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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章20 腹ノ中ノ汚イモノ ③


 ぐちゅ、ぴちゅ――と液体を掻き混ぜる音が、視線の先の人間の男の背中越しに聴こえる。



 悪の幹部であるボラフはガタンっと腰を抜かしたまま、その光景を見ていることしか出来ない。



「エ、エライこっちゃ……これはエライこっちゃやでぇ……」



 茫然と呟いてみても、適当な関西弁を真似してみたとしても、状況は何も変わらない。


 このままでは自身が連れてきたゴミクズーは頭のおかしなニンゲンに惨殺をされ、レーティングの変更が検討されるレベルのグロ死体になってしまう。


 悪の幹部的にそれは非常によろしくない。



 しかし、かといって止めに入ろうにも、あのイカれニンゲンに話が通じるとは思えない。



「そういやぁ、最初に会話した時から節々に頭のおかしさが滲み出てると思ったんだ……っ! ちくしょうめ……っ!」



 もはや自分自身で戦いを挑んで倒すしかないのだが、そうもいかない事情がある。



 八方塞がりとなった悪の幹部は三日月型のお目めを波立たせるとウルウルと涙を滲ませた。


 本当に困り果てた時、ヒトだろうと悪の幹部だろうと、自分以上の超常的で超越的な存在に祈り、願うしかなくなることがある。


 ボラフにとっては今がそれだ。



 そしてそういった時に願う先は信仰対象になりがちだ。


 人間であれば神に願えばいいが、悪の幹部はそうもいかない。


 だから、咄嗟に思いついた超常的で超越的で、悪の幹部でも助けてくれそうな者に縋る。



「――た、たすけて……っ」



 その名を呼ぶ。



「――たすけてーーーっ! ステラ・フィオーレっ!」



「――は、はいっ!」



 ガサガサと茂みを揺らす音と共に『工事中』と書かれた仮設フェンスの脇から魔法少女とネコ妖精が這い出てきた。


 彼女らはどこかグッタリした様子で身なりが所々ほつれたような雰囲気を醸しだし、身体のあちこちに土埃や葉っぱをつけて汚れている。



「うぅ……、びっくりしたぁ……」


「こんなのあんまりッス! 他のメスの糞とションベンの匂いがしたッス! クソビッチどもがネコ妖精たるジブンの許可なくレッツパーリーしやがってッス……っ!」



 何かを愚痴りながら憤慨するメロを水無瀬が宥めすかしているが、ボラフはそれどころじゃない。



「おいっ! おいっ! フィオーレ!」


「え……? あ、ボラフさんこんにちは」


「ん……? あぁ、こんにち…………じゃなくってよ! 早く来てくれっ!」



 ペコリと礼儀正しくおじぎをする愛苗ちゃんに釣られそうになった悪の幹部だが、すぐに緊急事態を告げる。



「なんだぁ? 随分あわててオマエどうしたんスか?」


「どうもうこうもあるかよ! オマエらあいつをどうにかしろよ!」


「あいつ……?」



 首を傾げながら二人はボラフが指差す方を見る。


 こちらに背を向けた弥堂が何かをしている姿が映った。



「弥堂くんだ」

「あれがどうしたッスか?」


「ノンキなこと言ってんなよ! あいつを止めてくれよ……っ!」


「え? 止める……――っ⁉」



 何の気なしに弥堂の様子を注視すると、彼の身体の下に居る何かが大きく身を捩った拍子に、僅かにその姿が目に入り水無瀬は息を呑んだ。



 ネズミのゴミクズー。


 その頭部から数本の棒状の金属のようなモノが生えている。


 まるでニードルクッションのように頭部に鉄筋が――



「――はぅ……」



 フッと気を遠のかせて水無瀬がフラつく。



「マ、マナ……っ!」

「お、おいっ! 大丈夫かっ!」



 倒れそうになる背中を即座にメロが持ち上げ、その間に駆け寄ってきたボラフが慌てて支える。



「――はっ! あ、ありがとう二人とも…………、だ、だいじょうぶだから……」


「いやいやっ! オマエ顔色ヤベーぞ!」

「わかるッスけど! ガチグロだもんッス! ジブンも毛玉吐きそうになったッス!」


「……ど、どうしてこんなことに……」



 自分のためにゴミクズーに立ち向かってくれたクラスメイトの男の子を心配して出て来てみれば、大変ショッキングなことになっており、わけがわからないと茫然となる。



「こっちが聞きてえよっ! なんなんだよあいつっ!」


「え、えとね。あの子は弥堂くんです! 教室で隣の席なの! あ、1年生の時から同じクラスでお友達なんですっ!」


「そういうのいいからっ! いきなり向かってきたと思ったら、なんかわけわかんねえことしてゴミクズーぶん投げて無言でボコり始めっし! そのまま素手で解体し始めっし! 頭おかしすぎだろっ!」


「あ、あの……っ、ちがうんです……っ! いつもは大人しくってとってもいい子なんですっ」


「余計コエーよっ! なぁ、おい! あれはダメだろっ! 反則だろぉっ⁉ 完全に解釈違いじゃねえか……っ! オマエらズリィぞ! 魔法少女ってそういうんじゃねえだろっ⁉」


「え、えっと……、あの、その……、ご、ごめんなさい……っ!」



 猛然とクレームをつけてくる悪の幹部に、魔法少女とそのマスコットはペコペコと頭を下げた。



「オマエらなんだっ⁉ どういうつもりだ⁉ あんなルール無用の残虐ファイター連れてきやがって……っ! まさかオレにもあいつを嗾けるつもりじゃねえだろうな……っ⁉ それはやめてください! ごめんなさいっ!」


「ごめんなさい!」



 お互いに「ごめんなさい、ごめんなさい」とペコペコ頭を下げ合う。


 全員がパニックだった。



 そうしていると――



 ボギンっとイヤな音が鳴り、続いて獣の大絶叫が響く。


 3名揃って恐る恐る目を向けた。



「お、やっととれたか」


(とれた⁉)

(とれた⁉)

(とれた⁉)



『何が?』と訊ける勇気のある者はいなかった。



 ビクビクしながら弥堂の背中を見ていると、彼はとれたらしい『ナニカ』を振りかぶって、何度も何度も『ナニカ』に突き刺し始めた。


 縛り付けられたゴミクズーの足がビクンビクン跳ねる。



 一様に顔色を悪くした一同は顔を見合わせる。



「どっ、どどどどどうすんだこれっ! 今のうちにオレら逃げた方がいいんじゃねえか?」

「や、ヤバすぎッス……、ジブンのようなネコさんには手に負えないッス……っ!」



 悪の幹部とネコ妖精は揃って悲観的な意見を口したが、それを聞いて俯いて黙っていた水無瀬はやがて意を決したように顔をあげる。



「あの……っ! 私止めてくるね……っ!」


「えっ⁉」

「ダ、ダメッスよマナっ! 犯されるだけじゃすまないッスよ!」



 心配そうに目を向けてくる二人の手をやんわりと取り、水無瀬は真っ直ぐな瞳で返す。



「だいじょうぶだよ……? 弥堂くんはそんなひどいことしないよ。だからね? ちゃんと『ダメだよ』って言って止めてあげなきゃいけないと思うの」



 その真摯な言葉にネコ妖精と悪の幹部はジンと胸を打たれる。


 もちろん雰囲気だ。



「破けたか。やはり自分の牙でなら簡単に壊せるんだな……」



 何やら不穏な呟きが聴こえ一同の頬に冷や汗がツーと流れる。



「膜を破いてもあまり出血しないな……、というか内臓が少ない? ネズミってこんなもんだっけか……?」



 一同の顏に流れる冷や汗が増す。


 メロは両手の肉球を口元にあて「ぅぷっ」と嘔吐いた。



「どれがどれだ? めんどくせえな。全部引き摺り出すか――」


「――びっ、びびびびびとうくんっ⁉」



 ダラダラと汗を流し、堪らずに水無瀬は弥堂に声をかけた。



 彼はゆっくりと首だけを回しこちらを向く。



 顕わになった横顔。その頬についた赤いモノを目にしてメロとボラフが大袈裟に肩を揺らしたのが間接視野に入ったが、愛苗ちゃんは勇気を振り絞ってお話する。



「あ、あの……、ダメなんだよっ!」


「あ? 水無瀬か。お前なに勝手に出てきてんだ。ふざけんなよ。謝れ」


「えっ? あの……、ゴ、ゴメンね……?」


「まぁいい。ちょっとそこで待ってろ。もう少しだ」


(もう少し⁉)

(もう少し⁉)

(もう少し⁉)



『何が?』と訊ける勇気のある者はいなかった。



 グイっと手の甲で頬についた返り血を拭いながら前を向き直すと、彼は再び映像に残すことが憚れるような作業に戻った。



 ズチュっ、グチュっという音を聴きながら、やがてプルプルと震え出した愛苗ちゃんはメロたちの方へ振り返る。


 そのお目めには涙がいっぱいだ。



「もういいっ! もういいぞ、フィオーレっ!」

「がんばった! マナはがんばったッス!」



 今にも泣き出してしまいそうな彼女へ二人は励ましの言葉をかけてフォローした。



「お、あった。これか?」



 その言葉に3人ともに両頬に手を当て「ひゃぁーーっ」と声にならない叫びをあげる。


 ビチビチビチっと何かが引き裂かれる音が聴こえ、ズプっと何かに何かを埋め込むような音がして、グポッと何かを引き抜いたような音がした。



「とれた」


「「「いやあぁぁぁぁぁーーーーーっ⁉」」」



 3人身を寄せ合って怯える。



「おい、水無瀬。受け取れ」



 そんなことにはお構いなしに弥堂は何かを下手で放った。


 赤っぽい飛沫が放物線を描き、ペタンと女の子座りでへたり込む水無瀬の手の中にピチャっと何かが落ちる。


 決して望んだわけではなく、手に何かが触れたからつい反射的にソレに目を向けてしまう。



 掌の中に在ったモノは血に塗れたペンダントだった。



「――――――――――っ⁉」



 声にならない悲鳴が喉から溢れ、驚いて手を離そうとすると、指に絡まった粘性のある液体がクチュリと音を鳴らす。



 フッと、充電が切れた瞬間のスマホの画面のように瞳の色を失い、愛苗ちゃんは失神した。



「マ、マナーーーーっ!」

「あ、あわわわわ……っ!」



 先程同様にメロとボラフがその身を支えるが、今回は完全に意識がトンでおり、復調の兆しは見えない。



「どっ、どどどどどうすればいいんスかーーーーっ⁉」



 メロは完全にパニックを起こし騒ぎ出す。



「終わりっス! もう何もかも終わりッス! ジブンらこのまま少年に皆殺しにされるんスよおぉぉーーっ!」


「バカやろうっ!」



 ペシっと配慮の行き届いた威力でボラフはメロの頬を張った。



 「なっ、なにするんスかっ⁉」



 地面に崩れ落ち、殴られた頬を肉球で抑えながらメロは突然の暴力に対する抗議の声をあげる。


 その声に、ボラフは悪びれた様子はなく堂々とメロの目を見た。



「バカやろうっ! オマエがしっかりしねえでどうする⁉ こんな時にオマエが踏ん張らなきゃその子はどうなっちまうんだ!」


「そ、それは……でも――っ⁉」


「デモもテロもねえんだよっ! いいか? オレの言うことをよく聞けっ」



 そう言ってボラフはメロの近くにしゃがみこみ、彼女とよく目を合わせる。



「役割を分担して協力をしよう」


「きょう……りょく……ッスか?」


「あぁ。オマエはどうにか気合でフィオーレを起こせ」


「え? 一体なにを……?」



 未だパニックから抜けきっていないメロにはすぐには理解が及ばない。



「なにしてんだお前ら。さっさとしろ」



 そうしている内に、背後から聴こえた弥堂の催促の声にメロもボラフもビクっと肩を跳ねさせた。



「ていうか、そろそろこいつ死ぬんじゃないか? もうちょっと殺してみるか。おい、脳みそは駄目だったがお前心臓ならどうだ? 試しに心臓捥ぎとってみるが、お前死ぬか?」



 正気を疑うような言葉が続いている。



「はわわわわっ」


「落ち着けっ! 時間がない。オマエはどうにかしてその子を起こしておけ。頼むぞ?」


「わ、わかったッスけど……、でも、オマエは……?」


「オレか? オレは――」



 言いながらボラフは地面に落ちた血塗れのペンダントをガッと男らしく拾いあげながら立ち上がり、ダッと即座に走り出す。



「お、おいッス!」


「オレはこれを使えるようにしてくる……っ! 頼むぜ! オレが戻るまでにフィオーレを起こしておいてくれっ!」



 それを言うと前を向き、以降は振り返らずに地を蹴り続ける。



 狭く細かい路地を縫って何度も角を曲がり、勢い余って壁に肩を擦り、時にはゴミ箱に躓いて転びながらもすぐに立ち上がって、ただ只管に全力を尽くす。



 人の多いメイン通りまで行けば何とか出来るはずだ。



 ボラフは駆ける。



 仲間のために――

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