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紙屑

作者: 秋不待
掲載日:2026/06/11

元公爵令嬢:無能な王太子に国庫横領・反逆の冤罪を着せられ投獄された、王太子の元婚約者。幼少期から長らく王太子宮に住まわされ、后教育&王太子やその周囲に丸投げされた書類仕事に忙殺されていた。やや人間不信の気があるが、書面には信を置く。

騎士:お歴々の複雑な駆け引きの結果、元公爵令嬢への形式上の聴取……という貧乏くじを引かされた、末席の青年騎士。下位貴族の三男坊。寒さは嫌いだが、暑さが好きなわけでもない。

彼女の罪は既に外枠から綺麗に整えられており、だからこれは形ばかりの聴取だった。

つくづく運のないものだ、と、悴む手を都度温石で温めつつ、騎士は令嬢の主張を書き留める。


『私も、私の一族も、国庫からの横領など断じてしていない』

『殿下や、無能な王太子宮の官吏達に代わり私が作り続けた帳簿が、私の無実を証明するでしょう』


無表情でかりかりと石墨を滑らせる騎士の目に一瞬侮蔑がよぎったのを、令嬢はけして見逃さなかった。


「……お前、何がおかしいの」

苛立たしげな"元"公爵令嬢に何と答えたものかと、騎士は少し口を噤む。


「恐れながら……そのような帳簿を、如何に証明なさるつもりだったのかと、ふと思ったばかりです」

「証明?私が作ったのだから、無論私が証明するわ。あの帳簿に逐一著した国庫の動きを私はすべて諳んじられますわ。例えばどの家が何をいくら献上し、あるいはどの家が献納を怠ったか。そして続く戦に宝飾の山、無駄な宴ーー誰が国庫を空にしたのか。ああ、誓って我が家ではなくてよ?」


「……非才のこの身には、些か難しきお話かと」

つい、と不満げに令嬢は目を細める。口元を隠すはずの高価な扇子は入牢時に取り上げられたが、空の右手がいつもの癖で持ち上げられた。

「ええ、ええ、きっと殿下の差し金でお前も来たのでしょうからね。端から理解する気のない殿下の腰巾着には、どんな話も解し難いのでしょう」


令嬢の返答に逡巡を吹っ切った騎士は、ややあって言葉を繋ぐ。

「……難解な話を難解なまま取り回すには生憎学の足りないものでして、いささか卑近な例えをお許しいただきたく。仮に己が騎士団のすべてを知る身である、とします。騎士団の各隊への命令書を己が起草し、それをそのまま各隊へばら撒いたとて、誰もそれに従いますまい」

「当たり前のことではなくて?」

お前ごとき端者の命ではね……と、声には出さずとも目線が雄弁に語った。


「……ええ。当然の帰結です。然るべき方々のご確認を経ていない、()()()の書面です故」


「あの手のものは、然るべき方の手から手に渡り、最後に貴族院の裁可と陛下の印璽を得て、始めて息をするものです。そのに居た方々が皆証人となりましょう」

「しかるに、あるべき経路の外で作られ、どなたかの手文庫に収められた紙束は、所詮書き損じの恋文、暖炉の焚き付け……そうしたものと何が違うのでしょうか」


騎士は略礼ひとつを残して踵を返し、冷え切った牢を後にした。






「あなたは剣で、私はペンでこの国を守るのよ!」

過日、そう言ってはにかんだ幼馴染の姿が騎士の脳裏を過る。


ひょんなことから、王太子宮付きの文官に抜擢された幼馴染。

「ここだけの話よ、聞いてちょうだい!!!殿下はご婚約者さまに書類仕事を丸投げしてるのよ!せめて私だけでも誠心誠意お支えしなくては!!」と頬を膨らます幼馴染。

王太子宮の火災の折、公爵令嬢の「私書」を守れと命じられ、手文庫を抱きしめ業火に呑まれた幼馴染。


侘しい葬儀の間も棺の蓋が開くことはなく、最後の挨拶すら叶わなかった幼馴染。

そして、大事な大事な帳簿の無事を喜ぶばかりで弔問の手紙ひとつ寄越さなかった、高貴なその主君。





折しも騎士が表に出れば、紙屑のように白い牡丹雪が降り始めたところであった。

はは、と漏れた笑いに少しばかり湿り気が混じり、そして氷点下の夜に凍てついて落ちた。

文官:故人。主と仰いだ令嬢ともども、ついぞ自分が守ったのが”ただの紙屑”だとは気づかなかった。


==以下蛇足==

AIの力もあり、帳簿絶対視・記録無双系令嬢が我が世の春を迎える今日この頃。

そろそろ帳簿無双令嬢テンプレ自体への逆張りがあってもよいかと思い筆を執ったものの、趣味を入れすぎてあらぬ方向へ大脱線。完璧な帳簿も夢のまた夢、とかく文字を書くのは難しい。


万一オチまで読んでお口に合わなかったら、おいしいアイスか酒で適宜お口直ししてさっぱりお忘れいただければ幸いです。

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