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動き出す者 Ⅰ

 アリターナ王国の都パラティーノ。

 その一角にある屋敷で主であるその男は険しい顔をしていた。


「……いかがいたしましょうか?アントニオ様」


 その男に声をかけたのはいつもの側近たちではなく、彼の家の執事を長く務めるファウスティーノ・オルバサーノだった。


「自らの土地をチェルトーザ家に貰っていただきたいという申し出はこちらにとって問題になるところはないのですが……」

「たしかにそうだ。だが、かえって何か罠があるのではないかと疑ってしまう。さすが用心深いファウスティーノ。それで、先祖伝来の土地を買い取ってくれと言ってきたのではなく、貰ってくれという相手が出した条件とは?」

「特にないですね。引き続きその土地で働ければそれでいいと」

「なるほど……」


「その男が持つ農地は抵当に入っているわけでもなく、その男自身も罪を犯しているとか借金をしているとかそのようなことは……」

「ありませんね。残念ながら」


「残念ながら、か。随分な皮肉だな。ファウスティーノ」


「だが、こうも同じようなことが続くと何かあると思わざるを得ないな。やはり……」


 自らが所有している農地を、自らの身とともに献上したいという申し出に男は喜ぶ様子はなく、渋い顔のままでそう言った。


「せっかくの機会だ。我が家に農地を寄贈したいというその男に会い、話を聞いてみることにしようか」


「その男をここに呼んでくれ」


 そして……。


「……話はわかった」

 

 アリターナ王国の都パラティーノの一等地に建つその屋敷の主であるアントニオ・チェルトーザとテーブルを挟んで反対側に座るその部屋にはやや似つかわしくない身なりをした男の話は途切れ途切れなうえにまったく纏まりのないものだった。

 だが、その男がとりあえず自らの主張をすべて語り終わると、アントニオ・チェルトーザはそう応じた。


 チェルトーザはさらに言葉を続ける。


「まず言っておけば、おまえの申し出はありがたく受けさせてもらう。つまり、おまえが所有する農地は今後すべて我がチェルトーザ家のものとなる」


「そして、その唯一の条件となる、おまえとおまえの家族がチェルトーザ家に雇われた者として一生農地で働けること。これについてはもちろん約束する。安心して働いてくれ」


「ありがとうございます。チェルトーザ様」

「いやいや、礼を言わなければこちらの方だ。アルリーゴ・タルソニョ。なにしろ私は一枚の銅貨も払うことなく広く肥えた小麦畑を手に入れられたのだから」


「さて、おまえの身分が確定したところで、尋ねたいことがあるのだが、構わないか?」

「もちろんです」


 当然のように返って来るその男アルリーゴ・タルソニョの言葉に大きく頷いたアントニオ・チェルトーザが再び口を開く。


「おまえはあれだけの土地をなぜ私に差し出したのだ?」


 当然といえば、当然の質問である。


 本来であれば、土地を手に入れるためには相応の対価が必要となる。

 しかも、彼が差し出すというその農地は先祖から受け継いだもの。

 さらにいえば、そこはよく管理され豊かな実りが約束された土地でもある。


 チェルトーザの見立てによれば、土地の広さと、耕地の質を考えればアリターナ金貨で百万枚は下らない。


 それをタダで差し出すなどあり得ないことである。

 さらに、同じ農地で働く農民と言っても、自作農と、貴族に雇われた農夫。

 身分も収入も格段に違う。


 なぜそのような道を自ら選ぶのか?

 チェルトーザのその問いに対してやってきたタルソニョの答えがこれである。


「……徴兵です」


 ……やはり。


 チェルトーザは心の中でそう呟く。

 もちろん用意周到な彼は相当な事前調査をしていた。

 いうまでもなく第一に調べるべきは土地を差し出してきたアルリーゴ・タルソニョについて、いわゆる身体検査である。

 さらに、家族。

 そして、所有している土地。


 だが、問題は出てこない。


 その代わりに別のことが浮かび上がる。

 もちろんそれ自体、問題というほどのものでもないのだが、一応言っておけば、タルソニョの子供はすべて女子であった。

 つまり、家を継ぐものがいない。

 もちろん、将来娘の誰かが婿を取れば済むわけなのだが、その前に自分が徴兵によって戦場に送られ、長く戦場に張り付いた挙句、戦死してしまった場合はどうなるのか?

 それこそ、どさくさに紛れて妻や娘ともども土地を誰かに奪われるなどということが起こりかねない。

 そうなるくらいなら、名の通った貴族にすべてを渡したほうが安心である。


 いつやってくるかもわからない徴兵に怯えながらタルソニョはそう考えたのだ。


 ……たしかに大貴族である私の荘園で働く者は徴兵から免れることはできる。

 ……まあ、わからないでもないが、私だって所詮貴族。

 ……今までと同じような生活ができる保証はないだろうに。


 自嘲気味に薄い笑みを浮かべたチェルトーザの問いは続く。


「おまえが住む土地にも多くの地方貴族がいるだろうし、この王都にだって山ほど貴族がいるだろう。その中でなぜ私を選んだのだ?」


「……私なりに調べた結果ということです」


 ……調べた?


 自らの問いに対してタルソニョからやってきたものはチェルトーザにとっては意外なものだった。


「それはどういうことかな?」


 もちろんチェルトーザが問うたのはその内容だったわけなのだが、タルソニョはそれを少しだけ取り違えた。


「先祖から譲られた土地をお渡しするのです。より良い相手を選ぶのは当然ではないでしょうか」


 ……聞き方が悪かったようだ。


 チェルトーザは苦笑し、もう一度聞き直す。


「まあ、それはそうだろう。では、他の貴族よりも私が優れた点というのは何か?」

「チェルトーザ様の土地で働く者の年貢が一番安かったことです」


 ……なるほど。


「……たしかにそれはそこで働く者にとっては大事なことだな」


 言われればたしかにその通りであるものの、チェルトーザはさらに驚き、それから必死にそれを聞きまわっていたタルソニョの姿を思いうかべた。


 ……自作農家でも収穫物の四割から五割は年貢として消える。

 ……まして、貴族領の小作となれば安くて六割。八割以上を取られる者も多い。


 ……まあ、それが収入源なのだから仕方がないのだが、私の領地でも父上が仕切っていた頃は六割を徴収していた。

 ……その点、私は農地からの収入をアテにしなくてもいい。下手に暴れられ本業の足を引っ張られるよりは良いと三割まで年貢率を下げたが、国、そして、他の貴族への影響を考慮し、「他に知られれば徴収率を上げねばならぬ。他言無用」と口止めはしてあったはずだ。

 ……まあ、「開いた口に戸は立たぬ」のはわかっていたことだが。

 ……案外農民のなかでも有名になっていたのかもしれないな。


 ……そういうことなら、次々と同様の依頼が来るのも頷ける。


 ……まあ、私から言わせれば、三割でも十分に高い。

 ……それでも安いと思われるのだ。それだけ寄生虫が蔓延るこの世界が腐っているということなのだろうな。


 ……まあ、それはそれとして、さすがに放っておくわけにはいかないな。


 そう。

 チェルトーザはここで気づいた。

 ようやくと言えなくもないが、彼は貴族の中でも最高位となる公爵家の人間。

 さらにいえば、国政には直接携わっていない。

 そういうことを加味すれば十分早いともいえる。


 ……影響を受けるのが他人だけならそれでも構わないだろうが、国家瓦解などということになれば、間違いなく私のもとにも災難はやってくる。

 ……そうならないように手を打つべきだ。


 ……すでに手遅れかもしれないが、被害を少なくする努力はすべきだろうから。

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