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第三話 イータードラゴン

 家来たちが血相を変え、腰の剣に手を当てる。

 袖を豪快に引きちぎったコートを素肌の上から着用したその男は、蛇のような薄ら笑いを浮かべていた。


「貴様っ! 王子の屋敷に無断で侵入するとは、覚悟はできておろうな!」

「まあそうお固いこと言いなさんな。こちとらそちらの王子様に、素敵なお土産を用意してきてやったんだからよ」

「お土産だと?」


 僕は知っていた。この男が訪ねてきた目的に、武力の出番はない。

 家来たちに剣を収めるように指示すると、僕はあらためて彼と対峙した。


「久しぶりじゃないか、タツゴウ。しかし、イータードラゴンの通り名で知られる誇り高きフードファイターが、窓から不法侵入とは感心しないがな」


 タツゴウはいつぞや宣戦布告してきた時と同じ、不敵な笑みを見せた。


「よぉマルネス王子、いや『爆食王子』。あんたに負けたあの日のことは、一度だって忘れちゃいねえぜ」

「どうやら腕を上げたらしいな。あのときとは纏っている雰囲気が違う」

「修行したのさ。あんたを倒すためにな」


 確かにこの男とはかつて大食い勝負をし、勝利を収めている。そのときのお題がロールキャベツであったことと、その柔らかさと塩加減が絶妙だったことは、なかでも特に印象に残っている。


「修行して現れたということは、リベンジをかけて再度挑戦しにきたというところか」

「その通り。あれから俺は毎日一樽白米を食べ、胃袋を強化してきた。今の俺はあんたよりも食うぜ」

「毎日一樽の白米だと」

「ああ。なんだ、ビビっちまったか?」


 目を凝らし、タツゴウの肉体をよく見る。

 ドラゴンの由来である龍の入れ墨をした二の腕はねじり鉢巻きのように引き締まり、腹筋は板チョコのようにバキバキに割れていた。

 

「そのわりには随分締まった体をしているじゃないか。とてもじゃないが毎日一樽米を食べて維持できる体型じゃない。なにか体型を維持する秘訣でもあるのか?」


 するとタツゴウは眉間に皺を寄せて返した。


「なんだ? 暴走列車の如くただ食うことのみが存在意義だったあんたが、なぜそんなことを気にかける」

「いいから答えてくれ。今の僕にとって、それは極めて重要な問題なんだ」

「ふん、答えて欲しかったら勝負に勝つことだな。お題はこいつだ」


 タツゴウは立てた親指を外の方へと向けた。

 普段なら芝生のカーペットが広がっているはずのその場所に、なにやら白い布が覆っている。

 布はこんもりと盛り上がり、明らかになんらかの物体が下に置かれているようである。


「なるほどな、お題はおにぎりか」

「さすがだな。こと食い物のこととなると、こうも勘が冴えるのかよ」

「あれだけ白米を毎日食べているアピールをされたらな。君の地元は米の産地だというし、なにより炊き立てご飯の匂いがここまで届いてきている」

「特に今年は豊作で、余るくらいに米が穫れてよ。まさか米ばかり食ってきた俺に有利で、不公平なお題とは言わねえよな?」

「もちろん。ちょうどケーキだけでは物足りないと思っていたところだ。余計な間食は今後控える予定だが、今日のところは特別に相手してやろう」

「上等だぜ。その減らず口を黙らせてやるよ」


 不良同士の喧嘩が始まるような調子で、僕らは庭に降り立った。

 盛大に布がどかされると、巨山のように積まれたおにぎりたちが顔を出す。


「両者位置について。それでは大食い勝負、はじめっ!」


 行司役の家来の合図と同時に、ほかほかの白い塊にかぶりつく。

 いい塩梅に塩味の効いた白米は嚙むことで本来の甘味が引き出された。さらに食べるまで中身の具材がわからないという楽しみもあり、開始から食欲はずっと高水準を維持し続けた。


「な、なんてペースで食いやがる。やるな爆食王子」

「修行をして力をつけてきたところ悪いが、この勝負僕が勝たせて貰うぞ」

「はっ、そうでなくっちゃ倒し甲斐がないぜ」

「もぐもぐ……。それにしても、どれもこれも美味しいな。だが口の中の水分がない。誰か、水を持って来てくれ」

「くっ、俺のことなんて眼中にもねえってか? 負けられねぇ。この俺が、握り飯の大食い勝負で負けてたまるかよ」


 少しばかりして決着のときは訪れた。

 ちょうどいい具合に腹が満たされてきたと感じた頃合いに、タツゴウは食べかけのおにぎりを握ったまま倒れた。


「参ったぜ。俺の負けだ」

「確かに以前よりは手ごわかったな」

「だが届かなかった。あんたの胃袋は異次元にでも繋がってんのかよ」

「僕が勝てたのはただおにぎりが美味しかったからさ。君の地元の農家の人と、君に感謝だな」

「くそ、こりゃ敵わねえな。次は絶対負けねえぞ」

「うおおおお! 王子! 王子! 王子!」


 家来たちによる雪崩のような拍手が全身に降りかかる。このまましばし勝利の余韻に酔いしれるというのも悪くはない。

 しかし、僕はあくまでも目的を忘れるつもりはなかった。


「さあ約束通り教えて貰おうか。タツゴウ」

「約束? 何の話だ」

「とぼけるな。体型維持の秘訣だ」

「そういや、そんな話をしてたっけか」


 タツゴウは若干溜め、えらく勿体つけた物言いをした。


「がっかりする答えかも知れねえが、俺は生まれつきそういう体質なんだよ。いくら食っても太らねえな」

「なっ、なんだと? そんな羨ましい体質が」

「案外この界隈じゃそういう奴多いんだぜ。だが、そうじゃねえ奴もいる。そういう奴らにとっちゃ太り過ぎは健康に毒だし、その辺は苦労してるって聞くな」

「お前ではなく、そういう人たちに話を聞くべきだったか」

「俺の知り合いの太りやすい体質のやつから聞いた話だと、わざわざパーソナルトレーナーを付けてるらしいな」

「パーソナルトレーナー?」

「ダイエットのプロが痩せるための食事とか運動とか色々教えてくれるんだとよ」

「そうか。なるほど、その手があったか」


 タツゴウは残りのおにぎりを苦しそうに口に詰めると、ゆっくりと立ち上がり、背を向けた。


「敗北者はもう立ち去るぜ。食いきれなかったおにぎりはあんたらにプレゼントだ」

「ありがとう。皆で美味しくいただくとするよ」

「また力をつけ、必ずリベンジしに来る」

「そのときには僕は今よりももっとスリムになっているだろうさ」

「もう一度聞くが、なぜそんなことにこだわる」

「いずれ、話すときが来るかもな」


 彼の背中を見送ると、早速近場で評判のトレーナーを探し、連絡を取ることにした。


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