ノルディア人交渉人とグワラニーの会話
さて、ここで補足的につけ加えたいものがあるので少しだけ時間を戻す。
テーブルを挟んでともに偽りの笑顔をつくって形だけは和やかなグワラニーとホルムの交渉の現場。
「……というのが今の状況です」
「つまり、アリターナが始めた愚かな行為のおかげで小麦の価格が急上昇しているということですか?」
「そう。このままでは来期我が国は必要量を買い入れることは難しくなりました。もちろんお金に余裕があれば高くても買うことはできます。ですが、我が国の金庫には現在金貨のかわりに空気を入れてある。まあ、その理由はおわかりでしょうが」
「もちろん」
ホルムがさりげなく口にした嫌味を軽く払い落としたグワラニーは言葉を続ける。
「ですが……」
「そのようなことをしていては、早晩その商人は破綻するのではないでしょうか?そうすれば、小麦の値も元に戻る。というよりも反動で下がるのでは?」
「もちろんこちらもそう読んでいます。ですが、それが今季買い入れた小麦がなくなる前に起こるとは限らないでしょう」
「なるほど」
……つまり、彼らは本当にアグリニオンの商人が金儲けのためにそれをおこなっており、いつか破綻すると思っているわけか。
……だが、あの守銭奴がこの程度の策に乗せられるはずもないし、そもそもどんな状況だろうが損を垂れ流す行為を黙っておこなうはずがない。つまり、これは十中八九アリターナが後ろにいる。そして、このおかしな出来事はアリターナの国策。
……そして、これから起こること。それは、自分たちがもたないという大方の予想を逆手にとってアグリニオンの商人は値崩れを引き起こす噂を流す。そして、買い占めに走った他の商人たちに抱えている小麦を吐き出させ、さらに小麦の在庫を増やす。
……そう。残念ながら、いくら待ってもノルディアの為政者たちが期待することは起きない。
……だが、ここはノルデイア人が信じている筋書きを利用しない手はない。
心の中で悪だくみを組み上げたグワラニーは薄く笑う。
「ホルム殿。先ほど商品後払いの件は了承していただきました。そして、今までの話でそちらの事情も十分に理解しました。そういうことであれば、こちらもひとつ……いや。その前に……」
「まず、言っておきましょう。我が国はノルディアが必要している分を供給できるだけの余力があります。さらにいえば、その気になれば増産も可能」
「それから、そちらの事情を踏まえて我々が買い入れる弓矢の数を、当初の五千人分から一万人に増やすように取り計らいましょう。これで更なる量の小麦を提供することできます。もちろん、ノルディアに対して小麦の譲り渡しをおこなうには我が国の王の許可が必要となりますので、確約はできませんが。それと……」
「ノルディアには、特別な弓があると聞いたことがあります。ですが、それがどのようなものか寡聞にして私は知りません。次回の交渉の際にはそれを見本としてお持ちいただきたい。もし、噂通りになら十分な量を購入させていただけるのではないかと思います」
「さらにもうひとつ。先ほど話したとおり、小麦の値が崩れ、元通り小麦をアリターナやフランベーニュから買い入れることができるようになれば、弓矢の購入代は当初の約束通りノルディア金貨に変更しても構いません」
……まあ、そのような事態になることは絶対にないが、これだけおいしいエサを並べておけば、ノルディアはあるだけ弓矢を放出するだろう。
……そう。そして、一度箍が外れてしまえば、モラルは消える。
……自国兵器が他国の兵を殺すものになるという最後の一線などあっという間に過去のものとなる。
……そして……。
……敵である魔族と取引をするというその行為自体にも。
口に出した言葉とはまったく逆の言葉を心の中で呟いたグワラニー。
だが、その心の声の欠片も見せず、グワラニーはすばらしい笑顔でこの言葉を口にして、その日の交渉を締めくくった。
「では、お互いにいい結果を持ち寄れるように努力しましょう……」




