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更夜視点 本編と短編

感情表現?愛情表現?

作者: 理春

更夜さんとお付き合いを始めてから、約1年程が過ぎた或る日。

いつものように書斎で二人、まったり過ごしていた。


「でね・・・その絵本が結構印象に残ってて・・・でも肝心のタイトルって覚えてないんだよねぇ。」


私が幼少期に気に入っていた絵本の話をすると、更夜さんは優しく微笑んでスマホを取り出した。


「それだけの内容の手がかりがあるなら、検索かけたら出てくるだろう・・・。ほら、結構色々出たぞ。」


彼が見せた検索画面に、私が大好きだった絵本の表紙はすんなり現れた。


「ホントだ!これだよ!この表紙懐かしい・・・。これね、結構シリーズある絵本だったんだけど、これしかうちになかったの。」


蘇る幼い頃の記憶と、まだ実家にあるのかどこにやったのか、また記憶を遡る羽目になる。


「更夜さん、この書斎には小夜香ちゃんが読んでた絵本とかはしまってないの?」


ふと気になってそう尋ねると、更夜さんは端の方の棚を指さした。


「絵本ならあっちの棚だな。一つしか絵本の棚はないから、そこに色々あるぞ。元々実家にあったものも含めてな。」


「そうなんだね、ちょっと見てもいい?」


更夜さんは頷いてデスクの椅子に腰かけた。


「どれどれ~・・・わ、ホント結構たくさん・・・。あ、このシリーズ私も読んでたなぁ。児童向けの本も一緒にあるんだ・・・。あ!」


そこには私が好きだった思い出の絵本の、別のお話が偶然にもあった。

小夜香ちゃんもこれを読んでたのかな・・・。

そう思いながら表紙をめくると、黒い紙が滑り落ちた。


「あ・・・。何だろ・・・。」


慌てて拾い上げると、それは栞ではなく写真だった。


「これって・・・・。」


もしかして小夜香ちゃんのエコー写真だろうか。

だとしても本に挟むかな・・・?

何気なく裏返すと、そこには誰かの直筆で文章が書かれていた。

それを読んで一瞬思考が追い付かなかった。

更夜さんに見せていい物なのかもわからなかった。

けどわかるのは、私が持っていていいものではないということ。


「どうした?」


気付かないうちに側にいた彼に声をかけられて、ハッと振り返った。

更夜さんは私が手に持ったものを見ると、呆然としたものの、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。


「・・・ありがとう、見つけてくれたんだな。」


「え・・・あ・・・」


その写真をそっと受け取ると、書かれていた文章を更夜さんは呟くように読んだ。


「更夜、新しい家族をありがとう。小夜香ももうすぐお姉ちゃんだね・・・。ふ・・・。」


更夜さんは落とすように笑みを漏らした。

小夜香ちゃんは一人っ子だと言っていた。

たぶん・・・きっとその子は、生まれる前に奥さんと亡くなってしまっている。

静かにため息をついた更夜さんの表情を伺うと、動揺しないようにしながら、傷ついているくらいは私でも分かった。


「・・・更夜さん、ごめんなさい・・・。」


「・・・なんで謝るんだ?」


「・・・私に知られたくなかったんじゃないかと思って・・・。」


そう言うと、更夜さんは困ったように視線を逸らせた。


「知られたくない、とまでは思ってなかったな・・・。ただ・・・知らせなくてもいいこと、だとは思っていた。」


更夜さんはこの写真がどこかにあることを知っていたんだ。

でもそれがこの絵本に挟まれていることは知らなかった・・・。


「この絵本・・・さっき私が話してた絵本の他のお話のやつで・・・。小夜香ちゃんも読んでたのかなってちょっと嬉しくて・・・。奥様も気に入ってたから残してたのかな。」


「そうかもな、そこまで本を持参していたわけではなかったから、気に入ったものだけを残していたんだろう。これがあるんじゃないかと・・・思ってはいたけど確証はなかった。訳あって・・・小夜香に見つかっては困るものだった。小百合が気に病むことはない。」


更夜さんはそう言うと、踵を返してデスクに向かい、静かに引き出しにそれをしまった。


「あとで裏の棚にでもしまうか・・・。」


更夜さんの呟きが、静まり返った書斎に溶けていった。

寂しそうなその背中を見て思った。


私・・・もしかして邪魔かな・・・。


更夜さんは変な嘘は決してつかない人だ。

知られたくないという程でもない、気に病むことはない、という気持ちが本心なのはわかる。

けれど・・・奥さんのことを思い出してあげる時間に、私が側にいていいはずがない。

絵本の表紙を見つめて、どうしようか悩んだ。


「昼はどこかに食べに行くか。」


不意にそう声をかけられて振り返った。


「もう外を歩くと暑い時期になってきたな・・・。車でどこか適当に・・・。」


窓際に腰を掛けて、彼はまたスマホに視線を落とした。

初夏の風がふんわり書斎へ入って、彼の黒髪が揺れた。

その綺麗な横顔を眺めていると、時々無性に・・・自分は不釣り合いだと思ってしまう。

リビングに飾られていた写真立ての奥様は、それはそれはとても綺麗な人だった。

小夜香ちゃんの笑顔に似た、優しそうで賢そうな・・・

更夜さんは以前、人は比べたがる生き物だけど、自分を卑下したり落ち込むための比較は意味がないと言っていた。

私ももちろん、そうだなと思った。

でも私の心は、いつまでも大事にされている奥様と同じような自分であるかと、問いただしてしまう。


「小百合?」


側に立って心配そうに顔を覗き込む更夜さんに、私は咄嗟に視線を逸らせてしまった。

絵本を静かに棚に戻して、手をこまねいてつまらない嘘を口にした。


「あ・・・あの、ちょっと職場に寄らなきゃいけない用事を思い出して・・・今日はお暇するね。」


チラリと視線を上げて彼の顔を伺うと、グレーの瞳を細めるようにしてから、少し悲しそうに眉を下げた。


「・・・写真のことを気にしてるのか?」


「え・・・」


更夜さんは私の肩を掴んで、そっと棚に押しやると、私が触れようとするよりも早く唇が重なった。

優しいキスから、何度か深いキスをされた後、申し訳なさそうな彼の顔が見えた。


「・・・感傷的になって悪かった。」


「っ・・・!悪いなんてことないよ!」


「どうして不安そうにしてるんだ?」


「あ・・・えっと・・・」


「言いづらいことか?」


「・・・あの・・・」


迫るようにまた顔を近づける更夜さんに、次第に恥ずかしくなって顔を直視出来なかった。


「・・・小百合、俺は精神科の医者である日下先生という方に、毎月カウンセリングをしてもらっていてな・・・」


「へ・・・?そう・・・なんだ。」


「先生は俺にこう言ってた。身近な相手に、感情表現が出来るよう心掛けろ、と。」


「感情表現・・・」


「俺は一族の当主だった。周りの者に不安を与えてはいけない、上の者や地位を脅かす者に嘗められてはいけない、ましてや意志を気取られてはいけない。そう教えられた。だから小百合のような一般人からすると、俺は何を考えてるかわかりづらい変人に見えるだろう。共感覚があるせいか、咄嗟の言い訳であったり、少しの嘘ならすぐにわかる。けどな・・・小百合がどうしてそんな嘘をついて、俺の側を離れようと思ったかまではわからないんだ。人によっては、察しろという者もいるだろうけど・・・申し訳ないが俺にはわからない。これが感情表現になるのかは知らんが、教えてくれ・・・。」


更夜さんは私の頬を優しく撫でた。


「・・・あの・・・別にその・・・大したことじゃないんだけど・・・。私は・・・更夜さんに不釣り合いなんじゃないかなってたまに思ってしまうというか・・・」


「不釣り合い・・・?」


「・・・その、奥様はきっと聡明で、美人で、優しくて・・・素晴らしい方だったんだろうなって。比較することに意味がないのはわかってても・・・。ごめんなさい・・・こんなこと聞かせたくない。情けないし・・・。」


「・・・なるほど・・・。それで一人になろうとしたのか?」


「・・・はい・・・。」


「それで一人きりになって、何か気が晴れるのか?その気持ちを家に持ち帰って・・・小百合はどうするつもりだったんだ?」


そう言われて更夜さんの顔を見上げると、いつもと変わらないその表情の中に、少し困っているような感情が見えた。


「わからない・・・。モヤモヤしたまま一人でいても仕方ないよね・・・。どうしたらいいのかな・・・私あんまり賢くもないし、恋人が出来たのも更夜さんが初めてだし・・・いい年して・・・きっとまだ子供なの。困らせてごめんなさい・・・。」


申し訳なくて、情けなくて・・・ついに涙がこぼれてしまった。

私馬鹿みたい・・・。勝手に比較して傷ついて・・・どうしたらいいかわかんない、なんて子供みたいに駄々こねて・・・

モヤモヤした気持ちをどう切り替えたらいいのかもわからなくて・・・更夜さんに迷惑かけて・・・


「やっぱり私は・・・更夜さんに全然相応しくないし・・・きっともっと大人な・・・」


そこまで言うと、また彼の唇が重なった。

強引に押し付けるようなキスが、食べるように深く重ねられる。

腰に回していた更夜さんの手が、スルリと服の中に入って咄嗟に腕を掴んだけど、力で勝てるはずもなく素早く下着に手をかけられた。


「こ・・・待って・・・!」


離れた口からそう声を漏らすと、更夜さんは片手で私の肌に触れながら首元にキスした。


「・・・小百合は愛されてる自覚が足りないみたいだな。」


耳元で囁かれて思わずビクっと反応してしまう。

反射的に逃げようと体をよじると、また腰を掴まれて服をまくり上げられた。

同時にまた口をふさがれて抵抗する力が弱くなると、更夜さんの大きな手が私の胸を包み込むように掴む。

次第に好き勝手にされればされるほど、頭は働かなくなった。


「更夜さ・・・」


熱い唇がとろけるように甘い音を立てる。


「・・・部屋に行くか。」


心臓が世話しなく響いて、支えられていた腰が彼の手から離れると、本棚にもたれたままずるずる体が落ちた。

更夜さんは側に落ちた服と下着を拾い上げると、そっと私の体を抱き上げた。

ボーっとしながら淡々と私を抱えて書斎を出て、階段を上がる更夜さんの横顔を見つめた。


更夜さん・・・見た目はスタイルよくて細いのに・・・意外と筋肉あるんだよね・・・

若い時から筋トレしてるって言ってたし・・・今も若いけど・・・

お姫様抱っこされてると、王子様みた・・・いや・・・王様かな・・?


部屋に入ると、更夜さんは私の視線を感じ取ってチラリと横目で見た。


「抱っこされてると大人しいのは、確かに子供みたいだな?」


到底大きな子供がいる男性に見えないのに、更夜さんはたまにそんな風にお父さんなセリフを言う。

私が何か言い返そうと口を開きかけると、そっとベッドに着地させられて、淡々とスカートと下着を脱がされた。

更夜さんは同じく服を脱ぎながら、何気ない世間話でもするように言った。


「不釣り合い・・・というのが俺にはよくわからない。一般人の感覚ならではなのかもしれないな。例えばだが、芸能人で有名な俳優と女優が結婚する、となれば釣り合うのか?似たような立場であれば誰もが納得するということか?俺は確かに財閥の当主で、一族の長だった。けどまぁ、そういう教育をされて、そういう環境で育ってきたというだけのことで、人間であることには変わりないし、そなへんを歩いてる男とさほど中身は変わらない。」


裸になると、黙って聞いている私の立てた膝に手を置いて、ゆっくり開いた。


「小百合がどう思おうと自由だが・・・俺が側にいたいと思う気持ちを否定しないでくれ。」


更夜さんの柔らかくて綺麗な唇と舌が、あそこに触れてから頭は電気が走ったようにショートした。

その後も更夜さんは、時々私に語り掛けるように話してくれていたけど、快楽に溺れて何も聞こえなかった。

お酒に酔ったような感覚の中、何度も何度も絶頂して体は思うように動かなくなる。


「小百合・・・まだ帰りたいと思ってるか?」


そっと体を起こされて、ベッドに座り込んでキスする。

唇が離れた後、寄り添うように抱き着いた。


「まだ帰りたくない・・・。」


抱きしめ返してくれた彼にまた押し倒されて、私たちはお昼ごはんのことも忘れて愛し合った。


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