暗殺者として暗躍していた俺、転生先で少女に拾われ一緒に寝る。
「……ちぇっ、まだ夜かよ……。これで何回目だ?やっぱ夜に寝るっつーのは慣れねぇなあ」
月の明かりが窓からすぅーと差し込んでいる。その光の先、男の隣には少女が隣で、すぅすぅと寝息を立てて寝ていた。男はそんな少女の頬をそっと撫でる。
「ったくよ、どうしてこんなことに……今頃俺は任務で忙しくなっていたかもしれないのにどうしてこんな……。それもこれもあの……」
男が最後まで言いかけたその時、ハッとしたような感じでギロッ、ギロッと鋭い目つきで周りを見渡す。すると、ベッドから二歩、三歩離れたところに十歳くらいだろうか。男よりもずーっと背の低い少女が一人、手を後ろに組んで立っていた。
「てめぇ……。よくも俺の前に出てきたな。このクソ野郎!」
「しっー!ほら、静かにしないとあなたの隣にいる子、起きちゃうよ?」
少女は不敵な笑みを浮かべる。男はギロッと鋭く睨みつけたままだ。
「それに、私は"野郎"じゃないし女だし。そこんとこ間違えるとかレディに失礼じゃなーい?あっ、あと、私クソになった覚えはないんだけど?」
「うるせえ、澄ました顔で言ってんじゃねえよ!」
「あーもう!あなたって本っ当にうるさい!そんなにうるさい声で話してると隣にいるかわい子ちゃんに嫌われちゃうぞ〜?ねっ、ブ、ラ、ン、君?」
「一応聞くが、俺の名前がブランじゃないってことは分かってるよな?俺の本当の名前、言ってみろよ」
「え~、本当の名前?……何だっけ。ブランシュとか?」
「俺はブランでもブランシュでもない、ブラッドだ間違えんな!てか、何の用だよ。このクソ女神!」
男、もといブラッドは今にも目の前にいる女神を殺しそうな勢いで質問をする。女神も女神で怯えるとか怖がるとかは一切なく、相変わらず手を後ろに組んでいるままだ。
「いやー、ブラン君今頃どうしてるのかなーって思ってさ……来ちゃった。……てへっ!」
「『てへっ!』じゃねえよ!」
「んー、まあでも案外いい暮らし出来てるじゃん。転生から数日で家を見つけて、さらには女の子を連れ込んでるとは……やるじゃん!」
女神は感心したように言う。まさかこんなに充実しているとは……という意外な感情も入ってそうたが、ブラッドは充実とは程遠いどこか不満げな表情であった。
「バカ野郎、俺がこいつを拾ったんじゃなくて俺が拾われたんだよ!橋の下で野宿してる所を!」
ブラッドが隣にいる少女を指差して言う。女神は心底意外だというような顔でブラッドと少女を見る。
「ひゃー、この子が!?随分と趣味の変わった子も居るんだね〜。で、そんな子とさっきまで寝ていたと……。あなたもこの数日で随分と様変わりしたじゃない!」
「俺は何一つ変わっていないぞ。このまま過ごすのは性に合わない。だから早くこんな所出て行って……」
「でも、私はこんな暮らしもいいと思うけどなあ〜。前世は結っ構ピキピキしたじゃん?このスローな人生もいいもんだと思うけど」
「うるせぇ、俺はいつもピキピキした張り詰めてんのが好きなんだよ」
「……それにさぁ、せっかくこの子が野宿してたあなたを拾ってくれたんでしょ?この子のためにもまだここにいてもいいんじゃなーい?」
「……うるせぇ」
ブラッドはすっかり大人しくなってしまった。どうやら、隣にいる少女のこととなるといつもの乱暴さも身を潜めてしまうようだ。
「……まあ、そこら辺はブランの自由だから。あと、今日は帰らせてもらうよ。ブランの様子も見れたし……」
「おう、さっさと帰れよこのクソ女神!」
「おー、最後までひどい言われようだ。まあ、私にはシエルって名前があるから今度会うときはクソ野郎とかクソ女神とかバカ野郎じゃなくてちゃんと名前で呼んでちょうだいねー?次はその子の様子も見に来るから!……じゃっ!」
ブラッドが一瞬のまばたきをした時にはもうシエルは部屋にはいなかった。あるのは隣にいる少女と夜の静寂、月の光だけである。
「くそ、あのクソ女神……!次会ったときには……」
ブラッドは右手で作った拳を自身の前に持って来て言う。その姿はまるで神にでも誓っているかのようだ。そして、力強い拳からも分かるように、ブラッドはシエルに強い恨みを持っているようだが、いったい二人の間には何があったのだろうか。
────────
見渡す限りの本棚。そこに敷き詰められた分厚い本の数々。あとは重厚な作りの机と椅子がそれぞれ一つと二つ。茶色で埋め尽くされているが、どこか透明感というか透き通っている雰囲気の部屋にブラッドとシエルがいた。
「……あの〜。そこに椅子があるでしょ?座ってくれないと話進められないんだけど」
「ああっ?別に座ってなくても話は出来るだろうが。さっさと終わらせてくれよ。俺はまだ任務の途中なんだ。いきなりこんなとこに連れて来やがって……」
ブラッドは堪らずシエルに向かって言う。少々困惑しているブラッドとは対照的にシエルは慣れたような涼しい顔だ。
「あー、あなたまだ自分は生きてるって思ってるんだ。残念だけど、あなた死んじゃったよ。グサッって刺されてあえなく……」
「嘘つけ!てめぇ、俺にはまだ任務が……」
ブラッドがシエルに向かって走り出して行き、女神の直ぐ側まで行く。鬼にも勝るとも劣らない形相でシエルを睨んでおり、右手の拳はシエルの前で止まっていて今にも殴りかかりそうだ。
「おい、冗談もほどほどにしろよ。……俺の拳はちっとばかし痛いぜ」
「……こんな血気盛んなやついつぶりよ。二十年?いや、三十年ぶりといったところ?」
シエルが目の前に向けられた拳を見つめて言う。
「ところであなた。私を殴ろうっていうの?……面白い、殴ってきなよ」
シエルは目の前の拳を見て淡々とブラッドに向かって言う。また、シエルの不敵な笑みはブラッドを従順な犬のように大人しくさせた。ブラッドは拳を下ろす。
「……分かったよ。死んだことには納得出来ねえが。んで、話ってなんだよ」
「おっ!あなたって案外話が分かる人?それなら椅子にも座ってくれると私とっても喜ぶんだけど」
「……別に立ったままでも話は出来るだろ。じっとしてんのは趣味じゃないんだよ。早く済ませてくれ」
「……これも職業柄ってやつ?まあいいや。」
シエルは机の上に置いてある紙を手に取り、まじまじと眺めている。ブラットはシエルの行動に興味がないのか、はたまた眼中にないのかシエルから離れて周りを歩き回っていた。
「……ところで、あなたにいくつか質問があるんだけど」
「あっ?何だよ」
「まず、あなたの名前、ブラッドって嘘だよね?」
「……どうしてそう思うんだよ。」
ブラットは不思議そうに答える。そんな『?』みたいな顔をされたシエルは困惑していた。
「い、いや、ブラッドって血とか血液とかって意味があるんだけど……。そんな意味の名前を付ける親ってなかなかいないと思うんだよね」
「ああ、確かに偽名だ。コードネームだな」
「じゃあ本当の名前、教えて?」
「……忘れた」
ブラットはとぼけた感じで答える。そんな返事をされたシエルはさらに困惑する。
「は?」
「だから忘れたって。仕方ねぇだろ、ガキのころからこのコードネームで呼ばれてたんだからよ。もうこれが本名みたいなもんだよ」
「……まあいいよ本名はブラッドで。でも、ブランって呼ばせて」
「はあ?別にブラッドでいいだろ」
「私が良くないの。あなたを名前で呼ぶ時、血、血ってずっと言ってるようなものなの、あんま気分が良くないんだよね」
「……そうか?血なんて見慣れたもんだろ?」
ブラットはさも当たり前のようにきょとんとした様子で答えるが、この様子を見たシエルは大きな溜め息をつく。
「ブランにとってはね。……二つ目の質問。職業が暗殺者ってなってるんだけど、これは嘘だよね?いや、嘘であって欲しいんだけど」
「それは本当だな。」
「……そんな誇ったように言わないでよ。あーあ、だからこんなに血気盛んなのか」
シエルは持っていた紙を机の上に置き、頭を抱える。そんなシエルをブラッドは不思議そうを見つめる。
しばらくして、シエルは頭から手を離す。手で押さえていた部分は少し癖が付いている。
「……一応最後の質問。転生先の希望とかある?まあ今更って感じだけど」
「あ!俺、転生って知ってるぞ。ほら、死んだらまた生まれ変わって──ってやつだろ。それならあるぞ?……って、今更って何だよ」
ブラットは『ふふんっ』といったような感じで鼻息を鳴らして言う。しかし、"今更" という言葉に疑問を覚えたのか若干表情が険しくなる。
「ほら、ブランって暗殺者ってこともあってさ、人を殺し過ぎてるんだよね。本当は一人殺すだけでも重罪なのにさぁ……。まあ、希望は聞いてあげられるけど、十中八九地獄行きだろうね」
「はあ!?何だよそれ。俺、また暗殺者にして貰いたかったのに……」
『地獄行き』という言葉と暗殺者にして貰えないことに絶望したのだろうか。ブラットは歩くのをやめてその場に座り込んでしまった。
「うん、流石にダメ。人を殺して無くても暗殺者は本当にダメ。てか、私がその希望を『はいそうですか』って素直に聞くと思ったの?程度ってもんがあんでしょ。ま〜、人間くらいにはさせてあげられるかもしれないけどさー、前世での行いが行いだからねえ」
シエルが言い終わると、手をパチンと叩く。ブラッドはいきなりで驚いたのか少し体をビクッと震わせる。
「確かに希望は聞いた。でも、あんまり期待しないでよ?人間、いやミジンコにでもなったら私に大感謝してよね!」
シエルが立ち上がって誇ったかのように言う。その言葉をブラットは下から鋭く睨みつけて聞いていた。しかしシエルはそんなブラッドのことを気にも留めていない。
「ふぅ〜。ん、まあこれで、質問は全部終わりだけどさ、最後に一つ……」
「まだあんのかよ」
ブラッドが投げやりな感じで言う。もう諦めてしまったのか、明らかにさっきまでとは元気がない。……いや、逆にさっきまでが元気過ぎだったのかもしれないが。
「君は転生するときに前世までの記憶を全て引き継ぐ……分かったね?」
「あー、はいはい。分かったから!早くしてくれ」
「じゃあ目を瞑って……目を開けた先があなたの転生先。どんな結果になっても恨みっこなし。……いってらっしゃい!」
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「クソっ……。転生して人間になったはいいが、それ以外は……」
シエルが帰ってから少し経った時、ブラッドがボソッと言った。ブラッドは転生後も暗殺者になることを望んでいたが、現状は少女に拾われ一緒に夜を共に過ごしている。この理想と現実のギャップにブラッドは苦悩していた。
「いっそ記憶も消えてくれれば良かったのに。記憶があるから腕がまだやり方を覚えてるってのがまた……」
そう、ブラッドは前世の記憶を引き継いでいる。なので、暗殺をするためのノウハウややり方は全部覚えていたのだが……。この世界ではそれそれを活かす場面が全く無かった。
「俺、これからどうなるんだろ……」
ブラッドが言い終わると同時に彼の左手を誰かが握った。ブラッドは一瞬ビクッとした後、手を握っている少女の顔を見た。少女はまだ眠いのか目は半開きで、どこか寝ぼけた様子だ。
「あっ……。起こしちまったか。ごめんな、アルナ」
「……ううん、だいじょうぶ……。……だれかとはなしてた?」
「ん?いや、独り言だ」
「そっかぁ……。……。アルナね、ゆめをみていたの……」
「へぇ。それは一体どんな夢何だ?」
「えへへ……。アルナとブランがいっしょにさんぽするゆめ……。アルナがブランとなかよくなりたいっておもったからかなぁ……。」
ブラッドは夢のことを聞いて、胸がキュッとする感じがしたのか右手で胸を押されている。ブラッドは早く暗殺の任務を見つけてここから出ていきたい。アルナはブラッドと仲良くなりたいと全く正反対なことを考えているからだろうか。
ブラッドがしばらくの間何も切り出せないでいると、アルナの方から話しかけてきた。
「……もうねちゃった?」
「いいや、起きてるぞ」
「……ねえ、アルナがねるまでいいこ、いいこしててよ」
「……こうか?」
アルナはそう言って、座ってるブラッドの近くに頭を寄せてきた。そんなアルナの頭をブラッドは優しく、丁寧に撫で始めた。慣れないことなのか、若干ぎこちないような感じもするが、アルナは満更でもない様子だ。
「……ねえ、ブラン。あたま、すこしこっちによせて……」
ブラッドがアルナの頭をナデナデし始めてから、少し経った後、アルナがまた頼み事をしてきた。ブラッドは一旦ナデナデをやめ、さらに自分の頭をアルナの方に寄せていった。
「……こんな感じでいいのか」
「うん……。えへへ」
何が始まるか分からなくて少し冷や汗をかき始めたブラッドとは反対に、アルナは微笑んだままブラッドの頭に手を近づけてきた。
「……えへへ。ブラン、いいこ、いいこ……」
アルナがブラッドの頭を優しく撫で始めた。初めは何をされるか内心ビクビクしていたブラッドではあったが、頭を撫でられた瞬間どこか本当に力の抜けた顔つきになっていた。
「……ブランのナデナデ、よかった。てがおっきくて、あったかくて、それにどこか……」
「……すぅ……すぅ」
アルナは言いかけたまま、また眠りに入ってしまった。しかし、その顔はさっきのシエルが現れる前とは少しだけだか優しさ、やら充実感などが入り混じったような寝顔になっていた。
「……おい、寝たのか?」
「……すぅ、……すぅ」
ブラッドが話しかけても聞こえるのは寝息ばかり。それを聞いたブラッドは自分もまたアルナの隣で寝転がる。
「全く……困っちゃうよな。アルナ……」
そう言い、ブラッドはアルナの頭を二度、三度と撫でる。起こさないようにとさっきよりもぎこちなさが増しているが、これもブラッドなりの優しさというものなのだろうか。
ブラッドはアルナの頭を撫でるのをやめ、アルナと体を向かい合わせて目を瞑り、そして直に夢の中に落ちた。
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……チュン、チュン
次にブラッドが気づいたとき、小鳥のさえずりが耳に入ってきた。かすかに開いた目には十分過ぎるほどの太陽の光。また、小鳥のさえずりの他にもトントンと何かを切る音もかすかに耳に入ってくる。
ブラッドが起き上がってまずはあくび。次に目を擦る。隣を見てみると、向かい合って寝ていたはずのアルナの姿は無かった。
「ん……。おーい、アルナ〜?」
ブラッドが呼びかけるも反応がない。いくら待っていても仕方がないので、ブラッドはヨイショと重い腰を上げてヨロヨロとアルナを探しに音の出どころを目指して部屋から出た。
「あっ、ブラン!おはよう!」
アルナはキッチンにいた。スープの匂いが一帯に立ち込めている。
「……ああ、おはようアルナ」
「ブラン、まだ眠い?……朝、弱かったりするの?」
「ん……、まあ、弱いな。もとから」
暗殺の任務の時間帯というのはいつも夜だった。そのため朝は寝て、夜は任務に勤しむいわゆる昼夜逆転の生活をしていたのだが……今は朝に活動をして夜に寝るというごく普通の規則正しい生活を強いられているため、ブラッドにはキツイものがあった。
キツイと思っていても今はアルナのために頑張っている。いずれはこの家を離れたいと思っているブラッドが。
「もうすぐ朝ごはんも出来ると思うから顔洗ってきなよ!あっ、洗面所の場所は分かるよね?まあ、探せばあるよ。この家そんなに広くないし……」
「……へいへい」
そう言われたので、早速ブラッドは顔を洗いに行くことにした。相変わらずヨロヨロと危なっかしい歩きをしているがさっきよりはいい。
しばらくしてブラッドが顔を洗い、アルナのいるキッチンに戻ってきた。しかし、そこにアルナの姿は無かった。周りをキョロキョロとしているとアルナの声がしてきた。
「あっ、ブラン!ここだよ。早く朝ごはん食べよ!」
声のする方を見てみると、アルナはイスに座っていた。目の前のテーブルには二人分の朝食であろう、パンとスープ、水が用意されている。
ブラッドは少し小走りで行き、アルナの向かいのイスに座る。
「じゃあ冷めないうちに食べよう!アルナもうお腹ペコペコ!」
「ん、って、ちょっと待って〜!」
「な、何だよ……早く食べようって言ったのはアルナじゃんか……」
ブラッドはパンを手にとっていたが、アルナに待ってと言われたので渋々皿の上に戻した。ブラッドは待ちきれない様子でアルナの次の言葉を待つ。
「アルナね、食べる前にはいつも"いただきます"って言うことにしてるの。だからブランにも言って貰いたくて……」
「何だよその言葉。聞いたことねえぞ」
「なんか東洋の方では食べる前に言うんだって。この言葉には食べ物とか動物に感謝するっていう意味があるらしくて、それを聞いていいなーって思って言うことにしてるんだ〜」
「……まあ、アルナがそういうなら。……早くしようぜ冷めるぞ」
「そうだね!じゃあ、せーの……」
『いただきます!』
二人の威勢のいい声が響く。アルナは先にスープを飲もうとしてふぅー、ふぅーとしているが、ブラッドといえば言い終わると同時にすぐにさっきのパンを手に取り食べ始めた。すると、たちまち口の中はリスのようになった。
「……あのさ、もうちょっと味わって食べないの?……早くない?」
「ん?もがもが」
「……口の中の物を食べてから言おうよ。待つから」
「……あ、ああ。そんなに味わうとか考えたことは無かったな。ただ腹がいっぱいになればいいって思ってたから……なにかまずかったか?」
アルナの少し呆れたような顔を見て、ブラッドは少し下手に出て答える。
「いや、まずくはないけど……。そこはブランの考えもあるし。でも、アルナはせっかく作ったからもう少し味わって、ゆっくり食べてほしくて」
「……なんかごめんな」
ブラッドはバツの悪い顔でアルナに頭を下げて謝る。相変わらずパンは持っているままだが。そんなブラッドの姿を見て、アルナはアワアワと少し慌てている。
「ま、まあこれは私が思ってることだから……!う、うーん……あっ、そうだ!お話、お話しよう!アルナ、ブランのことよく知りたい!」
「だから、顔を上げて……?」
「……許してくれるのか……?……俺、死ななくてもいい……?」
「もうっ、なんで死ぬ必要があるの!私は全然怒ってないから!」
「本当か……?……何話す?」
ブラッドは顔を上げてアルナの方を見る。その顔は若干泣きそうな気がするが……気のせいだろう。アルナはニカッと笑って少し元気になくなったブラッドを励まそうとする。
「うーん、そうだなあ……。あっ、スープ!スープの味、どう!」
「んっ?ああ、この野菜のスープか」
アルナはブラッドのスープを指差して言う。ブラッドの言うように、ブロッコリーやトマト、黄色のパプリカなど、色々な種類の、色々な色の野菜が多くあり、見ているだけでもお腹が膨れそうだ。
「そういえばパンに夢中で全然飲んだなかったな……どれどれ……」
「んっ!これは……!」
「ど、どう?」
アルナが恐る恐るブラッドに聞く。その答えを聞くまでアルナの表情はどこか硬いものだったが、それはすぐにほぐれていった。ブラッドがとびっきりの笑顔を見せたからだ。
「う、うまいっ!こんなうまいものは初めてだ!アルナって料理うまいのな!」
「えっ、え、えへへ……」
アルナは褒められて顔を少し赤くして照れている。そんなアルナを尻目に、ブラッドはスープをゴクッ、ゴクッと飲んでいき、今にも飲み干しそうだ。
「あっ、そう飲み終わりそう〜!ちょっと早くなーい!」
「す、すまん」
「……いいよ、すぐに飲み終わるくらいアルナが作ったスープがおいしいってことだもんね!」
アルナがふふんっと鼻を鳴らして言う。
「俺からも質問いいか?」
スープを飲み干したブラッドは質問をする。アルナはどんと来い!というような感じだ。
「なあ、どうしてアルナは昨日俺を拾ってくれたんだ……?夜の河川敷の橋の下、そんなところから俺を見つけて……」
「ああ、それ?」
ブラッドは重い感じで質問をしたようだが、アルナは軽い感じで答えようとする。
「それはねえ……。ブランがどこか寂しそうな、話しかけてほしそうな背中をしてたから、かなあ……。」
「寂しそうな背中って……俺、そんなんだったのか!?」
「他の人から見れば分からないけど、少なくてもアルナにはそう見えたの。それで居てもたってもいられなくて……」
「……そうか。もう一つだけ言いたいことがある。俺を見つけてくれて、拾ってくれてありがとう。……嬉しかった」
ブラッドはアルナに向かって深々と頭を下げる。アルナが顔を上げてくれと言っているが今度は上げる気配がない。
今までは、早く暗殺の任務をするためにここから出ていきたいと思っていたブラッド。……少なくとも、心の中ではそう思っていた。しかし、アルナと接していくうちに自身の本当の気持ちに気づいたのだろうか。
あるいは、ずっとこの気持ちには気づいてひた隠しにしていたが、ついに吹っ切れたか……どっちかはブラッドに聞かないと分からない。
ずっと頭を下げていたがようやく頭を上げる。テーブルを額をくっつけていたためか少し赤くなっている。
二人とも黙々と食べる時間が続き、沈黙が続いた後アルナがある提案をする。
「ねえ、食べ終わったらお散歩にでも行かない?今日は天気もいいし!」
「おっ!それいいな!」
「えへへ。そうと決まれば早く食べなくちゃ……って、ブランもう食べちゃったの!?」
「あ、ああ。これでもゆっくり食べたほうなんだが……」
「……ちょっと待ってて。アルナ、急ぐから」
「……はい」
前世では暗殺者としてピキピキとした人生を送っていたブラッド。転生先でも暗殺の任務を淡々とこなすと思っていたみたいだが、アルナとの出会いによってゆったりとしたのんびり気ままな人生もいいかもな、そうも思うのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!もしよろしければ評価等よろしくお願いします!