友との再会 Ⅰ
アントニオ・チェルトーザ。
アドニア・カラブリタ。
もちろん現在はその当時とは年齢も容姿もまったく違うのだが、このふたりは同じときに同じ男によってこの世界に飛ばされた者であり、元は友人でもあった。
だが、自らがどのようにしてこの世界にやってきたのかもわからない状況であるため、まさかその人物が自分の旧友だとは思いもしなかった。
そういうことで、アントニオ・チェルトーザからの仕事の依頼が届いた時、アドニアの表情は曇る。
なにしろ、彼女が持つ情報には、その男が自分の敵になるべき要素は山ほどあったが、味方と思える要素は皆無。
まして、彼の懐から儲け話が現れるなど、どこをどう見ても考えられるものではなかったのだから。
「さて、アリターナの有名人からのお誘いを私はどう応じたらいいでしょうか?」
彼女が大いなる皮肉を込めてそう問うたのは、当然といえば、当然のことになる。
もちろん、彼女の思いは部下たちにも十分に伝わる。
「カラブリタ様。これは罠です。適当な理由をつけて断るべきです」
「私もプラトナスの意見に賛成です。そもそも用事があるのならこちらに来るべきでしょう。それを『極秘に大きな仕事を依頼したいので来てくれ』と依頼内容も告げずに呼びつけるなどおかしいです」
「我々は現在アリターナの商人たちとの揉め事を四件抱えています。そのすべてとはいいませんが、一件や二件、奴が交渉依頼を受けていてもおかしくないでしょう。大きな仕事を頼みたいと呼びつけて、席に着いたとたん、始まったのがそのつまらない交渉だったということは十分に考えられます。しかも、そこは奴の本拠地。場合によっては……」
「ありえるな」
カラブリタの商会で番頭役を務める側近のベニゼロス・プラトナスとアレキイポス・カルペシリ、それにエルピディオス・カルジッツアは「口角泡を飛ばす」を地で行くように猛烈な勢いで反対する。
あることないこと、いや、ないことないことで組み上げた相手の悪口をこれでもかというほど口にする。
そのひとりであるプラトナスはそれでもまだ言い足りなかったらしく、さらに言葉を続ける。
「そもそもアントニオ・チェルトーザなる男は信用できません」
「というと?」
「奴にはろくな噂がない」
「なるほど」
アドニアは、まずプラトナスの言葉を肯定して彼を宥め、それからそれとは別のものとなる自らの意見を口にする。
「チェルトーザ氏は、国内はもとより国外でも名が通っている交渉官です。しかも、連戦連勝。彼に痛い目を見た者なら必ずそう言うでしょうね。ですが……」
「あなたがたの言うことも一理あります」
「では、早速断りの使者を……」
「いいえ」
「会いましょう」
その前段の言葉から想像もできない決定に一同声が出ない。
一瞬の百倍ほど時間を要したところで、カルジッツアがようやく口を開く。
「ですが……」
だが、言葉が出始めた瞬間、それを遮るようにアドニアが言葉を語り始める。
「私たちの商会はすでにアリターナ国内どころか王宮にさえ食い込んでいます。いずれ大きな揉め事は起こり、かの御仁に交渉を依頼する者は現れることになります」
「つまり、今回会わなくても、いずれ同じような形で顔を合わせなければならないのです。そうであれば、今回招請に応じても問題はないでしょう」
「そして、ここで逃げてしまうと、借りができますが、逆に出向いていけば、貸しになります。それに……」
「私にはこの件について妙案があります」
そう言ったアドニアはその顔に似合わぬどす黒い笑みを浮かべる。
仲間の視線によって指名されたカルジッツアが代表するようにアドニアに尋ねる。
「その妙案とはどのようなものなのでしょうか?」
「それは……」
「私たちが持つ最強の手札を披露します」
「もしかして……」
「そう」
「彼らに護衛を頼みます。そして、かの御仁に教えてやるのです」
「私たちに手を出せばどうなるのかということを」
もちろんその手札とは彼女の商会最大の交易相手。
そして、それをどのように示すかと言えば……。
「あり得ない。これは絶対にありえない……」
アドニア・カラブリタがアリターナ行きを決めてから二日後のアリターナ王国有数の貿易港ヴァルペリオ。
王都に比較的近い天然の良港として発展するとともに、アリターナ海軍の根拠地であるその全景が見渡せる丘の上に立つレストレンのテラス。
カラブリタがどのようにしてやってくるか興味があり、約束の時間よりだいぶ前から、交渉場所として用意したこのレストラン「ポルト・ヴェネーレ」にやってきていたチェルトーザは、その様子を睨みつけながら唸った。
そして、その様子とは……。
お世辞にも大きいとは言えない一隻を取り囲むように進むのは、アリターナ商船はもちろん、そこを母港とするアリターナ海軍の軍船すら威圧する二十隻の大船。
そして、その帆柱にはためくのは間違えようもない意匠が施された大海賊の黒旗。
そう。
その二十隻とはこの世界の経済を裏から支配する海賊の中の海賊である大海賊が所有する海賊船。
しかも、黒旗は二種類。
つまり、八人の大海賊のうちのふたりがそれに携わっていることになる。
「公爵様。いかがいたしましょうか?」
やってきた船があまりにも多かったため、興味をそそられ、つい望遠鏡を使ってしまい、黒旗を確認して腰を抜かした随行者のひとりベルトランド・ジュリアノーバがチェルトーザにそう尋ねる。
もちろんチェルトーザはすぐさま指示を出す。
苦虫を噛みつぶしながら。
「どうもこうもない。アグリニオンから使節がやってくるとしか伝えられていない港の連中がどうなっているかなど見なくても想像できる。おまえはすぐに行って、『あれはあくまで使節の護衛であり、襲撃ではない』と伝えてこい。絶対に手を出すなとつけ加えて」
「し、承知いたしました」
ジュリアノーバが転げるようにその場を離れ、王から借り受けていた宮廷魔術師のひとりとともに間違いなく大混乱になっている海軍司令部に向かうために転移する。
「それにしても……」
ふたりの姿が消えたことを確認したチェルトーザは再び港にやってきたその集団を睨みつける。
……護衛をつけるというのは事前に連絡を受けている。
……そして、アドニア・カラブリタが率いる商会がふたりの大海賊と取引をおこなっていることから考えて、大海賊が護衛船を提供することを可能性のひとつとして考えていた。
……だが……。
「カラブリタの商会と取引している大海賊は、『幻影の大海賊』ボランパックと『鉄壁の大海賊』ワシャクトゥンのふたりのはず。なぜ……」
「なぜ……血色の旗までやってくるのだ?」
血色の旗。
すなわち赤色の海賊旗。
この世界で赤い海賊旗を掲げる者はひとりしかいない。
大海賊を率いる八人のなかで唯一女性ジェセリア・ユラ。
そう。
彼女が率いる五十隻以上の海賊船がその船団の後方に姿を現わしたのである。
「もしかして、奴ら……」
「さすがにそれはないだろう。一応海賊旗とともにアグリニンの国旗を掲げているのだから……」
書記官コンスタンティノー・ペアネッラが口にしかけたその言葉を押しとどめるようにそう言ったものの、実をいえば、チェルトーザ自身完全に自らの言葉を信じているわけではなかった。
……よりによって、八大海賊の中でもっとも好戦的でもっとも残忍であるユラが同行するとは思わなかったぞ。
……さすがに「麗しき大海賊」ユラまで現れたら、海軍としても警戒態勢に入らざるを得ない。
……もっとも……。
……ボランパックとワシャクトゥンの二十隻だけでも手に余るところに、ユラの海賊船まで現れてはどうにもならん。
……一瞬でケリがつく。
……いや。
……もしかしたら、それがユラの目的かもしれない。
……挑発し、恐怖で判断力を失い暴発した我が軍がユラに手を出し、それをきっかけに行動を開始する。
……それは、絶対的強者が、戦いを始める口実を得るため、弱者に強引に喧嘩を売らせるための常套手段ではあり、使い古された手でもあるが、二十一世紀になっても大国が使用しているのを見れば、これがすばらしく有効な手段であるのは間違いない。
……十分あり得る。
……だが、そうはいかん。
「海軍司令部へ追加の伝令。アグリニオンの国旗を掲げる船はすべて我が国の賓客である。最大限のもてなしをせよ。間違って彼らに無礼を働いた者は即刻処刑。これは国王陛下の命だと思い遵守せよ」
「承知しました」
伝令が消えたところで、それらを睨みつけながら、チェルトーザは心の中で呟く。
……少々油断したことを差し引いても……。
……初手は相手の圧勝だな。
……それに、ボランパックとワシャクトゥンだけではなく、あのユラまで連れてくる剛腕ぶりも見事なものだ。
そこまで呟いたところで、チェルトーザは黒い笑みを浮かべる。
……だが、それは私にとってもありがたいことだ。
……あと確かめるのは、本人の実力のみか。
……期待しているよ。アドニア・カラブリタ。