親愛なる異端者に幸あれ 一章 邂逅 #2
「痛たた・・・・・・」
梶原に殴られた頬を擦りながら真っ暗になった学生寮の道を歩く。あの後、梶原は頬を真っ赤に染め、闘牛が赤い布を見た時のように翻訳不可能な声を出しながらどこかに行ってしまった。しかし今日はスマホを落としたというある種の“非日常”に巡り会えたし、明日こそは“非日常”が始まるのかも!と思ったが、梶原の件を考えるとスケベ要素皆無だが何かしらのラッキースケベの延長線である可能性もあった。
クソデカため息がでる。
とぼとぼと下をみて歩いている近衛の顔に何かが当たった。梶原からの傷が染みて顔をおさえながら「くぅ〜」と情けない声を出して見るとそこには糸でぐるぐる巻きにされて街灯からてるてる坊主みたいに吊るされていた人形があった。吊るされていると言っても首吊りとかそうゆうショッキングなものではなく、糸で胴体をぐるぐる巻にされて吊るされていた。白髪で褐色肌、ケモ耳が着いた黒いフード付きのパーカーにショートパンツの服装、目の下には刺青のような黒点が目を囲うように等間隔であり、身長が一メートルも満たない人の人形だった。
「何だこれ?」
ふと人形を手に取ると指先から心臓の脈拍のような振動が伝わってき、人間の体温のような温かさがあった。近衛は「うわぁ」と驚きの声を上げて掴んでいた手を離した。すると糸で吊るされているため振り子の様に動き、ガンッと明らかに人形をぶつけた時に出る音じゃない音を発して街頭の柱に当たった。恐る恐るもう一度手に取ると人形ではない赤子くらいの重さで、フードで気づかなかった目を閉じすやすやと眠っていた。 人形ではなく小さな女の子だった。
近衛には意味が分からなかった。
この法治国家の日本で干し柿を作るかの如くこんな小さな女の子が街頭に吊るされているのだ。一瞬にして事の重大さに気づいた近衛は糸を解いた。何故か糸は蝶蝶結びの繋ぎ目があり、ハサミを使わずとも解くことが出来た。女の子をぐるぐる巻にしている糸をくるくると手で巻き取って解放してあげた。解いた糸は刺繍で使うようなものではなく、ピアノ線のように硬い材質だった。
ただの平凡な高校生の近衛でもこの状態は明らかに異常であると感じた。
近衛は辺りをキョロキョロ見渡したが怪しい人影や気配などはなかった。吊るされていた少女も少女でぐったりしている様子もなく、本当に普通の幼児少女のような愛くるしい寝顔で寝ている。
「どうゆう事だよ・・・・・・」
取り敢えず警察に通報すべきだとポケットに手を入れスマホを取り出す。だがここでひとつの疑問が浮かび上がる。
「本当に警察に通報していいのか・・・・・・?」
この国の治安維持組織の質が悪いという訳では無い。むしろその逆、“質が良すぎる”のだ。この帝都は現在の混乱した世界においては数少ない平和を享受できている都市である。入るのも出るのも徹底された検査やパスが必要となり、街中に張り巡らされた監視カメラ、そして警察や各校の生徒会所属の警備部と風紀委員といった治安維持組織によるパトロール。更に憲兵ドロイドによる巡回もある。この帝都では万引き程度の犯罪は起こるがテロや暴動といった過激的な犯罪は一切起こらない。もちろん万引きだろうがすぐに犯人はしょっぴかれる。
だからこそこの出来事が不可思議でしかない。少女を誘拐した出来事が発生した時点で警察などは動くはずであるのに誘拐+学生寮の街灯に吊るすといった手の込んだ事まで出来ている。明らかに治安維持組織もグルではないのかと疑うほどだ。
近衛は頭をかきながら考える。大前提はこの女の子の身の安全。
だが近衛は他人のために自分を犠牲にする自己犠牲主人公キャラではない。翌朝学生寮前に冷たくなっている少女を見るのは目覚めが悪い。ただそれだけだ。
自分の答えは“助ける”だ。
さて次はどう助ける。
治安維持組織もグレーと考えるとこの人目のつきにくい夜に通報して目撃者の自分も事件に巻き込まれるのは勘弁だ。
となると明日、人目につくように直接警察署に駆け込んで事情を説明し、この子を保護してもらうのがベストであろう。家に一晩少女をおくのは社会的にどうかとは思うが、夏休み初日に目覚めが悪いことになる方が勘弁だ。
言い訳はいくらでもできる。
そう思い近衛は少女を腕に抱えて自室がある学生寮へ向かった。