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第一話 宣言

「いただきます」


 手を合わせ、その短い一言を口にするや、真っ先にいただこうと心に決めていた横綱サイズのステーキに手を伸ばす。

 ナイフを入れた瞬間から、ぶわっと広がる肉汁。立ち込める芳醇な香り。

 やはり最高級と名高いグランドビーフである。この上なく柔らかい肉質は噛むほどに口の中全体を旨味で満たし、極楽へと誘ってくれる。濃厚でコクのあるソースとの相性もいい。

 正直このステーキだけでも延々と白米を食べ進められるのだが、それではこの彩り豊かなメニューを用意してくれた料理人たちに失礼というもの。

 お次は特大ステーキの隣に鎮座する、これまたキングサイズのピザに手を付ける。

 カリカリに焼き上げられた生地に乗るは無数に糸を引くチーズと、脂身たっぷりのブリリアントサーモン。まさに王道中の王道の組み合わせである。

 あまりの絶品ぶりについ一切れ丸ごと口に運んでしまったが、こうなると水分が欲しくなるのが世の摂理。満を持して、数十種類の野菜を煮込んだ特製スープを喉に通す。

 体全体にエネルギーが染み渡るような、これまた素晴らしい一品である。

 やはりあらためてこの世界で出る料理は、すべてが凄まじく美味い。


「おお、さすがは王子。見事な召し上がりっぷりです」

「マル王子のお食事を見ているだけでご飯三倍はいけますぜ」

「まったく、わからないことを言うな。一体僕の食べっぷりのどこに需要があるのやら」

「……どこに?」


 家来たちは顔を一斉に見合わせた。


「どこにと申しますと、例えるなら頬を膨らませたリスが木の実を齧っているところを見ているような微笑ましさがありますね」

「よくわからない例えだな」


 僕の手はとめどなく加速し、ボウルいっぱいに盛られたサラダも、或いはタワーのようなパスタも、瞬く間に胃袋に収まった。


「ふぅ……。ご馳走さまでした」


 大自然と農家と漁師と酪農家と、そして料理人に感謝をし、スプーンをテーブルに置く。

 やはりこの言葉を口にしたときの充足感と言えばない。

 生きる喜びを最大限に噛みしめながら、僕は愛する家来たちに向かって高らかに言い放った。


「みんな、聞いてくれ。この最高に心地いい瞬間にこそ、前々から内に秘めていた決意を宣言したいと思う」

「おおっ、決意ですか。それは一体どういったご決意で?」

「ゴホン。僕はこれから、ダイエットをしようと思うんだ」


 うんともすんとも反応がない。

 なにかとんでもなく不味いことを言ってしまったような、白けた空気が流れている。

 食後のコーヒーを一杯挟み、もう一度繰り返すことにした。


「大事なことだからもう一度言う。僕はこれからダイエットをしようと思う」


 返事があったのは、それから数秒経過してのことだった。


「だ、だだだダイエット!? 正気ですか」

「無論正気だ」

「正気って、嘘ですよね? あの連戦連勝、爆食王子の異名を持つ最強のフードファイターであられる王子がダイエット!?」

「だから嘘ではないと言っているだろ」

「そんな、嘘ではない? 一体なぜそのようなとち狂ったお考えを?」


 家来たちは揃いも揃ってブルーハワイのように青ざめた顔をしていた。

 そこまでおかしなことを言っている自覚はないのだが、聞かれたからにはその理由を述べるしかない。


「いやあ、こないだフローゼ姫と偶然会った時に、少しは痩せなさいデブなどと煽られてしまってな。それが腹立たしくて」

「あの方は王子に対して不当に厳しいですものね。それでですか」


 フローゼというのは僕にとっては兄の婚約者であり、会うたびになにかと面倒な絡みをしてくる人物である。その彼女に煽られたというのは事実であり、それが腹立たしかったのもまた事実である。

 しかし今回の決意に至った真の理由は本当のところを言うと別にあるのだが、今この場で公言するのにはどうにも恥ずかしかった。

 ぽっこりと張り出た我がお腹を見つめ、僕は言い切った。


「目標はそうだな。うむ、三か月で二十ギロくらい痩せる」

「二十ギロっ!?」


 家来たちは目を皿のようにした。

 どうやら、またもや彼ら目線でおかしなことを言ってしまったらしい。


「では王子はこれから、お食事の量を減らすということですか?」

「何を言っているんだ。食べることは僕にとって生きる幸せそのものだ。そんなことできるわけがないだろう」

「しかし、それでは三か月で二十ギロは……」

「いや大丈夫だ。ちゃんと秘策がある」

「秘策、でありますか?」

「運動をする。食べた分だけ運動をすれば問題ないだろう。食べるのを我慢するより、そちらのほうが健康的でいいだろうしな」

 

 僕はこの世界に生れ落ちてこのかた、まともに運動というものをしたことがない。

 つまり、少し本気を出してやればダイエットなど造作もないということである。

 家来たちの視線を一身に浴びながら、ひとっ走りに出掛けてくると格好をつけ、僕は悠々と食堂を後にした。



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