうか? たくさんの感想を心待ちにしてます!