侵略者がランドセルの中からきた
二学期を終えて帰る途中の路上、アズキの背負っているランドセルが、唐突に軽くなる。つまり、持ち帰る物が多くて重いのに、たった今、ランドセルの総重量が一瞬にして、ランドセルだけの重さになったということ。
アズキは、「宇宙で一番に物理学の分かる天才少女」と呼ばれたい小学五年生なので、この事態を量子力学で考える。そして五秒のうちに、「きっと量子トンネル効果による悪い影響だわ」と推察できた。
しかしながら、立ち止まって考え直し、「なにも悪い影響と断定するのは時期尚早よね。だって荷物があたしのお部屋へ転移している可能性を見落としていたのだもの。もしそうなら楽に帰れるし、よい影響かも」と一人で話すのだった。
突如、ランドセルの中から、「なにごちゃごちゃ言うとるねん。はよ、蓋開けんかい」という話し声が響いた。アズキは、「あたしは、これくらいのことで驚かないわ。だって、ランドセルの中で音波が発生して、それが関西弁のように聞こえる確率は、決してゼロではないのだから」と、また一人で話した。
するとランドセルの中から、「さっさと開けんかい! なんべんも同じこと言わすなや!」と怒鳴られた。
それでアズキが、やむを得ずランドセルの蓋を開けると、中に宇宙空間が広がっていて、碧色をした揚羽のような蝶が出てくるのだった。その者は、アズキに「今からお前らの星、侵略したる」と宣告する。アズキは怯まずに、「あなたは、この惑星の外からきた蝶系統動物かしら?」と尋ねる。蝶は、「まあそんなとこや」と答えた上で、さらに「この星で一番の軍事大国を、手始めに滅ぼそ思てんねん。どこや?」と話を続ける。
アズキは五秒だけ考え、「一番の軍事大国なら、たぶんアメリカ合衆国だと思うわ」と返答した。蝶が「その国のトップは誰や」と聞いたので、アズキは「アヴォカードウ大統領でしょうね」と言った。蝶が「そいつのおる場所、教えてんか」と頼むので、アズキはスカートのポケットからスマホを取り出し、ホワイトハウスの位置情報を調べて、正直に伝える。
すると蝶は、「よっしゃ! ありがとうさん」と言い残し、海岸線がある東に向かって、ひらひら飛び去る。
突如、アズキが手に持っているランドセルの総重量が、元の重さに戻った。蓋を閉めて背負い、歩き始める。そして胸の内で、「あの蝶系統動物、飛んで太平洋を渡るつもりかしら。なかなかのタフガイね」とつぶやいた。