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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章19 starting the blooming! ⑤


「それにしても。まさかジブンの知らないところでマナのお乳がいいように弄りまわされていただなんて……、一生の不覚……っ! ネコ妖精失格ッス!」


「いいように……? よくわかんないけど、私が触らせてもらう方が多いよ? 七海ちゃん可愛いからついぎゅぅーってしたくなっちゃうんだけど、あんまりしすぎると七海ちゃん真っ赤になってシュンってなっちゃうの。それも可愛いんだけどお風呂だからのぼせちゃうといけないかなって」



 弥堂はギョッとして水無瀬を見る。


 飼い猫を止めるはずの飼い主が何気なくとんでもないことをぶちまけてきたそのズレっぷりに、これはいよいよ収拾不可能になるのではと危惧する。



「おい、少年っ! Bまでは許してやるッス! でも本番はまだマナには早いッス! そこはきちんと節度を守れよッス!」


「私のも触っていいよーって七海ちゃんに言うんだけどね? やっぱり七海ちゃんシュンってなっちゃって。それがすっごく可愛いからね、七海ちゃん見てるうちに私ものぼせてきてポーってなっちゃうの。それでなんだかよくわかんなくなってきて――」


「――聞いてるんスか? マナはジブンが毎日地道にセクハラをしてじっくり育ててるんス! それをポッと出のオマエのような馬の骨が簡単にしっぽりデキると思うなよッス! でも万が一至す場合には是非ジブンにも見学を――」


「――おい水無瀬。ボーっとしてるな。こいつをなんとかしろ。纏わりついて来て鬱陶しい」


「――へ? あ、ごめんねっ。メロちゃんたまにこうなっちゃうの」


「……お前も大概だぞ」


「ハッ――⁉ まさかっ⁉ もうすでに貫通済みという可能性も⁉ これはいけないッス!」



 犬の様に息の荒くなったネコ妖精を水無瀬が抱っこして回収するが、一度興奮したケダモノはそれではおさまらない。


 水無瀬の腕の中でジタジタするとスルっと腕を抜けて水無瀬の股間周辺をうろうろしながら鼻をフンフン鳴らす。



「この匂いは――っ⁉ これは処女っ! ふぅ……、やれやれジブンの与り知らぬところで散らされているかと肉球から変な汁が出るとこだったッス……」


「メロちゃんよしよし。よくわかんないけど大丈夫だよ?」


「んなぁ~ごッス。へへっ、すまねえッスなマナ。心配かけたッス」


「ううん。大丈夫だよ」


「さぁて、少年。実は折り入って相談があるんスが……、ちとこっちへ……」


「……なんだ」



 落ち着きを取り戻したネコは弥堂を角の方へ誘う。水無瀬がぽへーっと見守る中で、弥堂は顔を顰めながら一応着いていった。



「へへっ、そんな嫌そうな顔すんなッスよ。少年を男と見込んで大事な頼みがあるんス」


「……一応聞くだけは聞いてやる」


「これはッスね、もしもの話なんスが。あくまでもしもッスよ?」


「うるさい。さっさと言え」


「うむッス。もしも、少年がマナと至す機会があったらなんスけど……」


「至す? なんの話だ?」


「そんなのコレに決まってんだろ! 童貞かよッス!」



 自身のしっぽで輪を作り、その中心を前足でズポズポしてみせる下品なネコに弥堂は軽蔑の眼差しを向けた。



「もしも、そんな機会があったらッスね。是非とも映像に残して頂きたいと、ジブンはそう願っているのです」


「……なんだと?」


「だからぁ。ハ〇撮りッスよ、ハ〇撮り。どうかその時は撮影して頂いてですね、そのデータを何卒ジブンに……」


「お前はイカレてるのか?」


「至って正気ッス! 至って本気で至して欲しいと、そう考えてるッス! 出来れば生放送して欲しいッスが、マナの気持ちも考えるとそこまでの贅沢は言えねえッス。動画データで我慢するッス!」


「水無瀬の気持ちを考えるならお前は今すぐ自害するべきだ。というか、そんな機会はない。俺におかしな期待をするな」


「まぁまぁ、そう言わずに……」



 呆れた声で断る弥堂に対して、メロは卑屈な笑みを浮かべると何やらゴソゴソと毛皮を漁りだした。



「ここはひとつ、どうかこれで。ひとつ、どうか……」


「なんだこれは?」



 まるで役人に賄賂を渡す小悪党のような仕草で自分の手に何かを握らせてきたネコに不快そうに眉を歪める。



「まぁまぁまぁ。まずはブツを見てみてくだせぇッス。もしも気に入ってもらえたならその時はどうぞよしなに……うぇっへっへっへ」


「? 一体何を…………なんだこれは?」



 手を開いて渡された物を見るとそこにあったのは、ミミズのような大きさの先端が尖った紐状に見える物体だったが、どこかナマモノ臭がする。



「へへ、トカゲの尻尾っス! さっきここに来る前に、その辺をチョロチョロしてやがったから摑まえて千切ってやったッス! 獲れたてフレッシュなトカゲの尻尾っス!」



 無邪気に残酷な本能を持つ狩猟生物の貢物に、ビキっと口の端が吊ったことを弥堂は自覚した。



 すぐさまネコの首根っこを摑まえてその口に獲れたてフレッシュなゴミを捻じ込んでやった。



「ぶふぉぉっ⁉ いひゃまひおっ⁉」



 何やらもごもごと言っているが無視をして辺りを見回すと足元にゴミ箱が転がっていることに気付く。


 即断即決で手に持った小動物を叩き込み蓋を閉じる。



 ガンガンと中で暴れる音が聴こえるが一切無視をして、昨日と同様に路地の奥目掛けて、より多くの苦痛を与えるためにゴミ箱の下側からインフロント気味に叩いて浮き球を送り込んだ。



「ギャアアァァァァァーッス!」



 少し色気をだしてカーブをかけようとしたが、球体ではないゴミ箱はそのせいでおかしな軌道を描き、横壁と地面にぶつかってガンガン跳ね返りながら消えていった。



「メ、メロちゃあぁーーーーんっ!」



 それを追いかけようとした水無瀬だが、走り出す寸前に腕から提げたリュックに気付き、弥堂の元へやってくる。



「あ、弥堂くんゴメンね。またちょっと持っててもらってもいい?」



 それを何となく流れで受け取ってしまった弥堂は、路地の奥へと走っていく水無瀬の背中を数秒眺めてからハッとなって手に持ったリュックを見る。



「……まさか戻ってくるまで待っていろということか?」



 もちろんあの彼女にそんな意向はないのだろうが、邪魔くさいネコを強制退場させて昨日のように帰ろうと画策したのに、余計に面倒なことになってしまったとうんざりとした心持ちになる。



『あいつ足が遅そうだし時間がかかりそうだな』と、いっそここにリュックを置いて帰ってしまおうかと考えていると、その予測は裏切られることになる。



「――ぃゃぁあああああーーーっ!」



 さっき路地の奥に走っていった水無瀬が、全力疾走でこちらへ向かってきている。


 酷く慌てた様子で何かから逃げているように見えた。



「ブハハハハハーっ! 逃げろ逃げろーっ! 愚かなニンゲンめぇーっ! ブハハハハハーっ!」



 彼女の背後を見てみると、先程逃走していったはずの悪の幹部ボラフが、どこから調達してきたのか新たなネズミのゴミクズーに跨って高笑いをしながら水無瀬を追い回していた。


 よく見ればネズミの足元には弥堂が蹴り飛ばしたゴミ箱があり、まるで玉乗りをするようにして中身入りのゴミ箱を回して走っている。



「とぅっ――!」



 いよいよ先頭を走る水無瀬が弥堂に迫ったところで、ボラフの声に合わせてネズミが跳躍し、頭上を飛び越えて進路の先へ着地をした。



 ネズミに蹴られたゴミ箱は加速し水無瀬に迫る。



 弥堂は仕方ないと溜め息を吐き、ちょうど間近に来た水無瀬の襟首を掴んでゴミ箱の進路から逸らし、ついでに中身入りのゴミ箱を外方へ蹴り飛ばした。


 ゴミ箱は壁に衝突して爆裂四散し、中から目を回した生ゴミが排出される。



「あ、ありがとう弥堂くん――メロちゃーん!」



 礼を述べてすぐに飼い猫の元へ駆け寄っていく水無瀬を尻目に、弥堂は舞い戻ってきた敵を視線で捉える。



「ブハハーっ! いつからゴミクズーは1体だと錯覚をしていたー!」



 新たな化けネズミの上で踏ん反り返るボラフから僅かに視線を逸らし水無瀬を見る。



「メロちゃん大丈夫っ?」


「ォ、オエェェェェッス……気持ち悪ぃッス。毛玉吐きそうっス」



 暢気に飼い猫の介抱をしている彼女に舌打ちをする。



「水無瀬」


「えっ? ――あぁっ⁉ そんな! ゴミクズーさんがもう一人っ⁉」


「……お前ら絶対遊んでいるだろう」



 逃走をしたはずの敵が新たな仲間を引き連れて再登場というピンチのはずだが、どうにも締まらない。



「ブハハハハっ! どうやらオマエもここまでのようだな! ステラ・フィオーレっ!」


「くぅっ! マナっ! こうなったらもう一度変身ッス!」


「うんっ! わかったよ、メロちゃん!」



 そして水無瀬は胸元に手を遣り、一戦目の焼き直しのようにハッとなるとこちらへ視線を向けてきた。



「……だから首から提げておけと言ったんだ」


「えへへ。ごめんね弥堂くん。Blue Wishをとってもらってもいい?」


「おらよ」



 ぶっきらぼうな返事をして弥堂はリュックごと水無瀬の方へ下手で放ってやる。



 水無瀬は両腕を伸ばして放物線を描きながら落ちてくるリュックを見上げ、前へフラフラ、左右へヨタヨタと動き、後ろへワタワタしたところで予定調和のように踵を滑らしてバランスを崩す。


 背後へ倒れかける彼女の両腕をすり抜けて落ちてきたリュックサックが顔面に着地をし、そのショックで水無瀬はひっくり返った。



「ふびゃっ⁉」


「なんとぉーッス!」



 後頭部から路面に落ちそうになる水無瀬の頭とアスファルトの間にネコ妖精が身体を滑り込ませた。



「ぶにゃっ⁉」



 潰されながらも身を挺して飼い主を守り切ったが、元々チャックが完全に閉まっていなかったのか、落下のショックでリュックサックの中身がいくつか外に放り出される。


 その中でも肝心の物である変身ペンダントがツーっと路面を滑り化けネズミの前で止まった。



「ご、ごめんねっ、メロちゃん。だいじょうぶっ⁉」


「ジ、ジブンなら平気っス。それよりもBlue Wishが……」



 飼い猫の肉球の指し示す方へ目を遣ると、ゴミクズーは自身の眼前に現れた変な物を不思議そうに見て、鼻先で突きフンフンっと鼻息を漏らす。



 そしてパクっと口の中に入れて飲み込んだ。



「あぁーーーーーーーーっ⁉」

「にゃんだとぉーーーッス⁉」


「あ、こら、変な物を食べちゃいけません」



 揃って指を差し驚くぽんこつコンビの視線の先で、何故かボラフは「ペッしなさい! ペっ!」と化けネズミの頭を引っ叩いていた。



 ネズミは一切意に介さずどこか上機嫌そうにチチチっと喉を鳴らしてから水無瀬とメロに顔を向ける。



 その目の中に弥堂は赤い光を視た。



 駆けだす。



「へっ?」

「にゃ?」



 状況を呑み込めていない水無瀬を有無を言わせずに肩に担ぎ、続いてリュックとネコ妖精を乱暴に回収するとすぐに踵を返した。



 ゴシャァっと地面が抉れる音が後ろ髪に触れた気がする。しかし一切構わずに全力で走る。



「うおぉぉぉっ⁉ な、なんだ? オマエ急にどうした⁉」



 悪の幹部の慌てたような声を聞き流しながら、心臓に火を灯す。


 一瞬で全身の熱をレッドゾーンまで持っていき、路面を蹴るようにして踏み、反発で速度を叩き出す。



(だが――)



 チラリと背後を視る。



 スタートで多少の距離のアドバンテージは稼いだが、元のスペックが違う。



(――どこまで逃げられるか)



 耳元の耳障りな二つの悲鳴を意識の外に追いやる。



 とりあえずは走りながらでも打開策を見出すしかない。



 一瞬で一転してかなりの窮地に陥ったが、やれるだけのことはやるしかない。



 それをやり切ってなおどうしようもないのなら、それは運がなかったと諦めもつくだろう。



 スピードを殺さずに角を曲がる。


 ぶつかりそうになった壁を蹴り飛ばして無理矢理進路を補正した。



 肩に担いだ水無瀬のスカートが風に揺れて顔に掛かる。



 舌打ちをしながらそれをどかして腹いせに彼女の尻を引っ叩いてやった。



 こんなことを今考えても仕方がないが――



(――どうしてこうなった)



 思わず顏が天を仰ぎそうになるのを自制して、正面に視線を固定する。



 こうなった理由はわからずとも、化け物を殺すことは出来ずとも、足を動かすことは出来る。



 まだ死んでいないのだから。

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