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異世界転移したのは勇者じゃなくて中古バス業者でした 〜ハイビームがビーム砲なんですが〜

作者: dice_k
掲載日:2026/05/07

 管財物件は、安い。

 その代わり、過去がついてくる。


 俺――真壁遼は、中古バス販売会社で仕入れと整備を兼ねている。

 その日引き取ったのは、倒産した観光会社「星巡観光」の中型バスだった。外装はくすみ、シートは黴臭い。だがエンジンはまだ生きている。こういう車は、磨けば売れる。

 問題は、磨く前にだいたい何かやらかすことだ。


 敷地内で点検を始め、最後に行先表示器のテストをかけた。

「貸切」「回送」「整備中」……順に出していく。

 その中に、見覚えのない表示が混じった。


 ユグラシア深森・旧停留所


 入力ミスかと思い、コードを消して再設定する。

 消えない。

 表示は何度やっても同じだった。


「……まあ、配線だな」

 だいたい人類は、分からないことを全部配線のせいにして生きている。


 電装の確認でバッテリー端子に手を伸ばした瞬間、車体が低く唸った。床下から、金属同士が擦れるような音。次の瞬間、窓の外の工場が、霧に塗り潰された。


 ---


 目を開けると、バスは森の石畳の上に止まっていた。


 スマホは圏外。

 外に出ると、冷たい霧が喉にまとわりつく。遠くで、獣の声がした。

 異世界転移したらまず電波を確認するあたり、我ながら現代人である。


 バスの前方三十メートルほどに、朽ちた標識柱が立っていた。

 蔦を払うと、読める文字が現れる。


 ユグラシア深森・旧停留所


 背筋が冷えた。

 偶然じゃない。


 バスに戻る前に、標識の根元を軽く掘ってみた。

 湿った土の中から、錆びた金属板が出てくる。手のひらほどの薄い板で、角に小さな穴が二つ。昔の時刻表か、停留所札の一部らしい。

 泥を拭うと、かすれた文字が読めた。


「中央門前行き 最終便」


 嫌な汗が噴いた。誰かの悪戯でこんなものを埋める意味はない。少なくとも、ここには本当に路線があった。

 俺は金属板を工具袋に突っ込み、早足でバスに戻った。


 日が落ちる。車内に戻り、ドアを閉め、工具箱を抱えて息を潜めた。

 やがて、窓の外を灰色の影が横切る。

 狼だ。だが、毛並みが霧そのものみたいに揺らいでいる。


 一匹が助走をつけ、車体に体当たりした。


 衝撃音――の直前、バスの周囲で薄い光膜が弾けた。

 車体はほとんど揺れない。影だけが弾き飛ばされ、低く唸った。


「……なんだ、今の」

 車検の検査項目に「結界の有無」がなくて本当に良かった。


 二匹、三匹とぶつかってくるたび、光膜が軋む。

 ダッシュボードの見慣れない計器が、じわじわと赤に寄っていく。

 守られている。だが、無限じゃない。


 運転席に座り直し、計器の下を覗き込む。昨日までなかったはずの小窓に、青白い線が刻まれていた。


 結界出力 78%

 残留護符容量 低下


「護符……?」

 日本語で頼む。せめて取扱説明書をくれ。


 さらに右側の表示が点滅している。

 魔導エアホーン 待機

 聖導ハイビーム 未充填


「なんで武装欄まであるんだよ、このバス」


 意味は分からない。だが、数字が減っていくことだけは分かる。

 このまま囲まれ続ければ、朝まで持たない。


 半分やけくそで、俺はクラクションを強く叩いた。

 ぶおおおおん、という音の代わりに、圧縮された空気の塊みたいな衝撃が前方へ走る。最前列の夜霧狼がまとめて転がり、木にぶつかって悲鳴を上げた。

 鈍い音が二つ続き、うち一匹はそのまま動かなくなる。霧がほどけるように体が崩れ、黒い魔石だけが地面に残った。


「ホーンが暴力的すぎる!」


 計器がまた下がる。

 結界出力 71%


 直後、計器パネル全体が一度だけ明滅した。見慣れない通知音が鳴る。


 討伐判定:夜霧狼 x1

 運行経験値を獲得しました

 RANK UP 整備士Lv1 -> 2

 新規スキル解放:応急魔導配線(軽度故障をその場で復旧)


「は?」

 俺は思わず声に出した。異世界に来てから一番ゲームみたいな表示だ。

 しかも、ちょうど欲しかったスキルである。


 俺は車内灯をすべて消し、反射ベストを窓に掛けた。白い布は獣の視界で目立つ。普段の積み込みで身についた癖が、こんな場面で役に立つとは思わなかった。

 それでも、ときおり車体を掻く爪の音がする。金属に触れるたび、膜が小さく火花を散らした。


 長い夜だった。

 眠る余裕はなく、俺は点検票の裏にメモを取り続けた。

「狼は金属音に反応」「結界は衝撃で減衰」「標識と同名の音声案内あり」――自分が正気でいるための記録だ。


 明け方近く、狼たちは霧の奥へ退いた。

 俺は震える手でイグニッションをひねる。エンジンはかかった。

 生きてる。バスも、俺も。


 転移前に開いていた整備タブレットは真っ黒になっていたが、紙の車検証ファイルは助手席の下に残っていた。

 何の期待もせずめくると、前オーナー欄に赤い訂正印が重なっている。


 星巡観光 → ユグラシア旅客局


 印影は滲み、正式書類とは思えない。だが、見間違いようもない。

 このバスは、こっちの世界の名前を最初から持っていた。


 そのとき、無人の運転席スピーカーから、女の機械音声が流れた。


「次は――ユグラシア中央門前。お降りの方はご準備ください」


 ここがどこでも、帰る道があるなら走るしかない。

 俺はハンドルを握り、朽ちた標識をバックミラーに残して、霧の街道へバスを出した。


 ---


 霧の森を抜けるまで、二時間かかった。

 石畳はところどころ崩れ、側溝は土で埋まり、道は半分、森に食われていた。だが完全には消えていない。誰かが、最低限の通行だけは維持している。


 谷を越えた先で、廃れた検問跡が見えた。槍を持った兵が二人、木柵の前に立っている。鎧は継ぎ接ぎだらけで、疲れ切った顔だった。

 兵たちはこちらに気づくと、逃げるように左右へ散った。巨大な鉄の箱が霧から現れれば、そうなる。

 たぶん俺でも逃げる。


 俺は窓を少しだけ下げ、両手を見せた。

「敵じゃない! 通るだけだ!」


 言葉は通じたが、片方の兵は怯えた声で叫んだ。

「門前へ行くな! 鐘が三度鳴った日だぞ!」


 意味は分からない。だが、止まる理由にはならなかった。


 昼前、街が見えた。

 石壁に囲まれた都市――ユグラシア中央門前。だが「中央」の名に似合わず、門前広場は荒れていた。露店は半分が閉まり、荷車の列は検問で詰まり、子どもたちが空の水瓶を抱えて座り込んでいる。

 交通が死んでいる街の顔だ。物流を見れば、街の体温は分かる。


 門をくぐると、人々の視線が一斉に集まった。

 祈る者、石を拾う者、膝をつく者。反応はばらばらだが、共通しているのは「異物を見た目」だった。


 広場中央の鐘楼で、黒衣の集団が待っていた。

 先頭に立つ女は三十代半ば、灰色の目をまっすぐこちらへ向ける。胸元には車輪と鍵を重ねた紋章。


「私は門守教会、記録官セレネ」

 女はそう名乗り、まるで定刻の列車を迎える駅員のように言った。

「遅かったですね、運搬者」


 俺はブレーキを踏んだまま返す。

「人違いだ。俺は中古バス屋だよ」


「だから、あなたが必要だったのです」

 突然スカウトされた。業界が違いすぎる。


 セレネは俺を鐘楼の地下へ案内した。

 湿った石の廊下の先、巨大な円形ホールがあった。床には古いレールが放射状に伸び、中央には黒い門柱が立っている。門柱には、見覚えのある文字が刻まれていた。


 ユグラシア深森・旧停留所

 ユグラシア中央門前

 灰湖南岸・採掘区前


「この世界には、かつて“路線”がありました」

 セレネは門柱に手を置く。

「人も物も、門を経由して安全に移動できた。飢饉も戦も、今ほど酷くはなかった」


「じゃあ、なんで止まった」


「王国と鉱山ギルドと教会が、運賃と通行権で争ったからです」

 セレネは苦い顔で笑った。

「壊したのは魔王ではありません。人間の利権です」


 俺は言葉を失った。

 どの世界でも、物流を止めるのはだいたい同じ理由だ。


 セレネは続けた。

「あなたの車両は、外界の規格を持つ“中立器”です。どの勢力の術式にも完全には属さない。だから再起動に使える」


「使える、って……俺に何をさせるつもりだ」


「門を一度だけ起動してください。中央門前から深森線を復旧する。そうすれば避難民三千人を北へ移せる」


 三千人。

 数字の重さが、胸に落ちた。


「代償は?」


 セレネは、少しだけ目を伏せた。

「起動時に、あなたの車両が持つ外界座標が焼き切れます」


 帰れなくなる、という意味だった。

 説明が大事なところほど、言い方が冷静なのはなぜなんだ。


 ---


 夜、広場の隅で一人、エンジンルームを開けた。

 冷えた金属の匂い。手を入れれば、いつもの仕事みたいに落ち着く。


 そこへ、昼の兵士が現れた。名をロイと言った。検問の若い兵だ。

「あんた、本当に門を動かすのか」


「まだ決めてない」


 ロイは唇を噛み、街壁の外を指す。

「東の谷に難民がいる。昨夜の夜霧狼で、荷車を捨てて歩いてる。子どもが多い。門が動けば、あいつらは助かる」


「門が動かなくても、馬車で運べるだろ」


「この街にそんな馬は残ってない」


 短い沈黙のあと、ロイは小さく頭を下げた。

「俺は兵士だ。命令しか言えない。でも、頼む」

 この世界に来てから一番まっすぐな「頼む」だった。


 彼が去ったあと、俺は助手席下の車検証ファイルを開いた。

 星巡観光 → ユグラシア旅客局

 滲んだ文字を指でなぞる。最初から、俺は偶然ではなかった。


 逃げようと思えば、逃げられるかもしれない。

 門を使わず、森へ戻り、どこかで一人で生きる道だってある。

 だがそれは、整備記録に「異常なし」と嘘を書くようなものだ。

 見なかったことにして現場を去るのは、職人として一番嫌いだった。


 ---


 翌朝、鐘が三度鳴った。

 中央門前は、避難民で埋まっていた。荷物を抱えた母親、肩を貸し合う老人、目だけがぎらつく傭兵崩れ。誰もが、半信半疑でバスを見ている。


 セレネが合図し、門柱の紋が淡く光る。

「運搬者、決断を」


 俺は運転席に座り、深く息を吐いた。

「回送じゃない。これは本運行だ」


 イグニッションを回す。エンジンが唸り、同時に結界計器が跳ね上がる。

 結界出力 100%

 外界座標 接続中

 魔導エアホーン 待機

 聖導ハイビーム 充填率 46%


 狼の遠吠えが街壁の外で重なった。次の瞬間、夜霧狼の群れが広場へ雪崩れ込む。

 兵士たちが槍を構えるが、数が違う。


「全員、バスの後ろへ!」


 俺は車体を門柱と難民の間に滑り込ませた。狼が何匹も体当たりしてくる。光膜が閃き、衝撃を弾くたび、計器が下がる。

 92、87、81。

 このままでは持たない。


 俺は二度、エアホーンを叩いた。衝撃波で前列は崩れるが、後続がすぐ埋める。

 聖導ハイビーム 充填率 79%

 まだ足りない。


「セレネ! このビーム砲、いつ撃てる!」


「百まで上がれば! ただし一発で結界を大きく削ります!」


 セレネの叫びが飛ぶ。

「門へ接続すれば、外殻が補強されます! ただし戻れなくなる!」


 俺は笑ってしまった。

「さっきからそれしかねえんだろ!」

 営業トークとしては最悪だが、正直で助かる。


 シフトを入れ、門柱へゆっくり寄せる。バス前面が門柱に触れた瞬間、白い光が広場を満たした。

 床のレールが一斉に起動し、失われた路線名が空中に浮かぶ。


 聖導ハイビーム 充填率 100%

 発射可能


 狼の群れが最後の突撃を仕掛ける。

 俺はハイビームレバーを引いた。

 ヘッドライトが白金色に膨れ、次の瞬間、扇状の光束が広場の霧を切り裂く。先頭の狼たちは焼けずに弾き飛び、霧ごと後退した。


「夜道のルールだ。ハイビームは、先に危険を見つけた方が勝つ」


 灰湖南岸・採掘区前

 北鎖街道・避難門

 深森西縁・第三停留所


 人々が息を呑む。狼たちは悲鳴のような声を上げ、霧の中へ逃げていった。


 計器の表示が切り替わる。

 外界座標 消失


 短い電子音。

 それで終わりだった。


 ---


 三日後、中央門前の広場には仮設の発着所ができた。

 王国兵、ギルドの車夫、教会の記録官が、怒鳴り合いながら同じ紙を見ている。通行証の書式を統一する会議らしい。地味で面倒で、でも世界を動かすのはこういう作業だ。

 世界が違っても、結局いちばん強いのは事務手続きらしい。


 俺はバスの側面に白いチョークで路線名を書いた。

「深森――中央門前――北鎖避難門」


 ロイが水袋を持って走ってくる。

「真壁! 次便、子ども優先で二十七名!」


「詰めれば三十いける。荷物は後便に回せ」


「了解!」


 セレネは少し離れた場所で、古い門柱を見上げていた。

「あなたは後悔していますか」


 俺はハンドルに手を置く。

「してるよ。家の風呂とか、コンビニのおにぎりとか、恋しい」

 あと、何も考えずに飲める自販機の缶コーヒー。

 それでも、と続ける。

「でも、ここは整備不良のまま放っておけない」


 セレネは、ほんの少し笑った。

「では記録します。運搬者真壁遼、初便を完遂」


 俺はドアを開け、子どもたちを乗せる。

 最後に乗ってきた少女が、運転席横の標識板を見て言った。

「おじさん、この字、古い。読めるの?」


「読めるようになった」


 少女は頷いて席へ向かった。


 発車前、スピーカーが小さく鳴る。

「まもなく発車いたします。走行中はおつかまりください」


 どこの世界でも同じ案内が、妙に可笑しかった。

 次は「駆け込み乗車はおやめください」も実装したい。

 俺はサイドブレーキを下ろす。


 回送は終わりだ。

 この路線は、いまここから始まる。


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