メモリーの保管方法
「このままでは駄目」
彼女は唐突にそう言った。話の続きだろうかと考えたが彼女とはこの三十分ほど会話をしていなかったのでその可能性は低いように思えた。彼女は開ききった窓を背後に薄ら笑みを作っている。窓は彼女の腰辺りから設置されていて、危ないなと思う。
「何が?」
彼女の唐突な発言は今に始まったことではない。だから特に疑問を抱くことはなく、淡々とそれだけ問えばそれが不満だったのか彼女の眉間に皺が寄った。
「私は貴方を愛してる。貴方も私を愛してる」
「うん。そうだね」
事実だ。でも事実をそのまま口にするのは恥ずかしくないかい?
そう問えば彼女は「そんなことないわ」と即答した。左様ですか。
「で、それがどうかしたの」
彼女が何を考えているのかわからない。彼女はいつもと同じように髪を弄りながらこちらを睨みつけた。
「私は貴方を愛してる。それは変わらないの。でも、貴方は変わらないって言い切れる?」
彼女は怒っているらしい。何故かはわからない。でもこういう時どう返答しても彼女は怒る。だから沈黙していれば彼女は満足そうに続けた。
「私は貴方を愛してる。そして貴方が私を愛してくれている限りは、私は幸せ。でも、貴方が私を愛してくれなくなったら?」
彼女は、こちらに意見を求めているわけではないのだろう。ただこちらを睨みつけながら、独り言を言っている。そう説明するのが一番納得出来そうだ。
「僕が君を愛さなくなる日が来る確証はないよ」
「来ない確証もないわ」
唯一の反論を素早く切り捨てた彼女は、窓から入り込む風に髪を揺らされながら続けた。
「だから、私はこの日を永遠にしようと思うの」
「へえ。写真でも撮るのかい?」
思い出を残しておきたいのだろうか。そう予想して言えば「違うわ」と彼女はいつもと同じトーンで言った。それから窓の縁を両手で掴んで芝居がかった口調で言った。
「貴方は進めばいいわ。でも、私はとどまるの。この日、この瞬間に。……大丈夫。ここには監視カメラがあるから、貴方は疑われないわ。遺書も貴方に疑いわかかるといけないから書いて自宅に置いてきたわ」
いつもと同じ口調、仕草、表情で彼女は身体を後ろに傾けた。こちらが口を挟む隙もないくらい素早く、そして優雅に窓から外の世界へ。
こちらが硬直していると視界から彼女が消え、次いでいくつものクラクションと悲鳴が、開け放した窓から届いた。