親愛なる異端者に幸あれ 序章 簒奪
七月某日、既に日も落ち、道路沿いの街頭や、遠くに見える都市の夜景、走る車のランプ以外の光源がない帝都方面東海道高速道路にて、あるトラックが走っていた。
平凡でどこにでもある配達業者に偽装されたトラックはコンテナや窓ガラスに至るまでに特殊装甲が施され、近くを走る六台の車は車種様々であるが全てこのトラックと同等の装甲で、乗車している人間全てが戦闘員だった。
怪しまれない程度に間隔を開けながらトラックを囲むように前二台、左右それぞれ二台、後ろ二台のおおまかな配置で護衛していた。
アリの這い出る隙間もないほどの完璧な防御陣形での走行を強いられるほどのものがこのトラックのコンテナに積まれていた。文都首脳部により極秘に開発された対帝都殲滅兵器、通称『仮想神器天叢雲』。
この兵器を帝都の指定ポイントまで移送し、兵器を起動、政敵である帝都を壊滅させる目的があった。
一部急進派によって強行されたこの作戦は政治・軍事的危険性を孕んでおり、失敗すれば日本を真二つにする内戦に発展する可能性があった。そのせいか静寂に包まれた高速道路を走るこの一行の全ての車内には暑さもあってか、息が詰まるような張り詰めた空気で満たされている。
だが、その静寂は一瞬で破られることになる。
『前方に対戦車ミサイル砲陣地!!』
先行していたトラックの前方を走っていた護送車の一台からの無線が全車内に響いた瞬間___。爆発音が辺り一面に響き、轟!!と炎の柱が道路上に生まれた。
全車はその報を聞いたすぐにミサイル砲の射程に入らないためにブレーキを踏む。ブレーキ音が爪で黒板を引っ掻くように嫌な音をたて、道路に急停車する。
前方には爆発炎上している先行していた車が、そのはるか前には土嚢を少し詰んだ程度の対戦車ミサイル砲陣地がかすかにみえた。
護送車が停止した瞬間一斉に車内から甲冑をモチーフにしたアーマーに身を包んだ文都兵士たちが飛び出す。
『ザザッ……。本作戦を即刻中止し、撤退する。前方左右車班はトラックの撤退が完了するまで時間を稼
ぐ』
『御意』
この局面において、攻撃してきた相手が何者であれこの兵器の存在が明るみに出れば、糾弾されることは明白であり、政治・軍事的に劣勢に文都側は立たされることになる。今重要なのはこの兵器を何としても文都まで帰投させることであることを全兵士は感じていた。
隊長の無線を聞いた兵士たちは道路上に等間隔で展開する。トラックと護衛車は来た道を引き返すために車のハンドルを回す。
その時、道路上を一直線に光が走った。反応する間も無く、その光は護送車のエンジンを貫き爆発する。光だと思っていたものは音速を超える速さで掃射された対戦車ライフル弾であった。いくら特殊装甲を施そうと、“一般車にみせるために偽装した”ため、戦車の装甲すら貫徹するミサイル砲や対戦車ライフルに容易に撃ち抜かれるのは当然だった。
『対戦車ライフル!!』
兵士たちが身構える前にまた一筋の光が道路上を走った。ミサイル砲陣地から発火炎が見えた瞬間、トラックの前輪が吹き飛んだ。
トラックの前輪はえぐられたように吹き飛んでおり、到底ここから離脱できる状態ではなかった。
そこにいる全兵士の顔色が絶望に変わる間もなく、前方から一斉に弾丸が飛んできた。反応する間もなく、兵士たちはバタバタと倒れていった。
残った兵士も車両の背に縮こまり、絶望に頭を蝕まれていった。
そんな時。
「まだ諦めるな!」
声がする方を兵士たちが振り向くと、そこには能面をつけた着物姿の二人組がいた。物干し竿のような長刀を背中に背負った高身長で般若の面をつけた男と、その細腕で扱えるのか疑いたくなるほどの大太刀を持った小面の面をつけた女がいた。
「ここで敵を打ち破る!我らを脅かす脅威がいなくなれば、後方に控えるトラックに移すことも容易である!戦意を保て!!」
“小面女”の声に応えるように兵士たちは戦意を取り戻し、「「御意!!」」と応え、車を遮蔽物にして応射し始めた。
「相手と比べると恐らくこちらの弾数が先に尽きる。応援が来るまで持ちこたえられるか?」
“般若男”が小面女に問う。
「敵の目的が兵器の破壊だったら、もうとっくにミサイルを打ち込んでいる。我々から逃げる選択肢を奪い、銃撃戦を挑んでくる辺り、兵器の奪取が目的だろう。やがてこちらの弾数が切れたら制圧に移り、肉薄してくるはずだ。その時は、我々が斬り倒せばいい」
小面女が大太刀を抜き構える。般若男も背の刀の柄を掴んだ時、突如羽虫の羽ばたきのような音が上空から聞こえてきた。
見上げると、輸送機型のヘリコプターがこちらに滑空してきた。
「なっ・・・・・・!!」
ヘリコプターに乗る兵士が開いたヘリコプターのドアからこちらに何かを投げつけ、地面に転がったかと思えばそれから勢いよく煙が吹き出した。
(スモークグレネード・・・・・・!)
辺り一帯を一瞬でおおった煙は、兵士たちの視界を奪った。
「光世!敵が来るぞ!」
視界を奪われたことで一瞬思考が止まっていた小面女は般若男の声で我に返り、下げていた刀を構え、近づいてくる煙でぼやけた人影を捉え、煙から現れた瞬間反射的に斬った。
斬られた相手は衝撃で切り落とされた腕と共に後ろに転がっていった。さらに向かってくる人影に向かって刀を振り下ろすが、相手も持っているマチェットで受け止める。
刃物が競り合う嫌な音が辺りに響く。
「ふぅん・・・・・・思ったより強いッスね」
小面女の斬撃を受け止めた相手は全身ライトグレー色の戦闘服で顔全体を覆うガスマスクをつけており、結われた髪が風で静かに揺れていた。
(女・・・・・・?!)
小面女は再び振りかぶり、“ガスマスク女”に振り下ろす。
しかし兵器を気遣って威力を抑えたためか、小面女が振り下ろす大太刀よりも短小なマチェットで流すようにガスマスク女ははじき返す。
また私の太刀筋を・・・・・・!なら、流しきれない速さで打ち込むのみ・・・・・・!
小面女はガスマスク女目掛けて高速で斬撃を繰り出す。
ガスマスク女は始めは流せていたが、やがて小面女の斬撃に対処出来ず、マチェットの刃が弾ける。
「うへぇ・・・・・・これはちょっとなめてたッス、でもこれだけ時間稼げればいいッスよね・・・・・・」
そう言い、ガスマスク女は煙の中へ消えていった。
「何っ・・・・・・!」と小面女が言おうとした瞬間、どこからともなく爆風が吹いた。
一瞬の内に煙は風圧で吹き飛び、上空でトラックをワイヤーで吊るしている先程のヘリコプターが視界に写った。
「嘘・・・・・・!!」
小面女ははるか上空に飛び去っていくヘリコプターを眺めることしか出来なかった。いつの間にか前方にあった対戦車ミサイル砲陣地や斬り倒した相手も、斬り落とした腕もなく、そこには大炎上する車両や死んだ仲間の兵士の死体、斬り倒した相手の血痕しかなく、残された小面女と般若男は立ちすくむしか無かった。