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親愛なる異端者に幸あれ 一章 邂逅 #1

夕日で照らされたここ帝都のとある商店街で少年は小さなトレーに転がる金色の小さな鉄球を見つめていた。夕日の光に照らされていたこともあってか、この金鉄球は無駄に神々しいオーラを帯びていた。


「おめでとうございま〜す!一等、温泉旅行ペアチケットの御当選!」


赤のハッピを着た係員が景気よく小さなベルを鳴らす。周りの羨望や感嘆の視線や声が少年に向かうが、当の本人は浮かない顔だった。少年は言葉を発すること無く、当たり障りのない笑顔で景品を受け取り、店が立ち並ぶ商店街の道を抜けていった。

一般人なら景品がなんであれ、一等賞が当たった幸運に胸を踊らせ、今ならなんでも出来ると思えるほどの高揚感や自信が湧き上がるだろう。だが少年にとってはこれが”日常”なのである。

少年の名前は近衛大和、見た目は冴えないどこにでもいる眼鏡男子高校生だがその実、神に愛されていると言っても過言では無い程の幸運の持ち主だった。

福引、ガラポンエトセトラ、何を引いても一等賞。自販機のスロットは毎回ゾロ目。ソシャゲのガチャは毎度SSR。数学的におかしい幸運値を叩き出す男だった。

だがこの幸運は少年にとって最悪の才能だと思っている。毎度毎度のくじ引きで旅行券だの、商品券など、高校生が使うにはハードルが高いし、自販機で一本欲しいだけなのに毎回もう一本ついてくる。低レアの推しキャラはいつまでたっても来ない。物事、なんでもインフレしているとつまんないを通り越して災いである。

そしてさらにタチの悪いことにこの幸運は時々ベクトルがおかしい時がある。最近の出来事を例に挙げるならば先生に用事を頼まれ入った教室が女子の臨時更衣室になっていて着替え中の女子と鉢合わせしてしまったことがあった。俗に言う”ラッキースケベ”が時々起こる。

しかしこの幸運?も女性経験が全くないため精神をすり減らしてしまうことから近衛にとっては嫌で嫌でしょうがなかった。


「今日もツイてねぇ」


この体質故、いつも近衛は幸運でない日常、つまり“非日常”の到来を心待ちにしている節があった。そのため「今日こそは!」と引いたガラポンでいつも通りの結果に落胆を隠せなかった。

今日が一学期最終日の七月二十日で明日から夏休みなこともあり、こんな時間まで遊んでいたことや、気分のせいで足取りが重いこともあってか、夏なのに空はもう夕暮れの色に染まっていた。ビル郡もオレンジ色に染まり、側面に備え付けられた巨大モニターには夕方によく見るニュースキャスターが映っており、ちらほら会社終わりの会社員の姿も散見されるようになった。今日が一学期最終日もあってか、土地柄もあり普段あまり見ない量の学生が街に溢れ、度々近衛の足をさらに遅らせていた。

ここ『帝都学生区』は旧東京都、旧神奈川県、旧埼玉県、旧千葉県、旧茨城県の五つの都道府県を合わせた“帝都”の一部で、日本一学生が多い街でもあった。そのため、こうゆう日には多くの学生が夜間外出許可を申請して街に繰り出している。

近衛も可能なら夜の街に繰り出したかったが、友人がことごとく用事が入っていたため大人しく帰ってゲームすることになった。

こうゆうところは幸運じゃないんだよなー。と思いながら帰路についていた時、後ろから大声で自分の名前を呼ばれた。その声に聞き覚えがあり、恐る恐る後ろを振り返るとそこには同年代であろう女の子が立っていた。

紺色のプリーツスカートに半袖ブラウス、サマーセーター姿で、降ろした髪が腰あたりまである女の子だ。

近衛は引きつった笑顔で彼女を見る。まだ不良学生に絡まれた方が幾分かマシかもしれない。彼女は梶原睦月。うちのクラスの学級委員長だ。規則が息をしているような真面目っ子であり、規則破り常習犯の近衛とは互いに相容れられない存在であった。今日も校長と担任の先生の話を寝て過ごしていたら彼女の空手チョップで叩き起され、放課後十分間正座説教を喰らわされた。


「・・・・・・これはこれは梶原さん。本日は良いお日柄で・・・・・・」


近衛は眼鏡を直しながら引きつった笑顔で梶原に挨拶をする。


「近衛君!今何時だと思ってるの!もうとっくに完全下校時間を過ぎてるわよ!」


梶原は人差し指を近衛に向け、左手を腰に置くお説教ポーズで距離を詰めてきた。


「で、こんな時間に歩き回ってるってことは、ちゃーんと許可証はあるのよね?」


近衛はいや、ないです。と小声で答えた。梶原は近衛を軽蔑するような目で見た後大きなため息を吐いた。


「もぉう!あなたはいつもいつも!一度でもいいから規則を守りなさいよ」


近衛は、一度以上は守ったことありますよ。と心の中で呟いた。口答えでもしたら彼女の拳が飛んでくる。

近衛は格闘術には多少の心得があるが、今ここで梶原を組み伏せて逃走しても、女性に手を出すと幸運値高めとはいえ社会的に死ぬ。

この世の平等なんて幻想フィクションだなと改めて思う。


「許可証もなく、出歩いているってことはまた何かよからぬことを企んでるんでしょ」


「はぁ?何も企んでねぇよ。こっちは夢見る日常を今日も送れなくてテンションだだ下がりなんですよ!」


梶原はジト目で近衛を見る。


「まぁいいわ。今日は厳重注意だけで済ませるけど次はないからね!」


近衛は梶原に感謝の言葉を言おうとしたがふとある事に気が付いた。


「・・・・・・お前も完全下校時間なのになんでいるんだ?」


その言葉を聞いた瞬間、梶原は取り乱し「ちっ違うわよ!規則を破ってはいないわよ!ちゃんと許可証はあります!」と言いながら梶原はポケットから許可証を取り出し、近衛の顔に貼り付けるように見せつける。


「人と会う約束をしてたのよ。今はその帰り。完全下校時間を過ぎるかもしれないと思ったから許可を貰ったの」


近衛は真面目だなぁ。と腑抜けた感想を述べた。


「ていうか、あなたいつも携帯触ってるくせに時間も見ないわけ?」


確かにその通りだ。と思い、ふとスマホが入ってるポケットに手を突っ込むと、あの触り慣れた長方形のライフラインの感触が無かった。

あれ?無い。スマホがない。ポケットの中に手を入れ上下に動かしてもあの触りなれたスマホの感触がない。


「あああああああぁっー、スマホ落としたぁ!」


近衛にとってのスマホは全ての娯楽を詰め込んだものであり、無かったら改めて言うが死活問題である。それにもし戻ってこなかったら今までに課金した努力は水の泡となる。

最悪だ。実に最悪だ。

放心状態で絶望のオーラを発している近衛に、携帯ないの?と首を傾げて梶原が尋ねる。

近衛は「はい。その通りです」と魂が抜けたような返事を返す。


「仕方ないわね。探すの手伝ってあげる」


「・・・・・・え?」


梶原の発言に近衛は呆気にとられた。規則の生き写であり竹を割ったような性格の梶原がルール違反常習犯の俺のスマホを探してくれるなんて・・・・・・。

今なら「人間はトウモロコシからできている」なんて言われても納得してしまう程だ。

近衛のなんとも言えない表情を見た梶原はジト目で「何よ?」と言う。


「いやいやいや。その以外だったからさ・・・・・・」


するとあんなに俺に詰め寄っていたのに急にバッと距離を置き、「別に勘違いしないでよね!下校時間をとっくに超えてるんだからあんた一人で探してたら帰宅が遅れるでしょ!委員長として見過ごす訳にはいかないわ!!」と頬を赤く染めて取り乱しながら言う。

まぁそうだよなぁ。俺みたいな平凡高校生にこんな道のど真ん中で詰め寄ってて恥ずかしかっただろうに。と、我ながら同情した目で梶原を見る。


「さぁ!どこら辺に落としたのよ!」


「えっと・・・・・・多分この道沿いだ」と来た道を指さす。既に日も落ちかけており、街頭だけの灯りでは心もとない明るさになってきた。しゃがんで梶原のスマホのライトを頼りにスマホを探している時、近衛にふとした疑問が頭をよぎった。


「そういや梶原。人と会う約束をしてたって言ったが誰と会う約束だったんだ?」


「はぁ?別に、あの、その、てかなんであんたに言わなきゃいけないのよ!」


「ああ、いやすまん。ただ単純に気になっただけだ」


梶原の焦り様は恋愛経験皆無の近衛でも察するには十分だった。

梶原も悩める女子高生の一人だもんな。付き合いとかあるだろうし、人と会うために許可証貰うのも普通か。と言うかこの取り乱し。好きな人とでも会ってたのか?梶原も女の子だし好きな人ぐらいいるだろうな。

ていうか私はそんな淡い出会いはあるのでしょうか。この幸運をもう少し恋愛方面に持って行けたらなぁと遠い目をしていた時。

「あ、」と梶原の呟くような声が背後から聞こえた。振り返ると「これじゃないの?」と聞きながら見慣れた俺のスマホを持っていた。


「ああ、それだそれ。いやーありがとな」


そう言い梶原からスマホを受け取ろうとした時にうっかり指で電源ボタンを押してしまい、今シーズンのソシャゲの女キャラの水着姿が背景のロック画面が映し出された。

このキャラは五千円課金したほど珍しく苦戦し、やっと手に入れたSSRのキャラで、つい“不幸だった”ことが嬉しくてロック画面の背景に設定してしまったのだ。そして最後に触ったのが真昼間だったこともあり、皮肉にもスマホの明るさがマックス状態で梶原の顔に映し出される。


「あっ・・・・・・」


その瞬間、頬を真っ赤に染めた梶原から頬に右ストレートを喰らった。

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